野原覺の発言 (文教委員会)
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○野原委員 むずかしいかどうか知りませんけれども、すでに十五日には海鷹丸がオビ号の姿を認めておるという報道も私どもは聞いておりますし、なおまた宗谷に最も近い距離にある、特に二十四日のごときは宗谷が最も難渋をした、十九日は安定な状態であったかもしれませんけれども、あなたの先ほどの説明を聞きましても、もう二十日ごろから大へんな状態になっておる。南極の自然現象からすれば相当心配があるわけなんです。そこであなたの方は大使館を通じて、口頭かどうか知りませんがグレイシャー号に依頼をした。私はこれは最も適切な措置だと思うのであります。ところがただいま申し上げましたように、一番近い距離にあった二十四日のごときは西北西五百キロと新聞は書いておりますが、そうなりますとオビ号の速度からすれば一日半か二日で、宗谷救援に二十四日にはおもむくことができたかもしれない。それがやっと二十六日の午前だ、こういうことになれば私は果して海上保安庁として万全の対策をとったとはどうも考えられない。その辺はどういうように考えていらっしゃるのか。これは二十六日の朝日新聞のあなたの談話です。こう申しておられる。「米ソの関係から政治的な配慮をしたものではない。オビ号とは宗谷が現地で連絡をとり、救援要請をするよう指示してあるし、海上保安庁としても外務省を通じてソ連の意向を確かめてもらっていたのだ」こうあります。ところがグレイシャー号に対しても当然現地で連絡をとるし、救援要請もあったでしょうけれども、私ども疑問に思うのは、グレイシャー号は大使館を通じてこちらの方で要請をするのに、オビ号の方にはなぜ要請をしなかったのか。最も近い距離にありながら、なぜその要請が一週間もおくれたのか、あなたの方はどういう状況であったのか知りませんが、その辺を一つ端的に御説明願いたい。