野原覺の発言 (文教委員会)

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○野原委員 私が最初茅先生に反省の点がないかということをお尋ねいたしましたのは、実はこの点もあるわけであります。私どもはこの点が問題だろうと思うのです。南極の国際地球観測年事業というものは五十年ごと、あるいは二十五年ごと、これは国際的には実はかなり前からきまってきておる。ところが日本が参加しようときまったのは、記録によりますと、昭和三十年十月二十五日の閣議で決定をされておるようであります。ブラッセルの会議に参加したのが、私の調査では三十年九月八日ということになっておる。そうして十月二十五日閣議で正式に参加を決定しておる。そうして日本の事業としてやることをきめておるようであります。そうして二十一年には出発をしておる。三十一年から三十二年にかけて準備期間が一年しかない。突如として、こういったおそろしい自然条件、南極大陸の観測を国際的に責任を持ってやろうという国が、こういう短かい期間の準備で一体できるかできないか。私はこの点について、これは一体政府の責任であるのか、あるいは日本の学術会議というものがうっかりしていらっしゃったのかどうかは知りませんけれども、実は遺憾な点がここに一つあるように感ぜられてならぬのであります。やはり日本が参加しようというならば、海軍がないのでございます。しかし日本は戦争に負けて相当痛めつけられておるわけであります。船舶その他については世界的に優秀であるとはいいましても、優秀な観測船を作るためには一年や二年はたっぷりかかるでしょう。そういうような準備に欠くる点がなかったとは茅先生としてはお考えでございませんか。重ねてお尋ねしたいと思います。

発言情報

speech_id: 102805077X00419580227_014

発言者: 野原覺

speaker_id: 16407

日付: 1958-02-27

院: 衆議院

会議名: 文教委員会