神川彦松の発言 (内閣委員会公聴会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○神川公述人 私は実はこれについては席を改めて詳しくお話ししようと思っておった点なのでございますが、今石橋先生から御質問を受けましたから申し上げますが、これは今日の憲法調査会法案と直接関連してくる問題でありまして、実に重大な点でございます。またこの点につきましては先ほど戒能先生からも詳しい御議論がございまして、私はそれに対して実は詳しい意見を発表したいと考えておったところでございますが、石橋先生との議論がだいぶ長くなりますからその点ではなはだ困るのでございますが、一言お答えいたします。この憲法の改正あるいは全面改正をどういうふうにやるかということは、実はいろいろなやり方があるのであります。民主国の建前といたしましては、確かにまず憲法制定権の主体である国民が主体になって、そして盛り上げるというのが正当の手続であります。でありますから、そういうことができ得る国におきましては、どこの国でもまず民間にいろいろの憲法改正委員会というものができるのであります。これはいつでもそうでありますが、ことに戦後のフランスの憲法ができた場合、イタリアの憲法ができた場合の例を詳しく説明してみますと、憲法をどういうふうに改正するかという研究会、委員会というものが方々にできる。ところがそれは専門家の集まりであります。憲法は国民が作るのだといっても、国民がすべて憲法学者でありませんから、やはり専門家が研究して委員会というものを作らなくちゃならない。それがフランスのごときは至るところにできたのです。またイタリアなんかでもできました。ところが日本におきましては、遺憾ながらそれができませんから、私はやむを得ず四年前から憲法研究会というものを組織して、十数人の憲法学者とともに研究して参ったのであります。ところが遺憾ながらそういう憲法研究会が、日本ではどういうわけか方々にできないのです。これはいろいろ理由がございましょう。そういう委員会がたくさんの案を立てて、それをどこかで集めて、そしてその最大公約数をもって議会に持ち込むというのが、普通の手続でございましょう。いずれにしろ、こういう調査会とか、委員会というものは、専門家の集まりでなくちゃいけない。でありますから、私は今提出されておりまするこの憲法調査会法案の組織には反対でありまして、この組織によりますと、議員諸公が三十名、それから学識経験者が二十名ということになっておりますが、私はそれは賛成しないのであります。なぜならば、これは要するにほんとうの専門的な調査研究なんですよ。今の憲法というものを学問的に再検討し、学問的にどうしたら改善できるかということをほんとうに研究する会ですから——それは議員諸公の中にも専門家がたくさんあるでしょう、ですからそういう専門家が入ってもらうことはけっこうですが、この衆参両院議員のうちに三十名のそういう憲法専門家が得られますかどうか。もし三十名得られまして、そういう人をみなその調査会に振り込むのなら私大賛成です。遺憾ながらそれだけなければ、そんなに三十名も議員諸公から選ぶ必要はないんじゃないかと思うのです。でありますから、もし組織を問題にしますならば、私はむしろ全部学識経験者であって欲しいと思うのです。そうでなければ、ほんとうの専門委員会の価値はないです。ですから政治家としてはえらいかもしれませんが、しかし憲法専門家として天下の権威だといわれる人が、そうたくさん議会におられますかどうか、そこを私は疑います。どこの国でも、そういう委員会というものは学術専門家なんです。また国会議員というものは、そんな専門家の委員会に入る必要はないのです。結局国会がそれを決定して、そして国民に対して発議するのですから、議会は幾らでも議論し、幾らでも意見を出せるのですから、国会は国会にきてからでいいのでありまして、だからその前にいろいろの天下の学者を集めて、天下の経験者を集めて、そうして理想的な案を作るというのが憲法調査会です。ですから五十人の知識経験者を集めるということは、私けっこうと思うのです。しかしそのうち三十名が議員であり、二十名が学識経験者である。私は反対だと思うのです。三十名が学識経験者で二十名が議員諸公というふうなら、まだ私はいいと思うのです。あるいは私は議員諸公は、ただ議員諸公であるがためじゃなしに、憲法の専門家だという資格で入っていただきたいと思うのです。それならば二十名でも三十名でもけっこうです。それでなければ意味がないわけでしょう。そういうような憲法調査会というものが、いかなる民主国でもできるのであります。とにかくフランスにおいてもでき、イタリアにおいてもでき、アメリカにおいてもできるのです。アメリカにおきましても、憲法改正をしますのには、まず政府なりあるいは政党なりあるいは議会なりが、専門家を集めて、ちょうどやはりマッカーサー司令部でこの憲法を作ったのと同じでありまして、一応専門家を集めるのです。マッカーサー司令部はできませんでしたけれども、専門家をたくさん集めまして、そうして案を作らせるのです。それを政府が議会に提出するという段取りをアメリカでもとるのです。アメリカの各州もそういうふうにやることがあるのです。みなやるとは限りませんがね。でありますから、日本でももしほんとうにわれわれが作ったような憲法研究会がむしろ所在に起りまして、理想的な案をどんどん出して、そうしてその最大公約数を求めるというだけなら、私は議会でもできるかと思うのであります。しかしながらそういうことは全然行われていないのですから、仕方がないから、政府が音頭をとって、政府が天下の学識経験者の権威者を五十名なら五十名すぐり抜いて、何年かかってもりっぱな理想的な案を作る。そうしてそれを議会に発案することは、これは当然しごくなんだと思うのです。私はそういう意味におきまして、ことに日本のようなところで大きな委員会を作るとすれば、すぐ何百万、何千万円の金が要るものですか、遺憾ながら貧乏な日本ではそんな金が出るところがない。やむを得ないから予算から出す。われわれも自腹を切って憲法研究会をやっておるのです。ほんとうに憲法調査会を作れば、これに書いてあるように一千万円くらいは要るでしょう。この金は民間のどこから出ますか。議会で、政党でこれが、できますか。できればけっこうです。ところが日本の国情におきましては、なかなかむずかしい。それは理想的なやり方ではないかもしれませんが、外国にも例があるのでありまして、日本のような国情ではこういう方式によってとにかく、天下の権威者を五十名集めて、そうして世界中どこに出しても恥かしくないようなりっぱな憲法を作ることは、これはやってしかるべきことだと考えるのです。