和歌森太郎の発言 (内閣委員会公聴会)

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○和歌森公述人 お答えします。ただいまのお話は、私の学問に非常に近い話ですが、私は実際は文献一本やりでない主義で歴史をやっておりまして、口碑を十分に調べて、民族学でございますから、民族伝承になっておる言い伝えの方を非常に重い材料と見るのであります。そういう点で、私どもの調べた中で感じられますことは、年代とか時とかいうものに関しましては、口碑はまことにおぼろであって、それがずっと内容的には真実な形で伝わってきていても、年代がさだかでない口碑であるがゆえに、文献的な知識を持っているこざかしい人たち、坊さんとか、私どもの調べております山伏とか、そういう人たち、あるいは後の江戸時代でありますならば地方の好事家風な学者、そういう人たちの介添えによりまして、これはこのときの話にしようというふうな、そういう相談をしたわけじゃないですけれども、そういう年代を差し込むのです。そういうことをやって、いかにもっともらしい形――そうしないと知的な人たちが約得しないがゆえに、口碑を信じないがゆえに、年月日なんかを麗々と差し込みます。それを差し込んだあとで書きものにして、いかにも根っからの文献として伝わってきているもののように世の中に示すのであります。そういう傾向が日本人の口碑――日本ばかりでなくて、これは世界的にそうだと思いますが、口碑から文献へのプロセスの中にはあるのであります。そういうことは認めますが、そうしますと、私が先ほど言いましたように、日本書紀ができ上る前には旧辞というものがあって、その旧辞は口承、伝承、つまり口碑を相当取り込んでいると思いますが、ここでは年月日なんかはほとんどなかったと思います。またそういう月を判断するのは、大体月の満ち欠けによって一月、一月を勘定しておりましただけで、それを一々記録にとどめておくということはできなかった文化段階でありましたがゆえに、ごくあいまいな計算で進んできておりますし、そうしたばく然たる口碑を旧辞に取り込み、またその旧辞から歴史書として堂々たる体裁を整えるに当って、年月日をそこに挿入するということを遂げたんだというふうに、私たちは日本書紀の成立過程を考えておる。そういう点でも史実の不確かさ――あれが史実であるというふうには受けとれない。でありますが、そのことは、私自身の説から言いまして、実は今日問題になっておりますことについてはあまり重い意味をなさないのでありまして、むしろ私はこの明治以来のあり方というものについての深刻な反省からこの問題に迫っているのでありまして、ただそういう御質問がありましたから、私の研究しておる立場からの口碑と文献についての関係を申し上げたのでありますが、なおお話の中に日本人のほんとうの心を――小野先生もおっしゃったのですが、深いものをつかみとろうという立場、つまり表面的ではなくて内面的に歴史を研究すべきではないかとおっしゃられましたが、私などはおそらくそういうふうな立場をとっていることにおいて人後に落ちないつもりであります。でありますから、たとえば系図をいろいろ調べて参ることがあるのですが、村の旧家にはそういう系図がたくさん残っておりますが、みな源平藤橋に結びつけてあるのを見るのです。紙といい、字といい明らかに江戸時代の書きものである、あとから作った系図である。ところがずっと古い室町以前の平安時代にさかのぼるころに先祖を結びつけようとする、そういう気持がよく出ておる。そういう源平藤橘になりますと渕源するところは天皇であります。ですから始まりは天皇というふうに書いてあるのが一般の系図のあり方であります。先ほどお話がありましたが、そういうふうなことが日本人の皇室への一体化というものを示しておるので、それがやはりこの問題を考えるのに大事な点ではないかというお説でありますが、こういうふうに尊いものを尊重するということについては、確かにあったと思います。それが皇室へという形で結びつけられてきたのは、やはり先ほどちょっと言いました近世江戸時代のこざかしい人たちの計らいごとであって、あなたのところは大きなうちであって何かいい系図でも作っておかなければいけないんじゃないかというサゼストをいたしまして、そうして商売にいたしまして系図を書いてあげた。そのときにいろいろな口碑をもとにいたしまして、これは平氏の流れだとか、あるいはこれは源氏の流れだとかいうようなことで、いろいろただし合いまして、それでは清和天皇にいくではないか、あるいは桓武天皇にいくではないかということで、系図を作ってあげた。そういう商売が成り立っていたことは、江戸時代の事情を見ますとよくわかるのであります。そういうふうなことであって、やはりこれはほんとうに根っからそういうことを伝えてきたものを系図化したものであるというふうにはとれないで、おせっかいがそういうふうな結果を導いたというようにとれますので、ちょっと話が先ほどの御意見に触れたのでありますが、私の歴史の見方を御理解いただく、つまり内面的に探っていくということについては、そんなようなやり方でもって考えていくものであるということを御理解願いたいと思います。

発言情報

speech_id: 102604914X00119570508_023

発言者: 和歌森太郎

speaker_id: 27816

日付: 1957-05-08

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会公聴会