東俊郎の発言 (地方行政委員会)
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○東参考人 今の国が困っておる、人民が貧乏しておる、それにこういうことをやるのはどうかということでございましたが、私たちの考えといたしましては、決してぜいたくなことを望んでおるのじゃない。国民はすべてやはり学問もしなくちゃならぬ、食事もしなくちゃならぬ、住うことも住わなくちゃならぬ、働くことも働かなくちゃならぬ。しかし根底に横たわっておるところの国民の健康というものを考えますときに、たとい幾ら貧乏しておっても、その耐えられる範囲において、スポーツ振興ということは当然行うべきものではないか。私たちスポーツに関係しております者は、そういうふうな意味合いで、その貧度に応じたスポーツの奨励ということをやっていきたい。そういうふうなつもりで、国民体用大会もできるだけ質素にやっていきたいということを考えております。最初はいろいろな点で非常に勃興してくるようなつもりで、はでにもなって参りましたし、われわれから見ましても、行き過ぎというような点もありましたが、一昨年あたりから、そういう点につきましては、十分私たちとしても注意しております。まだ行き届かない点もありますが、こういうことにつきましては十分今後も心がけていきたい、こういうふうに思います。
それからこれが単なる一部の人間の遊びではないか。これはスポーツ全般にわたって、たえず聞く批判であります。そういう批判をなくしたいために地方持ち回りをやって、そしてことに市町村単位で予選をやりまして、それから漸次全県下の予選をやって選手を選ぶ。つまり選手になるものは一部分の選ばれたものかもしれないけれども、それを選ぶ層というものは、普通の競技団体が普通の選手権大会でやっておるものと違って、市町村単位でできるものはできるだけ市町村単位でやってもらいたい、また教員は教員の組でやってもらいたい、一般社会人は一般社会人の組でやってもらいたい。大学生は、これはほかに機会がありますので、国民体育大会には大学生としては出ないということを考えてやっております、できるだけ広く層を広めたい。そういうふうなつもりでやっておりまして、一部の者のなぐさみでなくして、国民全体のなぐさみである。こういうふうな方針を、私たちは持っておりますし、将来強く持っていきたい、こういうふうに思っております。なお施設のことでございますが、確かに施設のうちには、今までの施設で膨大過ぎて、あと管理上もてあましておるというところはございます。私たちも十分それは存じております。しかしその施設でございますが、これは結局いわばその県が国体を開催する場合に、当然将来その施設がその県の地元において有用に使い得るという確信のもとに、これをやられたものではなかろうか。それがいろいろな関係で膨大になっていったということが二、三考えられるのでありますが、私たちといたしましては、計画のときに、その国民体育大会をやるときにできた施設は、将来のその地元の体育施設として、あるいはほかの文化活動の拠点として、それが十分に管理され運営されることを望んでおるのでありまして、今後もこの点につきましては十分考えて、そういうふうな将来遊休な、あるいはペンペン草のはえるような、そういうふうな膨大な、もてあますような施設は作りたくない。そういうものがなくても、競技団体はその地方に当てはまった状況のもとにやっていきたい。競技団体の方が自粛いたしまして、それを十分に生かしていきたい、こういうふりなつもりでおります。これは管理の問題でありまして、県の方も、今後やられる県としては、その後の管理については十分考えていただきたいということを再三申しておる次第であります。