内閣委員会公聴会
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会
会議録情報#0
昭和三十一年三月十六日(金曜日)
午前十時三十二分開議
出席委員
委員長 山本 粂吉君
理事 大平 正芳君 理事 保科善四郎君
理事 受田 新吉君
大坪 保雄君 大村 清一君
北 れい吉君 小金 義照君
椎名 隆君 薄田 美朝君
高橋 等君 辻 政信君
床次 徳二君 眞崎 勝次君
松浦周太郎君 粟山 博君
山崎 巖君 山本 正一君
茜ケ久保重光君 飛鳥田一雄君
石橋 政嗣君 稻村 隆一君
片島 港君 西村 力弥君
細田 綱吉君
出席公述人
東大名誉教授 神川 彦松君
法政大学教授 中村 哲君
都立大学教授 戒能 通孝君
委員外の出席者
専 門 員 安倍 三郎君
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本日の公聴会で意見を聴いた案件
憲法調査会法案について
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この発言だけを見る →午前十時三十二分開議
出席委員
委員長 山本 粂吉君
理事 大平 正芳君 理事 保科善四郎君
理事 受田 新吉君
大坪 保雄君 大村 清一君
北 れい吉君 小金 義照君
椎名 隆君 薄田 美朝君
高橋 等君 辻 政信君
床次 徳二君 眞崎 勝次君
松浦周太郎君 粟山 博君
山崎 巖君 山本 正一君
茜ケ久保重光君 飛鳥田一雄君
石橋 政嗣君 稻村 隆一君
片島 港君 西村 力弥君
細田 綱吉君
出席公述人
東大名誉教授 神川 彦松君
法政大学教授 中村 哲君
都立大学教授 戒能 通孝君
委員外の出席者
専 門 員 安倍 三郎君
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本日の公聴会で意見を聴いた案件
憲法調査会法案について
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山
山本粂吉#1
○山本委員長 これより憲法調査会法案について公聴会を開会いたします。
開会に当りまして、公述人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多忙中にもかかわらず貴重なるお時間をさいて御出席いただき厚くお礼申し上げます。
本委員会におきましては、先般来より、本案の審議を慎重に進めて参ってありますが、その重要性にかんがみまして、広く公正なる世論を反映せしむるため、本日は特に公述人各位の御出席をお願いいたしました次第であります。何とぞ忌憚なき御意見なり御批判なりを承わることができますれば、本委員会の今後の審査に多大の参考になるものと存じます。
それでは、これより逐次御意見を承わることにいたしますが、一応全部の御意見を伺った上で、委員各位より公述人各位に対する質疑を行うことにいたします。
なお、初めの公述の時間は、一人当り約二十分程度にお願いいたします。
なおこの際念のため公述人各位に申し上げますが、衆議院規則によりまして、公述人各位の御発言は委員長の許可を得ること、またその発言の内容は意見を聞こうとする問題外にわたらないこと、公述人から委員に対しての質疑をしてはならないことになっておりますので、お含みおき願います。
では、公述人神川彦松君。
この発言だけを見る →開会に当りまして、公述人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多忙中にもかかわらず貴重なるお時間をさいて御出席いただき厚くお礼申し上げます。
本委員会におきましては、先般来より、本案の審議を慎重に進めて参ってありますが、その重要性にかんがみまして、広く公正なる世論を反映せしむるため、本日は特に公述人各位の御出席をお願いいたしました次第であります。何とぞ忌憚なき御意見なり御批判なりを承わることができますれば、本委員会の今後の審査に多大の参考になるものと存じます。
それでは、これより逐次御意見を承わることにいたしますが、一応全部の御意見を伺った上で、委員各位より公述人各位に対する質疑を行うことにいたします。
なお、初めの公述の時間は、一人当り約二十分程度にお願いいたします。
なおこの際念のため公述人各位に申し上げますが、衆議院規則によりまして、公述人各位の御発言は委員長の許可を得ること、またその発言の内容は意見を聞こうとする問題外にわたらないこと、公述人から委員に対しての質疑をしてはならないことになっておりますので、お含みおき願います。
では、公述人神川彦松君。
神
神川彦松#2
○神川公述人 御指名によりまして私の意見を申し上げますが、私は過去四十年来国際政治学、国際政治史並びに国際法の研究に従事して参ったのであります。それで私は本日そういう専門家の立場からいたしまして、今の日本の憲法を再検討し、全面的にこれを書き改めなければならないということについての私の意見を申し上げたいと思うのであります。
まず第一に、今の憲法は本来英語で書かれた憲法である、すなわち英文の憲法であって日本語の憲法ではないということなんであります。
この憲法がどうしてできたかということは、実は占領中は全く、ほとんど全く日本人には知らされていなかったのであります。その後に、至りましてだんだんアメリカから資料が参り、また著述が出まして、初めてその真相がわかって参ったのでありまして、それはようやく一、二年のことなのであります。でありますから、一、二年前までは、日本人はこの憲法がほんとうにどうしてできたかということは全然知らなかった、いわばわれわれ日本人はつんぼさじきに置かれておったのであります。この数年来、まず第一には、マッカーサー元帥その人が本国に送りましたところの憲法改正に関する報告、御承知のポリティカル・リオリエンテーション・オブ・ジャパンという報告、これは一九五〇年に本国に送られて公表された。これによって初めて、大体において日本のこの憲法がどういうふうにしてできたかという経過が世界に知らされたのであります。それまでは、何人も公けには知らなかった。また国務省が出しましたオキュペーション・オブ・ジャパン・ポリシー・アンド・プログレスというような本、あるいはファー・イースタン・コミッションが出しましたアクティヴィティズ・オブ・ファー・イースタン・コミッションというような記録、あるいはまた占領中の内情に通じておりますマーク・ゲインのジャパン・ダイアリーであるとか、あるいはハーリー・ワイルズのタイフーン・イン・トーキョー、そういうふうな著書か出ました。さらには一昨年日本で、この憲法の原案が初めて天下に発表されまして——むろんその原案は、まだアメリカも日本も発表していないのでありますが、日本内で初めてその原案か発表されました。初めてこの憲法の原案がどういうものであるかということが、一般に、知ろうと思えば知れるようになったのであります。しかしながら、遺憾ながらまだそういう経過というものは、日本人一般には知られていないのでありまして、ほんとうにどういう経過をもってできたかということを一般に認識するに至っていないという現状なのであります。
この憲法は、普通の憲法と違いまして、全く国際政治の産物なのであります。大体憲法というのはみな国内政治の産物であり、また革命の推進力としての国内的政治権力の所産でなくちゃならない。ところがこの憲法に限りましては、その推進力は、一に外国の政治権力、軍事権力であった。ここにこの憲法の根本的の特色があるわけです。いかなる革命も、いかなる憲法も、その推進力たる政治的権力なしには行われません。こんなことは、皆さんにお説法するまでもないのでありますが、その政治的権力が一に外国の軍事権力、政治権力であった、こういうような憲法というものは、世界あってこの憲法以外にはありません。これに若干似ておるのは、ドイツのボン憲法たけであります。また従って世界の憲法史上にも全く類例のない憲法でありまして、従ってこういう憲法というものは、普通の憲法学とか、普通の憲法史だけではわからないのでありまして、全く国際政治史、また国際政治学的な観点から研究しなければわからないということは当然のことであります。これかすなわち私がこの問題に対して深甚の関心を持ったわけなのであります。
こういうわけで、今の憲法が外国の軍事権力、政治権力の所産であると申しましたが、それは言うまでもなく戦勝国、特にアメリカでありますが、戦勝国の占領政策の産物なのであります。この第二次世界大戦というものは、無条件降伏という実に有史以来前例のない主義政策のもとに遂行され、また終結いたした。これは私が専門としております国際政治史から申しまして、実に前代未聞の主義方針であります。その主義方針からこの憲法が生まれてきたのでありますから、その主義方針が何であるかということを知ることが、この憲法の性格を知ることの第一なんでありますが、それはもう全世界に知られておるのです。世界においてだれも知らぬ者がないというほど知られておるいわゆる五つのDの政策というものがある。五つのDの政策というものをアメリカは戦争政策とし、また占領政策とし、占領目的といたしたわけでありまして、この五つの政策というのはDという言葉で始まっておりますために、五つのDの政策というふうに世界に知られておる。すなわちその第一は、ディスアーマメント、軍備撤廃ということなのであります。これが第二次世界戦争における米英の中心眼目であったわけなのであります。戦敗国をして完全に軍備撤廃せしめるということが戦争目的の第一であり、従って占領政策の第一であったわけであります。これは言うまでもなく完全にその国の陸海空軍を撤廃することなのであります。そしてそのことは終戦直後に始められ、負けた国はみなその軍備を撤廃させられた。さらにこれを永遠化するということが占領政策のやはり眼目でございまして、すなわちそれが第九条第二項前段として実行されたわけなのであります。それから第二はディミリタリゼーション、すなわち非軍事化の政策といわれておるものでありまして、これはただに形をなした陸海軍ばかりではないのであります。また陸海軍Lはならないが、一変すればすぐ陸海軍になるという一切の実力なのであります。それがすなわち戦力を徹底的に撤廃しない限り、戦敗国を無力にすることはできないという考えから、非軍事化という政策を考えられたのであります。アメリカ占領政策の第一が日本の軍備撤廃並びに非軍事化であるということは、マッカーサーに与えられたところの訓令を見ますと、しばしば繰り返されておりますから、だれも疑うことができない。この非軍事化すなわち戦力の撤廃ということが、やはり第九条第二項前段にうたわれておることも御承知の通りである。第三は、ディスインダストリアリゼーション、すなわち非産業化の政策、これがまた資本主義国の親玉である米英の主たる目的でありまして、戦敗国たるドイツや日本を完全に非産業化する、非近代化する、できれば中世期の農業生産国にするというのが本来の目的であった。それを普通モーゲンソー・プランといって、戦争中から世界に知れわたっておったことは御承知の通りであります。むろんその通りは実行できませんで、モーゲンソー・プランを緩和はいたしましたけれども、ドイツ及び日本を完全に非産業化して、そして世界の資本主義市場というものを米英が永久に独占したいという考え方を持っておったのが第三であります。ところがそのことは同時に第一、第二の政策と相通ずるのでありまして、非近代産業化というものは、近代軍備を持つことはできない。国家をして非近代化させるということは、すなわち非軍事化せしめることなのでありますから、従ってこれは要するにドイツとの両面でありまして、結局は第一、第二の目的にもかなうことなのです。これがすなわち第三の政策である。第四はディセントラリゼーション、これはアメリカの伝統的システムでありますところのフェデラリズムの現われでありまして、すなわちドイツや日本に対して政治的、行政的、経済的、文化的、あらゆる面においてディセントラライズせしめるという政策をとったのであります。ドイツにおいてはそれが十分に行われましたが、ちっぽけな日本では行われませんでした。しかしながらでき得る限り占領軍は行政的に、また経済的、文化的にディセントラライズいたしたのであります。第五がいわゆるデモクラティゼーション、民主主義化であります。民主主義化こそ日本において最も力強く宣伝されましたが、しかしながらアメリカのデモクラティズムは、いうまでもなくアメリカのデモクラシーを世界にしくということで、いわゆるアメリカン・オブ・ライフなのであります。アメリカの生活法を全世界にしいて、アメリカの経済的、政治的、文化的勢力を全世界にいきわたらせることが本意でありましょう。この五つの政策、これを実現することが米英の戦争目的であり、占領政策であったわけであります。これを実現するために無条件降伏という従来前例のない徹底的政策をとったわけであります。でありますからこの五つの政策を実行しますのに、無条件降伏というこれまた前代米国の政策でありまして、いまだかつて行われたことはなかったのでありますが、要するに戦敗国というものを一時滅亡せしめるのであります。これをローマ法ではデベラチオと申しました。すなわち戦争によって絶滅した状態に陥れて、軍事占領の間に戦敗国を思う存分あらゆる方面を料理する。すなわち今中しました五つの政策というものを思う存分に実行するのが、すなわち無条件降伏であるわけであります。でありますから。ポツダム宣言にしても、また降伏文書にいたしましても、これは決して条約でも合意でもありません。これは全く一方的な命令なのであります。このことはアメリカ本国がマッカーサーに与えましたところの権限の文士によってはっきりうたっておる。ここでは時間がありませんから、詳しくは申しませんが、要するにマッカーサー司令官に絶対的な軍事独裁権を与えたのであります。何ものにも制限されないのであります。日本とは何ら条約も合意もないのであります。全くアメリカ及び最高司令官がやりたいと思うこと、またやる必要のあることは何でもかんでもできる。いわば絶対的軍事独裁権をマッカーサーに与えた。そういう軍事独裁権を持って五つの政策を実行したのが、すなわち占領当時であったわけであります。この軍事占領、軍事統治の結果といたしまして、今の憲法ができたのであります。ところがこの憲法を作るということは、アメリカは戦争中から考えております。さすがにどうも先見の明のある国でありまして、戦争の半ば以後、日本を無条件降伏させた後どういうふうに日本を治めるかということを、国務省と陸海軍の三省の合議体でもってよく研究しておりました。そして終戦になりまするや、同時にその政策を次々にマッカーサーに授けたのでありますが、マッカーサーに授けました権限の中に明かに日本の政治制度を改革するとい一項があった。すなわちマッーカーサーは初めから日本の政治制度を改革する。すなわち日本に政治的革命を実行するという権限が与えられているわけであります。ところが遺憾ながら占領の年の末にマッカーサーの手からその権限は極東委員会の手に移ってしまったのであります。すなわち終戦の年の十二月二十六日のモスクワ三国協定によりまして日本の占領統治に関する最も重大な政策とか原則とか、標準というものは、全部これは極東委員会が作る。ただマッカーサーはこれをインプルーブメント、それを実行する任に当るという明確な協定ができて、マッカーサーは憲法に手を入れる権限を失ってしまったのであります。このことは占領の翌年一月に極東諮問委員会の人々がマッカーサーをたずねましたときに、マッカーサーははっきり言っている。もう自分は憲法に関する権限は失われた。ところがアメリカにおいてはそうではなかったのであります。アメリカ本国におきましては極東委員会が発足する前に、新憲法という既成事実を作ってしまいたいという決意を固めました。終戦の翌年の一月七日、国務省、陸海軍の調整委員会、SWNCCと普通いわれておりますが、ステート・ウオー・ネーヴィ・コーディネーティング・コミッティという名前でありますが、その委員会で大急ぎで日本統治制度の改革、すなわちレフォーム・オブ・ガヴァーメンタル・システム・オブ・ジャパンということをきめた。これはSWNCC二二八の文書にあるのであります。このSWNCC二二八の命令によりまして、マッカーサーはたちまち憲法を作るという決意を固めざるを得なかったと思います。これがすなわち占領の翌年の二月二日であります。そこでマッカーサー元帥はこのアメリカの命令と、アメリカの提供しました材料を基礎にいたしまして、部下を督励いたしまして、わずかに一週間、すなわち占領の翌年の二月四日から二月十日に至る一週間で今の憲法の原案を作ったのであります。しかもそれに関係した者はしろうとでありまして、ただ一人憲法の専門家というものは入っていなかった、しろうとがでっち上げたのでありますが、材料は本国から来ておりますから、本国の材料によってマッカーサーの部下の者がわずか一週間で作りましたのが、大体において今日の憲法の原案なのであります。ところが二月十三日に、御承知のように、ホイットニーがケーディスなどを引き連れまして、当時の吉田外務大臣、松本国務大臣をたずねて、それを下げ渡している。これをもとにして憲法を作れ、この通りの憲法を作れとは言わないが、しかしながら根本原則及び基本形態、フォンドメンタリ・オブ・プリンシプルス・アンド・べージック・フォームスという言葉を使いまして、根本原則及び基本形態というものは全部ゆるがしてはいかぬ。もしもこの憲法を作らなければ、天皇の身柄も保障するわけにはいかない、天皇のからだを保障するわけにはいかない、こういうことを申して日本に憲法の改正を迫ったのであります。そこでいろいろ紆余曲折がありますが、とにかくどうしてもこれに従うほか道がないというので、とうとう三月四日から五日、マッカーサー司令部におきまして、日本から出ましたのは結局は法制局の佐藤達夫君一人でありますが、佐藤達夫君一人と、向うはホイットニー、ケーディス、その他司令部の首脳部が総がかりで、一夜のうちに、今のマッカーサー原案というものを基礎にして、逐語訳的に日本の憲法にいたしたのであります。これは大体において先に申しましたマッカーサーの原案と同じでありまして、ただわずかにニカ条だけが変ったのであります。その他多少の違いはありますが、結局九五%までは全然もとの通りのものなんであります。そうしてでき上りましたものが三月六日の憲法改正草案であります。これがすなわち世間でマッカーサー憲法原案と呼んでいるものであります。マッカーサー憲法原案なるものがすなわち三月六日にできたのであります。このマッカーサー原案というものがもし発表されますならば、これは全く英語の憲法である。また司令部が作ったものであるということがはっきりわかりますために、アメリカの政府も、従ってまた日本の政府も、今もってよう発表しないのである。さすがのマッカーサーも良心に恥じるのでしょう、今もってこれを世界に発表しない。しかしながら幸いに一昨年六月、日本の渡辺銭蔵氏が発表してしまった。でありますから、これをわれわれしろうとが読んでも十分わかるのでありまして私も現に持ってきているのでありますが、今の憲法には英文の憲法がついている。コンスティチューション・オブ・ジャパンという英語の憲法がついている。これと比較対照しますと九五%は同じことである。結局今の憲法というものは、マッカーサー憲法原案というものを口日本語に逐語訳したものにすぎない。とにかく向うの書いたものを日本語に訳すのでありますし、しろうとがかかったのでありますから、多くの点において拙訳、誤訳が今もって残っているのであります。そういう憲法がすなわち今の憲法なのであります。むろんその後多少変りました。変りましたけれども、そのおもなるものはファーイースタン・コミッションの指令によって変ったのであります。それはファーイースタン・コミッションの記録を見れば明白でありまして、結局日本側のイニシアチブで変ったものはないのであります。日本側のイニシアチブで変ったものも多少こまかい点はあります。しかしそれとても決して日本側がきめたものではない。なぜならば、これはみな司令部が許可して初めてきまったものであります。なぜならば、これは司令部の承認のもとにできたものであります。この訳語の一点一句といえども、向うの承認なしにはきまらなかった。かくのごとくにして、要するにおもなるところは、すべてみなと言ってもいいくらい、向うのイニシアチブによってきまったものであります。ところがこういうことをすべてみな当時は秘密にしたのであります。なぜならば、これはマッカーサーが、またアメリカが、極東委員会を出し抜いて作らなければならないから、どうしても大急ぎでやらなければならない。また極東委員会の指令を無視したのである。極東委員会がこの指令を幾ら公表せいと迫っても、決してこれを公表しなかったのであります。そうしてまた極端なる検閲政策をとった。当時はすべての出版物みな事前検閲のもとにやったのでありますから、その真相が日本なんかに知れるはずはない。また世界にもなかなか容易には知れなかったのであります。そういうわけでありまして、要するに極秘のうちにやったのであります。なぜそういうような政策をとったかということは、マッカーサーがしばしば述懐しておりますが、マッカーサーはこういうことを申しております。マッカーサーといえども、こういうような憲法のやり方がいいとは思っていないのです。確かにこの憲法のやり方というものは間違っていると思っている。これは先ほど申しました本国政府に対しますところの報告のうちで、こう言うているのです。およそ権力や優越な軍事力によって強制されたものは、圧制の色彩を帯びるばかりでなく、ほんとうのデモクラシーの対蹠物、アンチテーゼである。だから本来こういうやり方というものがデモクラシーであるはずはない。従ってこんなふうにして憲法ができたということが、やがて日本人にわかれば、幾ら日本人だってこれを変えようという考えになることはわかっているから、あたかも日本人が自分の手で作ったかのようにやらなくちゃいかぬ、そのためにそういうやり方をしたのだということを、しばしばマッカーサーはその後語っているわけであります。でありますから、悪いことは知っておるのでありますけれども、それがわかってしまえばあとで本人が変えてしまう違いない、こう考えたのでしょう。これはもうしばしば言うておるのです。銃剣によって日本人に押しつけられたならば、その銃剣が存在する限りは存在し、軍隊が撤退しかつ日本人が彼ら自身が勝手にせられると、その瞬間に彼らはその憲法から免れるだろう こういうことをしばしばマッカーサーは言うておる。これは当然のことなんです。でありますから、マッカーサーはすべてのことを秘密のうちに運んだわけなんであります。かくのごとくにしてできたのがすなわち今の憲法でありますから、これは本来マッカーサー憲法の原案ほとんどそのままである。これを拙訳、誤訳したものが今の憲法である。でありますから、もしほんとうならばこれは英語で発表すべきものなのです。これを下手な日本語で発表したから今日問題が起った。もし初めからフル・テキストで出しておいてくれさえすれば問題はなかった。だから今日でも日本の憲法にはコンスティチューション・オブ・ジャパンという英文がついている。だれでも憲法を最初研究いたします場合には、原語にはどうなっておるのかということを探る。原語がこうなっておるということを知って日本語の翻訳が適当かどうかが判明する。だからコンスティチューション・オブ・ジャパンがオリジナル・テクストだということを知っているし、日本の六法全書にはすべてコンスティチューション・オブ・ジャパンがついているのです。だから本来正直な政府ならば、また占領統治中ならば、英語で公布してしかるべきものなのです。それをいろいろな細工をして、これをあたかも日本政府が作ったように、日本人が作ったように、また御丁寧に明治憲法の七十三条かなんかでやったかのようにやったから、問題が残ったのであります。今は日本の中学生に教師が、今の憲法はこのままでいいかと言いますと、すべてみな異口同音に、このままではいかぬ、どうしても直さなければいかぬと言うそうです。なぜかというその説明を聞きますと、今の憲法はかなづかいが違っている、これは旧式かなづかいである、これは新式かなづかいじゃない、だからこれは全部書き直さなければいかぬと言うそうであります。これはなるほどその通りなんです。昭和二十一年の五、六月ごろにはまだ新式かなづかいがきまっていなかった。旧式かなづかいだった。だから今の憲法の本文は旧式かなづかいになっている。旧式かなづかいだから直さなければならぬというのはもっともなことなんです。でありますから、もし今の憲法がほんとうに英語で公布されておってごらんなさい。これは小学生といえども、これはいかぬ、これは英語の憲法です、これはどうしたって日本語の憲法に直さなければならぬと言うでしょう。中学生ですらそんなことはわかるのです。それがおとなの日本人にわからぬというのはどうしても不思議なことです。笑いどうしてこんなことがわからないのですか。これは何と言ってもマッカーサー憲法でしょう。すなわちスターリンが主になって作った憲法はスターリン憲法です。一九三五年のソビエト憲法はスターリン憲法といっている。また一八七〇年のドイツ帝国の憲法はビスマルク憲法といわれている。また明治天皇の憲法は明治憲法といわれているでしょう。これはそれでいいわけでしょう。実際スターリンが作ったのですからスターリン憲法、ビスマルクが作ったからビスマルク憲法、明治天皇が主になって作られたから明治憲法でけっこうなんでしょう。マッカーサーが主になって作ったのだから、マッカーサー憲法と言うのが何が悪いのですか。これほど天下公明なことはないじゃないですか。マッカーサー憲法と言うたらマッカーサーが喜ぶでしょう。マッカーサー憲法がいつまでもそのままで残っているということは、ほんとうはマッカーサーの本意ではないと私は思いますが、とにかくマッカーサー憲法には相違ない。マッカーサー憲法原案ならほとんど誤訳はない憲法なんですから、これがマッカーサー憲法でなくてどうしますか。でありますから、こういうマッカーサー憲法に対しては、日本国の忠良なる公民である私は、遺憾ながら腹から忠誠の念をささげることはできません。(「同感々々」と呼ぶ者あり)私はこれは日本国民に対して訴えたいのです。もしほんとうにこの憲法に忠誠の念をささげる人があるとしますならば、それこそマッカーサー帝国の忠良なる臣民に違いないと私は考える。遺憾ながら日本にはマッカーサー帝国の忠良なる臣民が一ぱい満ちているのです。実に遺憾千万なことであります。何としましても日本人は日本人の日本にしなくはいけません。いつまでも日本がマッカーサーの日本であってはいけませんですよ。なるほどソ連はスターリンのソ連であってもいいかもしれません。またドイツはビスマルクのドイツであってもよかったかもしれません。またある場合には、日本も明治天皇の日本であってもよかったかもしれません。しかしながら、われわれの日本は、何としても日本人の日本でなければならない、こう私は確信するものであります。これが私の意見であります。拍手
この発言だけを見る →まず第一に、今の憲法は本来英語で書かれた憲法である、すなわち英文の憲法であって日本語の憲法ではないということなんであります。
この憲法がどうしてできたかということは、実は占領中は全く、ほとんど全く日本人には知らされていなかったのであります。その後に、至りましてだんだんアメリカから資料が参り、また著述が出まして、初めてその真相がわかって参ったのでありまして、それはようやく一、二年のことなのであります。でありますから、一、二年前までは、日本人はこの憲法がほんとうにどうしてできたかということは全然知らなかった、いわばわれわれ日本人はつんぼさじきに置かれておったのであります。この数年来、まず第一には、マッカーサー元帥その人が本国に送りましたところの憲法改正に関する報告、御承知のポリティカル・リオリエンテーション・オブ・ジャパンという報告、これは一九五〇年に本国に送られて公表された。これによって初めて、大体において日本のこの憲法がどういうふうにしてできたかという経過が世界に知らされたのであります。それまでは、何人も公けには知らなかった。また国務省が出しましたオキュペーション・オブ・ジャパン・ポリシー・アンド・プログレスというような本、あるいはファー・イースタン・コミッションが出しましたアクティヴィティズ・オブ・ファー・イースタン・コミッションというような記録、あるいはまた占領中の内情に通じておりますマーク・ゲインのジャパン・ダイアリーであるとか、あるいはハーリー・ワイルズのタイフーン・イン・トーキョー、そういうふうな著書か出ました。さらには一昨年日本で、この憲法の原案が初めて天下に発表されまして——むろんその原案は、まだアメリカも日本も発表していないのでありますが、日本内で初めてその原案か発表されました。初めてこの憲法の原案がどういうものであるかということが、一般に、知ろうと思えば知れるようになったのであります。しかしながら、遺憾ながらまだそういう経過というものは、日本人一般には知られていないのでありまして、ほんとうにどういう経過をもってできたかということを一般に認識するに至っていないという現状なのであります。
この憲法は、普通の憲法と違いまして、全く国際政治の産物なのであります。大体憲法というのはみな国内政治の産物であり、また革命の推進力としての国内的政治権力の所産でなくちゃならない。ところがこの憲法に限りましては、その推進力は、一に外国の政治権力、軍事権力であった。ここにこの憲法の根本的の特色があるわけです。いかなる革命も、いかなる憲法も、その推進力たる政治的権力なしには行われません。こんなことは、皆さんにお説法するまでもないのでありますが、その政治的権力が一に外国の軍事権力、政治権力であった、こういうような憲法というものは、世界あってこの憲法以外にはありません。これに若干似ておるのは、ドイツのボン憲法たけであります。また従って世界の憲法史上にも全く類例のない憲法でありまして、従ってこういう憲法というものは、普通の憲法学とか、普通の憲法史だけではわからないのでありまして、全く国際政治史、また国際政治学的な観点から研究しなければわからないということは当然のことであります。これかすなわち私がこの問題に対して深甚の関心を持ったわけなのであります。
こういうわけで、今の憲法が外国の軍事権力、政治権力の所産であると申しましたが、それは言うまでもなく戦勝国、特にアメリカでありますが、戦勝国の占領政策の産物なのであります。この第二次世界大戦というものは、無条件降伏という実に有史以来前例のない主義政策のもとに遂行され、また終結いたした。これは私が専門としております国際政治史から申しまして、実に前代未聞の主義方針であります。その主義方針からこの憲法が生まれてきたのでありますから、その主義方針が何であるかということを知ることが、この憲法の性格を知ることの第一なんでありますが、それはもう全世界に知られておるのです。世界においてだれも知らぬ者がないというほど知られておるいわゆる五つのDの政策というものがある。五つのDの政策というものをアメリカは戦争政策とし、また占領政策とし、占領目的といたしたわけでありまして、この五つの政策というのはDという言葉で始まっておりますために、五つのDの政策というふうに世界に知られておる。すなわちその第一は、ディスアーマメント、軍備撤廃ということなのであります。これが第二次世界戦争における米英の中心眼目であったわけなのであります。戦敗国をして完全に軍備撤廃せしめるということが戦争目的の第一であり、従って占領政策の第一であったわけであります。これは言うまでもなく完全にその国の陸海空軍を撤廃することなのであります。そしてそのことは終戦直後に始められ、負けた国はみなその軍備を撤廃させられた。さらにこれを永遠化するということが占領政策のやはり眼目でございまして、すなわちそれが第九条第二項前段として実行されたわけなのであります。それから第二はディミリタリゼーション、すなわち非軍事化の政策といわれておるものでありまして、これはただに形をなした陸海軍ばかりではないのであります。また陸海軍Lはならないが、一変すればすぐ陸海軍になるという一切の実力なのであります。それがすなわち戦力を徹底的に撤廃しない限り、戦敗国を無力にすることはできないという考えから、非軍事化という政策を考えられたのであります。アメリカ占領政策の第一が日本の軍備撤廃並びに非軍事化であるということは、マッカーサーに与えられたところの訓令を見ますと、しばしば繰り返されておりますから、だれも疑うことができない。この非軍事化すなわち戦力の撤廃ということが、やはり第九条第二項前段にうたわれておることも御承知の通りである。第三は、ディスインダストリアリゼーション、すなわち非産業化の政策、これがまた資本主義国の親玉である米英の主たる目的でありまして、戦敗国たるドイツや日本を完全に非産業化する、非近代化する、できれば中世期の農業生産国にするというのが本来の目的であった。それを普通モーゲンソー・プランといって、戦争中から世界に知れわたっておったことは御承知の通りであります。むろんその通りは実行できませんで、モーゲンソー・プランを緩和はいたしましたけれども、ドイツ及び日本を完全に非産業化して、そして世界の資本主義市場というものを米英が永久に独占したいという考え方を持っておったのが第三であります。ところがそのことは同時に第一、第二の政策と相通ずるのでありまして、非近代産業化というものは、近代軍備を持つことはできない。国家をして非近代化させるということは、すなわち非軍事化せしめることなのでありますから、従ってこれは要するにドイツとの両面でありまして、結局は第一、第二の目的にもかなうことなのです。これがすなわち第三の政策である。第四はディセントラリゼーション、これはアメリカの伝統的システムでありますところのフェデラリズムの現われでありまして、すなわちドイツや日本に対して政治的、行政的、経済的、文化的、あらゆる面においてディセントラライズせしめるという政策をとったのであります。ドイツにおいてはそれが十分に行われましたが、ちっぽけな日本では行われませんでした。しかしながらでき得る限り占領軍は行政的に、また経済的、文化的にディセントラライズいたしたのであります。第五がいわゆるデモクラティゼーション、民主主義化であります。民主主義化こそ日本において最も力強く宣伝されましたが、しかしながらアメリカのデモクラティズムは、いうまでもなくアメリカのデモクラシーを世界にしくということで、いわゆるアメリカン・オブ・ライフなのであります。アメリカの生活法を全世界にしいて、アメリカの経済的、政治的、文化的勢力を全世界にいきわたらせることが本意でありましょう。この五つの政策、これを実現することが米英の戦争目的であり、占領政策であったわけであります。これを実現するために無条件降伏という従来前例のない徹底的政策をとったわけであります。でありますからこの五つの政策を実行しますのに、無条件降伏というこれまた前代米国の政策でありまして、いまだかつて行われたことはなかったのでありますが、要するに戦敗国というものを一時滅亡せしめるのであります。これをローマ法ではデベラチオと申しました。すなわち戦争によって絶滅した状態に陥れて、軍事占領の間に戦敗国を思う存分あらゆる方面を料理する。すなわち今中しました五つの政策というものを思う存分に実行するのが、すなわち無条件降伏であるわけであります。でありますから。ポツダム宣言にしても、また降伏文書にいたしましても、これは決して条約でも合意でもありません。これは全く一方的な命令なのであります。このことはアメリカ本国がマッカーサーに与えましたところの権限の文士によってはっきりうたっておる。ここでは時間がありませんから、詳しくは申しませんが、要するにマッカーサー司令官に絶対的な軍事独裁権を与えたのであります。何ものにも制限されないのであります。日本とは何ら条約も合意もないのであります。全くアメリカ及び最高司令官がやりたいと思うこと、またやる必要のあることは何でもかんでもできる。いわば絶対的軍事独裁権をマッカーサーに与えた。そういう軍事独裁権を持って五つの政策を実行したのが、すなわち占領当時であったわけであります。この軍事占領、軍事統治の結果といたしまして、今の憲法ができたのであります。ところがこの憲法を作るということは、アメリカは戦争中から考えております。さすがにどうも先見の明のある国でありまして、戦争の半ば以後、日本を無条件降伏させた後どういうふうに日本を治めるかということを、国務省と陸海軍の三省の合議体でもってよく研究しておりました。そして終戦になりまするや、同時にその政策を次々にマッカーサーに授けたのでありますが、マッカーサーに授けました権限の中に明かに日本の政治制度を改革するとい一項があった。すなわちマッーカーサーは初めから日本の政治制度を改革する。すなわち日本に政治的革命を実行するという権限が与えられているわけであります。ところが遺憾ながら占領の年の末にマッカーサーの手からその権限は極東委員会の手に移ってしまったのであります。すなわち終戦の年の十二月二十六日のモスクワ三国協定によりまして日本の占領統治に関する最も重大な政策とか原則とか、標準というものは、全部これは極東委員会が作る。ただマッカーサーはこれをインプルーブメント、それを実行する任に当るという明確な協定ができて、マッカーサーは憲法に手を入れる権限を失ってしまったのであります。このことは占領の翌年一月に極東諮問委員会の人々がマッカーサーをたずねましたときに、マッカーサーははっきり言っている。もう自分は憲法に関する権限は失われた。ところがアメリカにおいてはそうではなかったのであります。アメリカ本国におきましては極東委員会が発足する前に、新憲法という既成事実を作ってしまいたいという決意を固めました。終戦の翌年の一月七日、国務省、陸海軍の調整委員会、SWNCCと普通いわれておりますが、ステート・ウオー・ネーヴィ・コーディネーティング・コミッティという名前でありますが、その委員会で大急ぎで日本統治制度の改革、すなわちレフォーム・オブ・ガヴァーメンタル・システム・オブ・ジャパンということをきめた。これはSWNCC二二八の文書にあるのであります。このSWNCC二二八の命令によりまして、マッカーサーはたちまち憲法を作るという決意を固めざるを得なかったと思います。これがすなわち占領の翌年の二月二日であります。そこでマッカーサー元帥はこのアメリカの命令と、アメリカの提供しました材料を基礎にいたしまして、部下を督励いたしまして、わずかに一週間、すなわち占領の翌年の二月四日から二月十日に至る一週間で今の憲法の原案を作ったのであります。しかもそれに関係した者はしろうとでありまして、ただ一人憲法の専門家というものは入っていなかった、しろうとがでっち上げたのでありますが、材料は本国から来ておりますから、本国の材料によってマッカーサーの部下の者がわずか一週間で作りましたのが、大体において今日の憲法の原案なのであります。ところが二月十三日に、御承知のように、ホイットニーがケーディスなどを引き連れまして、当時の吉田外務大臣、松本国務大臣をたずねて、それを下げ渡している。これをもとにして憲法を作れ、この通りの憲法を作れとは言わないが、しかしながら根本原則及び基本形態、フォンドメンタリ・オブ・プリンシプルス・アンド・べージック・フォームスという言葉を使いまして、根本原則及び基本形態というものは全部ゆるがしてはいかぬ。もしもこの憲法を作らなければ、天皇の身柄も保障するわけにはいかない、天皇のからだを保障するわけにはいかない、こういうことを申して日本に憲法の改正を迫ったのであります。そこでいろいろ紆余曲折がありますが、とにかくどうしてもこれに従うほか道がないというので、とうとう三月四日から五日、マッカーサー司令部におきまして、日本から出ましたのは結局は法制局の佐藤達夫君一人でありますが、佐藤達夫君一人と、向うはホイットニー、ケーディス、その他司令部の首脳部が総がかりで、一夜のうちに、今のマッカーサー原案というものを基礎にして、逐語訳的に日本の憲法にいたしたのであります。これは大体において先に申しましたマッカーサーの原案と同じでありまして、ただわずかにニカ条だけが変ったのであります。その他多少の違いはありますが、結局九五%までは全然もとの通りのものなんであります。そうしてでき上りましたものが三月六日の憲法改正草案であります。これがすなわち世間でマッカーサー憲法原案と呼んでいるものであります。マッカーサー憲法原案なるものがすなわち三月六日にできたのであります。このマッカーサー原案というものがもし発表されますならば、これは全く英語の憲法である。また司令部が作ったものであるということがはっきりわかりますために、アメリカの政府も、従ってまた日本の政府も、今もってよう発表しないのである。さすがのマッカーサーも良心に恥じるのでしょう、今もってこれを世界に発表しない。しかしながら幸いに一昨年六月、日本の渡辺銭蔵氏が発表してしまった。でありますから、これをわれわれしろうとが読んでも十分わかるのでありまして私も現に持ってきているのでありますが、今の憲法には英文の憲法がついている。コンスティチューション・オブ・ジャパンという英語の憲法がついている。これと比較対照しますと九五%は同じことである。結局今の憲法というものは、マッカーサー憲法原案というものを口日本語に逐語訳したものにすぎない。とにかく向うの書いたものを日本語に訳すのでありますし、しろうとがかかったのでありますから、多くの点において拙訳、誤訳が今もって残っているのであります。そういう憲法がすなわち今の憲法なのであります。むろんその後多少変りました。変りましたけれども、そのおもなるものはファーイースタン・コミッションの指令によって変ったのであります。それはファーイースタン・コミッションの記録を見れば明白でありまして、結局日本側のイニシアチブで変ったものはないのであります。日本側のイニシアチブで変ったものも多少こまかい点はあります。しかしそれとても決して日本側がきめたものではない。なぜならば、これはみな司令部が許可して初めてきまったものであります。なぜならば、これは司令部の承認のもとにできたものであります。この訳語の一点一句といえども、向うの承認なしにはきまらなかった。かくのごとくにして、要するにおもなるところは、すべてみなと言ってもいいくらい、向うのイニシアチブによってきまったものであります。ところがこういうことをすべてみな当時は秘密にしたのであります。なぜならば、これはマッカーサーが、またアメリカが、極東委員会を出し抜いて作らなければならないから、どうしても大急ぎでやらなければならない。また極東委員会の指令を無視したのである。極東委員会がこの指令を幾ら公表せいと迫っても、決してこれを公表しなかったのであります。そうしてまた極端なる検閲政策をとった。当時はすべての出版物みな事前検閲のもとにやったのでありますから、その真相が日本なんかに知れるはずはない。また世界にもなかなか容易には知れなかったのであります。そういうわけでありまして、要するに極秘のうちにやったのであります。なぜそういうような政策をとったかということは、マッカーサーがしばしば述懐しておりますが、マッカーサーはこういうことを申しております。マッカーサーといえども、こういうような憲法のやり方がいいとは思っていないのです。確かにこの憲法のやり方というものは間違っていると思っている。これは先ほど申しました本国政府に対しますところの報告のうちで、こう言うているのです。およそ権力や優越な軍事力によって強制されたものは、圧制の色彩を帯びるばかりでなく、ほんとうのデモクラシーの対蹠物、アンチテーゼである。だから本来こういうやり方というものがデモクラシーであるはずはない。従ってこんなふうにして憲法ができたということが、やがて日本人にわかれば、幾ら日本人だってこれを変えようという考えになることはわかっているから、あたかも日本人が自分の手で作ったかのようにやらなくちゃいかぬ、そのためにそういうやり方をしたのだということを、しばしばマッカーサーはその後語っているわけであります。でありますから、悪いことは知っておるのでありますけれども、それがわかってしまえばあとで本人が変えてしまう違いない、こう考えたのでしょう。これはもうしばしば言うておるのです。銃剣によって日本人に押しつけられたならば、その銃剣が存在する限りは存在し、軍隊が撤退しかつ日本人が彼ら自身が勝手にせられると、その瞬間に彼らはその憲法から免れるだろう こういうことをしばしばマッカーサーは言うておる。これは当然のことなんです。でありますから、マッカーサーはすべてのことを秘密のうちに運んだわけなんであります。かくのごとくにしてできたのがすなわち今の憲法でありますから、これは本来マッカーサー憲法の原案ほとんどそのままである。これを拙訳、誤訳したものが今の憲法である。でありますから、もしほんとうならばこれは英語で発表すべきものなのです。これを下手な日本語で発表したから今日問題が起った。もし初めからフル・テキストで出しておいてくれさえすれば問題はなかった。だから今日でも日本の憲法にはコンスティチューション・オブ・ジャパンという英文がついている。だれでも憲法を最初研究いたします場合には、原語にはどうなっておるのかということを探る。原語がこうなっておるということを知って日本語の翻訳が適当かどうかが判明する。だからコンスティチューション・オブ・ジャパンがオリジナル・テクストだということを知っているし、日本の六法全書にはすべてコンスティチューション・オブ・ジャパンがついているのです。だから本来正直な政府ならば、また占領統治中ならば、英語で公布してしかるべきものなのです。それをいろいろな細工をして、これをあたかも日本政府が作ったように、日本人が作ったように、また御丁寧に明治憲法の七十三条かなんかでやったかのようにやったから、問題が残ったのであります。今は日本の中学生に教師が、今の憲法はこのままでいいかと言いますと、すべてみな異口同音に、このままではいかぬ、どうしても直さなければいかぬと言うそうです。なぜかというその説明を聞きますと、今の憲法はかなづかいが違っている、これは旧式かなづかいである、これは新式かなづかいじゃない、だからこれは全部書き直さなければいかぬと言うそうであります。これはなるほどその通りなんです。昭和二十一年の五、六月ごろにはまだ新式かなづかいがきまっていなかった。旧式かなづかいだった。だから今の憲法の本文は旧式かなづかいになっている。旧式かなづかいだから直さなければならぬというのはもっともなことなんです。でありますから、もし今の憲法がほんとうに英語で公布されておってごらんなさい。これは小学生といえども、これはいかぬ、これは英語の憲法です、これはどうしたって日本語の憲法に直さなければならぬと言うでしょう。中学生ですらそんなことはわかるのです。それがおとなの日本人にわからぬというのはどうしても不思議なことです。笑いどうしてこんなことがわからないのですか。これは何と言ってもマッカーサー憲法でしょう。すなわちスターリンが主になって作った憲法はスターリン憲法です。一九三五年のソビエト憲法はスターリン憲法といっている。また一八七〇年のドイツ帝国の憲法はビスマルク憲法といわれている。また明治天皇の憲法は明治憲法といわれているでしょう。これはそれでいいわけでしょう。実際スターリンが作ったのですからスターリン憲法、ビスマルクが作ったからビスマルク憲法、明治天皇が主になって作られたから明治憲法でけっこうなんでしょう。マッカーサーが主になって作ったのだから、マッカーサー憲法と言うのが何が悪いのですか。これほど天下公明なことはないじゃないですか。マッカーサー憲法と言うたらマッカーサーが喜ぶでしょう。マッカーサー憲法がいつまでもそのままで残っているということは、ほんとうはマッカーサーの本意ではないと私は思いますが、とにかくマッカーサー憲法には相違ない。マッカーサー憲法原案ならほとんど誤訳はない憲法なんですから、これがマッカーサー憲法でなくてどうしますか。でありますから、こういうマッカーサー憲法に対しては、日本国の忠良なる公民である私は、遺憾ながら腹から忠誠の念をささげることはできません。(「同感々々」と呼ぶ者あり)私はこれは日本国民に対して訴えたいのです。もしほんとうにこの憲法に忠誠の念をささげる人があるとしますならば、それこそマッカーサー帝国の忠良なる臣民に違いないと私は考える。遺憾ながら日本にはマッカーサー帝国の忠良なる臣民が一ぱい満ちているのです。実に遺憾千万なことであります。何としましても日本人は日本人の日本にしなくはいけません。いつまでも日本がマッカーサーの日本であってはいけませんですよ。なるほどソ連はスターリンのソ連であってもいいかもしれません。またドイツはビスマルクのドイツであってもよかったかもしれません。またある場合には、日本も明治天皇の日本であってもよかったかもしれません。しかしながら、われわれの日本は、何としても日本人の日本でなければならない、こう私は確信するものであります。これが私の意見であります。拍手
山
山本粂吉#3
○山本委員長 委員長より公述人各位にお願いを申し上げます。速記者が、英語を多く使われると速記が大へんとりにくいと申しますから、英語を御使用の場合は、なるたけごゆっくり御発言を願い、それの訳をおつけ下さるよう、特にお願い申し上げます。
では中村哲君。
この発言だけを見る →では中村哲君。
中
中村哲#4
○中村公述人 ただいま神川彦松先生から、憲法を改正すべきであるというお話がありました。その際神川先生は、国際政治の専門の立場からお話しになったのでありますが、私は、戦前台北帝大に十年間憲法を講じておりまして、その後終戦後は、法政大学その他で憲法を講義しております。そういう憲法を講義しております経験からいって、この今の憲法について、むろん批評はあります。憲法の学問をするからには、各国の憲法と比較していろいろ検討しなければならないわけです。ことに、旧憲法と新憲法と両方講義して参りました関係上、いろいろこれについての批評は持っております。しかし、現在ここで憲法調査会というものが作られんとし、それによって単なる調査でなくて、われわれは研究上今の憲法のいい悪いを検討するというだけですが、そういうのでなくて、ここに憲法調査会というものを作って、実際は憲法の改正を強行しようとしている、こういうことについては大へん問題であると考えます。ことに、この調査会法案の提案理由などを見ますと、抽象的に、憲法のいいところ悪いところを検討するのだということを書いてありますけれども、すでに世間には、半公け的に各政党の憲法改正案というものが公表されておりまして、新聞などで伝えるところによりますと、そういう従来の改正案を総合し、これを調整して、大体そういう改正案を政府は作ろうとしているのであるということが、再三新聞などに伝えられているのです。そうしますと、ここで調査会法案というものが出されておりますけれども、実際にはこの一、二年の間に出されておる改正案をまとめて、そしてそれを強行するためにこういう法案ができようとしていることは明らかだと思うのであります。そうなりますと、そういう具体的な今の段階における改正というものを承認していいかどうかということになりますと、これはわれわれが学問的に、憲法の長所短所をただ客観的に検討するということとは違っておりまして、明らかにこれは政治問題であるし、また現在の国際情勢の中でこういう改正をするのがいいかどうか、こういう問題になると思います。
先ほどから神川先生は、マッカーサー憲法ということを言われましたが、これは、政治家がマッカーサー憲法というふうに失言されることは、あり得るかとも思いますが、先生のような国際政治の専門家が簡単にこう言われることについては、ちょっと疑問を持たざるを得ないのです。なぜかと申しますと、前の憲法を明治憲法というのは、明治の時代に作った憲法だという意味でありましょう。またかりに明治天皇の作った憲法であるというのであるとするならば、それと同じ意味において、今の憲法をマッカーサー憲法ということはできないのです。明治憲法は御承知のように、マッカーサーに比較しますと、ちょうど伊藤博文という人物がおりまして、その伊藤博文のもとで井上毅というドイツ学者が主として原文を作りまして、伊藤博文の名において天皇の御前会議にかけた憲法です。そうして、その天皇の御前会議で承認されたことから、これは天皇の作った欽定憲法だ、こういわれております。それと同じような意味で今日の憲法をいうならば、マッカーサーに相当するものは井上毅というか、伊藤博文であります。その井上毅や伊藤博文の作った原案を国会が検討して、そうして修正すべきところは修正して承認したのでありますから、それは国会の作った憲法といわなければならない。原案をだれが持ち出したかというところでマッカーサー憲法というのであれば、それは、旧憲法の場合に、伊藤博文の作った憲法だとか、井上毅が押しつけた憲法だというのと同じでありまして、これは、憲法学上はそういうことは従来言っておりません。
さて、そういうことは別としまして、今日ここに出されております調査会法案の説明を見ますと、この説明の理由によりましてこの法案が作られるというのであるとしますと、この法案の説明は、非常に根拠が薄弱であるし、ある部分、多くの国民が納得できないような理由を含んでおると思うのです。法案の内容については、これはほとんど制度上の問題ですから、あまり問題はないかと思うのです。それでも多少——たとえば、国会にこういうものを付置させないで、国会の委員会としないで、内閣に置いたということが問題ではないか、これは非常に大きなことになります。その他については、調査会の構成そのものについては、それほど問題はないかと思いますが、しかし、そういう調査会をなぜ設けるかということを、国が、しかも内閣が責任をもって理由としてあげておるこの理由書というものは、実に矛盾しておるし、間違っておるし、これは全然提案の理由にはならないと私は思うのです。そこで、少しこれを検討してみたいと思うのです。
まず現行憲法が民主主義、平和主義並びに基本的人権の尊重にその基本的原則を貫いておるということは、何人も不可とするものではない、これは当然でありまして、このことを内閣あるいは国会の諸子が明瞭に自覚されておるならば、今日簡単に憲法改正というような問題は出てくるはずはないと思う。現在の憲法ほど各国の憲法に比べて民主主義的であり、平和主義的であり、しかも基本的人権の保障においてよその国よりも厳重であるという憲法は——私は、比較憲法上はこれが最もすぐれた憲法だと思います。それにもかかわらず、現在すでにもう改正意見として出ております、自由党あるいは旧改進党、それから自主憲法期成同盟、それらの改正案と申しますものは、民主主義、特に国会の権限をある程度制限しておる、そうして執行権を強化するとか、あるいは平和主義という点では、国際紛争の起った場合の話し合いの政治の余地をなくして、むしろ武力的な解決に頼まうとしている、そうして再軍備をしようとしている。また基本的人権については、個々の条文について制限規定を設けていないために、一般の国民は、何か基本的人権には改正案は触れていないかのようでありますけれども、実際には原則的な規定を設けまして、法律によってするならば、基本的人権はどういうふうにでも制限し得るというふうな規定を加えているのです。これは大へんな問題でありまして、旧憲法時代はまさにそうでありました。法律をもってするならば、権利や自由は制限し得たのです。ところが今の憲法でいう基本的人権というのは、法律をもっても制限し得ないというところに、思想の自由や言論の自由の問題があるのです。ところが戦時中は、言論や思想の統制法を次々に出しまして、そのときそのときの政治情勢によって言論統制や思想統制その他をやったわけです。宗教の弾圧もやっているわけです。それと同じことを、この各改正案は共通して、法律によるならば制限していいと言っているのです。そうなりますと、これは基本的人権を尊重することでなくて、基本的人権を旧憲法時代に戻すことなんです。そういう点で、もしこの民主主義と平和主義と基本的人権の尊重ということが基本的原則で、これが最も大切だというならば、簡単に今改正案を持ち出すはずはないわけです。
次にこの理由書は「現行憲法が昭和二十一年占領の初期において連合国最高司令官の要請に基き、きわめて短期間に立案制定せられたものであり、」こういうふうに断定しておりますが、もともと終戦後憲法を作るということは、これは連合国司令官の要請によるまでもなく、われわれがあの戦争の経験に基きまして、軍国主義と独裁政治が再び起らないためには、どうしてもここに憲法の改正をしなければならない、民主的な憲法を作らなければならないということをわれわれは主張しました。当時私どもの先生である美濃部達吉先生は、憲法の改正はする必要はない、憲法が悪いのではなくて、独裁政治や軍部が悪かったのだから、改正する必要はないと申されましたが、私は、これに反対でありまして、やはり憲法改正をしなければ、再び戦時中のああいう誤まりを犯すというので、憲法を改正すべきだという主張をしておりまして、こういう言論は、国民の中からいろいろな形で出されておりましたし、当時民主的ないろいろな政党なども、そういう意見を持っておりました。現に束久邇内閣当時でも憲法改正の動きがありまして、私も多少当時は、その動きに関係もいたしました。ですから、その当時でさえも憲法を改正すべきだという声はあったのです。ことにポツダム宣言によれば、日本の民主主義の復活強化ということを言っておりまして、日本で民主主義の復活強化をするためには、ただ政治を民主的にするというだけでなく、その政治のよってきた憲法、つまり戦争中は、一たび事をしようとしましても、憲法に違反するとか、あるいは国体に違反するというと、すべて政治がやれなかった。そういう憲法上の制約を撤廃して、ほんとうに国民中心の憲法を作ることが終戦後の日本の再建の道であり、世界の大勢に合致することだったのです。そういうことから、何もマッカーサー司令官によって急にこの憲法改正が持ち出されたわけではないので、当時の心ある者は、みな憲法改正をしなければならないというふうに考えていたわけです。
しかももう少し具体的に申しますと、この連合国司令官が憲法改正を要請したというのは、おそらく近衛氏に対して要請したことなどを言うのだと思いますけれども、当時すでにいろいろな方面で憲法改正の必要がいわれておりまして、それを当時の政府が怠っておりましたために、たまたま近衛氏に会ったときに、マッカーサーがそれを示唆したわけ下す。
それからさらに、今の憲法は、マッカーサーの押しつけた憲法であるとか、あるいはマッカーサー憲法であるとかいうふうなことを軽々しく申しますけれども、そのことは大へん私は間違いだと思います。というのは、この文章としましても、すぐ次で問題になることです。「真に国民の自由意思によるものにあらざることは否定しがたき事実であります。」ということを提案理由にしているのです。果して国民の自由意思によるものでないということをどうして証明するのかということです。
それは、まず先ほどから神川先生の申されるように、マッカーサーが原案を出したというところに相当問題があるかに思うんです。ところがこのマッカーサーが政府を通じて原案を国会に出したということは、当初からマッカーサーの方で考えられたことではないのです。この点は先ほど申された民政局の日本の政治的再建というあの報告書によりますと、アメリカ側がそのことを明確に言っております。というのは、アメリカとしましては、最初から憲法草案を用意したのじゃなかった。日本政府がいわゆる松本案というものを準備しておりまして、これは公表されておりませんでした。ところが、その占領報告書によりましても、また私自身の記憶によりましても、毎日新聞が当時これをすっぱ抜いたわけです。それを連合国側は見まして、政府が改正しようとしている内容はこういうふうな程度の改正なのか——あの改正案、発表されました松本案と称せられるものは、天皇の権限にはほとんど触れないで、議会の権限を多少ふやすという程度のものでした。そういうものであるとすれば、これは日本の民主政治の方向に合するものではない、こういうふうにアメリカ側としては痛感したわけです。そこでさっそく政府に、今作っている原案を持って来いということで、アメリカ側がそれを要求したというふうに書いてあります。そこでアメリカ側としては、政府がそういうふうな非民主的な草案を作っているようではいけないからというので、急に民政局が草案を作り始めた。ことにその民政局の報告書の中には、その毎日新聞に発表された政府案なるものに対して、日本の民間側ではいろいろ反対があるといっています。われわれはそれに対して批評し反対したわけです。政党もそれに対して批評したわけです。つまり日本が民主化しようというときに、こんな旧憲法そのままの草案を作っているのではだめだということを批評した。つまりそのことによって、アメリカ側としては、当時の政府にまかせられないということで、初めてそこで草案を作ることを用意し始めたわけです。そうしますと、われわれ国民が民主的な憲法を作れという要求は、松本案よりも、むしろその段階においてはマッカーサー司令部の方がそういう意思を反映してくれたと言ってもいいと思います。先ほどからの神川先生の言論の中に、アメリカの占領下で作ったものはすべて悪い、すべて占領政策だと一方的に断定されますが、日本の民主勢力の中でも、そういう見方がないわけではありません。ちょうど裏返したように、日本に対するアメリカの政策はすべて植民地化政策だ、こういう判断をする見方があります。しかし、それはやはり極端なのでありまして、占領下においてアメリカのやったことには、いいこともあれば悪いこともある。やはりアメリカは、日本に比べますと民主政治という点では先進国でありましたし、ことに戦争中の日本なんかに比べたら、比較にならないわけですから、そういう意味で、アメリカが占領下において日本に教えたものの中には、非常にプラスもある、欠点ももちろんあります。それを、すべて日本を従属させるための政策であったというふうに断定することは、歴史を分析する仕方ではなくして、非常に独断的なものの見方だと思うのです。それでアメリカとしましても、占領下においては、アメリカ本位に日本憲法の原案を作っているわけではないので、それだけに今アメリカとしましては、アメリカの都合のいいような再軍備を要求しようとする場合に、日本の戦争放棄をした憲法がじゃまになってきたわけです。このことは、アメリカが自分の都合のいいように憲法を作ったのじゃないということを意味しておると思うのです。今改正が持ち出されているのは、まさにアメリカの要求する再軍備のためであります。そういう意味でも、今の憲法が矛盾しているわけです。そういうふうに、憲法の条文の中にはいろいろの要素がありますが、これを、一がいに占領行政の現われだと言うことはできないと思うのです。むしろそういう占領行政の現われだと言って改正を言っている人は、何を言おうとするかといえば、今の憲法の中にある国民中心の基本的人権を尊重したり、国会が中心であったりする、それを改正しようと言うのでありますから、それは、つまり今の憲法の内容があまり国民本位にできている、国民本位にできているということは、これは占領政策だ、こういうふうな非常に矛盾したことを言っているわけです。
さて話が余談になりましたが、問題になっているのは「国民の自由意思によるものにあらざることは否定しがたき事実であります。」こういう断定をどうしてできるのか、当時原案は、確かにアメリカ側から出されましたが、これを日本の法制局なんかが折衝しまして、そして一応妥当な線のところまで持ってきた。そしてこれを国会にかけたのです。そしてその国会では、百日余り審議しまして、そして修正すべきところは修正し、衆議院においては四カ条、貴族院においては三カ条の条文を加えました。それから全面的に条文の字句を訂正しております。そういう国会、皆さん方の今属しておられるこの国会、その前身である帝国議会、これは国民の意思を反映するものと見るほかはないと思います。皆さん方の御意見自身が国民の意思を反映するものと思うのであります。同時にまた、当時の帝国議会が国民の意思を反映したものと見るほかはないと思います。当時の議会は国民の意思を反映しなかったのだと言うならば、これは議会そのものを信用しないということでありまして、内閣が議会を信用しないということはわかりますけれども、その内閣の出したそういう理由を国会が承認するというのはおかしいと思います。そして国民の意思というものは、時の国会と違うときもあるでしょうけれども、しかし一応国会に現われたものを、国民の意思と見るよりほかないと思います。このことが憲法においても、国会は国民の代表機関であると言っている理由であります。でありますから、その議会が修正すべきところは修正し、承認した。最後的にはその議会が内容を決定しているのです。まるのみ込みをしたのじゃないのです。しかも審議権そのものを動かされたということではないので、ただだれが原案を出したか、その原案をどういうふうに了解してこれを受け入れたか、その責任をとったのは国民を代表する議会ですから、その意味で、議会が承認したものは国民の意思と言わざるを得ないと思います。また当時の議会は、そのマッカーサー草案と称せられるものを自由に検討したということは——本来旧憲法の手続によって改正するならば、旧憲法の七十三条によりますと、憲法の改正案というものは、勅命をもって議会の議にかけるのです。それで、このマッカーサー草案というものは勅命の形で議会にかけられたわけですが、その場合に、旧憲法の改正の法的な性質としましては、天皇のみが発議権を持っておりまして、議会側が発議権を持っておりませんために、旧憲法における憲法の改正という場合には、議会は新しい条項を加え得ない。出された原案を修正することはいいが、新しい条項をここに加えますと、その部分については天皇の発議権を侵すことになるから、憲法改正の場合だけは、普通の法律案と違いまして、新しい条項は加え得ないというのが、旧憲法の定説であります。ところがあの議会では、相当自由に討論しまして、衆議院においては四カ条、貴族院においては三カ条加える、そうしていろいろな部分の新しい言葉を加えている。そのくらい自由に、いわゆるマッカーサー草案というものを検討しているわけです。でありますから、これを簡単に、国民の自由意思によるものでないというふうに言うことは、間違いであると思います。
それからさらにその次に「過去約九カ年におけるこれが実施の経験にかんがみまして、わが国情に照らし種々検討を要すべき」ものがある、こういうふうに言っております。まず国会としまして、作られた憲法が果して守られているかどうか、こういうことを検討するのが当然だと思いますけれども、その作られた憲法が、いろいろな形で事実守られていない点があるわけです。その守られていないことについて、なぜそういうことになっているのか、そういう憲法違反の行為に対してどうするか、こういうふうな検討を、国会としまして今まで十二分にやってこられ、また内閣がその違憲の事実に対して、九十九条のいうように、憲法擁護の義務から、特に憲法を守っていく、こういうことを十二分にしてきたならいいですが、その逆に、憲法に違反する事実が出てきた場合に、その方に加担して憲法の条文を再検討する、こういうことは、本来九十九条でいう憲法擁護の義務を持っている政府や国会の方々としては、どうもその責任を果しているように私どもには思えない。もともとこの憲法は、日本の民主化のために作られたものです。憲法の基本精神は、この中で言われている通り、民主主義と平和主義とが基調になっている。そういう民主主義や平和主義という点では、日本は、あの終戦までは、軍国主義や独裁主義にわずらわされておりまして、ほんとうに民主主義や平和主義の方向に進むだけの実力を持っておりませんでした。そのために、たまたまここに憲法の力をかりて、そうして民主的な平和的な憲法の示すところに従って、実際の社会の実情をそこまで持っていかなければならなかった、そういう努力をしなければならなかったのです。このことは、憲法制定のときの衆議院の附帯決議の中にも、そういう憲法の条文に沿って日本を民主化することについて、あらゆる努力をしなければならないということを言っている。そのくらいでありますから、実情を憲法に合せるということに努力しなければならないのに、逆に民主化されてない実情の方に憲法を逆行させようとする、そうして、あたかも旧憲法時代に戻そうとするような改正というものは、日本のとるべき方向ではないと考えます。
そこで最後に、この文章を見ますと、この際新たなる国民的立場に立って憲法に全面的検討を加える、こう言っておりますが、新たなる国民的立場とは何か、自主的な国民的立場とは何か。これは、最近アメリカの極東政策に基いて再軍備が要求される、それに基いて憲法の改正をして、戦争放棄の規定を変えてしまう、そういうことではなくて、そういうふうな外からのいろいろな要請や圧迫がありましても、きぜんとしてこの平和の憲法を守り抜くということが、新しい国民的立場であると私は考える。その意味からいいまして、この政府の提案理由は非常に矛盾しておりますし、こういうふうな理由でもし憲法改正のための調査会を作るとすれば、末代までその恥を残すことになると思います。
それから調査会の構成の問題ですが、本来こういう調査会というものは、国会が発案——憲法改正の場合でも発案するのが筋でありまして、内閣がほかの法律案と同じように憲法改正の発案をしても、それをもって直ちに憲法違反というふうには私は言えないと思いますが、しかし本来は、やはり国会が国民に対して発議するほどでありますから、改正案を作るという場合でも、国会の内部で調査会ができて、そしてそこで調査や審議が行われる。ある場合にそれが発案されるというようなことが自然であると思うのですが、それをなぜ内閣に置くのか。おそらくその理由としまして、国会に置いたのでは、国会議員だけの構成になってしまう、学識経験者などは国会の委員会だと加えられない、こういうふうに言われるのだと思うのです。ところが学識経経者と申しましても、つい先ごろの小選挙区を審議したあの選挙制度の委員会でもわかりますように、学識経験者全員が反対しましても、強引にああいうふうにして通してしまう、こういうことでは、内閣に調査会を設けて学識経験者を二十名も入れるといいましても、実際はそうした人たちの意見はあまり尊重しないのではないか。今の政府では、おそらくそういうやり方になるのじゃないかと思います。これでは、政府に調査会を設ける理由がないように私は思います。
大体以上をもって私の公述を終ります。拍手
この発言だけを見る →先ほどから神川先生は、マッカーサー憲法ということを言われましたが、これは、政治家がマッカーサー憲法というふうに失言されることは、あり得るかとも思いますが、先生のような国際政治の専門家が簡単にこう言われることについては、ちょっと疑問を持たざるを得ないのです。なぜかと申しますと、前の憲法を明治憲法というのは、明治の時代に作った憲法だという意味でありましょう。またかりに明治天皇の作った憲法であるというのであるとするならば、それと同じ意味において、今の憲法をマッカーサー憲法ということはできないのです。明治憲法は御承知のように、マッカーサーに比較しますと、ちょうど伊藤博文という人物がおりまして、その伊藤博文のもとで井上毅というドイツ学者が主として原文を作りまして、伊藤博文の名において天皇の御前会議にかけた憲法です。そうして、その天皇の御前会議で承認されたことから、これは天皇の作った欽定憲法だ、こういわれております。それと同じような意味で今日の憲法をいうならば、マッカーサーに相当するものは井上毅というか、伊藤博文であります。その井上毅や伊藤博文の作った原案を国会が検討して、そうして修正すべきところは修正して承認したのでありますから、それは国会の作った憲法といわなければならない。原案をだれが持ち出したかというところでマッカーサー憲法というのであれば、それは、旧憲法の場合に、伊藤博文の作った憲法だとか、井上毅が押しつけた憲法だというのと同じでありまして、これは、憲法学上はそういうことは従来言っておりません。
さて、そういうことは別としまして、今日ここに出されております調査会法案の説明を見ますと、この説明の理由によりましてこの法案が作られるというのであるとしますと、この法案の説明は、非常に根拠が薄弱であるし、ある部分、多くの国民が納得できないような理由を含んでおると思うのです。法案の内容については、これはほとんど制度上の問題ですから、あまり問題はないかと思うのです。それでも多少——たとえば、国会にこういうものを付置させないで、国会の委員会としないで、内閣に置いたということが問題ではないか、これは非常に大きなことになります。その他については、調査会の構成そのものについては、それほど問題はないかと思いますが、しかし、そういう調査会をなぜ設けるかということを、国が、しかも内閣が責任をもって理由としてあげておるこの理由書というものは、実に矛盾しておるし、間違っておるし、これは全然提案の理由にはならないと私は思うのです。そこで、少しこれを検討してみたいと思うのです。
まず現行憲法が民主主義、平和主義並びに基本的人権の尊重にその基本的原則を貫いておるということは、何人も不可とするものではない、これは当然でありまして、このことを内閣あるいは国会の諸子が明瞭に自覚されておるならば、今日簡単に憲法改正というような問題は出てくるはずはないと思う。現在の憲法ほど各国の憲法に比べて民主主義的であり、平和主義的であり、しかも基本的人権の保障においてよその国よりも厳重であるという憲法は——私は、比較憲法上はこれが最もすぐれた憲法だと思います。それにもかかわらず、現在すでにもう改正意見として出ております、自由党あるいは旧改進党、それから自主憲法期成同盟、それらの改正案と申しますものは、民主主義、特に国会の権限をある程度制限しておる、そうして執行権を強化するとか、あるいは平和主義という点では、国際紛争の起った場合の話し合いの政治の余地をなくして、むしろ武力的な解決に頼まうとしている、そうして再軍備をしようとしている。また基本的人権については、個々の条文について制限規定を設けていないために、一般の国民は、何か基本的人権には改正案は触れていないかのようでありますけれども、実際には原則的な規定を設けまして、法律によってするならば、基本的人権はどういうふうにでも制限し得るというふうな規定を加えているのです。これは大へんな問題でありまして、旧憲法時代はまさにそうでありました。法律をもってするならば、権利や自由は制限し得たのです。ところが今の憲法でいう基本的人権というのは、法律をもっても制限し得ないというところに、思想の自由や言論の自由の問題があるのです。ところが戦時中は、言論や思想の統制法を次々に出しまして、そのときそのときの政治情勢によって言論統制や思想統制その他をやったわけです。宗教の弾圧もやっているわけです。それと同じことを、この各改正案は共通して、法律によるならば制限していいと言っているのです。そうなりますと、これは基本的人権を尊重することでなくて、基本的人権を旧憲法時代に戻すことなんです。そういう点で、もしこの民主主義と平和主義と基本的人権の尊重ということが基本的原則で、これが最も大切だというならば、簡単に今改正案を持ち出すはずはないわけです。
次にこの理由書は「現行憲法が昭和二十一年占領の初期において連合国最高司令官の要請に基き、きわめて短期間に立案制定せられたものであり、」こういうふうに断定しておりますが、もともと終戦後憲法を作るということは、これは連合国司令官の要請によるまでもなく、われわれがあの戦争の経験に基きまして、軍国主義と独裁政治が再び起らないためには、どうしてもここに憲法の改正をしなければならない、民主的な憲法を作らなければならないということをわれわれは主張しました。当時私どもの先生である美濃部達吉先生は、憲法の改正はする必要はない、憲法が悪いのではなくて、独裁政治や軍部が悪かったのだから、改正する必要はないと申されましたが、私は、これに反対でありまして、やはり憲法改正をしなければ、再び戦時中のああいう誤まりを犯すというので、憲法を改正すべきだという主張をしておりまして、こういう言論は、国民の中からいろいろな形で出されておりましたし、当時民主的ないろいろな政党なども、そういう意見を持っておりました。現に束久邇内閣当時でも憲法改正の動きがありまして、私も多少当時は、その動きに関係もいたしました。ですから、その当時でさえも憲法を改正すべきだという声はあったのです。ことにポツダム宣言によれば、日本の民主主義の復活強化ということを言っておりまして、日本で民主主義の復活強化をするためには、ただ政治を民主的にするというだけでなく、その政治のよってきた憲法、つまり戦争中は、一たび事をしようとしましても、憲法に違反するとか、あるいは国体に違反するというと、すべて政治がやれなかった。そういう憲法上の制約を撤廃して、ほんとうに国民中心の憲法を作ることが終戦後の日本の再建の道であり、世界の大勢に合致することだったのです。そういうことから、何もマッカーサー司令官によって急にこの憲法改正が持ち出されたわけではないので、当時の心ある者は、みな憲法改正をしなければならないというふうに考えていたわけです。
しかももう少し具体的に申しますと、この連合国司令官が憲法改正を要請したというのは、おそらく近衛氏に対して要請したことなどを言うのだと思いますけれども、当時すでにいろいろな方面で憲法改正の必要がいわれておりまして、それを当時の政府が怠っておりましたために、たまたま近衛氏に会ったときに、マッカーサーがそれを示唆したわけ下す。
それからさらに、今の憲法は、マッカーサーの押しつけた憲法であるとか、あるいはマッカーサー憲法であるとかいうふうなことを軽々しく申しますけれども、そのことは大へん私は間違いだと思います。というのは、この文章としましても、すぐ次で問題になることです。「真に国民の自由意思によるものにあらざることは否定しがたき事実であります。」ということを提案理由にしているのです。果して国民の自由意思によるものでないということをどうして証明するのかということです。
それは、まず先ほどから神川先生の申されるように、マッカーサーが原案を出したというところに相当問題があるかに思うんです。ところがこのマッカーサーが政府を通じて原案を国会に出したということは、当初からマッカーサーの方で考えられたことではないのです。この点は先ほど申された民政局の日本の政治的再建というあの報告書によりますと、アメリカ側がそのことを明確に言っております。というのは、アメリカとしましては、最初から憲法草案を用意したのじゃなかった。日本政府がいわゆる松本案というものを準備しておりまして、これは公表されておりませんでした。ところが、その占領報告書によりましても、また私自身の記憶によりましても、毎日新聞が当時これをすっぱ抜いたわけです。それを連合国側は見まして、政府が改正しようとしている内容はこういうふうな程度の改正なのか——あの改正案、発表されました松本案と称せられるものは、天皇の権限にはほとんど触れないで、議会の権限を多少ふやすという程度のものでした。そういうものであるとすれば、これは日本の民主政治の方向に合するものではない、こういうふうにアメリカ側としては痛感したわけです。そこでさっそく政府に、今作っている原案を持って来いということで、アメリカ側がそれを要求したというふうに書いてあります。そこでアメリカ側としては、政府がそういうふうな非民主的な草案を作っているようではいけないからというので、急に民政局が草案を作り始めた。ことにその民政局の報告書の中には、その毎日新聞に発表された政府案なるものに対して、日本の民間側ではいろいろ反対があるといっています。われわれはそれに対して批評し反対したわけです。政党もそれに対して批評したわけです。つまり日本が民主化しようというときに、こんな旧憲法そのままの草案を作っているのではだめだということを批評した。つまりそのことによって、アメリカ側としては、当時の政府にまかせられないということで、初めてそこで草案を作ることを用意し始めたわけです。そうしますと、われわれ国民が民主的な憲法を作れという要求は、松本案よりも、むしろその段階においてはマッカーサー司令部の方がそういう意思を反映してくれたと言ってもいいと思います。先ほどからの神川先生の言論の中に、アメリカの占領下で作ったものはすべて悪い、すべて占領政策だと一方的に断定されますが、日本の民主勢力の中でも、そういう見方がないわけではありません。ちょうど裏返したように、日本に対するアメリカの政策はすべて植民地化政策だ、こういう判断をする見方があります。しかし、それはやはり極端なのでありまして、占領下においてアメリカのやったことには、いいこともあれば悪いこともある。やはりアメリカは、日本に比べますと民主政治という点では先進国でありましたし、ことに戦争中の日本なんかに比べたら、比較にならないわけですから、そういう意味で、アメリカが占領下において日本に教えたものの中には、非常にプラスもある、欠点ももちろんあります。それを、すべて日本を従属させるための政策であったというふうに断定することは、歴史を分析する仕方ではなくして、非常に独断的なものの見方だと思うのです。それでアメリカとしましても、占領下においては、アメリカ本位に日本憲法の原案を作っているわけではないので、それだけに今アメリカとしましては、アメリカの都合のいいような再軍備を要求しようとする場合に、日本の戦争放棄をした憲法がじゃまになってきたわけです。このことは、アメリカが自分の都合のいいように憲法を作ったのじゃないということを意味しておると思うのです。今改正が持ち出されているのは、まさにアメリカの要求する再軍備のためであります。そういう意味でも、今の憲法が矛盾しているわけです。そういうふうに、憲法の条文の中にはいろいろの要素がありますが、これを、一がいに占領行政の現われだと言うことはできないと思うのです。むしろそういう占領行政の現われだと言って改正を言っている人は、何を言おうとするかといえば、今の憲法の中にある国民中心の基本的人権を尊重したり、国会が中心であったりする、それを改正しようと言うのでありますから、それは、つまり今の憲法の内容があまり国民本位にできている、国民本位にできているということは、これは占領政策だ、こういうふうな非常に矛盾したことを言っているわけです。
さて話が余談になりましたが、問題になっているのは「国民の自由意思によるものにあらざることは否定しがたき事実であります。」こういう断定をどうしてできるのか、当時原案は、確かにアメリカ側から出されましたが、これを日本の法制局なんかが折衝しまして、そして一応妥当な線のところまで持ってきた。そしてこれを国会にかけたのです。そしてその国会では、百日余り審議しまして、そして修正すべきところは修正し、衆議院においては四カ条、貴族院においては三カ条の条文を加えました。それから全面的に条文の字句を訂正しております。そういう国会、皆さん方の今属しておられるこの国会、その前身である帝国議会、これは国民の意思を反映するものと見るほかはないと思います。皆さん方の御意見自身が国民の意思を反映するものと思うのであります。同時にまた、当時の帝国議会が国民の意思を反映したものと見るほかはないと思います。当時の議会は国民の意思を反映しなかったのだと言うならば、これは議会そのものを信用しないということでありまして、内閣が議会を信用しないということはわかりますけれども、その内閣の出したそういう理由を国会が承認するというのはおかしいと思います。そして国民の意思というものは、時の国会と違うときもあるでしょうけれども、しかし一応国会に現われたものを、国民の意思と見るよりほかないと思います。このことが憲法においても、国会は国民の代表機関であると言っている理由であります。でありますから、その議会が修正すべきところは修正し、承認した。最後的にはその議会が内容を決定しているのです。まるのみ込みをしたのじゃないのです。しかも審議権そのものを動かされたということではないので、ただだれが原案を出したか、その原案をどういうふうに了解してこれを受け入れたか、その責任をとったのは国民を代表する議会ですから、その意味で、議会が承認したものは国民の意思と言わざるを得ないと思います。また当時の議会は、そのマッカーサー草案と称せられるものを自由に検討したということは——本来旧憲法の手続によって改正するならば、旧憲法の七十三条によりますと、憲法の改正案というものは、勅命をもって議会の議にかけるのです。それで、このマッカーサー草案というものは勅命の形で議会にかけられたわけですが、その場合に、旧憲法の改正の法的な性質としましては、天皇のみが発議権を持っておりまして、議会側が発議権を持っておりませんために、旧憲法における憲法の改正という場合には、議会は新しい条項を加え得ない。出された原案を修正することはいいが、新しい条項をここに加えますと、その部分については天皇の発議権を侵すことになるから、憲法改正の場合だけは、普通の法律案と違いまして、新しい条項は加え得ないというのが、旧憲法の定説であります。ところがあの議会では、相当自由に討論しまして、衆議院においては四カ条、貴族院においては三カ条加える、そうしていろいろな部分の新しい言葉を加えている。そのくらい自由に、いわゆるマッカーサー草案というものを検討しているわけです。でありますから、これを簡単に、国民の自由意思によるものでないというふうに言うことは、間違いであると思います。
それからさらにその次に「過去約九カ年におけるこれが実施の経験にかんがみまして、わが国情に照らし種々検討を要すべき」ものがある、こういうふうに言っております。まず国会としまして、作られた憲法が果して守られているかどうか、こういうことを検討するのが当然だと思いますけれども、その作られた憲法が、いろいろな形で事実守られていない点があるわけです。その守られていないことについて、なぜそういうことになっているのか、そういう憲法違反の行為に対してどうするか、こういうふうな検討を、国会としまして今まで十二分にやってこられ、また内閣がその違憲の事実に対して、九十九条のいうように、憲法擁護の義務から、特に憲法を守っていく、こういうことを十二分にしてきたならいいですが、その逆に、憲法に違反する事実が出てきた場合に、その方に加担して憲法の条文を再検討する、こういうことは、本来九十九条でいう憲法擁護の義務を持っている政府や国会の方々としては、どうもその責任を果しているように私どもには思えない。もともとこの憲法は、日本の民主化のために作られたものです。憲法の基本精神は、この中で言われている通り、民主主義と平和主義とが基調になっている。そういう民主主義や平和主義という点では、日本は、あの終戦までは、軍国主義や独裁主義にわずらわされておりまして、ほんとうに民主主義や平和主義の方向に進むだけの実力を持っておりませんでした。そのために、たまたまここに憲法の力をかりて、そうして民主的な平和的な憲法の示すところに従って、実際の社会の実情をそこまで持っていかなければならなかった、そういう努力をしなければならなかったのです。このことは、憲法制定のときの衆議院の附帯決議の中にも、そういう憲法の条文に沿って日本を民主化することについて、あらゆる努力をしなければならないということを言っている。そのくらいでありますから、実情を憲法に合せるということに努力しなければならないのに、逆に民主化されてない実情の方に憲法を逆行させようとする、そうして、あたかも旧憲法時代に戻そうとするような改正というものは、日本のとるべき方向ではないと考えます。
そこで最後に、この文章を見ますと、この際新たなる国民的立場に立って憲法に全面的検討を加える、こう言っておりますが、新たなる国民的立場とは何か、自主的な国民的立場とは何か。これは、最近アメリカの極東政策に基いて再軍備が要求される、それに基いて憲法の改正をして、戦争放棄の規定を変えてしまう、そういうことではなくて、そういうふうな外からのいろいろな要請や圧迫がありましても、きぜんとしてこの平和の憲法を守り抜くということが、新しい国民的立場であると私は考える。その意味からいいまして、この政府の提案理由は非常に矛盾しておりますし、こういうふうな理由でもし憲法改正のための調査会を作るとすれば、末代までその恥を残すことになると思います。
それから調査会の構成の問題ですが、本来こういう調査会というものは、国会が発案——憲法改正の場合でも発案するのが筋でありまして、内閣がほかの法律案と同じように憲法改正の発案をしても、それをもって直ちに憲法違反というふうには私は言えないと思いますが、しかし本来は、やはり国会が国民に対して発議するほどでありますから、改正案を作るという場合でも、国会の内部で調査会ができて、そしてそこで調査や審議が行われる。ある場合にそれが発案されるというようなことが自然であると思うのですが、それをなぜ内閣に置くのか。おそらくその理由としまして、国会に置いたのでは、国会議員だけの構成になってしまう、学識経験者などは国会の委員会だと加えられない、こういうふうに言われるのだと思うのです。ところが学識経経者と申しましても、つい先ごろの小選挙区を審議したあの選挙制度の委員会でもわかりますように、学識経験者全員が反対しましても、強引にああいうふうにして通してしまう、こういうことでは、内閣に調査会を設けて学識経験者を二十名も入れるといいましても、実際はそうした人たちの意見はあまり尊重しないのではないか。今の政府では、おそらくそういうやり方になるのじゃないかと思います。これでは、政府に調査会を設ける理由がないように私は思います。
大体以上をもって私の公述を終ります。拍手
山
戒
戒能通孝#6
○戒能公述人 現在の憲法がマッカーサー憲法かどうかという議論につきましては、私は今論じないつもりでおります。ただし先ほど神川先生のおっしゃったような理屈がもし通るといたしますと、日本の天皇は、自分の身の安全をはかるために、日本の国をアメリカに売ったんだという結論になってくるようでございます。私は、そんなふうに考えたくございません。天皇は、自分の身を守るためにみずから国を売ったんだ、アメリカに売ってしまったんだ、マッカーサーに売ってしまったんだ、こんなふうに考えたくはございません。これだけ一つ申し上げたいと思います。
そして私自身がこの法案を拝見してみますと、私には、どうしても不合理であると思われる点がしばしばございます。第一に、純粋に法的な立場から申しますと、なぜ憲法調査会を内閣に置いて、その費用を国費から支出するのか、理由が薄弱であります。憲法の改正は、御承知の通り内閣の提案すべき事項ではございません。内閣は憲法の忠実な執行者であり、また憲法のもとにおいて法規をまじめに実行するところの行政機関であります。従って、内閣が各種の法律を審査いたしまして、憲法に違反するかどうかを調査することは十分できます。しかし憲法を批判し、憲法を検討して、そして憲法を変えるような提案をすることは、内閣には何らの権限がないのであります。この点は、内閣法の第五条におきましても、明確に認めているところでございます。内閣法第五条には「内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出」するというふうにありまして、どこにも憲法改正案の提出という問題は書いてございません。「その他」というふうな言葉がございますが、「その他」という中に憲法の改正案を含むのだというふうに言うのは、あまりにも乱暴な解釈でありまして、ちょっと法律的常識では許さないというふうに考えているわけであります。内閣法のこの条文は、事の自然の結果でありまして、内閣には、憲法の批判権がないということを明らかに意味しているものだと思います。なぜならば、内閣は一つの活動体であります。内閣に憲法改正案の提出権がないということは、内閣が憲法を忠実に実行すべき機関である、憲法を否定したり、あるいはまた批判したりすべき機関ではないという趣旨を表わしているのだと思うのであります。憲法の改正を論議するのは、本来国民であります。内閣が国民を指導して憲法改正を全図するということは、むしろ憲法が禁じているところであるというふうに私は感じております。しかるにもかかわらず、この法案が、憲法調査会を内閣に置いて、日本国憲法を検討させるということは、純粋の法理論の立場から見ましても、はなはだ賛成できないことでございます。元来内閣に憲法の批判権がないということは、憲法そのものの立場から申しまして当然でございます。内閣は、決して国権の採光機関ではございません。従って国権の採光機関でないものが、自分のよって立っておるところの憲法を批判したり否定したりするということは、矛盾川でございます。
第二に、内閣総理大臣以下の各国務大臣は、いずれも憲法自身によって任命された行政官でありますから、従って憲法を擁護すべきところの法律上の義務が、憲法自身によって課せられているのでございます。こうした憲法擁護の義務を負っているものが憲法を非難する、あるいは批判するということは、論理から申しましてもむしろ矛盾であると言っていいと思います。従って、内閣がこのような義務を負いながら、現在の憲法を改正するということを前提とするような憲法調査会を置くというのは、間違った考え方ではないかと思います。もし、この憲法調査会が置かれた結果といたしまして、内閣の希望しないような改正案、検討が加えられるということになりますと、内閣は、おそらくその結果を無視するでありましょう。内閣が希望するような憲法の改正を行うとすれば、結局内閣そのものが憲法そのものに手を触れることになってしまうのではないか、内閣が国民を動かして憲法改正を指導する結果になってしまうのではないかというふうに感ずるわけであります。憲法の改正は、決して国費によって内閣が行うべきものではございません。国民自身が行うべきものであるというふうに感じられているわけであります。従って、形式的にいってみまして、どんなふうにつじつまを合せましても、ともかくこの法案は、趣旨自身が間違っておるのではないかというふうに感じているわけでございます。
第三に、この法案が提出される前に、すでに元の自由党の岸信介氏を主任者としましての改正案要綱のような、試案のようなものが発表され、改進党も清瀬私案という一種の試案を発表するというふうなわけで、すでに多数の改正案、試案というものが公けにされているわけでございまして、これとこの憲法調査会法案との間が全然無関係でないということは、当然予想していいだろうと思うのであります。ところが、今まで発表されましたところの各試案によりますと、いずれも単に憲の立法技術的な改正のみにとどまりません。憲法の根本に触れるような改正を企図していることは明らかであると言っていいと思います。しかもその中におきまして問題になる点は、一体国民の主権をどうするか、主権の存在をどうするかという問題が、第一に出て参ります。そうして多くの憲法学者の通説によりますと——ごく少数の人は別でありますが、通説によりましても、主権の所在、つまり政治的な組織を決定する権限の所在の移行は、憲法の改正という手続によって行われるものではない、もし政治体制を決定するような決定権の所在を移行させるような憲法の条文の改正をするということになると、これは憲法の改正という観念ではなくて、むしろ革命とか反革命とかいうような観念であるというように説明している書物が多いのであります。これは、ある程度まで正しいのでありまして、法律論としてはともかくとして、観念的、常識的には確かに正しいのでありまして、主権の所在を移行させるような憲法の改正ということになると、これは改正ではないのであります。従って、むしろ革命なり反革命なりということになってくると言っていいと思います。政党は、革命をやろうと反革命をやろうと、そんなことは自由でございましょう。特にそれを憲法上の手続でやろうということになるならば、これは自由でございましょう。しかし、それを調査すべきものは政党自身でございまして、決して内閣ではない。内閣は、主権の所在点を変更するような改正案を企図すべき立場にはいないことは、確かだと思います。主権の所在というものを規定する出発点と同様に、その前提といたしましては、言論とか思想の自由とか、いわゆる基本的人権を含めて、つまり法律によっても制限できないところの思想の自由、言論の自由、表現の自由、結社の自由というものを認めなければ、政治体制の決定権が国民にあるとは申せないのであります。従って、主権の所在を変えるのは、当然基本的人権の問題につながっていくわけでございます。基本的人権の所在点を変えて、法律の制限の中での言論の自由、法律によるところの、法律の監視の中での言論の自由、思想の自由というものを認めることになりますと、やはり何といっても、根本的に申しまして、憲法の改正ではなくして、むしろ革命ないし反革命ということにならざるを得ないと思うのであります。今まで発表された各種の試案によりますと、言論の自由やおそらく思想の自由を含めてまでも、法律によって制限できるという案が出てきているわけでございます。この案を前提とするような改正論ということになって参りますと、これは、おそらく内閣のもとに置かれるところの憲法調査会の権限をはるかに越えるといわなければならないと信じております。
さらに日本国憲法というものは、非常に基本的な一つの政策を持っております。これは、要するに戦争をしないという政策でございます。またこの基本的政策があればこそ、他方におきまして社会保障、それから最低限度ではあるにせよ、健康にして文化的な生活の保障というものができるのでございます。これがなかったら戦争——をすることを前提としたら、おそらく経済的な面、財政的な面から申しまして、社会保障は全然やめなければならないことになるのは当然の話だと思うのであります。少くとも健康にして文化的な生活の保障というふうなことは、言えなくなってくるわけでございます。従って、現在の憲法が持っておる基本政策を変えるような憲法の変更ということになると、これも同じような意味におきまして、憲法の改正ではなくて、やはり変革なんだ。従って、これは内閣の所管事項からはずれるというふうに考えなければならないと思うのであります。のみならず、現在すでに内閣総理大臣も、国会の中などで、しばしばはっきり言っておられるわけであります。憲法を変えたい、その憲法を変える内容は、軍備を持つんだということを、しばしば言っておられるようであります。このことは、すでに内閣が、この調査会の人選に当りましても、クリーン・ハンドでなくなっている、いわゆる清き手でなくなっているということじゃなかろうかと思うのであります。すでに自分自身で一つの方向がある、その方向に合致するような委員の選出をすることを前提としているんじゃなかろうかと思うのであります。従って、内閣に憲法調査会委員を置きましても、それは決して公正で、客観的で、純粋に基礎から積み上げていくような改正論を論議するのではなくて、むしろ一定の方向づけられた改革論、改正論を権威づけるための手段になるにすぎないといっていいかと思うのであります。この意味におきまして、現在の憲法調査会法案というものは、それ自身すでにクリーン・ハンドでなくなっていると感ぜられるわけでございます。
第四番目に、憲法を改正するとかしないとかいうふうな調査の仕事をするにつきまして、現在の時期ははなはだ適切でないというふうに感じております。ということは、日本の現在の状態は、決して独立した状態ではないからであります。このことは、私自身が申したというのではかえって悪いのであります。自由党の方がおっしゃったのを、私自身がはっきり聞いたのでございます。しかもそれは、国内でおっしゃったことではございません。国外に行かれて、外国の総理大臣の前で言われたことを、私自身聞いているわけでございます。一昨年のことでありますが、私中国に参りまして、議員団の方と一緒に、向うの総理大臣の周恩来氏と会見したことがございます。そのときにその席上で、当時自由党に所属しておられた山口喜久一郎氏が、このように言っておられます。周総理及び日本側の代表も申しました通り、中日両国が仲よく手をつながねばならぬことは、だれしも一致した考えであります。これがどうして早くその希望を達しないかということは、いろいろ故障がありますが、今後は、これを一日も早く取り除いていかねばならぬと、私は国会議員として考えております。たとえば東京から北京まで飛行機で四時間しかかからないのに、わざわざ香港を経由しなければならぬというような隘路があると思います。これについては、中国よりも日本の方に非常な困難があります。と申しますのは、中国はソビエトと今回の大戦ではともに戦い、ともに戦勝国という立場にあります。この関係でいうならば、アメリカと日本とは戦勝国と戦敗国の立場にあることは御存じの通りです。ここに中国側よりも日本政府もしくは日本人側に困難があるということを御了解いただきたいと思います。というふうに述べておられます。これを受けまして周恩来氏は、次のように申しました。中国人民は日本政府と平和関係を求めています。しかし政府はわれわれを承認しない。この困難の根本原因は、ただし日本政府にあるのではなく、その頭の上に一人の太上皇帝がいるからだと思います。すなわちアメリカがおるからだと思います。天皇が日本を支配しているのではなくて、アメリカが支配している、日本人が天皇を尊敬しても、それは自由である、しかし日本天皇の上にアメリカがおる、これがわれわれと日本との関係を妨げておるものである、というふうに周恩来氏は言ったのであります。これは、外国の総理大臣が日本の議員に言った言葉でありまして、非常に失礼な言葉であると私は感じました。しかし、その失礼な言葉に対しまして、そこにおられました当時の自由党並びに改進党の議員は、何ら反駁されておりませんでした。ということは、結果において見ますと、現在の日本が決して完全な独立国ではない、文字通りの独立国ではない。形の上では独立したような形をとっておりますけれども、実際におきまして、独立の状態に達していないということを意味しておると思う。また山口さんも、いかにしたら日本の独立を達成するかということに努力されておるというふうに私は感じたわけであります。現在独立しないのに、あたかも独立しておるということを前提にして憲法の改正を論議するということは、私は間違っておると思うのであります。いかにして独立するかが第一でありまして、憲法の改正はその次の問題であるということにならざるを得ないだろうと思うのであります。憲法調査会法案というふうなことは、現在の国内の政治情勢から申しましても、はなはだ不当のように感じております。というのは、明日あたり小選挙区法が出るということでございます。私にある新聞記者が話してくれたのでありますけれども、自民党案として前に発表された小選挙区の区割り制度がもし実現されるということになりますと、社会党、共産党、労農党は、前の選挙の経験にかんがみて、おそらく千三、四百万票ぐらいはとれるであろう。しかし確実にとれる議席はせいぜい五、六十にすぎない。しかもその五、六十のうちかなりの議員の人が、まかり間違うと五百票とか千票足りなくて落選をして、ほんとうに確実にとれるのは十人前後かもしれないよと言っておるのでございます。一方におきまして千数百万票もとれる票がある。ところが議席は十だ、あるいは五十だ、他方には二千万票の投票で、しかも議席が四百五十だ、四百九十だというふうになって参りまして、しかもその国会の多数で憲法の改正が押し切られてしまうということになって参りますと、一体議会制度に対する国民の信頼というものはどうなるでございましょうか。どなたにしましても、国会においでになっておる以上は、議会制度というものを十分御尊重になり、そうして議会の信頼がいかにしたら保持できるかということを、最も大きな関心の対象にしておられると思います。ところが現在の憲法の改正案を作り上げよう、しかも改正案を作るところの原案の基礎になる調査会は、これは社会党のいる時分に作った法律だというふうな形で押し切られてくるということになって参りますと、国内の相互的対立が非常に激化することになるのではなかろうかと思うのでございます。従って、かりに小選挙区制度がとられた結果として、投票と議席のアンバランスが消えるために少くともその間の調整のできるまでというものは、憲法の改正に手をつけないという立場をとるべきではないかと思うのでございます。これらの意味におきまして、私としては、この憲法調査会法案が否決されることを非常に希望しておるわけであります。拍手
この発言だけを見る →そして私自身がこの法案を拝見してみますと、私には、どうしても不合理であると思われる点がしばしばございます。第一に、純粋に法的な立場から申しますと、なぜ憲法調査会を内閣に置いて、その費用を国費から支出するのか、理由が薄弱であります。憲法の改正は、御承知の通り内閣の提案すべき事項ではございません。内閣は憲法の忠実な執行者であり、また憲法のもとにおいて法規をまじめに実行するところの行政機関であります。従って、内閣が各種の法律を審査いたしまして、憲法に違反するかどうかを調査することは十分できます。しかし憲法を批判し、憲法を検討して、そして憲法を変えるような提案をすることは、内閣には何らの権限がないのであります。この点は、内閣法の第五条におきましても、明確に認めているところでございます。内閣法第五条には「内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出」するというふうにありまして、どこにも憲法改正案の提出という問題は書いてございません。「その他」というふうな言葉がございますが、「その他」という中に憲法の改正案を含むのだというふうに言うのは、あまりにも乱暴な解釈でありまして、ちょっと法律的常識では許さないというふうに考えているわけであります。内閣法のこの条文は、事の自然の結果でありまして、内閣には、憲法の批判権がないということを明らかに意味しているものだと思います。なぜならば、内閣は一つの活動体であります。内閣に憲法改正案の提出権がないということは、内閣が憲法を忠実に実行すべき機関である、憲法を否定したり、あるいはまた批判したりすべき機関ではないという趣旨を表わしているのだと思うのであります。憲法の改正を論議するのは、本来国民であります。内閣が国民を指導して憲法改正を全図するということは、むしろ憲法が禁じているところであるというふうに私は感じております。しかるにもかかわらず、この法案が、憲法調査会を内閣に置いて、日本国憲法を検討させるということは、純粋の法理論の立場から見ましても、はなはだ賛成できないことでございます。元来内閣に憲法の批判権がないということは、憲法そのものの立場から申しまして当然でございます。内閣は、決して国権の採光機関ではございません。従って国権の採光機関でないものが、自分のよって立っておるところの憲法を批判したり否定したりするということは、矛盾川でございます。
第二に、内閣総理大臣以下の各国務大臣は、いずれも憲法自身によって任命された行政官でありますから、従って憲法を擁護すべきところの法律上の義務が、憲法自身によって課せられているのでございます。こうした憲法擁護の義務を負っているものが憲法を非難する、あるいは批判するということは、論理から申しましてもむしろ矛盾であると言っていいと思います。従って、内閣がこのような義務を負いながら、現在の憲法を改正するということを前提とするような憲法調査会を置くというのは、間違った考え方ではないかと思います。もし、この憲法調査会が置かれた結果といたしまして、内閣の希望しないような改正案、検討が加えられるということになりますと、内閣は、おそらくその結果を無視するでありましょう。内閣が希望するような憲法の改正を行うとすれば、結局内閣そのものが憲法そのものに手を触れることになってしまうのではないか、内閣が国民を動かして憲法改正を指導する結果になってしまうのではないかというふうに感ずるわけであります。憲法の改正は、決して国費によって内閣が行うべきものではございません。国民自身が行うべきものであるというふうに感じられているわけであります。従って、形式的にいってみまして、どんなふうにつじつまを合せましても、ともかくこの法案は、趣旨自身が間違っておるのではないかというふうに感じているわけでございます。
第三に、この法案が提出される前に、すでに元の自由党の岸信介氏を主任者としましての改正案要綱のような、試案のようなものが発表され、改進党も清瀬私案という一種の試案を発表するというふうなわけで、すでに多数の改正案、試案というものが公けにされているわけでございまして、これとこの憲法調査会法案との間が全然無関係でないということは、当然予想していいだろうと思うのであります。ところが、今まで発表されましたところの各試案によりますと、いずれも単に憲の立法技術的な改正のみにとどまりません。憲法の根本に触れるような改正を企図していることは明らかであると言っていいと思います。しかもその中におきまして問題になる点は、一体国民の主権をどうするか、主権の存在をどうするかという問題が、第一に出て参ります。そうして多くの憲法学者の通説によりますと——ごく少数の人は別でありますが、通説によりましても、主権の所在、つまり政治的な組織を決定する権限の所在の移行は、憲法の改正という手続によって行われるものではない、もし政治体制を決定するような決定権の所在を移行させるような憲法の条文の改正をするということになると、これは憲法の改正という観念ではなくて、むしろ革命とか反革命とかいうような観念であるというように説明している書物が多いのであります。これは、ある程度まで正しいのでありまして、法律論としてはともかくとして、観念的、常識的には確かに正しいのでありまして、主権の所在を移行させるような憲法の改正ということになると、これは改正ではないのであります。従って、むしろ革命なり反革命なりということになってくると言っていいと思います。政党は、革命をやろうと反革命をやろうと、そんなことは自由でございましょう。特にそれを憲法上の手続でやろうということになるならば、これは自由でございましょう。しかし、それを調査すべきものは政党自身でございまして、決して内閣ではない。内閣は、主権の所在点を変更するような改正案を企図すべき立場にはいないことは、確かだと思います。主権の所在というものを規定する出発点と同様に、その前提といたしましては、言論とか思想の自由とか、いわゆる基本的人権を含めて、つまり法律によっても制限できないところの思想の自由、言論の自由、表現の自由、結社の自由というものを認めなければ、政治体制の決定権が国民にあるとは申せないのであります。従って、主権の所在を変えるのは、当然基本的人権の問題につながっていくわけでございます。基本的人権の所在点を変えて、法律の制限の中での言論の自由、法律によるところの、法律の監視の中での言論の自由、思想の自由というものを認めることになりますと、やはり何といっても、根本的に申しまして、憲法の改正ではなくして、むしろ革命ないし反革命ということにならざるを得ないと思うのであります。今まで発表された各種の試案によりますと、言論の自由やおそらく思想の自由を含めてまでも、法律によって制限できるという案が出てきているわけでございます。この案を前提とするような改正論ということになって参りますと、これは、おそらく内閣のもとに置かれるところの憲法調査会の権限をはるかに越えるといわなければならないと信じております。
さらに日本国憲法というものは、非常に基本的な一つの政策を持っております。これは、要するに戦争をしないという政策でございます。またこの基本的政策があればこそ、他方におきまして社会保障、それから最低限度ではあるにせよ、健康にして文化的な生活の保障というものができるのでございます。これがなかったら戦争——をすることを前提としたら、おそらく経済的な面、財政的な面から申しまして、社会保障は全然やめなければならないことになるのは当然の話だと思うのであります。少くとも健康にして文化的な生活の保障というふうなことは、言えなくなってくるわけでございます。従って、現在の憲法が持っておる基本政策を変えるような憲法の変更ということになると、これも同じような意味におきまして、憲法の改正ではなくて、やはり変革なんだ。従って、これは内閣の所管事項からはずれるというふうに考えなければならないと思うのであります。のみならず、現在すでに内閣総理大臣も、国会の中などで、しばしばはっきり言っておられるわけであります。憲法を変えたい、その憲法を変える内容は、軍備を持つんだということを、しばしば言っておられるようであります。このことは、すでに内閣が、この調査会の人選に当りましても、クリーン・ハンドでなくなっている、いわゆる清き手でなくなっているということじゃなかろうかと思うのであります。すでに自分自身で一つの方向がある、その方向に合致するような委員の選出をすることを前提としているんじゃなかろうかと思うのであります。従って、内閣に憲法調査会委員を置きましても、それは決して公正で、客観的で、純粋に基礎から積み上げていくような改正論を論議するのではなくて、むしろ一定の方向づけられた改革論、改正論を権威づけるための手段になるにすぎないといっていいかと思うのであります。この意味におきまして、現在の憲法調査会法案というものは、それ自身すでにクリーン・ハンドでなくなっていると感ぜられるわけでございます。
第四番目に、憲法を改正するとかしないとかいうふうな調査の仕事をするにつきまして、現在の時期ははなはだ適切でないというふうに感じております。ということは、日本の現在の状態は、決して独立した状態ではないからであります。このことは、私自身が申したというのではかえって悪いのであります。自由党の方がおっしゃったのを、私自身がはっきり聞いたのでございます。しかもそれは、国内でおっしゃったことではございません。国外に行かれて、外国の総理大臣の前で言われたことを、私自身聞いているわけでございます。一昨年のことでありますが、私中国に参りまして、議員団の方と一緒に、向うの総理大臣の周恩来氏と会見したことがございます。そのときにその席上で、当時自由党に所属しておられた山口喜久一郎氏が、このように言っておられます。周総理及び日本側の代表も申しました通り、中日両国が仲よく手をつながねばならぬことは、だれしも一致した考えであります。これがどうして早くその希望を達しないかということは、いろいろ故障がありますが、今後は、これを一日も早く取り除いていかねばならぬと、私は国会議員として考えております。たとえば東京から北京まで飛行機で四時間しかかからないのに、わざわざ香港を経由しなければならぬというような隘路があると思います。これについては、中国よりも日本の方に非常な困難があります。と申しますのは、中国はソビエトと今回の大戦ではともに戦い、ともに戦勝国という立場にあります。この関係でいうならば、アメリカと日本とは戦勝国と戦敗国の立場にあることは御存じの通りです。ここに中国側よりも日本政府もしくは日本人側に困難があるということを御了解いただきたいと思います。というふうに述べておられます。これを受けまして周恩来氏は、次のように申しました。中国人民は日本政府と平和関係を求めています。しかし政府はわれわれを承認しない。この困難の根本原因は、ただし日本政府にあるのではなく、その頭の上に一人の太上皇帝がいるからだと思います。すなわちアメリカがおるからだと思います。天皇が日本を支配しているのではなくて、アメリカが支配している、日本人が天皇を尊敬しても、それは自由である、しかし日本天皇の上にアメリカがおる、これがわれわれと日本との関係を妨げておるものである、というふうに周恩来氏は言ったのであります。これは、外国の総理大臣が日本の議員に言った言葉でありまして、非常に失礼な言葉であると私は感じました。しかし、その失礼な言葉に対しまして、そこにおられました当時の自由党並びに改進党の議員は、何ら反駁されておりませんでした。ということは、結果において見ますと、現在の日本が決して完全な独立国ではない、文字通りの独立国ではない。形の上では独立したような形をとっておりますけれども、実際におきまして、独立の状態に達していないということを意味しておると思う。また山口さんも、いかにしたら日本の独立を達成するかということに努力されておるというふうに私は感じたわけであります。現在独立しないのに、あたかも独立しておるということを前提にして憲法の改正を論議するということは、私は間違っておると思うのであります。いかにして独立するかが第一でありまして、憲法の改正はその次の問題であるということにならざるを得ないだろうと思うのであります。憲法調査会法案というふうなことは、現在の国内の政治情勢から申しましても、はなはだ不当のように感じております。というのは、明日あたり小選挙区法が出るということでございます。私にある新聞記者が話してくれたのでありますけれども、自民党案として前に発表された小選挙区の区割り制度がもし実現されるということになりますと、社会党、共産党、労農党は、前の選挙の経験にかんがみて、おそらく千三、四百万票ぐらいはとれるであろう。しかし確実にとれる議席はせいぜい五、六十にすぎない。しかもその五、六十のうちかなりの議員の人が、まかり間違うと五百票とか千票足りなくて落選をして、ほんとうに確実にとれるのは十人前後かもしれないよと言っておるのでございます。一方におきまして千数百万票もとれる票がある。ところが議席は十だ、あるいは五十だ、他方には二千万票の投票で、しかも議席が四百五十だ、四百九十だというふうになって参りまして、しかもその国会の多数で憲法の改正が押し切られてしまうということになって参りますと、一体議会制度に対する国民の信頼というものはどうなるでございましょうか。どなたにしましても、国会においでになっておる以上は、議会制度というものを十分御尊重になり、そうして議会の信頼がいかにしたら保持できるかということを、最も大きな関心の対象にしておられると思います。ところが現在の憲法の改正案を作り上げよう、しかも改正案を作るところの原案の基礎になる調査会は、これは社会党のいる時分に作った法律だというふうな形で押し切られてくるということになって参りますと、国内の相互的対立が非常に激化することになるのではなかろうかと思うのでございます。従って、かりに小選挙区制度がとられた結果として、投票と議席のアンバランスが消えるために少くともその間の調整のできるまでというものは、憲法の改正に手をつけないという立場をとるべきではないかと思うのでございます。これらの意味におきまして、私としては、この憲法調査会法案が否決されることを非常に希望しておるわけであります。拍手
山
山本粂吉#7
○山本委員長 これにて公述人各位の御意見の陳述は終了いたしました。時間が十二時に迫っておりますので、午後一時から再開し、公述人各位に対する質疑を行うこととし、この際暫時休憩いたします。
午前十一時五十一分休憩
————◇—————
午後一時二十七分開議
この発言だけを見る →午前十一時五十一分休憩
————◇—————
午後一時二十七分開議
山
山本粂吉#8
○山本委員長 休憩前に引き続き公聴会を再開いたします。
これより公述人各位に対する質疑に入ります。
この際委員各位に申し上げます。委員各位の公述人各位に対する質疑時間は、理事会の申し合せにより、公述人各位の御迷惑等も考慮に入れ、質問の重複を避けること、そして一人の質問時間は約十分以内とし、質疑応答はできるだけ簡潔に願うことにいたしましたので御了承願います。なお公述人各位におかれましても、できるだけ要旨を簡単にお答え下さるよう、特にお願い申し上げる次第でございます。
質疑の通告がありますので順次これを許します。石橋君。
この発言だけを見る →これより公述人各位に対する質疑に入ります。
この際委員各位に申し上げます。委員各位の公述人各位に対する質疑時間は、理事会の申し合せにより、公述人各位の御迷惑等も考慮に入れ、質問の重複を避けること、そして一人の質問時間は約十分以内とし、質疑応答はできるだけ簡潔に願うことにいたしましたので御了承願います。なお公述人各位におかれましても、できるだけ要旨を簡単にお答え下さるよう、特にお願い申し上げる次第でございます。
質疑の通告がありますので順次これを許します。石橋君。
石
石橋政嗣#9
○石橋委員 私、神川先生に若干御質問をしたいと思うわけでありますが、先ほどのお話をお伺いいたしますと、終始といっていいほど日本の現行憲法がマッカーサー、当時の連合国軍によって押しつけられたものであるということに尽きておったと思うわけです。現行憲法の制定の由来、沿革を述べられまして、こういう憲法だから改正しなくちゃならないんだ、自主的な憲法に作りかえなくちゃならないんだというふうなお話であったと思うわけでございますが、残念ながら内容の点について私開き漏らしております。どのようなりっぱな内容を持っておろうとも、そういう経過を経てできた憲法なんだから、何が何でもだめなんだ、こういうお話なのであろうかという疑問を私持っておるわけです。自民党の諸君は、この点若干良心のうずくところがあるというのか、現行憲法が民主主義と平和主義と基本的人権の尊重主義の三つの偉大なる原則を持っておるこの点については、何ら異議を差しはさむ余地がないどころか、何人もこれを不可とするものでないというような断言をすらしておる。これは何を物語っておるかというと、現行憲法の三大原則——これが生命であります。これを是認しておるということは、私たちに言わせれば、どのような成立の経過を経ようとも、りっぱなものではないだろうかという疑問を呈するわけです。従ってまず第一番目に、どんなりっぱなものであっても、そういう制定の由来を持ったものはだめだというふうにお考えになっておるのか。さらに付言いたしますと、これは無効であるというお考えの上に立っておられるか。それならばそれなりに私たち了解できるわけです。ああいった占領統治下に作られた憲法は無効なり、暫定憲法か仮憲法として取り扱うなら私も了解できるわけであります。一つには先ほど申し上げたように、占領権力というものを背景にして押しつけたということが理由の第一、しからば自民党の諸君——先生はどうか知りませんが、講和条約締結と同時に、独立したと称する時期を日してはっきりと無効宣言でもされればいい。その勇気はない、これはおかしい。だから先生がもしこれを無効だといわれるならそういう点で私たち了解する。もう一つ、当時改正の手続として帝国憲法の七十三条に基いてこの改正をやった、これはおかしい。帝国憲法は発議権は天皇にのみ存しておった。にもかかわらずああいった形で制定して、形式だけ七十三条というふうなことを踏んでおるのだから、そういう意味からも無効なんだというならば了解できるわけであります。こういった点につきまして担当国務大臣の清瀬さんもいろいろ意見を述べておられる。清瀬さんの論法でいくならば明らかに無効ということになると私は思うのでありますが、この点についての先生の御意見をまずお伺いいたしておきたいと思います。
この発言だけを見る →神
神川彦松#10
○神川公述人 石橋先生の御質問まことに私が申し述べたいと思うておるところにちょうどよく触れておりますから、私といたしましては、そういう質問があったことは非常に欣快なんです。まず第一に占領中にできた憲法だからもう何が何でもこれはいけないのかどうか、どうもそういう御質問であったと思いますが、程度は先ほどはイントロダタクションだけ申したのでありまして、わずか二十分では内容まで深く入るひまはなかった。今度内容に入るのでありますが、占領中にできたからいけないというのは、つまりその悪法というものがいかに民主主義的にカムフラージュされておっても、また内容から民主主義憲法だといわれておっても、そのほんとうの性格は反対なものであって、これは全く専制憲法であり、植民地憲法だということなのです。これはどうも日本人によく了解されていない。これはつまり無条件降伏だということを了解せず、また軍下占領及び軍事統治というものの本質を了解されていないからであります。もし平穏無事の際にああいう憲法ができたものならば、そうしてほんとうに日本人の手で作ったものならばわれわれといえども大賛成なんです。問題は先ほど私が申しましたように、戦勝国の軍事占領、軍事統治、それは前代未聞の無条件降伏による武力的絶対独政なんです。武力的絶対独政のもとにおいてできた憲法でありまするから、それがデモクラシーのアンチテーゼだということは、先ほど申しましたようにマッカーサーがそのレポートにちゃんと言うておるのです。本国政府に出しました。ポリティカル・オリエンテーション・オブ・ジャパンというテキストをよくお読み下さいますればそのことをうたっている。実際デモクラシーのアンチテーゼなのだからやむを得ないというふうに弁解はいたしております。なぜそれがアンチテーゼかと申しますと、これは釈迦に説法でございますが、およそデモクラシーの第一に大切なことは国民主権ということが存在していなくちゃいけない。これはどなたも御承知の通りでありまして、国民主権が事実存在していないのにデモクラティック憲法はできるはずがない。つまり主権内国民が憲法制定権を持っておるということが根本の条件です。ところが遺憾ながら日本は軍事占領並びに軍事統治の間におきましては主権を失うておったのであります。これは一方的命令によって主権を剥奪されておったのであります。でありますから主権のない国民が主権的国民であろうはずはない、主権的国民でないものがどうして憲法制定権を行使することができますか。でありますから軍事占領並びに軍事統治のもとにおきましては、国民は絶対に主権的国民でなく、また憲法制定権を持たない、持ち得ないのであります。先ほど申しましたように、ローマ法のデベラチオの原則からいっても当然のことであります。そういうわけでありますから、まず第一にかのリンカーンのデモクラシーの定義にありますように、人民のという条件が欠けておる、主体性が欠けておるんです。一体主体性が欠けておる憲法がどうして民主憲法なんということが言えますか。とにかく日本人が堂々たる主権国民であり、事実その憲法制定権というものを行使できなければ民主憲法なんかできるはずはない。ところがそれは先ほど申しましたように、武力的絶対独政のもとにおいては不可能なことなのです。でありますから、要するにこれは占領策が政治権力をもって作った憲法だということを先ほど申しましたが、つまり主体性が占領軍の権力にあったわけでしょう。そんなものがどうして日本人の憲法と言えますか。民主憲法、いわんや自由な民主憲法と言えますか。
第二は、民主的法律とか民主的憲法というものは自律的、自主的、自治的なものでなくちゃいかぬ。自分の手で書いたもので自分で法律にしたものでなければいけない。ところが先ほど申しましたように、これは連合国のスキャップが書いたものなのです。どこから持ってきたものか知りませんが、とにかくスキャップが書いたもので、日本の力でいろいろ修正したといわれますが、それはほんの枝葉末節の点なのです。最初から根本的原則と基本的形態には手を触れるなという絶対命令があるのですから、従って日本の方で手を触れたというのは単なる枝葉末節の点なのです。いくらいじくったところで枝葉末節の点だけで、実際根本というものは、論より証拠です。このマッカーサー憲法の原案をお読み下さればわかりましょうが、基本原則は全部同じことなのです。内容においてとにかく全部向うが言い、また向う裁可したものなのです。問題はだれが決定したかという点にあるわけなのです。まただれが書いたかという点にあるわけなのです。ところがわれわれが書いたのじゃない、事実憲法原案を比較研究すればおわかりになりますように、ほとんど全部向うが書きまた翻訳も、それがきわめて拙訳、誤訳なのですが、それを一々向うが裁可したものなのです。最後の決定権はみな向うにあり、それでよろしいというので現行憲法になった。問題は最後にだれが決定したかということなのですから、だれが言い出したというのは問題じゃない。先ほど中村先生の御意見では、こっちも言うたじゃないかと言われますが、最後の決定権が向うにあったということだけは確かなのです。最後の決定権はどこにあったかということが、要するに主権がどこにあったかということなのですね。最後の決定権が連合国にあったことはだれも疑いないでしょう。最後の決定権が向うにあり、向うが書いたようなものがデモクラシーなんということば絶対にあり得ないでしょう。
さらに第三に民主憲法というものはその国民自身の利益のためでなくちゃならない、国民自身の福祉のためでなくちゃならない、国民自身の目的のためでなくちゃならぬでしょう。ところがこれは連合国の占領政策のためにやったものなのです。占領目的のために、個人政策を実現するためにやったものです。もしマッカーサー司令官が連合国の利益を代表せずして、日本国民の利益のためにやったということならば、これは反逆者ですよ、それこそマッカーサーは連合国から死刑に処せられたでしょう。ところがマッカーサーが実際りっぱに日本でもって統治成績を上げたとすれば、それはマッカーサーは連合国のためにおそらく忠実に尽したからなのでしょう。だれが見て毛そうじゃありませんか。それはそれがために日本が反射的利益を受けることもありますが、しかしそれは単なる反射的利益でありまして、決して向うが意図したものではない、要するにこれは法律上にいう反射的利益であります。権利でもない義務でもないわけなのです。でありますから結局これは連合国の利益のためにやられたものであるということは、また連合国の政策目的のためにやったということは、十分だれにもおわかりだと思う。またどの点からいっても民主主義の要件を備えていないでしょう。それはただ形なり内容だけが民主主義というだけです。ところが民主憲法かどうかということは内容の問題ではない。たとい内容が神様が作ったような神法であっても、その手続がとにかく主権的国民が作ったものでなく、主権的国民が自分の手で書いたものでなく、主権的国民の利益のためにやったものでなければ、それは民主的憲法ではない。専制憲法です。なぜならこれは独裁君主、独裁権力者が作ったものなのですから、従ってこれは独裁憲法なのです。正真正銘独裁憲法なのです。植民地憲法なのであります。でありますから、ただ内容が民主的だということは、これはたまたまカムフラージュされただけのことであります。もしも先ほど申しましたように、三つの要件がそろいますならば、内容は必然民主的になることはきまったことなんですね。内容が民主的に押しつけられたからといって、それが民主的に変るということはないはずなのです。ほんとうに民主的かどうかということは、内容よりは三つの要件がそろっているかどうかということなのです。また三つの要件がそろえば、おのずからにしてそうなるべきはずなのです。ところが三つの要件がそろい——全然骨抜きであるにしても、もらったものでありますから、そのような格好になっておるわけでありますが、ただ形だけのことで民主主義の実はごうもないわけなんです。これがすなわち私がどうしたってこの憲法は内容を改めなくちゃならぬというわけのものであります。これはおわかりだろうと思いますが、内容がいいから従ってこの憲法はいいじゃないかというほど非民主的な考えはない。遺憾ながら私はこれは中学生くらいの質問だと思うのです。中学生でもわかるだろうと思うのです。その点は実際の内容だけの問題でなく、三つの要件が問題ですから、内容がよければいいというなら、これは専制君主だって内容のいいものを出すかもしれないです。ですから内容というのはおのずから来ますが、決してそうではないと私は断言するわけであります。
この発言だけを見る →第二は、民主的法律とか民主的憲法というものは自律的、自主的、自治的なものでなくちゃいかぬ。自分の手で書いたもので自分で法律にしたものでなければいけない。ところが先ほど申しましたように、これは連合国のスキャップが書いたものなのです。どこから持ってきたものか知りませんが、とにかくスキャップが書いたもので、日本の力でいろいろ修正したといわれますが、それはほんの枝葉末節の点なのです。最初から根本的原則と基本的形態には手を触れるなという絶対命令があるのですから、従って日本の方で手を触れたというのは単なる枝葉末節の点なのです。いくらいじくったところで枝葉末節の点だけで、実際根本というものは、論より証拠です。このマッカーサー憲法の原案をお読み下さればわかりましょうが、基本原則は全部同じことなのです。内容においてとにかく全部向うが言い、また向う裁可したものなのです。問題はだれが決定したかという点にあるわけなのです。まただれが書いたかという点にあるわけなのです。ところがわれわれが書いたのじゃない、事実憲法原案を比較研究すればおわかりになりますように、ほとんど全部向うが書きまた翻訳も、それがきわめて拙訳、誤訳なのですが、それを一々向うが裁可したものなのです。最後の決定権はみな向うにあり、それでよろしいというので現行憲法になった。問題は最後にだれが決定したかということなのですから、だれが言い出したというのは問題じゃない。先ほど中村先生の御意見では、こっちも言うたじゃないかと言われますが、最後の決定権が向うにあったということだけは確かなのです。最後の決定権はどこにあったかということが、要するに主権がどこにあったかということなのですね。最後の決定権が連合国にあったことはだれも疑いないでしょう。最後の決定権が向うにあり、向うが書いたようなものがデモクラシーなんということば絶対にあり得ないでしょう。
さらに第三に民主憲法というものはその国民自身の利益のためでなくちゃならない、国民自身の福祉のためでなくちゃならない、国民自身の目的のためでなくちゃならぬでしょう。ところがこれは連合国の占領政策のためにやったものなのです。占領目的のために、個人政策を実現するためにやったものです。もしマッカーサー司令官が連合国の利益を代表せずして、日本国民の利益のためにやったということならば、これは反逆者ですよ、それこそマッカーサーは連合国から死刑に処せられたでしょう。ところがマッカーサーが実際りっぱに日本でもって統治成績を上げたとすれば、それはマッカーサーは連合国のためにおそらく忠実に尽したからなのでしょう。だれが見て毛そうじゃありませんか。それはそれがために日本が反射的利益を受けることもありますが、しかしそれは単なる反射的利益でありまして、決して向うが意図したものではない、要するにこれは法律上にいう反射的利益であります。権利でもない義務でもないわけなのです。でありますから結局これは連合国の利益のためにやられたものであるということは、また連合国の政策目的のためにやったということは、十分だれにもおわかりだと思う。またどの点からいっても民主主義の要件を備えていないでしょう。それはただ形なり内容だけが民主主義というだけです。ところが民主憲法かどうかということは内容の問題ではない。たとい内容が神様が作ったような神法であっても、その手続がとにかく主権的国民が作ったものでなく、主権的国民が自分の手で書いたものでなく、主権的国民の利益のためにやったものでなければ、それは民主的憲法ではない。専制憲法です。なぜならこれは独裁君主、独裁権力者が作ったものなのですから、従ってこれは独裁憲法なのです。正真正銘独裁憲法なのです。植民地憲法なのであります。でありますから、ただ内容が民主的だということは、これはたまたまカムフラージュされただけのことであります。もしも先ほど申しましたように、三つの要件がそろいますならば、内容は必然民主的になることはきまったことなんですね。内容が民主的に押しつけられたからといって、それが民主的に変るということはないはずなのです。ほんとうに民主的かどうかということは、内容よりは三つの要件がそろっているかどうかということなのです。また三つの要件がそろえば、おのずからにしてそうなるべきはずなのです。ところが三つの要件がそろい——全然骨抜きであるにしても、もらったものでありますから、そのような格好になっておるわけでありますが、ただ形だけのことで民主主義の実はごうもないわけなんです。これがすなわち私がどうしたってこの憲法は内容を改めなくちゃならぬというわけのものであります。これはおわかりだろうと思いますが、内容がいいから従ってこの憲法はいいじゃないかというほど非民主的な考えはない。遺憾ながら私はこれは中学生くらいの質問だと思うのです。中学生でもわかるだろうと思うのです。その点は実際の内容だけの問題でなく、三つの要件が問題ですから、内容がよければいいというなら、これは専制君主だって内容のいいものを出すかもしれないです。ですから内容というのはおのずから来ますが、決してそうではないと私は断言するわけであります。
山
神
神川彦松#12
○神川公述人 それで石橋先生の第三の質問にお答えいたしますが、もしそういう占領時代にできたものならばそれは無効じゃないか、これはもう一刀両断にやってもいいのだというなら筋が立っていいというお話でありますが、これは私はもう数年来主張いたしておることでありまして、これは国際法の点から申しますと、すでにもう効力を失しておると言ってよろしい。国際法の最も確立した原則の一つはいわゆるポストリミニアムの法理であります。いわゆる戦後原状回復と日本では訳されております。このポストリミニアムの法理によりますと、およそ軍事占領中にやったところのすべての法令とか処分とかというものは、占領が終了しますと当然失効するというのが原則であります。でありますから実際軍事占領中にできましたものは事実失効したのであります。日本におきまして軍事占領中に作りましたところの法令とか政令とかというようなものはもうほとんど全部失効いたしました。十八カ月だけは猶予を置きましたけれども、占領中、占領幹部の指令によりまして作ったところの法令とか処分とかいうものは全部——例外はやはり戦争法規、国際法規に従って当然軍司令官がやられることだけは効力を持続することもございますが、しかしながら原則といたしましては、占領中すべての法令とかあるいは処分とかというようなことは失効いたしておるのであります。これはもう日本の裁判所でも認めております。ただひとり憲法のみが残っておるのであります。しかしながらこの憲法といえども国際法のボストリミニアムの法理から見て当然失効しておると申してよろしいのであります。これが近代国際法における最も確立した原則であります。また世界のいかなる学者も認めておるのであります。およそ国際法におきまして、これほど確立した原則はないといってよろしいのであります。でありますから私はずっと以前から国際的には日本のマッカーサー憲法も失効したものといわなければなりません。なぜならばそのほかのものもほとんど失効したのだから、なぜ憲法だけを残しておるのか。しかしながら国際法上の失効するということと、国内法上の失効するということは全然別のことでありまして、国内法におきましては、やはり国内法として失効させるだけの手続をとらなくちゃならない。その失効させるところの手続につきましては、私はいろいろ方法があると思います。しかしながら二つなり三つなりの方法がありますが、とにかく国内法において失効の手続をとらぬ限りは有効でありますが、国際的にはすでにこれは失効したものである、こう考えております。
この発言だけを見る →石
神
神川彦松#14
○神川公述人 私はその点はドイツのボン憲法のように百四十七条というものがあれば非常によかったと思うのです。そうすれば初めから問題にならずに新しい憲法を作れば当然失効なんですから問題にならないのです。それがつまりわれわれが一番困っている点なんです。でありますからそういうものがない以上仕方がありませんけれども、一つの方法は私は日本の国会においてマッカーサー憲法は占領憲法であり、これは国際法上無効のものであるから失効するという宣言をしてよろしいと思うのであります。国内法上そういうやり方によりまして確かに失効すると思うのであります。しかしながらマッカーサーのような人もそういうような乱暴なやり力をとらずに、明治憲法七十三条というようなものを引っぱってきて、実にむずかしいリーガル・テクニカリティを適用いたしました。これは非常にポリティカル・タクトだと思います。ですからマッカーサーのような人ですらあれだけ驚くべきことを断行しておきながらやはり明治憲法の七十三条を引っぱってくるのですから、従ってやはりわれわれもマッカーサーの故知にならいまして、やはりそう一刀両断的な処置をとらずに憲法九十六条の手続に従ってやった方が穏当だ、こう考えておりますが、法理から申しますならば、日本の国会がとにかく日本の国民の憲法制定権を代表しておるのですから、日本の憲法制定権を代表している日本の国会が無効の宣言をし、そうして続いて国民投票について一応念のためにやってみて、日本の国民投票の大多数が大賛成といえばそれは私はよろしい、こう思うのであります。
この発言だけを見る →石
石橋政嗣#15
○石橋(政)委員 どうやら理論の矛盾をみずから露呈されたようです。民主主義の一つの生命はやはり形式を重んずるということにある。従って事実はどうあろうとも帝国憲法七十三条の手続を踏んでいるんだから無効を宣することはできないということは、これは実質的に現憲法をお認めになっておることになるので、押しつけられた内容であるならばどんな手続をとっておろうともそんなものはだめだとはっきり言ってこそ筋が一貫すると私は申し上げておるわけです。それを手続だけはちゃんと踏んでいるから無効ということはできないというのは、いささか理論が一貫しておらないと私は申し上げなくてはならない。それから先ほど押しつけられた民主主義はだめだと言っておられるけれども、民主主義に二つも三つもあるのか、少くとも現在民主主義を奉じておる世界各国のどこの国を見たって、自分のところ独特の民主主義というものはそうあるべきものではない。本質の流れておるものは一つだと思う。アメリカ十三州の独立宣言あるいはフランスの人権宣言というものに由来した、一貫した思想というものが私は民主主義憲法の中には流れておると思う。国民はそれをひとしく迎えて現行憲法に賛意を表しており、現憲法として今まで立ててもきておる。現在天皇、内閣、われわれ議員はもちろんすべてが現行憲法順守の義務を九十九条で負っておる。その現行憲法は押しつけられたものであろうと何であろうと、あなたがお認めになっている民主主義に一貫しておる。これ以上一貫しておるものはないということは先ほどほかの先生方が御説明しておる通りです。従って私は内容がとやかくでないという先ほどの御説明は、これは話が一貫しない理論だと思うのですが、この点であまり時間をとりますまい。あなたがおっしゃるように、もし現行憲法が押しつけられたものであるならばという前提で話を進めたいと思うのでございますが、私たちは押しつけられたものだと思っておらない。もし押しつけられたものありとしいて言うならば、それは現行憲法ではなくて日本の国民が憲法制定をする権利を確保した、このことが押しつけられたのかもしれない。なぜならば帝国憲法には国民主権というものは御承知の通り認められておらなかった。それが認められたのはいかなる機会かといえば日本がポツダム宣言を受諾して無条件降服をしたそのときに由来しておるわけです。だから占領軍に押しつけられたとどうしても言わなければ気が済まなければ現行憲法を押しつけられたというのではなくて、国民主権を押しつけられたというふうに解釈すれば、これまた筋が通ると私は思う。あなたは占領軍の権力で押しつけた押しつけたとおっしゃるけれども、しからば占領軍の権力というものはどこに由来して与えられたのか、先ほど申し上げたようにポツダム宣言受諾というところで発生しておる。日本が無条件降伏したことによって初めて占領軍が権力というものを確保したわけだ。ところがわれわれは無条件降伏をした、それと同時に連合国軍もまたこのポツダム宣言というワクにはまったわけだ。なぜならばポツダム宣言受諾のときにその内容を両者とも守るということをちゃんと約束しておる。ポツダム宣言の内容を今さら私がここであなたに読み上げて御説明するまでもないと思いますけれども、その中でポツダム宣言を受諾するときに日本の政府は天皇の大権、統治権をそのままにしておいてもらいたいと言ったけれども、それは一笑に付せられた。そして何と言われたかというと、結局国民が自由な意思で日本の政府を形成する憲法を制定する権利を持つようにしなくてはならぬのだということが、向うの最後の要求であった。従って連合国軍もこのポツダム宣言受諾に際して発した内容を、結局みずから順守しなくちゃならない義務を持っています。
明文をここで読み上げますと、最終的の日本国の政府の形態は、ポツダム宣言に従い日本国国民の自由に表明する意思により決定さるべきものとす、というのがポツダム宣言受諾のときの第二番目の条件になっておるわけです。連合国みずからもこのワクの中にはめられておるわけだ。またさかのぼっても連合国軍として、はっきり守らなくちゃならないものがあった。それは何かといえば、大西洋憲章です。清瀬さんはこれをちゃんとあげて、マッカーサーは大西洋憲章に従わなかったんだということを言って、やはり無効説に近いものを吐いておられるけれども、連合国軍は、はっきり日本人が自由に表明した意思で憲法を制定し、国家を形成することを要求しておった。この要求に基いていろいろその後指示を与えておる。ところが日本の当時の反動勢力は、何とか現状を維持しようというあがきを見せた。だからたまりかねて、なぜポツダム宣言受諾のときの……。
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山
山本粂吉#16
○山本委員長 石橋君に御注意申し上げます。どうぞ質問をおやり下さい。あなたの質問時間だけでも、すでに十分を超過いたしております。
〔「それは質問じゃない」「議論だ」「質問をやれ」と呼ぶ者あり〕
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石
石橋政嗣#17
○石橋(政)委員 それで連合国軍も、結局ポツダム宣言受諾のときの条件の拘束を受けておった。それを、しからばあなたのような論法でいくならば、マッカーサーはポツダム宣言を無視したとあなたは言い切るのか、その点だけそれではお伺いしましょう。
この発言だけを見る →神
神川彦松#18
○神川公述人 石橋先生の御意見にお答えしますが、御議論が非常に多岐にわたりましたので、それに詳しくお答えしておりましては、どうしても一時間やそこらはかかるのでありますが、一時間も御説明しておるわけにいきませんから、やむを得ず簡単に御説明申し上げます。
まず第一は私の言うたことに矛盾がある。私がとにかくこの憲法を認めていないにかかわらず、この憲法を無効にしちやいかぬというような意見を言うたという。これはどうも私の言うたことをよく正解していただけなかったためだと思うのであります。私が申しましたように、たとい国際法上当然無効であったとして毛、国際法の領域と国内法の領域はおのずから別であります。従って国内法の領域において、それを無効にする法律上の手続をとらない限りは有効なんであります。でありますから私は、国内法上において無効になったとは申さなかったのでございます。国内法上においては、当然有効なんでありますから、有効である問は、日本国民としてだれでもそれを守るべき義務があることは、われわれも当然認めている。であればこそ私はそれの効力を十分認めておるわけなんでございます。議会が無効官許をするとか、あるいはまた第九十六条の手続によって改正するということと、この憲法が有効の間はすべての日本国民は——これは国務大臣や国会議員や官吏には限りません。あの九十九条の書き方はきわめて不完全なんです。こんな不完全な書き方はほかの国にはありません。この九十九条の規定をまつまでもなく、日本国の国民たる以上は、だれでもこれを順守する義務がございます。これは言うまでもないことなんです。これが第一の点であったと思うのでございます。
それからまだいろいろお尋ねになりましたが、もう一つどうしても誤解されておるという点は、ポツダム宣言やあるいは降伏文書は合意だとおっしゃったことですね。これは思うにアメリカの公文書というものを、お読みにならぬところからくるわけでございます。このことはアメリカの公文書が実に明確に申しておるのでありまして、占領の年の九月六日にアメリカから、マッカーサー元帥へ通達いたしました最高司令官の権限に関する通牒というものがあるのであります。そのうちで、日本とアメリカの関係は決して契約関係でない。契約的な基礎によるものじゃないということを繰り返し言うておるんです。これはコントラクチュアル・ベーシスによったものではないとか、あるいはコントラクチュアル・リレーションズじゃないということを繰り返し繰り返し言うておるのであります。ですからこの文章をお読みになるならば、たとい表面ほどうでありましても、あるいは合意だとか受諾だとか書いてありましても、法理上の意味はないのであります。法理上から申しますと、一方的の命令でありまして、外国の目から見て日本の占領統治というものは、マッカーサーのディクティトだといわれておりますが、実際その通りでありまして、マッカーサーの権限には実は何らの制限がないのです。ただ、一応そういう文章で表わしておりますから、道徳上の効力はありましょうが、法律上の効力はないのです。コントラクチュアル・ベーシス、コントラクチュアル・リレーションズがないということは、繰り返し繰り返し言っておるのです。これはごく皮相の見解で、すなわち無条件降伏というものの性格をよく正解されないためでありまして、無条件降伏というものは、そういう契約的基礎の上に立つものではないのです。契約関係ではないのです。でありますから、連合国の方で義務を負ったということはないのであります。それだからある意味においては法律上アメリカが、あるいはマッカーサー元帥が、日本に対し約束を破ったということも言いにくいのです。それは道徳上は言えますよ、しかし法律上は遺憾ながらそういうことが言い切れないような状態になっておるのであります。
またもう一つの点、これだけはどうしてもお答えしておかなければなりませんが、民主主義は一つである、どこの国の民主主義でも同じだ、なるほどアメリカの民主主義というものはそれは大体において同じものでありましょう。しかしながら民主主義というものは、とにかくどこの民主主義でも、もしそれの名に値しますならば、主権的国民が自分で行い、また主権的国民が自分の手で書き、自分の利益のためにやる政治でなければならないということは確かだと思います。ところが日本の憲法というものはそうでなくて、先ほど申しましたように、アメリカが作った、アメリカの作ったデモクラシーなんです。そんなデモクラシーというものはどこにもないのです。これば無条件降伏で初めて起った現象であるから、そんなデモクラシーはどこにもない。これが日本のデモクラシーは違っておると私が申すゆえんであります。でありますからデモクラシーの本質そのものは変りはありませんが、日本のデモクラシーというものは決してそういうものではない。よその国のデモクラシーとはまるで違ったものなのです。遺憾ながらその点が違っているのです。でありますから、これをどこの国のデモクラシーも同じだということで片づけられることは、デモクラシーの本質そのものを理解されないところからくるのではないかと考えるのであります。とにかくこれだけお答えしておきます。
この発言だけを見る →まず第一は私の言うたことに矛盾がある。私がとにかくこの憲法を認めていないにかかわらず、この憲法を無効にしちやいかぬというような意見を言うたという。これはどうも私の言うたことをよく正解していただけなかったためだと思うのであります。私が申しましたように、たとい国際法上当然無効であったとして毛、国際法の領域と国内法の領域はおのずから別であります。従って国内法の領域において、それを無効にする法律上の手続をとらない限りは有効なんであります。でありますから私は、国内法上において無効になったとは申さなかったのでございます。国内法上においては、当然有効なんでありますから、有効である問は、日本国民としてだれでもそれを守るべき義務があることは、われわれも当然認めている。であればこそ私はそれの効力を十分認めておるわけなんでございます。議会が無効官許をするとか、あるいはまた第九十六条の手続によって改正するということと、この憲法が有効の間はすべての日本国民は——これは国務大臣や国会議員や官吏には限りません。あの九十九条の書き方はきわめて不完全なんです。こんな不完全な書き方はほかの国にはありません。この九十九条の規定をまつまでもなく、日本国の国民たる以上は、だれでもこれを順守する義務がございます。これは言うまでもないことなんです。これが第一の点であったと思うのでございます。
それからまだいろいろお尋ねになりましたが、もう一つどうしても誤解されておるという点は、ポツダム宣言やあるいは降伏文書は合意だとおっしゃったことですね。これは思うにアメリカの公文書というものを、お読みにならぬところからくるわけでございます。このことはアメリカの公文書が実に明確に申しておるのでありまして、占領の年の九月六日にアメリカから、マッカーサー元帥へ通達いたしました最高司令官の権限に関する通牒というものがあるのであります。そのうちで、日本とアメリカの関係は決して契約関係でない。契約的な基礎によるものじゃないということを繰り返し言うておるんです。これはコントラクチュアル・ベーシスによったものではないとか、あるいはコントラクチュアル・リレーションズじゃないということを繰り返し繰り返し言うておるのであります。ですからこの文章をお読みになるならば、たとい表面ほどうでありましても、あるいは合意だとか受諾だとか書いてありましても、法理上の意味はないのであります。法理上から申しますと、一方的の命令でありまして、外国の目から見て日本の占領統治というものは、マッカーサーのディクティトだといわれておりますが、実際その通りでありまして、マッカーサーの権限には実は何らの制限がないのです。ただ、一応そういう文章で表わしておりますから、道徳上の効力はありましょうが、法律上の効力はないのです。コントラクチュアル・ベーシス、コントラクチュアル・リレーションズがないということは、繰り返し繰り返し言っておるのです。これはごく皮相の見解で、すなわち無条件降伏というものの性格をよく正解されないためでありまして、無条件降伏というものは、そういう契約的基礎の上に立つものではないのです。契約関係ではないのです。でありますから、連合国の方で義務を負ったということはないのであります。それだからある意味においては法律上アメリカが、あるいはマッカーサー元帥が、日本に対し約束を破ったということも言いにくいのです。それは道徳上は言えますよ、しかし法律上は遺憾ながらそういうことが言い切れないような状態になっておるのであります。
またもう一つの点、これだけはどうしてもお答えしておかなければなりませんが、民主主義は一つである、どこの国の民主主義でも同じだ、なるほどアメリカの民主主義というものはそれは大体において同じものでありましょう。しかしながら民主主義というものは、とにかくどこの民主主義でも、もしそれの名に値しますならば、主権的国民が自分で行い、また主権的国民が自分の手で書き、自分の利益のためにやる政治でなければならないということは確かだと思います。ところが日本の憲法というものはそうでなくて、先ほど申しましたように、アメリカが作った、アメリカの作ったデモクラシーなんです。そんなデモクラシーというものはどこにもないのです。これば無条件降伏で初めて起った現象であるから、そんなデモクラシーはどこにもない。これが日本のデモクラシーは違っておると私が申すゆえんであります。でありますからデモクラシーの本質そのものは変りはありませんが、日本のデモクラシーというものは決してそういうものではない。よその国のデモクラシーとはまるで違ったものなのです。遺憾ながらその点が違っているのです。でありますから、これをどこの国のデモクラシーも同じだということで片づけられることは、デモクラシーの本質そのものを理解されないところからくるのではないかと考えるのであります。とにかくこれだけお答えしておきます。
石
石橋政嗣#19
○石橋(政)委員 ますますもって私はわからないのです。第一に憲法の九十九条に、国民に憲法順守の義務が課せられてないのはおかしい、そんなものは世界のどこにもないと言われるけれども、結局国民主権で国民が作った憲法なんです。それを国民が守るのは当りまえだから書いてないのです。事実国民主権というものははっきりしておりましょう。
それからまたアメリカに押しつけられたのだとあなたはおっしゃるけれども、草案はマッカーサーの方で書いたかもしれぬが、あなたが認めておる手続を経ておるじゃないですか。そうして日本の憲法として今生きてぴんぴんしておるではありませんか。そうしてその中には、民主主義の精神が流れておるじゃないですか。それを押しつけられたものだからいかぬ、押しつけられたものだからいかぬと言うが、押しつけられたかどうかしらんけれども、ちゃんとあなたのお認めになっておる手続を経ておる。ここに私は問題があるということをさっきから申し上げておるのです。
それから、この点はわれわれだけが言っておるのではないのです。先ほど戒能先生もちょっとお触れになりましたけれども、天皇も前後四回にわたって勅語を出しておる。それを一々ここで読むひまもありませんけれども、第一番目、三月六日に憲法草案要綱の政府発表があったときに勅語が発せられた。その中で「朕曩にポツダム宣言を受諾せるに伴い、日本国政治の最終の形態は日本国民の自由に表明したる意思に依り決定せらるべきものたるに顧み……」云々として「乃ち国民の総意を基調とし……」と書いてある。またその後六月二十日にも出ておる。十一月三日にも出ておるのは御承知の通り。前後四回にわたって勅語をお示しになっておる。あなたはこれも天皇が地位の安泰をはからんがために、国民がどうなろうと、国かどうなろうと憲法がどうなろうとこういうふうに書かされたのだとおっしゃるのですが、戦争中には軍閥官僚にあやつられ、占領中には占領軍にあやつられ、今後はだれにもあやつられないという保障がどこにありますか。あなたは押しつけられたのだとおっしゃるけれども、日本の国民は明治憲法のもとにおいては、主権は与えられておらぬし、この憲法制定を契機として現にわれわれ国民は主権を確保しておるのじゃないですか。こればポツダム宣言に従ってわれわれが確保することができた。どんな理屈を述べられようとも、現に生きておる国民主権の憲法というものを認めるのは当然です。あなたも認めると言っておる。それば正規の手続を経ているからです。その点を私は矛盾しておると申し上げたおけです。
それで質問に移りますが、草案が向うに書かれたのだからいけない。この点もほかの先生方から御説明があった。明治憲法だって伊藤博文が書いたことはちゃんと御承知の通りです。そうすると、この理論を裏返しますと、草案を作るということが非常に大切だということは私たちも大賛成です。しからばもし今度憲法を改正しようとする場合に、どこでだれが草案を作るかということが非常に大切になってくる。この点はお認めになりますか。
この発言だけを見る →それからまたアメリカに押しつけられたのだとあなたはおっしゃるけれども、草案はマッカーサーの方で書いたかもしれぬが、あなたが認めておる手続を経ておるじゃないですか。そうして日本の憲法として今生きてぴんぴんしておるではありませんか。そうしてその中には、民主主義の精神が流れておるじゃないですか。それを押しつけられたものだからいかぬ、押しつけられたものだからいかぬと言うが、押しつけられたかどうかしらんけれども、ちゃんとあなたのお認めになっておる手続を経ておる。ここに私は問題があるということをさっきから申し上げておるのです。
それから、この点はわれわれだけが言っておるのではないのです。先ほど戒能先生もちょっとお触れになりましたけれども、天皇も前後四回にわたって勅語を出しておる。それを一々ここで読むひまもありませんけれども、第一番目、三月六日に憲法草案要綱の政府発表があったときに勅語が発せられた。その中で「朕曩にポツダム宣言を受諾せるに伴い、日本国政治の最終の形態は日本国民の自由に表明したる意思に依り決定せらるべきものたるに顧み……」云々として「乃ち国民の総意を基調とし……」と書いてある。またその後六月二十日にも出ておる。十一月三日にも出ておるのは御承知の通り。前後四回にわたって勅語をお示しになっておる。あなたはこれも天皇が地位の安泰をはからんがために、国民がどうなろうと、国かどうなろうと憲法がどうなろうとこういうふうに書かされたのだとおっしゃるのですが、戦争中には軍閥官僚にあやつられ、占領中には占領軍にあやつられ、今後はだれにもあやつられないという保障がどこにありますか。あなたは押しつけられたのだとおっしゃるけれども、日本の国民は明治憲法のもとにおいては、主権は与えられておらぬし、この憲法制定を契機として現にわれわれ国民は主権を確保しておるのじゃないですか。こればポツダム宣言に従ってわれわれが確保することができた。どんな理屈を述べられようとも、現に生きておる国民主権の憲法というものを認めるのは当然です。あなたも認めると言っておる。それば正規の手続を経ているからです。その点を私は矛盾しておると申し上げたおけです。
それで質問に移りますが、草案が向うに書かれたのだからいけない。この点もほかの先生方から御説明があった。明治憲法だって伊藤博文が書いたことはちゃんと御承知の通りです。そうすると、この理論を裏返しますと、草案を作るということが非常に大切だということは私たちも大賛成です。しからばもし今度憲法を改正しようとする場合に、どこでだれが草案を作るかということが非常に大切になってくる。この点はお認めになりますか。
神
神川彦松#20
○神川公述人 石橋先生の再三の御質問にお答えいたします。私は急ぎまして、言葉を略しましたが、御質問の趣旨はよく心得ておるのであります。その第一点は九十九条は当然のことではないか、むろん当然のことを書いたものであります。しかしながら諸外国の憲法を見ますと、こういう当然のことはあまり書いていないのでございまして、もし書くとしますれば、およそその市民というものはすべて国家の根本組織法である憲法というものはよくこれを守らなければいかぬと書いてあるのが普通であります。であるから国家の官吏とか、国会議員とかいう人が憲法を守らなければならぬことは当然でしょう。職責上当然のことでありまして、そういうことをここに書いてある。ただ抜けておるのはそういうことを書くくらいなら、本来なら日本国の市民というものはすべて憲法というものを順守しなければいかぬ、こう書くのが当然なことです。それが書いてないのが外国の憲法と違っている点です。これはおそらく進駐軍マッカーサー司令部が思うところあってこういうふうに書いたのだろうと思いますが、とにかく諸外国の憲法と違っておるという点を指摘いたしたのであります。それからまたもう一つ、国民主権というものは日本に外国が与えたのじゃないか——私は一体国民主権というものはみずから戦い取るべきもので外国からもらうべきものでないと考えるのです。もらうような国民主権というものはあろうはずがないと思うのであります。もらったようになっておるけれども、自分のものにならないということは現実の事態が証明しておる。およそ権利だろうが、自由だろうが、自分の力で戦い、取らない限り自分のものになりません。その点において非常な誤解があるわけです。外国から押しつけられてもらった権利は自分のものになりません。やはりもらったものはありがたくない。じきそれを失ってしまうのと同じでありまして、もらったものを国民主権だと考えることが国民主権というものの本質を理解されないことだと思うのです。主権というものは革命の力によって、自力で戦い取らなければならぬものです。ところが日本国民というものは、その折革命も何もできませんでした。外国の統治ですから、植民地日本ですからどうして革命ができますか。今でもそうです。植民地そのものです。(「今でも植民地か」と呼ぶ者あり)今だってそうだと思っている。でありますから、他人から押しつけられたり、他人からもらったものはただ形だけなんです。それを自分の力で戦い取って初めて自分の国民主権になることは当然じゃないですか。ですから私はまだ日本人はほんとうに国民主権というものを理解してないと思う。遺憾ながら石橋先生がああ言われるところを見ると、そう思わなければならない。ほんとうに自分のものにならない。主権は実力です。それは他人からもらったのではできるものではない。自分から戦い取って初めて国民主権になるのです。ですから私はそんなものは国民主権でないと思う。もう一度自分たちのものにしなければならぬ。かりにもらったものはそれでもよろしい。自分の努力で自分のものにしなければならない。そのする手続が抜けている。だからそのする手続をやらなければならぬ、こう申しておるわけです。
この発言だけを見る →山
石
石橋政嗣#22
○石橋(政)委員 私の質問に対してその分だけきちっとお答えになればそんなに時間がかからない。今の点でも、草案が大切で、特に憲法を作る場合に、草案をどこでだれが作るかということが大切だと思うが、先生もそうお思いになりますかという質問です。それに対して答弁が長過ぎるから時間を食うのです。そのところだけお尋ねいたします。
この発言だけを見る →神
神川彦松#23
○神川公述人 それは原案を書くことの必要なことはだれでも申し上げるまでもないでありましょう。しかし同じ原案を書くにしましても、だれが書くかということが大切です。どこで書くか、だれが書くか、どういう権力が書くかということが必要です。私はマッカーサー権力が書いたのはいかぬと申したのでありまして、これは当然のことと思いまして、私は説明しなかったのであります。
この発言だけを見る →石
石橋政嗣#24
○石橋(政)委員 真に民主的な憲法を作ることは私も大賛成です。そうすると、もし現行憲法を改正しようと思えば、国民のほんとうの自由に表明した意思の結集されたものが作られなくてはならない。そういう意味で草案をどこでだれが作るかということが何よりも非常に重要である。特にあなたのように、手続やら形式やらを重んぜられる方はこれを大切にしなくちゃならぬと思う。だからほんとうに国民の自由なる意思を代表する者はだれか——日本の場合においては現在それはだれか、どこかというと、私たちはそれは代議士であり、国会であると考えておる。だからあなたの理論をまっすぐ押し進めていくならば、もし現行憲法を改正しようと思えば、正当な選挙を経て出てきておる議員によって構成された国会で、それこそ慎重に草案を作って初めてりっぱなあなたの讃美してやまない憲法を作る最初の第一段階ができ上るという御結論になるだろうと思う。そうすると、今政府が出しておるような内閣の中に作ることは——しかもあなたもお認めになっておるように、日本はまだ完全な独立国でない、アメリカの制約を受けがちな内閣の中に、しかも議員以外の方をも含めて草案を作るようなことをなさいますと、再び当時のわだちを踏むことになりはせぬか、そういう意味でお尋ねをいたしておるのです。
この発言だけを見る →神
神川彦松#25
○神川公述人 私は実はこれについては席を改めて詳しくお話ししようと思っておった点なのでございますが、今石橋先生から御質問を受けましたから申し上げますが、これは今日の憲法調査会法案と直接関連してくる問題でありまして、実に重大な点でございます。またこの点につきましては先ほど戒能先生からも詳しい御議論がございまして、私はそれに対して実は詳しい意見を発表したいと考えておったところでございますが、石橋先生との議論がだいぶ長くなりますからその点ではなはだ困るのでございますが、一言お答えいたします。この憲法の改正あるいは全面改正をどういうふうにやるかということは、実はいろいろなやり方があるのであります。民主国の建前といたしましては、確かにまず憲法制定権の主体である国民が主体になって、そして盛り上げるというのが正当の手続であります。でありますから、そういうことができ得る国におきましては、どこの国でもまず民間にいろいろの憲法改正委員会というものができるのであります。これはいつでもそうでありますが、ことに戦後のフランスの憲法ができた場合、イタリアの憲法ができた場合の例を詳しく説明してみますと、憲法をどういうふうに改正するかという研究会、委員会というものが方々にできる。ところがそれは専門家の集まりであります。憲法は国民が作るのだといっても、国民がすべて憲法学者でありませんから、やはり専門家が研究して委員会というものを作らなくちゃならない。それがフランスのごときは至るところにできたのです。またイタリアなんかでもできました。ところが日本におきましては、遺憾ながらそれができませんから、私はやむを得ず四年前から憲法研究会というものを組織して、十数人の憲法学者とともに研究して参ったのであります。ところが遺憾ながらそういう憲法研究会が、日本ではどういうわけか方々にできないのです。これはいろいろ理由がございましょう。そういう委員会がたくさんの案を立てて、それをどこかで集めて、そしてその最大公約数をもって議会に持ち込むというのが、普通の手続でございましょう。いずれにしろ、こういう調査会とか、委員会というものは、専門家の集まりでなくちゃいけない。でありますから、私は今提出されておりまするこの憲法調査会法案の組織には反対でありまして、この組織によりますと、議員諸公が三十名、それから学識経験者が二十名ということになっておりますが、私はそれは賛成しないのであります。なぜならば、これは要するにほんとうの専門的な調査研究なんですよ。今の憲法というものを学問的に再検討し、学問的にどうしたら改善できるかということをほんとうに研究する会ですから——それは議員諸公の中にも専門家がたくさんあるでしょう、ですからそういう専門家が入ってもらうことはけっこうですが、この衆参両院議員のうちに三十名のそういう憲法専門家が得られますかどうか。もし三十名得られまして、そういう人をみなその調査会に振り込むのなら私大賛成です。遺憾ながらそれだけなければ、そんなに三十名も議員諸公から選ぶ必要はないんじゃないかと思うのです。でありますから、もし組織を問題にしますならば、私はむしろ全部学識経験者であって欲しいと思うのです。そうでなければ、ほんとうの専門委員会の価値はないです。ですから政治家としてはえらいかもしれませんが、しかし憲法専門家として天下の権威だといわれる人が、そうたくさん議会におられますかどうか、そこを私は疑います。どこの国でも、そういう委員会というものは学術専門家なんです。また国会議員というものは、そんな専門家の委員会に入る必要はないのです。結局国会がそれを決定して、そして国民に対して発議するのですから、議会は幾らでも議論し、幾らでも意見を出せるのですから、国会は国会にきてからでいいのでありまして、だからその前にいろいろの天下の学者を集めて、天下の経験者を集めて、そうして理想的な案を作るというのが憲法調査会です。ですから五十人の知識経験者を集めるということは、私けっこうと思うのです。しかしそのうち三十名が議員であり、二十名が学識経験者である。私は反対だと思うのです。三十名が学識経験者で二十名が議員諸公というふうなら、まだ私はいいと思うのです。あるいは私は議員諸公は、ただ議員諸公であるがためじゃなしに、憲法の専門家だという資格で入っていただきたいと思うのです。それならば二十名でも三十名でもけっこうです。それでなければ意味がないわけでしょう。そういうような憲法調査会というものが、いかなる民主国でもできるのであります。とにかくフランスにおいてもでき、イタリアにおいてもでき、アメリカにおいてもできるのです。アメリカにおきましても、憲法改正をしますのには、まず政府なりあるいは政党なりあるいは議会なりが、専門家を集めて、ちょうどやはりマッカーサー司令部でこの憲法を作ったのと同じでありまして、一応専門家を集めるのです。マッカーサー司令部はできませんでしたけれども、専門家をたくさん集めまして、そうして案を作らせるのです。それを政府が議会に提出するという段取りをアメリカでもとるのです。アメリカの各州もそういうふうにやることがあるのです。みなやるとは限りませんがね。でありますから、日本でももしほんとうにわれわれが作ったような憲法研究会がむしろ所在に起りまして、理想的な案をどんどん出して、そうしてその最大公約数を求めるというだけなら、私は議会でもできるかと思うのであります。しかしながらそういうことは全然行われていないのですから、仕方がないから、政府が音頭をとって、政府が天下の学識経験者の権威者を五十名なら五十名すぐり抜いて、何年かかってもりっぱな理想的な案を作る。そうしてそれを議会に発案することは、これは当然しごくなんだと思うのです。私はそういう意味におきまして、ことに日本のようなところで大きな委員会を作るとすれば、すぐ何百万、何千万円の金が要るものですか、遺憾ながら貧乏な日本ではそんな金が出るところがない。やむを得ないから予算から出す。われわれも自腹を切って憲法研究会をやっておるのです。ほんとうに憲法調査会を作れば、これに書いてあるように一千万円くらいは要るでしょう。この金は民間のどこから出ますか。議会で、政党でこれが、できますか。できればけっこうです。ところが日本の国情におきましては、なかなかむずかしい。それは理想的なやり方ではないかもしれませんが、外国にも例があるのでありまして、日本のような国情ではこういう方式によってとにかく、天下の権威者を五十名集めて、そうして世界中どこに出しても恥かしくないようなりっぱな憲法を作ることは、これはやってしかるべきことだと考えるのです。
この発言だけを見る →石
石橋政嗣#26
○石橋(政)委員 ただいまの御説明も納得いかないわけです。いかにして民意を反映させ、自由な国民の意思を反映させてりっぱな憲法を作るかということで御説明願えると私は思ったのですが、学識経験者、専門家でやらにゃいかぬのだ、そういうものでこういう調査会など作らにゃいかぬのだという御理論には、私納得できない。そういう専門家でやればいいんだ、そうして草案を作ればいいんだ、国会には最後の手続だけとればいいんだというお考えならば、その草案がマッカーサーによって作られようと、伊藤博文によって作られようと、だれによって作られようとかまわぬ、最終的に国会の手続さえ経ればいい、こういうことにならなければおかしいと私は思う。これを言っておりますと、また時間が長くなりますから、ほかの議員さん方から御質問を願うことにして、一応私は憲法調査会法案に反対だという、これだけをおみやげにして終ります。
この発言だけを見る →山
山
山崎巖#28
○山崎(巖)委員 きわめて簡単に中村先生及び戒能先生にお伺いをしたいと思います。その前にちょっと両先生に申し上げておきたいと思うことは、憲法調査会法案の内容、あるいはこの立案の趣旨、また自由党時代にできました憲法改正に関します要綱、あるいは改進党の要綱、こういうものにつきまして、だいぶん両先生におかれましては誤解があるような感じを持ったのであります。戒能先生のお話の中に、国民主権の所在を変更するような憲法改正は限界を越すというような御所論があったようでありますが、自由党時代の憲法改正にいたしましても、また改進党の憲法改正の要綱にいたしましても、主権在民の原則は堅持をいたしているのであります。私どもは提案理由の説明に申し上げておりますように、民主主役、平和主義、並びに基本的人権の尊重ということ、この現行憲法の長所はあくまで貫いて参る考えであります。そういう考えであるにかかわりませず、主権在民の原則を変えるがごとき根拠のもとにこの法案をごらんになりますことは、私はまことに遺憾に存じます。
また調査会法につきましても、先生方の今までの御所論を聞いておりますと、かつての自由党の、あるいは改進党の、憲法改正についての考え方をこの調査会を通じて権威づけるための調査会である、こういう御所論のようでありますが、これは私は誤解もはなはだしいものと考えます。今回内閣に私どもが調査会を置きましたのは、国会にこの種の調査会を民間人と同列に置くことが、法律的にも疑問があるし、また従来の慣例もなく、むしろ内閣に置くことが適当である、こういう趣旨のもとに内閣に設置することにいたしているのであります。調査会の法案の内容をよく御検討願いますと、今度の調査会は、内閣には置きますけれども、内閣は調査会の一種の世話役にすぎないのでありまして、調査会自体が運営もいたしますし、結論も出すことに相なっております。きわめて民主的な運営をはかることになっているのであります。そこに両先生には私は誤解があるような感じを持ちましたので、この点をまず申し上げて、それから質疑に入りたいと思います。
私どもがこの調査会法を出しました理由の第一点は、先ほどからだんだん御議論のありました制定の経過にかんがみまして、自主的な憲法を持ちたい、この点でございます。この点につきましては、すでに三先生から詳細な御議論を承わり、また後刻同僚の議員からも御質問があるはずでございますから、この点には触れたくないと思います。中村先生のお話でございましたか、過去九カ年の実施の経験にかんがみて云々というような提案理由になっておるけれども、そいつはあまり意味がないのじゃないか、改正をすべき点はないじゃないか、およそ現行憲法の三原則を尊重するならば、別に内容を変える必要はないじゃないか、こういう御所論であったように存じます。私はそれは非常な間違いだと思う。先生方は毎日々々憲法の内容を御検討になっておりますので、私は内容的に一、二の点について伺ってみたいと思います。
前文の点はしばらくおきまして、第一章の天皇の章について、両先生どちらかでもけっこうでありますからお伺いをしたいと思います。私どもが天皇の章について改正を要すると思いますのは、主権在民の原則を変えるとか、これに制限を加えるとか、こういう意図の毛頭ないことを、まずもって申し上げておきたいと思います。しかるに現行憲法におきましては、一体日本国を代表するものが、天皇であるのか、総理大臣であるのか、その点すら私どもは解釈上はっきりしないと思います。そこで日本国は共和国であるとか、あるいは元首なき民主国であるとか、こういう珍説すら学界に出ておるような次第であります。およそ独立国にして国の代表者のはっきりしないという国がありますかどうか。あるいはまた現在の憲法において日本国を代表するものはだれであるか。あるいはまた日本国は共和国と先生方は言い切られるかどうか。この三点について、まず伺いたいと思います。
この発言だけを見る →また調査会法につきましても、先生方の今までの御所論を聞いておりますと、かつての自由党の、あるいは改進党の、憲法改正についての考え方をこの調査会を通じて権威づけるための調査会である、こういう御所論のようでありますが、これは私は誤解もはなはだしいものと考えます。今回内閣に私どもが調査会を置きましたのは、国会にこの種の調査会を民間人と同列に置くことが、法律的にも疑問があるし、また従来の慣例もなく、むしろ内閣に置くことが適当である、こういう趣旨のもとに内閣に設置することにいたしているのであります。調査会の法案の内容をよく御検討願いますと、今度の調査会は、内閣には置きますけれども、内閣は調査会の一種の世話役にすぎないのでありまして、調査会自体が運営もいたしますし、結論も出すことに相なっております。きわめて民主的な運営をはかることになっているのであります。そこに両先生には私は誤解があるような感じを持ちましたので、この点をまず申し上げて、それから質疑に入りたいと思います。
私どもがこの調査会法を出しました理由の第一点は、先ほどからだんだん御議論のありました制定の経過にかんがみまして、自主的な憲法を持ちたい、この点でございます。この点につきましては、すでに三先生から詳細な御議論を承わり、また後刻同僚の議員からも御質問があるはずでございますから、この点には触れたくないと思います。中村先生のお話でございましたか、過去九カ年の実施の経験にかんがみて云々というような提案理由になっておるけれども、そいつはあまり意味がないのじゃないか、改正をすべき点はないじゃないか、およそ現行憲法の三原則を尊重するならば、別に内容を変える必要はないじゃないか、こういう御所論であったように存じます。私はそれは非常な間違いだと思う。先生方は毎日々々憲法の内容を御検討になっておりますので、私は内容的に一、二の点について伺ってみたいと思います。
前文の点はしばらくおきまして、第一章の天皇の章について、両先生どちらかでもけっこうでありますからお伺いをしたいと思います。私どもが天皇の章について改正を要すると思いますのは、主権在民の原則を変えるとか、これに制限を加えるとか、こういう意図の毛頭ないことを、まずもって申し上げておきたいと思います。しかるに現行憲法におきましては、一体日本国を代表するものが、天皇であるのか、総理大臣であるのか、その点すら私どもは解釈上はっきりしないと思います。そこで日本国は共和国であるとか、あるいは元首なき民主国であるとか、こういう珍説すら学界に出ておるような次第であります。およそ独立国にして国の代表者のはっきりしないという国がありますかどうか。あるいはまた現在の憲法において日本国を代表するものはだれであるか。あるいはまた日本国は共和国と先生方は言い切られるかどうか。この三点について、まず伺いたいと思います。
中
中村哲#29
○中村公述人 今山崎さんから御質問のありましたことに対してお答えいたします。
最初の問題ですが、これは必ずしも私が申したことではありませんが、一言申しておきたいと思うのですが、主権在民の原則が憲法の調査を進める結果改正の対象になるのじゃないかということです。これは戒能さんが特に言われたのですが、私は国民主権そのものが直ちに改正されるものとは考えませんけれども、実際には国民主権の事実が、ある修正を加えられるというふうには考えます。それは一番問題になるのは、基本的人権の問題でありまして、午前中申しましたように、人権が法律によって制限し得るようになりますので、そうすると、そのときそのときの国会の情勢により、政治的考慮から人権が制限され得ることになりまして、これは全体として主権を持っている国民、その国民の個人的な権利が、そのときそのときに制限され得ることになりますので、これは基本的人権という概念に矛盾するわけです。基本的人権というのは、法律によっても国家権力によっても制限されないというのが基本的人権で、こういう強い人権の思想というのは、一方において国民主権という原則があるからこそ、その主権者である国民の人権は、国家権力によっても制限されないという連関性がある。従って基本的人権がそのときそのときの法律によって制限し得るというような、戦前の権利の思想と同じになりますと、国民主権がある程度制限されることになるのじゃないか、戒能さんの申されたことについても私はそう思います。
それから第二の、調査会ができまして、そこで実際にどういう改正案ができるかということですが、これについては、私は詳しいことは知りません。しかし調査会が現実にできますと、国会議員が三十名、学識経験者二十名ということでありますが、その国会議員もおそらく自民党が中心となることはいうまでもないので、これは何人もそういうふうに想像されると思います。そうしますと、その自民党はかつて改進党であり、自由党でありまして、そこではすでに改正案を具体的に持っております。従ってそれらが中心となることは当然想像されるし、現に読売新聞でありましたが、日にちは忘れましたが、大体今まで出ておる自主憲法期成同盟、改進党及び自由党の案を大体調整して、その辺にしぼっていくということを書いておりますので、私はやはりそういうふうに想像しますし、国民も大体そういうふうに理解しておることと思います。
それから次の、私が午前中申しましたことで、九年間の実績に基いて憲法を検討する必要があるのではないかということが提案理由の説明になっておりますが、私はそういうことよりも、まず憲法の原則がいかに守られなかったか、つまり憲法違反の事実を検討することの方が重要ではないかと申しました。と同時にまた実際の実情に照らして、憲法の条文の欠点もおそらく多少はそこにあります。ありますけれども、それは現に運用をもって解決しておることであります。たとえば国会の解散権だとか、あるいはその他私立学校に対する国庫の援助とか、こういうような問題については、事実上の運用で済んでおることなんです。そういう小さな欠点について改正するというのでなくて、実はそういうことを理由として、むしろ今まで問題になっていない全面的な改正をしようとする、たとえば国会の権限を制限するとか、緊急命令の制度を作るとか、非常事態の宣言をするとか、それから地方自治を訂正して中央集権的な官僚統制にするとか、こういうことはすでに自由党、改進党の素案として出ておりますので、そういうことから想像しまして、単に九年間の実績にかえりみてではなくて、実は旧憲法時代に戻すかのような改正をしようとするところに、私はやはり問題があると思うのです。そういうことであります。
それから最後に天皇の問題でありますが、天皇が象徴であるという現在の憲法の解釈、この象徴という概念は、従来の憲法ではほとんど使われておりませんために、象徴という概念の解釈については、最近やや定説ができようとし始めておる段階です。その場合に象徴という概念は、法学的にいえば、つまり象徴という観念は代表という観念とは違う。つまり代表というものは政治的な意思に関連していうものですが、象徴というものは政治関係の間で言われておるものではない。従って政治関係において、たとえば条約を締結するというような場合、これは政治的な関係でありますから、この場合には天皇が代表者で一国を代表すれば、天皇が条約を締結するわけでありますけれども、現在は天皇は象徴でありますから、政治的意思を代表しないから、内閣総理大臣が条約を締結するということになるので、そういう意味から天皇は、象徴である限り、国の政治的な意思を代表しない。これは憲法の第四条にも言っておるように、天皇は国政に関する権能を有しない、パワーには関係しないのだというのはその意味であります。それで私は何ら不自由はないと思います。ところが、天皇を元首にしようという改正が考えられておるようですが、天皇が元首になるとどうなるかといいますと、現在内閣総理大臣の名において行われたりするようなことがすべて天皇の名で行われる。ことにこの天皇制の復活と関連して再軍備が行われますから、軍隊の問題はすべて天皇の名において行われる。非常事態の宣言であるとか、あるいは緊急命令であるとか、あるいは軍法会議なんかに関連しても、天皇の権威をもって言われるということがあるのではないかと思うのです。そういうふうなことになりますと、今でありますと、単に内閣総理大臣が政治的意思を代表してやっているわけですが、それをどうして天皇の権威によって権威づけようとするかといいますと、それは対国民の関係において、つまり内閣よりも国民に対して権威づけるために、天皇というものが利用されるわけです。実際の意思決定は、これは改正派の人たちだって、天皇が実際の意思決定をするとは考えておられないと思う。旧憲法時代においても、天皇は実際の意思決定はやらなかった。内閣が、国務大臣が輔弼の責めを負っていたわけですが、しかし形式的には天皇の名においてすべてが行われた。そういうことを再び行おうというのはどういうことかといいますと、国民に対して天皇の権威で上から命令しようということなんです。そうなりますと、主権者である国民に対して、何かそれを上から押えるような権威づけるものを強化しようということであって、そこに私は非常に問題があると思う。そういう意味から現在の象徴である天皇を元首に変えるということになると、やはりそこで、国民主権という原則が一方においていわれておっても、事実上はある程度の修正を加えられる。この意味において、戒能さんが言われたように、国民主権が制限を加えられるというような疑いが出てくるのじゃないかと思うんです。以上であります。
この発言だけを見る →最初の問題ですが、これは必ずしも私が申したことではありませんが、一言申しておきたいと思うのですが、主権在民の原則が憲法の調査を進める結果改正の対象になるのじゃないかということです。これは戒能さんが特に言われたのですが、私は国民主権そのものが直ちに改正されるものとは考えませんけれども、実際には国民主権の事実が、ある修正を加えられるというふうには考えます。それは一番問題になるのは、基本的人権の問題でありまして、午前中申しましたように、人権が法律によって制限し得るようになりますので、そうすると、そのときそのときの国会の情勢により、政治的考慮から人権が制限され得ることになりまして、これは全体として主権を持っている国民、その国民の個人的な権利が、そのときそのときに制限され得ることになりますので、これは基本的人権という概念に矛盾するわけです。基本的人権というのは、法律によっても国家権力によっても制限されないというのが基本的人権で、こういう強い人権の思想というのは、一方において国民主権という原則があるからこそ、その主権者である国民の人権は、国家権力によっても制限されないという連関性がある。従って基本的人権がそのときそのときの法律によって制限し得るというような、戦前の権利の思想と同じになりますと、国民主権がある程度制限されることになるのじゃないか、戒能さんの申されたことについても私はそう思います。
それから第二の、調査会ができまして、そこで実際にどういう改正案ができるかということですが、これについては、私は詳しいことは知りません。しかし調査会が現実にできますと、国会議員が三十名、学識経験者二十名ということでありますが、その国会議員もおそらく自民党が中心となることはいうまでもないので、これは何人もそういうふうに想像されると思います。そうしますと、その自民党はかつて改進党であり、自由党でありまして、そこではすでに改正案を具体的に持っております。従ってそれらが中心となることは当然想像されるし、現に読売新聞でありましたが、日にちは忘れましたが、大体今まで出ておる自主憲法期成同盟、改進党及び自由党の案を大体調整して、その辺にしぼっていくということを書いておりますので、私はやはりそういうふうに想像しますし、国民も大体そういうふうに理解しておることと思います。
それから次の、私が午前中申しましたことで、九年間の実績に基いて憲法を検討する必要があるのではないかということが提案理由の説明になっておりますが、私はそういうことよりも、まず憲法の原則がいかに守られなかったか、つまり憲法違反の事実を検討することの方が重要ではないかと申しました。と同時にまた実際の実情に照らして、憲法の条文の欠点もおそらく多少はそこにあります。ありますけれども、それは現に運用をもって解決しておることであります。たとえば国会の解散権だとか、あるいはその他私立学校に対する国庫の援助とか、こういうような問題については、事実上の運用で済んでおることなんです。そういう小さな欠点について改正するというのでなくて、実はそういうことを理由として、むしろ今まで問題になっていない全面的な改正をしようとする、たとえば国会の権限を制限するとか、緊急命令の制度を作るとか、非常事態の宣言をするとか、それから地方自治を訂正して中央集権的な官僚統制にするとか、こういうことはすでに自由党、改進党の素案として出ておりますので、そういうことから想像しまして、単に九年間の実績にかえりみてではなくて、実は旧憲法時代に戻すかのような改正をしようとするところに、私はやはり問題があると思うのです。そういうことであります。
それから最後に天皇の問題でありますが、天皇が象徴であるという現在の憲法の解釈、この象徴という概念は、従来の憲法ではほとんど使われておりませんために、象徴という概念の解釈については、最近やや定説ができようとし始めておる段階です。その場合に象徴という概念は、法学的にいえば、つまり象徴という観念は代表という観念とは違う。つまり代表というものは政治的な意思に関連していうものですが、象徴というものは政治関係の間で言われておるものではない。従って政治関係において、たとえば条約を締結するというような場合、これは政治的な関係でありますから、この場合には天皇が代表者で一国を代表すれば、天皇が条約を締結するわけでありますけれども、現在は天皇は象徴でありますから、政治的意思を代表しないから、内閣総理大臣が条約を締結するということになるので、そういう意味から天皇は、象徴である限り、国の政治的な意思を代表しない。これは憲法の第四条にも言っておるように、天皇は国政に関する権能を有しない、パワーには関係しないのだというのはその意味であります。それで私は何ら不自由はないと思います。ところが、天皇を元首にしようという改正が考えられておるようですが、天皇が元首になるとどうなるかといいますと、現在内閣総理大臣の名において行われたりするようなことがすべて天皇の名で行われる。ことにこの天皇制の復活と関連して再軍備が行われますから、軍隊の問題はすべて天皇の名において行われる。非常事態の宣言であるとか、あるいは緊急命令であるとか、あるいは軍法会議なんかに関連しても、天皇の権威をもって言われるということがあるのではないかと思うのです。そういうふうなことになりますと、今でありますと、単に内閣総理大臣が政治的意思を代表してやっているわけですが、それをどうして天皇の権威によって権威づけようとするかといいますと、それは対国民の関係において、つまり内閣よりも国民に対して権威づけるために、天皇というものが利用されるわけです。実際の意思決定は、これは改正派の人たちだって、天皇が実際の意思決定をするとは考えておられないと思う。旧憲法時代においても、天皇は実際の意思決定はやらなかった。内閣が、国務大臣が輔弼の責めを負っていたわけですが、しかし形式的には天皇の名においてすべてが行われた。そういうことを再び行おうというのはどういうことかといいますと、国民に対して天皇の権威で上から命令しようということなんです。そうなりますと、主権者である国民に対して、何かそれを上から押えるような権威づけるものを強化しようということであって、そこに私は非常に問題があると思う。そういう意味から現在の象徴である天皇を元首に変えるということになると、やはりそこで、国民主権という原則が一方においていわれておっても、事実上はある程度の修正を加えられる。この意味において、戒能さんが言われたように、国民主権が制限を加えられるというような疑いが出てくるのじゃないかと思うんです。以上であります。