文教委員会

1957-02-27 衆議院 全70発言

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会議録情報#0
昭和三十二年二月二十七日(水曜日)
   午前十時三十九分開議
 出席委員
   委員長 長谷川 保君
   理事 高村 坂彦君 理事 坂田 道太君
   理事 竹尾  弌君 理事 米田 吉盛君
   理事 河野  正君 理事 佐藤觀次郎君
      簡牛 凡夫君    杉浦 武雄君
      塚原 俊郎君    永山 忠則君
      山口 好一君    木下  哲君
      小牧 次生君    鈴木 義男君
      高津 正道君    野原  覺君
      平田 ヒデ君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 灘尾 弘吉君
 出席政府委員
        外務事務官
        (国際協力局
        長)      河崎 一郎君
        文部政務次官  稻葉  修君
        文部事務官
        (大学学術局
        長)      緒方 信一君
        文部事務官
        (社会教育局
        長)      福田  繁君
        文化財保護委員
        長       河井 彌八君
        文部事務官
        (文化財保護委
        員会事務局長) 岡田 孝平君
        海上保安庁長官 島居辰次郎君
 委員外の出席者
        専  門  員 石井つとむ君
    ―――――――――――――
二月二十日
 委員河野正君辞任につき、その補欠として正木
 清君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十一日
 委員栗原俊夫君辞任につき、その補欠として鈴
 木義男君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十二日
 委員正木清君辞任につき、その補欠として河野
 正君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十七日
 河野正君が理事に補欠当選した。
    ―――――――――――――
二月二十一日
 社会教育法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第三六号)
 私立大学の研究設備に対する国の補助に関する
 法律案(内閣提出第三七号)(予)
同月二十五日
 公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一
 部を改正する法律案(内閣提出第五〇号)
の審査を本委員会に付託された。
二月二十二日
 公立学校に対する国庫補助等に関する陳情書
 (第二三三号)
 学校給食に関する陳情書
 (第二三四
 号)
 町村合併に伴う小、中学校の統合整備に関する
 陳情書(第二六
 二号)
 大学における技術学部拡充に関する陳情書
 (第二六三号)
 指導主事の給与費に関する陳情書
 (第二八六号)
同月二十五日
 学校周囲における建造物制限等に関する陳情書
 (第三七二号)
 戦災都市の六・三制学校施設整備に関する陳情
 書(第三七三
 号)
 義務教育費確保等に関する陳情書外五件
 (第三七四号)
を本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 理事の互選
 社会教育法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第三六号)
 公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一
 部を改正する法律案(内閣提出第五〇号)
 理科教育振興法の一部を改正する法律案(内閣
 提出第三〇号)(予)
 私立大学の研究設備に対する国の補助に関する
 法律案(内閣提出第三七号)(予)
 南極地域観測船「宗谷」の氷海脱出状況及び文
 化財保護に関する件
    ―――――――――――――
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長谷川保#1
○長谷川委員長 これより会議を開きます。
 まず理事の補欠選挙についてお諮りいたします。理事でありました河野正君が去る二十日委員を辞任され、二十二日再び委員に選任されました。つきましては、理事が一名欠員となりましたので、その補欠選挙をいたさなければなりません。先例により、委員長においてその補欠を指名いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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長谷川保#2
○長谷川委員長 御異議なしと認め、河野正君を理事に指名いたします。
    —————————————
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長谷川保#3
○長谷川委員長 次に、社会教育法の一部を改正する法律案、公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一部を改正する法律案、理科教育振興法の一部を改正する法律案及び私立大学の研究設備に対する国の補助に関する法律案を一括議題とし、順次その趣旨説明を聴取いたします。灘尾文部大臣。
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灘尾弘吉#4
○灘尾国務大臣 ただいま議題となりました社会教育法の一部を改正する法律案についてその提案の理由を御説明申し上げます。
 昭和二十四年社会教育法制定以来、わが国の社会教育は、これに基いて展開されて参っているのでありますが、もともと社会教育活動の領域は非常に広く、これに関する事業を行うことを目的とする団体もきわめて多岐にわたるのであります。
 従来こうした社会教育関係団体については、その団体が自主的組織による民間団体であることにかんがみ、国及び地方公共団体は、これらの社会教育関係団体に対して補助を行わない方針のもとに、社会教育法にもその旨の規定が設けられているのであります。
 しかしながら社会教育法制定当時とは異なり、現在ではすべての社会教育関係団体に対して一律に以上の方針で臨むことについては必ずしも実情に即さないものがあるのであります。
 特に運動競技に関して全国的及び国際的な事業を行うことを主たる目的とする団体においては、当該団体のみの自主的活動にすべてを依存してしまうことはほとんど不可能な状態であり、現在このことが社会体育の振興上大きな問題となっているのであります。
 このような団体については、その事業の性質及び規模等にかんがみ、当面の問題として、国は国家的見地からこれを援助する必要があると思われるのでありますが、これら民間スポーツ団体の活動を助成するため、国は緊急に必要な措置を講ずるよう各方面からも強い要望が起っているのであります。
 以上のような理由により、社会教育関係団体のうちで運動競技に関する全国的及び国際的な事業を行うことを主たる目的とする団体に対しては、当分の間、国はその事業遂行に必要な経費について助成できる道を開き、これらの団体が円滑に事業を遂行できるようにいたしたいのであります。
 以上がこの法律案の提案理由であります。
 次に公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一部を改正する法律案について、提案の理由と内容の概要を御説明いたします。
 御承知の通り、この法律は、戦後の急激な小学校の児童数の増加によって発生した二部授業、詰め込み授業、あるいは講堂、屋内運動場の間仕切り教室や、仮校舎等で行われている授業等、いわゆる不正常授業の解消を促進するために制定されたのであります。
 しかしながら、この法律も他のこれと同種の法令と同様に、国の補助金算定の基準日を当該年度の五月一日としているために、従来五月二日以降に発生する不正常授業については、当該年度中にこの法律に基く国庫補助金を交付することができなかったのであります。
 近年、国、地方公共団体及び日本住宅公団等の行う住宅の建設により、一つのまとまった地域に相当多数の住宅が集団的に建築される例が多くなってきましたが、このような地域では、一時的にかつ多数の児童が増加しますので、その近隣の学校では極度の校舎不足に陥り、校舎の増築を必要とする例が多くなったのであります。
 以上御説明申し上げましたような事情から、集団住宅の建設に伴い発生する不正常授業のうち、毎年度五月二日以降に発生するものにつきましても国庫補助金を交付することができるようにし、小学校教育の円滑な運営を期したいと考えるのでございます。これがこの改正案を提案する理由でございます。
 法案の内容といたしましては、国、地方公共団体、日本住宅公団等が建設する集団的な住宅の建設に伴い、発生する公立小学校の不正常授業のすみやかな解消をはかるため、補助金算定の基礎として、当該年度の五月一日現在の児童数をとる現行法の建前に対して五月二日以降の日における児童数をとり得るよう特別の規定を設けるものであります。
 以上がこの法律案の提案の理由と内容の概要であります。
 次に今回政府から提出いたしました理科教育振興法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由を御説明申しあげます。
 現在、わが国の急務とされている科学水準の向上をはかるためには、初等教育及び中等教育における理科教育を一段と充実させ振興させる必要があるのであります。
 このため従来、理科教育振興法に基き、公立学校に対しては、相当の援助を行なってきたのでありますが、さらに私立学校に対しても公立学校と同様の措置を行うことが適当であると考えるのであります。
 この法律案は、以上の理由によりまして、国の補助を私立学校に及ぼすとともに関係規定の整備をいたしたものであります。
 次に私立大学の研究設備に対する国の補助に関する法律案について、その趣旨を御説明申し上げます。
 私立大学がわが国の高等教育において重要な地位を占めており、人材の養成はもちろんのこと、学術の研究においても、わが国学術の振興上重要な使命をになっていることは申すまでもありません。
 このような私立大学の使命とその研究設備の状況にかんがみ、昭和二十八年度以来、私立大学の基礎的な研究設備の整備について助成の措置を講じてきたのでありますが、政府はその重要性にかんがみ、この際私立大学の研究設備に対する国の補助に関する制度を確立することがきわめて適当であると認めまして、本法律案を提出した次第であります。
 次に、法律案の内容の概略を申し上げます。
 第一は、私立大学を設置する学校法人に対し、予算の範囲内で、その学校法人の設置する大学が行う学術の基礎的研究に通常必要な設備の購入費の二分の一以内を補助することを規定いたしたことであります。
 第二は、補助に関する配分の方針または交付の決定を適正に行うために、私立大学研究設備審議会を設け、その意見を聞くべきことを規定するとともに、関係法律の規定の整備をいたしたことであります。
 以上各案につきまして何とぞ慎重に御審議の上すみやかに御賛同あらんことを希望いたします。
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長谷川保#5
○長谷川委員長 この際社会教育法の一部を改正する法律案の趣旨説明について補足説明の申し出があります。これを許します。福田社会教育局長。
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福田繁#6
○福田政府委員 ただいまの大臣の説明に補足して、その内容について御説明申し上げます。
 社会教育関係団体と申しますのは、社会教育法第十条に規定する団体のことでありまして、法人であるといなとを問わず公けの支配に属しない団体で、社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とする団体であります。ここでいう社会教育に関する事業とは、いうまでもなく、社会教育法第二条の規定により、体育やレクリエーションの活動までも含んだきわめて広い活動領域のものであります。
 従来、社会教育関係団体につきましては、その活動の自主性を尊重するために、社会教育法第十三条によりまして、国及び地方公共団体はこれに対し補助金を支出してはならないものと定めているのであります。しかしながら、何分にも社会教育活動の範囲は広く、これに関する事業を行う団体も多岐にわたるのでありまして、これらのすべてに対して一律に、補助金の支出を禁じてしまうことについては検討すべき問題が生じて来たのであります。
 ことに、全国的及び国際的な運動競技に関する事業を行うことを主たる目的とする社会教育関係団体、たとえば、日本体育協会のように、国内的には各種運動競技団体をその傘下におさめてそれらの連絡に当りあるいは国民体育大会の開催のごとく全国的な事業を行い、また国際的には国際オリンピック委員会やアジア競技連盟の事業に対し日本を代表し、さらにオリンピックやアジア競技大会等の選手、役員の選定、派遣等国際的な事業を行う団体については、その事業の規模が全国的であるばかりでなく、国際的性格のものであるので、政府は国家的見地からその事業の助成をはかる必要があるのであります。従ってこれらの団体の行う事業に関して行う国の補助につきましては、当分の間、社会教育法第十三条の適用を緩和するというのがこの法律案の内容であります。
 なお補助対象となる経費は、右のような団体の行う全国的及び国際的な事業と、これに関し必要な経費であります。また国の補助のみに限ったのは、対象となる団体及びその事業が全国的、国際的なもので、地方的なものではないからであります。さらに本措置を恒久的措置としなかったのは、社会教育関係団体の性格及び本措置の緊急な必要性等にかんがみまして、当分の間の措置とするのが適当と考えられるからであります。
 もっともこれによりまして、国がこれらの社会教育関係団体の活動を助成することになりましても、社会教育法第十二条の規定によって明らかなように、国はこれらの団体に対して不当に統制的支配を及ぼし、あるいはその事業に干渉を加えたりしてはならないものであることは論を待たないのでありまして、民間スポーツ団体の自主的活動のいっそうの発展が期待されるのであります。
    —————————————
 以上がこの法律案の内容の概要であります。
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長谷川保#7
○長谷川委員長 次に、文教行政に関する質疑に入ります。質疑の通告がありますので、これを許します。野原覺君。
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野原覺#8
○野原委員 私は南極地域の観測船宗谷の件について、南極地域観測統合本部長であります文部大臣並びに海上保安庁長官、それから外務省当局に対して、二、三お尋ねをいたしたいと思うわけであります。この問題は、先般この委員会におきまして並木委員から質問があり、政務次官から御答弁があっだのでございまするけれども、その後の私どもの知る情報におきましては、すでに新聞が報道いたしておりまするように、宗谷は不幸にも密群氷に閉ざされまして、今やみずからの力で脱出することはきわめて困難である、このような悲観的な報道がなされておるのであります。御承知のように南極はこれから冬に向うといわれておる。その冬に向うという最悪の条件下におきまして密群氷に閉ざされた宗谷の船の中で、派遣隊長の永田さんを初め、松本船長、乗組員並びに隊員の皆さんが懸命の死闘を展開しておることに対して、私どもは国民として心から敬意を表するものでございますけれども、同時にまた宗谷の状況というものが気づかわれてならぬのであります。従って、一体宗谷は今日どういう状態に置かれておるのか、詳細なる現況を御説明願いたいのであります。
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島居辰次郎#9
○島居政府委員 それではお答えいたします。
 宗谷の南極における行動につきまして、皆様方からいろいろ御心配いただいておることにつきまして、私の方といたしまして深く感謝しておるのであります。私の方といたしましても、幸いなことに今までなかなか困難であった南極方面との通信状況も、一応非常にはっきりと聞えるように成功いたしまして、毎日連絡しておるのでありますが、時折デリンジャー現象とかオーロラ、その他の支障がございまして、不通になるのは遺憾でありますが、それ以外のときにおいては、できるだけの連絡をとっておるわけであります。
 そこで、二月十五日の現地時間の十二時半に、オングル島の基地を出発いたしまして、その後すぐは順調に運んだのでありますが、約三十四マイルを航行いたしましたところ、直径五十一メートル、厚さ四メートル以上の氷塊の充満しておるところに遭遇いたしまして、一時中止したわけであります。そのときの時間が夜の現地時間の九時ごろであります。それからというものは、宗谷の砕氷能力及び爆破状況より考えて、いろいろの方法を試みまして、非常に困難な状況のもとに前進を試みたのでありますが、十八日はまた厚さ四メートル程度の、直径十メートルから五十メートルのフローが密集いたしまして、その間にブラッシュ・アイスと申しまして、氷の粉になったのが層をなして盛り上ってきて、ことに変りやすい天候の変化によって氷状が好転しなければならないようになったのであります。十九日になりまして、宗谷から、現状では脱出の可能性がないとの連絡を受けましたので、われわれの方といたしましては、万一を考慮しまして、付近の航行の砕氷船とは連絡をとれ、万一の場合に備えておけというふうなことを、こちらから指示したのであります。そうして十九日の夜から、幸いに西南西の微風によりまして氷盤に多少ゆるみを生じ始めましたので、現地時間の二十二時五十分砕氷前進を開始しましたが、二十日の午前六時まで約七時間の間に、やっと一・五海里前進しました。その後は氷状の好転の兆が見えましたので、一挙に脱出を試みたのでありますが、十二時ごろより再び悪化して参ったのであります。そういたしまして、現地時間の十八時に前進を中止するのやむなきに至ったのでありますが、なお二十一日は氷盤にまた若干のゆるみができましたので、午前九時前進を開始しましたが、十八時までの九時間の間にようやく一・一海里を前進して、その後もヒーリング・タンクとかトリミング・タンクとか、あるいは爆破作業または熱い湯を流す温海水等のあらゆる手段を講じましたが、二十二時間の間にわずかに六百メートルを前進したのみで、二十二日の十六時、ついに前進不能となったのであります。二十三日は終日あまりよくない東寄りの風が十三メートルから十五メートル強く吹き——よくないと申しますのは、南風が吹いてきますと、いわゆる外洋の方に吹き出すので、クラックができるわけでありますが、東の風が吹きますと、西の方に張っておる首先の方に当りますので、リッツォホルム湾にある氷塊が移動ができませんので、ますますその通路をふさがれてきたようなわけであります。そこで、ことに船尾の附近に、フローと申します氷の厚い板——板というと薄いように聞えるのでありますが、非常に厚い氷の板が押し寄せてきまして、かじとか推進器というものが危険に瀕する状態に立ち至りました。それで爆破作業を実施しますとか、保船、つまり船を守ることに全員努力してきたわけであります。そこで今度は二十四日になりまして、松本船長から、推進器の付近にフローが接着して航進及び旋回が不可能の状態なので、本船の進路の方を砕氷してくれということをオビ号及びグレイシャー号に依頼したい旨の連絡があったのであります。また隊員の海鷹丸への移乗、または脱出不可能な場合の乗組員の越冬決意等を連絡してきました。私の方としましては隊員の移乗ということにつきましては、従来外国においても非常に危険なこともありましたので、またこれは御存じと思いますが、ことに南極においてはコンパスも磁気の関係で使えませんので、大体目の見える範囲においてヘリコプターで運ぶのが安全である。ことに天候のいいときが安全であるが、その他の場合においては、なかなか困難である。ことに海鷹丸の甲板というものはあまり広くありません。しけのあるときはしょっちゅう動揺いたしますので、非常に困難であるから十分注意してやるように、こちらから指示しておるわけであります。人命の安全についてはことに慎重を期してくれということもいってやっております。また私の方としましては、一方外務省の方とも連絡打ち合せをやりますと同時に、ソ連の大使館あてに昨日正式に申し入れをいたしました。また前にはオビ号と宗谷とは現場では割合近いので、一日に一回連絡をとっておったようなわけであります。グレイーシャー号とは、御存じのように南極においては、南北の通信は割合楽にできるのでありますが、東西における電波というものはなかなかとれない。それで宗谷から東京の海上保安庁の本庁を通して大使館と連絡してくれ、こういうような情報もあり、またグレイシャー号からも大使館に連絡がありまして、南極からいえば、あるいは通路からいえば大回りでありますが、しかしその方が何といっても確実でございますので、宗谷から海上保安庁、アメリカ大使館、それからまた海軍を通して現場の方へというような、そういう二方面からの連絡をとりまして、グレイシャー号も向うを出るというふうになってきたわけであります。そうして一時宗谷からオビ号の方にずっと一日一回は連絡しておりましたが、いよいよ脱出がむずかしくなりましたので連絡しますと、ディーゼル油の関係から少し考えさしてくれ、後刻返事をするというようなことがありまして、昨晩いよいよ了承した。それで日本時間にいたしますと本日の午後八時でありますが、現場に到着するという電報が入ったわけであります。
 大体以上要点だけを御説明いたしました。
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野原覺#10
○野原委員 新聞によりますと、二十五日の永田隊長の電報が書かれておるのでございますが、宗谷が自力で脱出する公算はきわめて少い。このように報道をされましてから、全国民ひとしく心配の念を濃くいたしておるのであります。従って私どもとしては、海上保安庁なり統合本部におきまして、万全の救援対策が講ぜられておるとは思いますけれども、二、三その救援対策について遺憾の点があるのではないか、こういう気もいたしますので、私は率直にお尋ねをいたしたいと思うのであります。
 ただいま島居長官も申しましたように、宗谷を救援するにはこれは三つの方法しかない。私どもしろうとから考えてもその通りであります。宗谷自体がこの密氷群を切り抜けてみずからの力で脱出することができるかということが一つ、もう一つは、海鷹丸に観測隊員を移して宗谷は越冬する、その場合に宗谷の越冬が可能であるかどうかという問題が一つ、第三の問題は、外国の砕氷船に依頼をして、外国の砕氷船の力を借りてこれを救助しなければならぬという、この三つになるのではないかと思うのであります。ところが、第一のみずからの力で脱出することができるかということは、永田隊長の電報、あるいは海上保安庁におきましても、統合本部におきましても、これはきわめて悲観すべき状態にある。それならば、第二の海鷹丸に隊員を移して宗谷が越冬する、これもまた実はきわめて心配にたえないものがある。最も安全なる方法は、外国の砕氷船に依頼をして、外国の砕氷船の力で宗谷を脱出させなければならぬ、こういうことになろうかと思うのでございまするが、そのような結論に到達をしておるのかどうか、再度お尋ねをいたします。
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島居辰次郎#11
○島居政府委員 最初申し上げましたところをもう少し補足いたしますると、今までの南極に関するいろいろの調査資料、これはもちろん十分ではないかと思うのでありますが、しかし、従来の経験からいたしますと、三月一ぱいはまだそう急激な変化というものはない、こういうデータもあるわけであります。そこで、先ほど申し上げましたように、最近の四、五日というものは東の風または東北に寄った風があいにく多いのでありまして、その風によって氷盤がくっついて丘をなしておるのでありまして、いわゆる海水が最近寒くなって自然に凍って、それで出られなくなった状況ではないのであります。と申しますと、水温は、ずっと最近の状況は、マイナスの一・六または七程度であります。そういうので、もし風が、西の風または南の風が強く吹けば、今のせっかく丘のようになっております氷盤というものが、また移動してそこに通路ができるということは、従来南極に行った諸外国の人々の経験の話も残っておるのであります。それでもし西の風が吹き、また南の風が吹いたときに、その水路ができれば宗谷は自力でも脱出が全然不可能ということはないということは、第一に申し上げられると思うのであります。しかし、これは何といっても相手は大自然でもありますし、いわゆる風まかせというふうなことで、必ず吹くではありましょうけれども、必ずしも吹くということも予想できませんので、非常に、見込みもあるといっていいか、ないというか、その風の予想がつかない現在の状態であります。それが第一であります。ですから、全然不可能ではないということをまず申し上げなければならぬかと思います。
 それから外国船の宗谷の前路を切り開いていくことでありますが、今のアメリカのグレイシャー号の能力を申し上げますと、排水量が八千二百トンでありまして、長さが三百十フィート、幅が七十四フィート、吃水が二十フィート、馬力は二万一千馬力であります。砕氷能力は二十フィートということであります。普通砕氷といっても主として馬力によるのでありまして、氷盤に衝撃を与えて切り開いていくことが、主たる能力になっておるのでありますが、幸いなことにこのグレイシャー号は、昨年の三月下旬だと思っておりますが、ちょうどリッツォホルム湾の現在宗谷がおる地点よりももっと南の方、平たくいえばもっと奥に入った方に行っております。そういうことで向うにはその経験があるので、大いに自信を高めているような記事も出ておりますが、そういうことも考えられますので、宗谷の付近にある現在くらいの氷は、グレイシャー号のこういう能力で切り開いていけるかどうかということにつきまして、私の方から現場の松本船長あてに聞き合せましたところ、グレイシャー号なら、現在の状況なら脱出はできるという回答も得ておるようなわけであります。またオビ号につきましては、実はジェーンの年鑑に世界各国の軍艦の要目が書いてあるのでありますが、これに載っていない。そこで宗谷及び外務省を通じて、このオビ号の能力についてもっと的確なる明細というものを知りたいと思って、目下調査中でございます。
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野原覺#12
○野原委員 あなたの御答弁をお伺いしておりますと、どうも完全に私の質問にお答えになっていないと思うのであります。自力で脱出することは困難ではないか、これはお認めになったと、思う。なおまた先ほどの御説明の中で、越冬することも実は非常に問題がある。ヘリコプターは一人か二人しか搭乗できないし、二十メートル以上の風速ということになると、ヘリコプーターの飛行ということも非常に困難を感ずる。従ってどうしても最善の措置をとるということになれば、外国船による救助という以外にない、そういう方針で、すでにグレイシャー号に対しても、オビ号に対しても、正式に依頼をされておると私どもは受け取っておるのでございまするが、その通りでありますか。その救助の基本的な方針というものをお示し願いたい。
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島居辰次郎#13
○島居政府委員 先ほど申し上げましたように、第一の場合は、自力でいくことも全然不可能ではないということを申し上げました。しかしながらそれも天候があるので、その見込みもいろいろ不可能に近いようなこともあろうから、それで外国船の援助をやったのであるということを申し上げました。外国船の援助といっても、今のように片一方の明細ははっきりわかりませんが、片一方のグレイシャー号は、去年ちょうど三月ごろに行ったことがあるので、これなら確かであろう、こういうふうな目算のもとにやっているのであります。なおかつ先ほどの海鷹丸の方に隊員を移乗するにつきましては、なかなか技術を要しますし、危険なこともあるので、十分注意して、海鷹丸が近くなったときならできるだろうが、天候が変るとなかなかむずかしいと船長も言っておりますので、万一外国船が来ましても、宗谷が脱出できない最後のときには、グレイシャー号またはオビ号の方へ隊員を移乗させるというふうに、私の方では考えておるのであります。
 なお船の危険その他についてでありますが、もっと詳しく申し上げたいと思います。
 まず簡単に要点だけを申し上げますと、船体は日本の船舶工学の権威を集めて、万一の場合に備えて、つまり氷の圧力あるいは氷の張り詰めたときに船体がその上に浮くのでありますが、そういうふうに浮き上るようないろいろな設計の構造がしてあるので、一応の手はつけてあると思っております。なお燃料については調査をしておりますが、これも暖房あるいはその他について持っております。また飲料水についても、飲料水を作る、つまり海水はちょっと困りますが、上に降った雪は溶かせば飲料水に使えますので、そういう方法、なおまた食糧についても、予備食を使えば、隊員を含めて全部一応大丈夫だろう、こういう電報を松本船長から受け取っております。
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野原覺#14
○野原委員 そこで外国船によって救助するということで、お尋ねをしたいのでございますが、オビ号に外務省を通じて正式に依頼したのが二十六日の午前、きのう。そこでグレイシャー号に対しては、いつ依頼をなさったのかお尋ねいたします。
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島居辰次郎#15
○島居政府委員 グレイシャー号につきましては、いわゆる正式にと申しますか、そういう文書をもってやってはおりません。これは口頭でやっております。しかしながら、オビ号については正式に文書でやってくれ、こういうようなことでありましたので、いろいろ外務省と手続を相談いたしまして昨日出したのであります。
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野原覺#16
○野原委員 口頭にしろ、グレイシャー号に対してはいつ依頼したのか、何日に依頼したのか、こういう質問です。
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島居辰次郎#17
○島居政府委員 十九日であります。
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野原覺#18
○野原委員 これも朝日、毎日、読売その他すべての新聞が一致して指摘しておることでございますが、グレイシャー号には十九日に依頼をされておる。そうしてオビ号には二十六日に依頼をされたということ、このことはどういうわけで同時にあなたの方が依頼をされなかったのか。グレイシャー号にだけ依頼をして、それから一週間たって——二十四日ころから相当海上保安庁は批判をされてきておる。その批判に耐えかねたのかどうか知りませんが、きのうの午前オビ号に依頼をする、これは一体どういう意味なのかお聞きしたい。
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島居辰次郎#19
○島居政府委員 十九日ころからオビ号及びグレイシャー号については、連絡方について現地にも指示しております。なおかつ十九日ころの状況は、松木船長は自力で脱出をやっていくというような状況もありました。そういうわけで、いわゆる政府とか国家としていろいろ依頼いたしますが、グレイシャー号との連絡は現地ではなかなかとれませんので、東京を通じてやってくれというようなことであります。それからオビ号の方は現地で一日一回連絡をとっておりますので、万一の場合つまり状況の変化に応じて、とっさの場合にやるということについては現地でやることにしたのであります。
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野原覺#20
○野原委員 その御答弁がどうも私は納得ができない。グレイシャー号に対しては、こちらの方で在日アメリカ大使館を通じて依頼をするけれども、オビ号に対しては現地でやれ。現地でやれと言われても、現地ではほんとうに死にもの狂いの苦しい戦いをしておられるので、それは現地で連絡その他はとることに努力するでありましょうけれども、これは当然松本船長に対して、あなたの方からオビ号に対してもこちらで依頼をする。依頼をするということになれば、ソ連の方は何らかの方法でオビ号に命令を発するに違いない。そういう態勢を整えることが万全の対策だと私どもはしろうと流に考えるのでございまするが、この考えは間違いですか。
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島居辰次郎#21
○島居政府委員 先ほど申しますように、十九日の状態というものは、まだ現地の状況は自分の力でできるというふうな状況であったのであります。そこでアメリカの方へ十九日に相談いたしましたのも、すぐグレイシャー号を出してくれというような相談でなくして、宗谷の現状はかくかくであるということを、現地の通信が、いわゆる東西の通信というものがむずかしいものでありますので、それで東京を通じてやっておるわけであります。オビ号は近くでありますので、しかもいろいろな状況というものは、御存じと思いますが、船については陸でいろいろやるよりも現地で船同士でやるのが一番いいというのが今までのことであります。それでやったのであります。それですから宗谷もグレイシャーと連絡つきさえすれば連絡をとるようになっておるのでありますが、なかなか東西の電波というものはむずかしいのであります。それで東京を通じてやったのであります。
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野原覺#22
○野原委員 むずかしいかどうか知りませんけれども、すでに十五日には海鷹丸がオビ号の姿を認めておるという報道も私どもは聞いておりますし、なおまた宗谷に最も近い距離にある、特に二十四日のごときは宗谷が最も難渋をした、十九日は安定な状態であったかもしれませんけれども、あなたの先ほどの説明を聞きましても、もう二十日ごろから大へんな状態になっておる。南極の自然現象からすれば相当心配があるわけなんです。そこであなたの方は大使館を通じて、口頭かどうか知りませんがグレイシャー号に依頼をした。私はこれは最も適切な措置だと思うのであります。ところがただいま申し上げましたように、一番近い距離にあった二十四日のごときは西北西五百キロと新聞は書いておりますが、そうなりますとオビ号の速度からすれば一日半か二日で、宗谷救援に二十四日にはおもむくことができたかもしれない。それがやっと二十六日の午前だ、こういうことになれば私は果して海上保安庁として万全の対策をとったとはどうも考えられない。その辺はどういうように考えていらっしゃるのか。これは二十六日の朝日新聞のあなたの談話です。こう申しておられる。「米ソの関係から政治的な配慮をしたものではない。オビ号とは宗谷が現地で連絡をとり、救援要請をするよう指示してあるし、海上保安庁としても外務省を通じてソ連の意向を確かめてもらっていたのだ」こうあります。ところがグレイシャー号に対しても当然現地で連絡をとるし、救援要請もあったでしょうけれども、私ども疑問に思うのは、グレイシャー号は大使館を通じてこちらの方で要請をするのに、オビ号の方にはなぜ要請をしなかったのか。最も近い距離にありながら、なぜその要請が一週間もおくれたのか、あなたの方はどういう状況であったのか知りませんが、その辺を一つ端的に御説明願いたい。
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島居辰次郎#23
○島居政府委員 先ほども申し上げましたように十九日、二十日ごろの状況というものは、宗谷の方から外国船の方に頼んでくれということは言ってきていないのであります。二十四日になりまして外国船の方に頼むということを言ってきておるのであります。しかしながら私どもとしては言ってこないといっても、いろいろな状況から判断して、そうしてグレーシャーとオビが近いであろう、実はそのほかの外国にも一応話もしたのでありますが、能力その他からいたしまして今手取り早くつかまえられるのはそういうところであろう、そういうので、正式に松本船長から要請してきたのは二十四日でございます。そういう関係もあるということも一つお含みおき願いたいと思うのであります。
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野原覺#24
○野原委員 二十四日に現地から要請をされたその以前にグレイシャーに口頭で要請をしておるのであります。松本船長からの要請は、外国船には二十四日ということであったのでございましょうけれども、あなたの方は十九日に大使館を通じてグレイシャーには要請をしておる。ところがオビ号の方は、二十四日に要請があっても二十五、二十六日と二日間もずれておる。これは一体どういうわけですか。
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島居辰次郎#25
○島居政府委員 先ほどもたびたび申しますのでありますが、オビ号とは現地で通信状況が、非常にいいときもあり、悪いときもありますが、とりいいのであります。そういうわけでしょっちゅうその状況はオビ号とは連絡をとっておるのであります。それから二十四日といいましても夜おそくであります。夜中の二十五日午前二時半ごろ発表したようなわけでございます。それからいろいろ、たとえば日本における関係官庁にも手続きにつきましていろいろ打ち合せをいたしまして、すぐにソ連の方へも要請したのであります。それから先ほどもお読み下さいましたように、私の方は、人命に関するものであり、また純粋に科学的の観測に関するものでありまして、われわれといたしましては毛頭そういう政治的の配慮、そういうものは全然考えていない、最もその現場、現状に応じたあるいはそれを見通しての措置をやっていっているようなわけであります。
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野原覺#26
○野原委員 グレイシャー号の方は、これも私は新聞で読んだのでありますが、二十八日でなければメルボルンを出港することができない、三月十三日ごろ宗谷付近に到達する。グレイシャー号の皆さんがこの宗谷救援のために真剣に燃料その他を整備して、そして現場に急行されて下さることに対しては、私どもはまことに感謝にたえぬのであります。しかしながらあなたのただいまの答弁を聞いておりますと、オビ号は通信がとれておったから現地にまかしておったんだ、片方のグレイシャー号の方は宗谷との通信状況が困難であると判断したからこちらから依頼したんだ。このことはどうもあなた方が万全の対策をとっているとは考えられぬのであります。あなたは非常に楽観的なことを申しておるのでありますが、最悪の事態が起ったらどうしますか、海上保安庁にしても統合本部にしても……。松木船長ははっきり言っている。南極というものを今日までのデータで動こうとするのが間違いであった、南極というもののおそろしさが今初めてわかったと言っている。そうならば、私どもとしては万全の対策をとるためには、十九日でも二十日でも——あなたは十九日、二十日は容易な状況であったといわれますが、二十二日でも二十三日でもいい、二十四日に松本船長から正式の依頼があれば、即座に間に合わなければならない。それがきのう午前まで延びたのはどういうわけだ。政治的配慮はなかったろうと思います。私は何もそういうことをとらえてとやかくのことをここで申し上げたくはないから、あなたのおっしゃる通り政治的配慮はないにしても、怠慢ではなかったかということを私は言っておる。二十四日になぜしないか。その点を一つお尋ねします。
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島居辰次郎#27
○島居政府委員 いろいろ申し上げたのでありまして、なおかつ新聞もお読みになっていると思いますが、私自身としては楽観はしておりません。また世間にいわゆる悲観もしているわけでございません。いわゆる現実の事態に即応した処置をそれぞれとっていると私は思っております。決して私は楽観ということは一ぺんも言っていないのでありまして、私としてほんとうに涙ぐましい、できるだけのことをやってきております。ヤジほんとうであります。それから二十四日というお話でありましたが、二十五日の午前に来ましたので、御存じと思いますが役所のいろいろ手続きもございまして、そういうことでやっと昨日の午前中——しかし前の目から外務省とは連絡してありますので、翌日持っていくということにして昨日持っていったのであります。役所の中のいろいろの事情も御存じとは思いますが、その辺も十分おくみ取りあらんことをお願い申し上げます。
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野原覺#28
○野原委員 あなたが非常な御努力をされていることは私ども知っております。これは当然のこととはいいながら、特に文部省内における統合本部にしても、海上保安庁にしても、皆さんの非常に心配をされていることは知っている。私はそれをとやかく言おうとは思わぬのです。いろいろ今後も起ることであるから、万全の対策、つまり手抜かりがあるのではないか、このことに対して反省をしてもらいたいということを私は言わんとするのです。御承知のように、国際地球観測年の連絡会議にソ連のアカデミー会員のベロウソフ博士が参っております。この方はこの話を聞いて、ソ連は日本政府から要請があればすぐにでも責任を持って本国へ手配をいたしますぞということを言っておる。グレイシャー号に依頼するのもよろしい、オビ号に依頼するのもよろしい、外国船舶というものは、あなたがおっしゃる通り、海難救助の問題では決して差別をつけるものではない。私どもとしてはそこに何だかしらん割り切れないものを感ずる。オビ号がすぐ近くにいるのに、現地にまかせるということで、それがそのままにほったらかしにされて、そうしてグレイシャー号に依頼する。そのグレイシャー号は三月十三日でなければどんなに全速力を出しても現地には届かないという。グレイシャー号には威力があるでしょう。しかしまたオビ号にも威力があるのでありますから、こういう場合には公平に依頼をするのが至当ではなかったか。二十四日あるいはグレイシャー号に依頼をされた直後にでも松本船長にその旨の電報を打って、オビ号に対して正式に依頼をする、こういう方法をとることが妥当ではなかったかとあなたはお思いになりませんか。二十六日の午前にオビ号に依頼したのは万全の対策であるとあなたはそれでもおっしゃいますか。もっと早くオビ号にも依頼すべきではなかったかと私は思うが、海上保安庁はそうお考えになっていらっしゃいませんか、お尋ねいたします。
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島居辰次郎#29
○島居政府委員 いろいろ御注意はまことにありがとうございます。それはわれわれ人間のやることでございますので、私としては万全にやったつもりでもまたいろいろ批判の余地もございましょう。それは私といたしましても十分反省をいたしまして、もちろん今年の末からもあることでございますので、手抜かりのところはよくやっていきたいと思うのであります。われわれの方といたしましてはできるだけのことをいたしたというふうに考えておるのでありますが、それも御指示のところがあれば十分参考にいたしまして、今後やっていきたいと思っております。
 なお、私は別に言葉じりをつかまえるわけではないのでありますが、私の方の気持といたしまして何も現地にまかしてばかりいたのではないのでありまして、しょっちゅう電報で緊密に連絡してやっておるのであります。そういうわけでございましてあなた方も御存じと思いますが、一城のあるじとして船におられる松本船長が、ああいうふうに現場をよく判断して沈着な行動をせられておることについて、こっちの陸地からあまりに現地の判断を混乱させるようなことを言ってやるのもいかがかと思いまして、種々あれこれ勘案いたしました結果、松木船長から言ってきたことを憶測してやったわけであります。しかしながら今のように、それでもお前はもっと早くやればよかったと言われれば、私もあるいはもっと早くできなくはなかったかと思いましてこれは今後もあることでありますから、十分お話を承わりまして今後もやっていきたいと思うのであります。
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