田畑政治の発言 (地方行政委員会)
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○田畑参考人 一つ今のことの全く補足でありますけれども、東京でやったらいいじゃないかということ、これは一応外から見ておる者は、そういうふうにお感じになることはもっともだと思うのでありますけれども、今の日本におきまして、東京でやって、金の問題を離れて、一般民衆の関心を競技に集め得るものは水泳しかないのであります。水泳だけは選手権大会というものを東京でやり、インター・ハイというものを東京でやりまして、これで満員の人が来ます。しかし日本で一番普及されています陸上競技でさえ、選手権大会を東京でやっては人が見に来ないのであります。またインター・ハイもそうなんであります。ということは、水泳以外のものは、陸上もまだ戦前までレベルが達していないので、東京でやるというが、東京でなんかやってみても——新聞なんかを見まして、世界で一番高いところがみんなの頭の中にあって、世界記録を破るというならば、東京で選手権大会をやるということに対する一般的関心も高まるかもしれませんけれども、今の現状は、今申し上げましたように、一番歴史の多い陸上でさえ、東京でやってはだめなんで、全国を持ち回っておる。そうしながらだんだん地方から盛り上げていこうというのが今の現状であります。ここにいらっしゃる唐澤さんも御存じでありますけれども、われわれが戦前神宮競技大会というものをやったのであります。これは全然入場料をとりませんでした。だから入場料という頭は全然なくてずっとやっていったのでありますけれども、初めの二、三年は、あの神宮大会ができて無料でやりましたので、非常に関心も多いし、人も入ったのでありますけれども、その後無料でやっておるにかかわらず神宮大会はだんだんさびれまして、地方の青年は郷土を代表してくるのだと張り切ってきながら、出てきて、その競技場にいる者は自分たちだけというように、だんだん出てくる意欲も、また選手を送る意欲もなくなりまして、これは何かのチャンスに神宮大会というものをやめなくちゃならぬか、あるいはやりかえなくちゃならぬかということになっておるときに、戦争がありまして、これが幸いにして、そういう醜態を出さないうちにやめざるを得なくなったのであります。おそらく東京で国民体育大会をやったら、この前の神宮大会と同じように、結局初め一年くらいは行くかもわかりませんけれども、あとは見る人もなくて、地方から出てきた人たちが競技場で自分たちだけ競技をやるというふうで、何の感激も持たなくて、国へ帰るということになるのじゃないかと思うのであります。そういう意味では、どうしても地方で持ち回ってやっていって、地方全国からの人たちの熱を盛り上げていく、もしくはスポーツが甘い良薬であるならば——これが道楽であって、これがつまらぬというなら別でありますけれども、スポーツ振興というものが国のためにもいいというならば、少くとも現在においては、地方持ち回りというものを除いては、今の国民体育大会の意義はないと思うのであります。
もう一つの皆様方と私たちの考え方の違いは、膨大な競技場を作ってあとは使いものにならぬというのでは作る方が悪い。少くとも競技場やプールを作るのであったならば、これが図書館とか教室と同じように扱われる必要はありませんが、公園ないし皆のレクリエーション・センターになるくらいの気持で維持費は出してやる。作りっぱなしにして作った金を返すというならば、これはプロ・スポーツで、スポーツ振興のために作るならば、それまである程度の維持費というものは考えて下さらなくては無理だと思います。ただ作りっぱなしにしておいて、これは利用価値がないじゃないかというのでは無理で、それが一つの教場の延長として、従ってある程度の維持費を入れて見ていただくようにしていただかないと、後楽園のように五年間で償却したと同じように、国民体育大会の施設にこれを要求することは無理だと思います。そういうことで私は、今の場合において、スポーツというものを振興するということは、少しでもお国のためになるならば、どうしても地方持ち回りをやる以外には、有効な方法はないというふうに確信しているものであります。