山本勝市の発言 (予算委員会)

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○山本(勝)委員 昔、内閣調査室というのができておったのが、いつの間にやら企画庁ということに変り、企画院というものに変っていった。そうしてその間に経済の自由がだんだんと統制され計画されて、ついに自由を失ったという、まことに思い出しても快くない経験が日本にはあるのであります。私は経済審議庁時代にその当該委員会におりましたが、経済白書というものをときどき出される。私はそれだけで経済審議庁というものは大きな仕事をされておる、広範なる資料を駆使して、客観的な経済白書を出されるということだけで私は十分にその機能を果しておるということを委員会でも申し上げたのであります。ところが前々から、経済審議庁時代から、経済十カ年計画とか、あるいは総合開発五カ年計画だとかなんとか、たびたび計画を発表されたのであります。先般読売新聞の本月二日の記事を見ますと、高碕長官は、この計画を民間の協力を得て予算の裏づけをできないようだったら、経済企画庁なんというものはあってもなくても同じだ、こういうことを申されておるのでありますが、これは新聞でありますから、それを取り上げてかれこれ私は申すつもりはありませんが、ただ計画を、今回も総合六カ年計画というものを出されましたし、それから本年の一月、つまり本年度予算編成の前におきましても、経済六カ年計画というものを出されました。しかしあの六カ年計画というものについても、予算の裏づけというようなことは事実上不可能であります。そこで二十二国会でそれとは別にまた予算が編成されましたが、今度出された総合六カ年計画とか、あるいはそれを多少モディファイして五カ年計画にするとかいっておられますが、これを予算化する意思があるのかどうか、あるいは確信があるのかどうかという問題であります。それを一つ承わりたい。

発言情報

speech_id: 102305261X00319551208_017

発言者: 山本勝市

speaker_id: 19689

日付: 1955-12-08

院: 衆議院

会議名: 予算委員会