綱島正興の発言 (内閣委員会各省設置法改正案等審査小委員会)

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○綱島小委員 ただいま農産物の輸入というものが毎年大体二十億ドル、多いときはそれを少しこえております。三十億ドル前後の国民総輸入のうちの六〇%を占めております。これまでは大体日本で自給度を高めていけるだろう。農業自身で高められないもの、たとえば綿花、こういうものについては、必ずしも農業が進むだけではいけないだろうし、化繊等の発達と相待ってこの問題を解決していかなければならぬでしょう。しかしながら農業自身で解決せなければならぬ問題は食糧の大体六億ドル、飼料の一億ドル、それから砂糖の一億二、三千万ドルのうちの半分、羊毛の三億二、三千万ドルのうちのこれも半分、皮革の四千万ドルのうちこれは全部、こういうものを大体日本国民経済の中でどうしても農業が生産せなければならぬ。これが大体どのくらいの計画ならどうなるか、どのくらいの人口ならこれがやれるか、こういう問題をやはり御研究にならなければならない、この委員会としてはやらなければならぬと思っておる。
 それからもう一つ問題になりますことは、先ほどお触れになりました日本の農業人口の問題であります。なるほど日本では、大体十四、五億ドルの、これから狭めていけるだけの生産は農業自身で追い込まなければなりますまい。たとえば食糧と申しましても、無限大にこれが必要なものであるか。大体農業の製品というものは非常に限界がございまして、そうたくさんは要らない。アメリカのごとく、保護してみると、二年半分もできて、捨ててしまわなければならぬ、これに補償をしていかなければならぬ、こういう矛盾が出て参りますから、農業の生産補助政策というものは、おのずから国民経済において必要なる限度、すなわち現在経済において輸入されておって、しかもその措置が可能なる範囲、こういうことにとどまるものだと思う。大体農生産品というものは、原料品は格別として、そのうちの主要なるものである砂糖であるとか、その他の食糧というものは、工業が発達するから欲望もそれについて発達するものではない。これには非常に限度があります。工業製品というものは、今まで少しであったものが巨大なる需要がふえている。一体農業の生産の必要量、農産物の必要度というものは、実は非常に限界がある。従って黙っておけば工業力の生産によって、その所得を増すにつり合った所得というものが形成されないという基本問題、これが農業保護政策をしなければならぬ第一番の問題、需要度における問題。第二番は、先ほどちょっと申し上げたように、農業の生産というものは機械力の利用度が非常に少い。他の産業のようには機械力の利用というものができない。現にアメリカの農村でも、生産度というものは十七、八倍よりなっていない。十七、八倍にしかならない工業というものは、一つだってありはしない、何だってありはしない。とにかく何万倍に及んでおる。ところが農業は、日本では天正から今までに二倍二分ぐらいまでにしかなっていない。農民の一人の生産量が二倍二分ぐらいまでにしかなっていないが、工業では、日本が幾ら工業がだめだといっても、製鉄業一つをとってみてもおそらく十万倍になっている。機械力の利用によっての生産度の増額ができないということが第二番である。これが農業を基本的に別に扱わなければならぬゆえん。第三番目は何かというと、どうしても計画生産ができないということ。なるほど災害補償はやって参りますけれども、計画生産というものはほとんど農業ではできない。他の産業はストライキがない限りはみな計画生産ができるが、農業にはそれができない。この三つの点が致命的な農業の欠陥であって、特に国家の政策を待たねばならぬゆえんだと思う。先ほどお話しになりましたように、第一次世界戦争後に非常な農業危機に及びましたのは、これは過剰生産のためであり、アメリカでも一九二六年、七年、八年と非常な豊作をやりましたが、一九二七年のごときは、農村相手の銀行は全部破産した。アメリカは御承知の通り、銀行の破産などはおろか、不渡り手形さえないのに、これが破産した。農業相手の銀行はほとんどみな破産してしまった。こっけいなことは大蔵省が、地方銀行がいかぬということで、アメリカの農業恐慌による破産を地方銀行だったからいけなかったという解釈、これは実に失礼だが、大蔵省の方がおいでになるかもしれないけれども、実情にうといこと千里の差で、ちっと役人も勉強してもらわなければならぬ。そこで、どうしてもこれは自由経済のままでは農業というものは置かれない。アメリカのように企業自由の法則はいかなる場合においても死守するという国柄においてさえも、農業だけは別にやらなければならぬというので、いわゆるカルタの巻き直しをしようという政策をやったのであります。ニュー・ディール政策である。そこで私どもはこの法案の提出に当って伺わなければならぬのは、農業というものは特別産業であるから、これは絶対に国の補助と価格補償とを併用するのでなければ、日本の実情においてはできないものという踏み切りをつけておられるかどうかということであるが、一々大蔵省に頼んで、わけもわからない大蔵官僚の、百姓のことなんか知りもせぬ者がホワイト・カラーでテーブルの上で査定する、こういうことが許されるならば、日本の農業というものはやっていかれない。先ほど申し上げたように、工業界における労働力の吸収度合いは、西ドイツのそれのようなふうにはいかれない実情が日本にはある。そこで泣いても苦しゅうても、しょうがないから農村に縮こまっておらなければならぬような国民経済の置かれている事情がそこにある。それらをあわせて、一体農業人口の問題、農家生産、生計の問題等を併用してお考え下さる御意思かどうか、これが一番伺いたい点で、これが今まで申し上げたことの到着点である。これがないならば、この基本法案というものはあっても何にもなりはしない、捨てた方がよろしいと思うが、こういうことを予定されているかどうか、これを伺いたい。

発言情報

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発言者: 綱島正興

speaker_id: 32742

日付: 1959-03-10

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会各省設置法改正案等審査小委員会