茅誠司の発言 (文教委員会)

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○茅説明員 お答え申し上げます。日本以外の国が全部基地に入ることができて、日本だけが基地を放棄せざるを得なかったということは、これはまことに残念なことでありますが、私がここに御参考のために申し上げたいと思いますのは、二十四日に風が吹かなかったら観測が実施できたということであります。そういうことを科学者が言うのはおかしいじゃないかとおっしゃられればまことに申しわけないのでありますが、そういうチャンスが可能にするかしないかというせとぎわでありまして、われわれあらかじめ未知の土地に対して勘定に入れておくことができなかった。それからいま少し申しますならば、最初は二十名を残したいというので非常な努力をいたしましたが、逐次それを縮小して参りました。その小さな計画だけを最初から実行しようとしましたならば、あるいは実行できたかもしれません。いろいろのことが考えられるのでございます。そういう点について、これも一つの踏み石だと思うのでありますが、こういう失敗が成功のもとになるので、それを私申し上げるのは非常につらいのでありますけれども、そういうことでありまして、ことにことしの風向きが、つまり氷を吹き散らす方でなく、氷を固める方にばかり吹きまして、昨年のような氷を海岸から追いやるような方向に向って吹かなかったということが、つまりことし成功しなかった一つの原因なんでありますが、そういうことのためにその風の方向がちょうどプリンス・ハラルド海岸、リュッツオフ・ホルム湾の氷を外から中へ中ヘと押し寄せる結果となりまして、ついにアメリカの船をもってしてもどうしても中に入ることができない。百キロ以内に近寄ることができなかったということであります。ところが南極全体が全部そういう悪条件であったのかどうか、これは詳しい情報がないからまだわかりませんけれども、しかしたとえばノックス・コーストというオーストラリアの南部基地等は、ことしは非常に氷が少くて、海岸が露出しておった。ですからどんな船で行っても、砕氷船でなくても基地を設営することができた。結果から申しますれば、これも——大体茅という男は卑怯なことを言うとおっしゃるかもしれませんが、不幸にして日本の観測基地が非常に悪条件下に置かれた、ほかの観測基地はそれほどでなかったということでありまして、その点日本の宗谷がアメリカ、ソ連の船に次いでの船であったにもかかわらず、日本だけが基地を放棄せざるを得なかったということになったのであります。
 ちょっとお尋ねがありました、果してアメリカ、ソ連以外の船に比べて、日本の船が優秀であるかどうかということは、これは正確なデータに基いているものではありませんが、大体トン数、砕氷能力等から申しますと、われわれはそういうふうに考えられるので、申し上げたわけであります。

発言情報

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発言者: 茅誠司

speaker_id: 18614

日付: 1958-02-27

院: 衆議院

会議名: 文教委員会