山本勝市の発言 (予算委員会)

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○山本(勝)委員 大臣が言われようとする意味あるいは今考えておられることはほぼわかるのでありますが、ただこれまで国土総合開発の五カ年計画というようなものを立てまして、そうしてそれをあたかも実行するかのごとくに出発しましたところが、途中でできない。そこでその指定されたといいますか、予定された地域の連中がわんさとたびたび押しかけてきまして、せっかくそういうことをきめてわれわれに希望を持たせておきながら実行しないとは何ごとかということを迫ってきておる。そういう苦い経験がたびたびあるのであります。ですから私はその計画はけっこうですけれども、やはり実行する意思でありますと、できることだけを私は出す必要があると思うのであります。ただこれは一つの希望である、あるいは努力目標である、あるいは現在から立って見たらこういう見通しもつくとか、こういう仮定を置けばこうなるといったようなことならば、それだけの意味でまた意味がありますけれども、しかしほんとうの実行計画であるのか、見通しであるのか、希望であるのかということはかなり国民の中にも、少しく考える人は問題にしておるのであります。ことしの一月にすでに閣議できまったにかかわらず、いよいよ予算ということになりますと、予算の裏づけができなかったということは、私も一その最初の計画当時通産省におって知っておりますけれども、あれをほんとうに実行するということになれば、国の歳入の何倍かの資金が要る。従ってまたそれだけの資材も要る。物価を上げないとすると資材も要る。要するに初めから不可能なような計画であったということが、根本的には私はそれが予算の裏づけができなかった理由だと思うのであります。ですからあれは全然何もないというと、国民も目安がなくて困る。国としてもそういう一つのめどがないと困る。そういう一つのめどとして、一つの青写真を作ってみたのだということであれば、またそれだけのはりきりした認識の上に作成し、発表していくべきものではないか。もしそれが大き過ぎて、今度は実際予算化するということになれば、国の財力には限りがありますから、それを小さくするというなら、初めから縮小して何分の一かに小さくするか、あるいはそのうちでさらに重点は取り上げて、そうでないところははずすというなら、初めから計画そのものからはずすところははずして、やるところだけを書き上げておくようにすべきではないか、こういうふうに私は思うのですが、これは別に御答弁は要求いたしません。ただこの計画を作るについての前提といいますか、仮定といいますか、幾多の仮定の上にこの六カ年計画というものが立っております。たとえば物価は大体安定しておるものと仮定するとか、それからますます国際貿易は激甚化するものと仮定するとか、いろいろ仮定を置いておりますが、私はその仮定がもっとたくさんの仮定を置いておるのだと思うのです。それはたとえばどういう仮定を置いておるかといいますと、天変地異というものはないと仮定しておるのであります。それから技術の変化というものをどういうふうに仮定しておられるか。原子力の平和的利用ということについて向う五カ年間ぐらいには平和利用が大体できるようになるというような御答弁が、たしか本会議であったと思いますけれども、しかしこの原子力の平和的利用が日本の産業界でいつごろどの部門でどうできるかということは、私はなかなか予測ができないと思う。これが実際に起ってくるかはっきり予測できない。これがどうくるかということで大へんな差を生じます。またことしのように豊作があるか、あるいは凶作になるかということで貿易の上にも直ちに影響してきます。ですから私はあの案がかなりそういう非現実的な——実際は天変もあり、地異もあるし、技術の変化は必ずある。必ずあるものをないかのごとくに仮定しておるということは、つまり非現実的な仮定の上に立っておるということだと思うのです。また価格の問題であり、ますけれども、いろいろな部門をあの計画で見ますと、何パーセントふやすとか、何割ふやすとかいうのでありますが、そういうふうにふやしたり減らしたりした場合に、果して個々の物の値段が、——物価は大体安定さすという大蔵大臣の決意のようでありますし、物価水準はきまっておりましても、個々の一つ一つの品物の種類については、需要供給の関係で値段は動くにきまっております。そうしてその値段の動きというものが、仕事は民間でやるのでありますから、そろばんに合わなければ、幾ら政府で計画を立てましても、それはやるわけはありません。幾ら酪農が必要だといって酪農を奨励してみたところで、牛乳の値段が下ってしまって引き合わなければぶつ殺してしまうにきまっておるのです。ですからそれと同じことで、価格がどう動いていくか、採算がどうなるかということの予測というものがきわめて困難だ。ですから、われわれの人間能力では予測できないところのこういう予想の上に立っておる。実際は動いていくものを動かぬと仮定して計画を立てていっておる。どこかが一つ動いたら全部狂ってくる、こういう意味の総合計画というものでなしに、むしろ高碕大臣などが満州で大いにやられたように、ある部門あるいはある地方、ある道路というものを何カ年かの計画で遂行していくといったことを国としてやるべきです。民間がやることよりも国としてやる。産業の基盤の中でここととことを取り上げて、何カ年間で遂行していくというふうな意味の計画を立てるべきではないか。総合々々とかいってもなかなか全部を総合したようなものは、今申しましたように、予測できない仮定の上に立てた総合でありますと、実際は総合ではなくして、仮定であります。現実的ではなくして、非現実的であります。それを国民があたかも実行する政府の政策なるかのごとくに思って、いろいろ自分の用意をしていきますと、途中でそれは実行できないということになって、かえって経済界を攪乱し、真の総合性を破ることになる、こういうふうに思うのです。高碕さんどういうふうにお考えになりますか、感想だけでけっこうですが、私が述べたことに対して非常な異論がありますか、考慮の余地があるということですか、一つ承わりたいと思います。

発言情報

speech_id: 102305261X00319551208_019

発言者: 山本勝市

speaker_id: 19689

日付: 1955-12-08

院: 衆議院

会議名: 予算委員会