秋山長造の発言 (内閣委員会)
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○秋山長造君 これは言葉をお返しするようで恐縮ですけれども、これは憲法があるということは理由にならぬとおっしゃるけれども、私は有力な理由の一つだろうと思うのです。これは有力な足場ですよ、あなたが外国に訴えられる場合に。外国に対してこの核兵器を持ってはいかぬということを呼びかける以上は、現にわれわれ自身もこれは持つつもりもないし、また日本の基本法である憲法でも禁止されておるのだということは、これはあなたの外国に呼びかけられる場合の有力な足場になると思うのですね。それが三文の値打もないようにあなたがおっしゃるのは、私ははなはだ不穏当だと思う。
さらにお尋ねしますが、総理大臣は先だっての二十五日の予算委員会で、湯山君の質問に対して、核兵器というものは、私は今日の憲法の解釈において、自衛権の立場からいってこれは憲法上適当でない、こういうように思っておりますと、こういうようにはっきり答弁されているのです。だからこのときの総理大臣のお考えは、これはやはり自衛権といっても、自衛権なるがゆえに絶対なものではない、自衛権にもおのずから限度がある、だからこの核兵器というようなものは、これは自衛のためだとか攻撃のためだとかいうような次元とは、別な次元で考えるべき性質のものではないか、そういう性質のものであるがゆえに、ここまでこれは世論が沸騰し、また日本の国民あるいはそれを代表して総理大臣が世界に対して繰り返し繰り返し訴えられておるのではないかと思う。そうでなければ、この核兵器というものに自衛権というものを持ち込んできたら、これはどこの国だって、みな攻撃のために持っておるということは言ってないのですから、みなそれぞれ防御のために、自衛のために実験をし、自衛のために生産をし、自衛のために使用しようとしておるのだと言っておるのであるから、これは非常に説得力が弱まる。にもかかわらず、これはあくまで憲法の解釈論としてはこうだ、実際政策としては岸内閣は持つつもりはないけれども、しかし憲法の解釈上は持とうと思えば持てるのだという、そういう逃げ道をこれは作っておかなければならぬ必要がどこにあるのですか。私はそれを疑わざるを得ない。