佐藤榮作の発言 (予算委員会第一分科会)
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○佐藤国務大臣 去る三十三年九月二十六日だったと思いますが、ただいま御指摘のような事故を不幸にして惹起し、十六戸の民家を破損し、八名の方のとうとい生命を失った。私も大へん御同情申し上げております。ところで、国自身に責任があるかどうかという問題になって参りますと、私どもは、災害をこうむられた方に対しての御同情という問題とは別に、やはり筋のある方法で処理して参らなければならないのであります。先ほど判例もあるじゃないかというお話でございます。無過失責任によるその種の判例があることは存じておりますが、問題は、三十三年に起きたあの災害事故、これにぴったり合うようないわゆる条件が十分整備されているかどうかということが、実は問題ではないかと思います。今、土どめとか排水溝の話が出て、それは工作物であるとかどうとかという問題もさることですが、これが通常考えられるような豪雨において発生したのか、そこに責任があるかないかという問題に、重点があるのではないか、実はかように思います。もちろん、当時の異常豪雨がかかる災害を惹起したということが言えるでありましょうし、かような異常豪雨でも、十分に堅牢な工作物というか、土どめ方法が講ぜられたら、かような災害も起こらなかったであろう、かようなこともいわれるだろうと思いますが、普通民法で申しておりますのは、通常予見し得る範囲のことかどうかというところに、問題があるのじゃないかと思います。私どもも、事柄の性質上、被災者の方に非常に御同情申し上げましたので、何か処置すべき責務ありやいなやということで、学識経験者等を招致して、現地について実情をよく調べたわけであります。結局それらの結論では、異常豪雨に対する設備としては不十分だと思うが、普通考えられる状況の設備としては十分であった、こういうような判定を実は受けておるわけであります。御承知のように、国が賠償をいたします場合においては、国自身やはり国の債務は、それぞれの国民の負担において実はできるものでございますので、ただ気持、感じだけで処理のできないものもございます。そういう意味では、やはり正確を期していかないと、私ども財政支出上の責任もあるわけでございますから、そういう意味で、大へんきゅうくつな話のようなことを申し上げて、いかにも御同情の点において薄いのではないかというような非難もあるのではないかと思いますが、決してそういうものではないことを御了承いただきたいと思います。国におきましては、一応の処理をいたしました。きわめて少額のお見舞いだけをいたしましたが、これは普通考えられる程度のものでございます。責任があるとすれば、もちろんそういうことでは済まないわけであります。ところで、十分責任の有無を最終的に判定するのには一体どうなのだということになれば、これはもう裁判以外に方法はない。そういう場合に、大蔵省自身が訴訟の当事者には今日はならないといいますか、国の代表者というものをはっきりきめまして、そうして訴訟手続をするわけですが、それをいたしますには、ただいま申し上げた、国の歳出が国民負担につながっておるのだ、そういう意味で、いやしくも国の支出に関する限り、はっきりした根拠に基づかなければならない、疑わしき場合に適当にという処置ができない、こういうきゅうくつさのあることを、ぜひ御了承いただきたいと思います。