島居辰次郎の発言 (文教委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○島居政府委員 先ほど申しますように、十九日の状態というものは、まだ現地の状況は自分の力でできるというふうな状況であったのであります。そこでアメリカの方へ十九日に相談いたしましたのも、すぐグレイシャー号を出してくれというような相談でなくして、宗谷の現状はかくかくであるということを、現地の通信が、いわゆる東西の通信というものがむずかしいものでありますので、それで東京を通じてやっておるわけであります。オビ号は近くでありますので、しかもいろいろな状況というものは、御存じと思いますが、船については陸でいろいろやるよりも現地で船同士でやるのが一番いいというのが今までのことであります。それでやったのであります。それですから宗谷もグレイシャーと連絡つきさえすれば連絡をとるようになっておるのでありますが、なかなか東西の電波というものはむずかしいのであります。それで東京を通じてやったのであります。

発言情報

speech_id: 102605077X00619570227_021

発言者: 島居辰次郎

speaker_id: 15839

日付: 1957-02-27

院: 衆議院

会議名: 文教委員会