茅誠司の発言 (文教委員会)
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○茅説明員 お答え申し上げます。予備観測が終りましてすぐにわれわれが問題にしましたのは、このようなオビ号に救援を依頼しなければならないような状態を起さずに、本観測をいかにして実施できるかという検討でございました。そのためにケープタウンから隊長は飛行機で帰ったのであります。自来松本船長、永田隊長を中心といたしまして、海上保安庁の皆さん並びに学術会議、統合推進本部、これらが協議をいたしました結果、はっきりと自信があったとは私は申し上げませんけれども、二月の一日から五日前後の間までが、南極としては最も行動が自由になる時期であろう、それが予備観測におけるわれわれの経験であるということに一致したのであります。その時期に氷海を離脱するということにすれば、再びあのようなことにならないのではなかろうかという点が第一点であります。その上に第一回の経験によりまして、宗谷の装備に改良をいたしまして、砕氷能力も以前よりは高めたのでありますが、その二つをもってして、それではお前たちは果して自信を持っていたのかとおっしゃいますと、私はノーとお答えせざるを得ないと思います。しかし第一回の観測だけの結果をもって全部を推すということはできませんので、そこに多少の不安はございましたけれども、本観測参加のための計画を進めて参ったのであります。ところが本年は不幸にいたしまして、最初の期間に氷に閉じ込められまして、そのまま身動きがとれなくなった。二月の初めになりまして、やっと氷から解放されたというような事態が起り、しかもその上に昨年よりも気象条件が非常に悪かったために、今度のような結果になったのだと私は思うのでありまして、ただいまの御質問に対しましては、要約してお答え申しますと、検討するだけのことは検討し、このようにしたならば、成功するかもしれないという計画は立てたのでありますが、それを自信を持って行なったかとおっしゃいますと、私は自信は持てなかったと申し上げたいと思います。なおそういう場合にお前はどうするかとお尋ねになったとしますならば、これは国際協力の事業でございますから、すでにこの南極の国際協力観測事業の根本原則として、お互いに救援し合うということが出ておりますので、そういう場合には救援を依頼せざるを得ないのだ、そういう考えのもとに行なったのであります。