千葉信の発言 (内閣委員会)
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○千葉信君 岸さんにお尋ねをいたしますが、先ほど委員長からもちょっと触れられましたようですが、岸さんに来ていただきましたのは、社会党の推薦によって来ていただくことになりました。さっきもあなたは一体何を聞かれるのか、どういう問題についてお話をすればいいのか、実はあらかじめ自分としては用意もしてこなかったのでと、こう言われました。全くその通りだと思うのです。私どもももし親切なやり方をするとすれば、もしかまた自分たちの希望を率直にぶちまけるとすれば、これはもとより当然私どもの方から事前にあなたに御連絡を申し上げ、そうして今日の参考意見等について十分御用意を願う筋合のことですが、実は私どもとしてはなるべくあなたにその思い通りの正直なお話を伺いたい、それがやはり最も客観的な立場から判断するものにとって公平な結論を出すことができるのじゃないか、まあこういう考え方から事前に何らの御連絡を申し上げなかった次第です。その点は一つ御了承を願いたい次第です。
ところが先ほどの参考意見なり、それからまた今廣瀬委員の方からいろいろな角度からの質問がありましたが、全体を通じて私どもは全く期待した通りにあなたはりっぱな参考意見を出されましたので、私は非常にその点については心強いものを感じております。ただ若干真相をはっきりつかむために少しお尋ねをしたいことは、幣原さんが軍備の放棄あるいはまた戦争の放棄ということについてまあ当時のマッカーサー司令官との会談なり、もしくはまた憲法問題についてのお話し合いのときに、どうも私どもの知っているところでは、そういう会談の内容について若干津さんにお漏らしになられたような印象を従来持っておりました。どういう点からといいますと、毎日新聞に笠井重治さんという方がおられます。この方がマッカーサー元帥に、一体あなたはほんとうに第九条を示唆するときに幣原首相の方から話があって、自分もそれに賛成したのだということだが、その通りでございますかという文書をマッカーサーに送ったわけです。ところがそれに対してマッカーサーはその通りだという返事をよこしたのです。ところがその文書を笠井さんが出される前に、岸さんに会われて、その事実についてあなたに聞いていることになっているのです。それに対してあなたはその通りだということをおっしゃったということになっているが、この点について御記憶がないかどうか……。
それからもう一つの点は、幣原さんが病気のときにペニシリンをいただいたので、そのお礼のために総司令部でお会いになった。そのときの会談は非常に長いもので、あなたはちょうどその会談は三時間ぐらいということを言っておられますが、ホイットニーの立ち会っていたそのときの経験からいうと、ホイットニーは、そのときはまあ二時間半ということで、時間は若干食に違っているが、時間の食い違いは大したことはありませんけれども、その第九条の関係の問題で、マッカーサーと幣原さんが会われた日は一月の二日の正午だと、こう書いておる。岸さんはその点については、今までずっと日記をつけておられて、その日記には一月の二十四日と、こういうことにただいまお話がありました。実はその一月二日正午、幣原首相とマッカーサーとが会談をしたということについては、ホイットニーはアメリカのライフ誌にこうはっきりと書いております。一九四六年一月二日正午、時の幣原首相が、マ元帥に病気のときペニシリンをもらった礼を述べにきて、マ元帥と二人で二時間半にわたり会談をした。そのすぐあとホイットニー少将がその席に入っていくと、新憲法の話が出て、幣原首相は、ぜひとも戦争否定の条項と軍備をしない条項を入れて、二度と再び軍国政治や恐怖政治にあと戻りしないようにせねばならない云々と信念を披瀝したので、元帥は思わず立ち上って、この老人の手を握り締めた。この老人というのは幣原首相です。こう具体的に内容についてもホイットニーは書いておられる。まあこの内容については、あなたが先ほど来証言された、参考意見として述べられた事実と全く符合する。ですからあなたが推測だということにかりになっても、私はこれはもう否定できない事実だと考えざるを得ない。そこで第一問の、前に笠井さんとのお話のときには、あなたはそういう事実はあったという証言をしておられますが、それは一体あっただろうという証言だったのか、笠井さんの言っているように、その通りあったということを言われたのか、それから第二の点については、ホイットニー少将の言っておられるこの……内容はいいのです、内容はあなたの言っておられる通り、ただその日付が少し違うものですから、当時御病気なんかを幣原首相されておりましたので、日付の点では、どうも病気の関係等からいっても食い違ってくるはずがないと思うのですが、その点どうですか。