神川彦松の発言 (内閣委員会公聴会)

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○神川公述人 石橋先生の御意見にお答えしますが、御議論が非常に多岐にわたりましたので、それに詳しくお答えしておりましては、どうしても一時間やそこらはかかるのでありますが、一時間も御説明しておるわけにいきませんから、やむを得ず簡単に御説明申し上げます。
 まず第一は私の言うたことに矛盾がある。私がとにかくこの憲法を認めていないにかかわらず、この憲法を無効にしちやいかぬというような意見を言うたという。これはどうも私の言うたことをよく正解していただけなかったためだと思うのであります。私が申しましたように、たとい国際法上当然無効であったとして毛、国際法の領域と国内法の領域はおのずから別であります。従って国内法の領域において、それを無効にする法律上の手続をとらない限りは有効なんであります。でありますから私は、国内法上において無効になったとは申さなかったのでございます。国内法上においては、当然有効なんでありますから、有効である問は、日本国民としてだれでもそれを守るべき義務があることは、われわれも当然認めている。であればこそ私はそれの効力を十分認めておるわけなんでございます。議会が無効官許をするとか、あるいはまた第九十六条の手続によって改正するということと、この憲法が有効の間はすべての日本国民は——これは国務大臣や国会議員や官吏には限りません。あの九十九条の書き方はきわめて不完全なんです。こんな不完全な書き方はほかの国にはありません。この九十九条の規定をまつまでもなく、日本国の国民たる以上は、だれでもこれを順守する義務がございます。これは言うまでもないことなんです。これが第一の点であったと思うのでございます。
 それからまだいろいろお尋ねになりましたが、もう一つどうしても誤解されておるという点は、ポツダム宣言やあるいは降伏文書は合意だとおっしゃったことですね。これは思うにアメリカの公文書というものを、お読みにならぬところからくるわけでございます。このことはアメリカの公文書が実に明確に申しておるのでありまして、占領の年の九月六日にアメリカから、マッカーサー元帥へ通達いたしました最高司令官の権限に関する通牒というものがあるのであります。そのうちで、日本とアメリカの関係は決して契約関係でない。契約的な基礎によるものじゃないということを繰り返し言うておるんです。これはコントラクチュアル・ベーシスによったものではないとか、あるいはコントラクチュアル・リレーションズじゃないということを繰り返し繰り返し言うておるのであります。ですからこの文章をお読みになるならば、たとい表面ほどうでありましても、あるいは合意だとか受諾だとか書いてありましても、法理上の意味はないのであります。法理上から申しますと、一方的の命令でありまして、外国の目から見て日本の占領統治というものは、マッカーサーのディクティトだといわれておりますが、実際その通りでありまして、マッカーサーの権限には実は何らの制限がないのです。ただ、一応そういう文章で表わしておりますから、道徳上の効力はありましょうが、法律上の効力はないのです。コントラクチュアル・ベーシス、コントラクチュアル・リレーションズがないということは、繰り返し繰り返し言っておるのです。これはごく皮相の見解で、すなわち無条件降伏というものの性格をよく正解されないためでありまして、無条件降伏というものは、そういう契約的基礎の上に立つものではないのです。契約関係ではないのです。でありますから、連合国の方で義務を負ったということはないのであります。それだからある意味においては法律上アメリカが、あるいはマッカーサー元帥が、日本に対し約束を破ったということも言いにくいのです。それは道徳上は言えますよ、しかし法律上は遺憾ながらそういうことが言い切れないような状態になっておるのであります。
 またもう一つの点、これだけはどうしてもお答えしておかなければなりませんが、民主主義は一つである、どこの国の民主主義でも同じだ、なるほどアメリカの民主主義というものはそれは大体において同じものでありましょう。しかしながら民主主義というものは、とにかくどこの民主主義でも、もしそれの名に値しますならば、主権的国民が自分で行い、また主権的国民が自分の手で書き、自分の利益のためにやる政治でなければならないということは確かだと思います。ところが日本の憲法というものはそうでなくて、先ほど申しましたように、アメリカが作った、アメリカの作ったデモクラシーなんです。そんなデモクラシーというものはどこにもないのです。これば無条件降伏で初めて起った現象であるから、そんなデモクラシーはどこにもない。これが日本のデモクラシーは違っておると私が申すゆえんであります。でありますからデモクラシーの本質そのものは変りはありませんが、日本のデモクラシーというものは決してそういうものではない。よその国のデモクラシーとはまるで違ったものなのです。遺憾ながらその点が違っているのです。でありますから、これをどこの国のデモクラシーも同じだということで片づけられることは、デモクラシーの本質そのものを理解されないところからくるのではないかと考えるのであります。とにかくこれだけお答えしておきます。

発言情報

speech_id: 102404914X00119560316_018

発言者: 神川彦松

speaker_id: 31073

日付: 1956-03-16

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会公聴会