茅誠司の発言 (文教委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○茅説明員 お答え申します。地球観測年と申しますのは、御承知の通りに今までは五十年ごとに行われてきたのでありますが、その後計測器具が非常に進歩しましたので、五十年ごとにするよりは二十五年ごとに行おうということになりまして、昨年の七月からことしにかけてがちょうど二十五年に当るのであります。その一環として南極地域において観測を行うという仕事は私は専門が少し違いますので正確に記憶しておりませんが、その観測年の一環として進められてきましたのは四、五年前からであったと私は思っております。ところが日本といたしましては砕氷船のできたのを持っておらない国でございますので、その方面の地球物理学の研究者は全部あきらめておりまして、南極地域の観測には入らないというつもりでおったのであります。ところがその後新聞で御承知とも思いますが、朝日新聞等が非常にこれに乗り気になりまして、ぜひやらないか、われわれも全力を尽して後援したいという話もありましたので、われわれも幾分乗り気になりまして、その事業に取りかかったのは——その話が始まったのは三十年の夏からでございます。そうしてそういうことが可能であるかどうかということについてそれまで検討して参りましたが、とにかくある程度の改装を宗谷に加えれば、自信をもって行い得るとは申しませんけれども、できるんじゃなかろうかというので決心をいたしまして、そうして政府の方に学術会議からお願いし、閣議了解を得たのがその年の十一月でございます。