小野祖教の発言 (内閣委員会公聴会)

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○小野公述人 今度の戦争が終ってから、紀元節をやらせなくなったアメリカの責任の衝にあられたのがバンス博士でありますが、ハンスが日本にああいうような態度をとりました根底には、アメリカが二百年に満たない歴史しか持たない新しい国である、その国に育った東洋史の研究家としての感覚があると思うのであります。その感覚というものをそのまま日本人の頭に当てはめるわけにはいかない。日本人の頭には、もっともっと古い国である、そして古いということが決して不思議でも何でもないような気持があって、それだけの古い国の歴史のあるという事実をまず認めていくということが、この問題に対しての一つの根底になっていると思います。そういうような特殊な国であるという立場で考えないと理解のつかないような、そういうふうな現われ方をしている面があると思うのであります。これは日本人だけでお互いにその点を理解して維持していくということが必要だと思うのであります。
 なお、日がさめられないという問題につきましては、二千年も前の問題は絶対にといってもきまるものではないと思う。もしもこれを三年か四年の学界の論争できめようと言ったならば、これはきまらないことを承知で言っているか、あるいは学問の性質を知らずに言っている、こういうことになると思いますので、むしろこれは暴論に近い。きめようと思えばきめられる、しかも古い国というのをある程度で押えたいという気持に乗った考え方をしていくよりほかに、日本の国に合う考え方はないのじゃないか。
 なお蛇足かもしれませんが、祝い日の問題は、生まれた日と全然違った日であっても、祝いの日を設ける意味はあるので、祝うということに意味があると思います。いつか日をきめなければならないということになれば、何かの意味で比較的その根拠のある日を求めたいというのが人情であります。二月十一日の問題が出ているのは、その意味で日本人の人情――政治は人情に基いてやられて当然な面を持っておりますので、その人情ということを考えて、ただ学問々々でものを考えてはいけないというふうに考えております。

発言情報

speech_id: 102604914X00119570508_018

発言者: 小野祖教

speaker_id: 32181

日付: 1957-05-08

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会公聴会