東俊郎の発言 (地方行政委員会)
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○東参考人 今地方持ち回りの意義についてお尋ねがございましたが、これは数字でどうこうというふうにはっきりしたことは申し上げられない性質のものだろうと存じますが、私たちが考えておりますのは、地方でこれを行うということは、一つはそうでなくても現在のところ学校施設にしろ地方の体育というものに関する施設は非常に貧弱である、そのためにスポーツあるいは体育運動を行いたいという人々が、十分な施設がないために行えない、そういうふうな現状にかんがみまして、地方に少しでも体育施設を残したい、それを機会に学校の運動場あるいは体育館というものが補修され、改修されあるいは一部拡張される、そうしてその後それが学生生徒に十分に使われるというような一つのきっかけを作りたい、こういうふうなことが一つの念願であります。もう一つはスポーツあるいは体育を行います場合に、指導者というものが非常に必要である。正しく体育的にスポーツあるいは運動を取り上げる場合に、やはり正しい指導者がなければその効果はなかなか上らない、また精神的の教導もできない、こういうふうな意味で地方に体育指導者あるいは体育を率先してやる人々を少しでも多く作りたい、このためには地方へ持っていきまして、その機会にそういうふうな人々を養成するために講習をいたしまして、審判なりあるいはその他の技術の指導者を養成する、その人ともとをその土地へ植え付けていくということが将来の日本のスポーツ振興に非常に役立つ、こういうふうなつもりで地方持ち回りを考えたのであります。もう一つは東京でこれを毎年やるといたしますと、東京の人々は競技にいたしましても最高度のものしか興味を持たない。国民体育大会はむしろ国民大衆全体の層を目当てにやっておりますので、必ずしも選手権のような内容のものではございません。むしろ大衆的な運動でございます。しかしながらやっておる形は競技であります。そういうふうな意味で、もしも東京で毎年やりますと、そういう競技は東京の人は見なくてもいい非常に恵まれた環境にあるのであります。それでむしろ恵まれない環境、そして非常に貧弱であり、やろうと思ってもその施設がなかったところに、これを機会にということの方がいいのではないか、こういうつもりで第二回以後地方持ち回り、そしてそれは地方に施設を植え付けるということを大きく掲げてやってきたのであります。そういうふうな意味で私たちは地方へ持ち回りまして、施設並びに人的資材を全国に植え付けるということ。もう一つは地方でやりますと、その地方々々の体育行政の面から言いまして、これをきっかけに地方民に一それは昨年神奈川でもやりましたような全県民運動を企画する、あるいはそのほかの県におきましてもこれを機会に健康保険の面でいろいろな催しをやる、これを全面的な一つの催しにつけ加えるということで運動の推進をしておられる、こういうふうなことが一体になりまして行われるということは、地方持ち回りの場合に非常にやりやすいし、また効果的である。地方でこういうことをやりますと、普通一般には自分たちの届かないところにこういうスポーツがあると思っておられた村の青年あるいは工場の労務者が、これを機会に非常に身近に考えてやっていく、これは現に各競技団体でそういう実例を持っております。そういうふうな意味で、すべてそういう精神なり運動を植え付けていくという意味におきまして、この地方持ち回りが非常に私は有効な効果をあげておる、こういうふうに考えております。