斎藤朔郎の発言 (商工委員会)

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○法制局長(斎藤朔郎君) 多少説明は変わるかもわかりませんが、ただいまの栗山委員の問題にされております点を私の考え方から説明をいたしますと、既得権、まあ広い意味で既得権というものが立法政策上どういう程度に考慮されなければならぬかと、こういう問題に形を変えまして説明をいたしたいと思いますが、既得権ということ自体がこれは成文法で定義をしたものはございませんが、言葉の文字通りを狭く解釈いたしましたら、人がすでに獲得した具体的の権利ということになろうかと思いますが、それは結局沿革的に申しましたら、私有財産権の尊重、日本の憲法で申しますれば、憲法二十九条の第一項の財産権不可侵の原則、そういうものに狭い意味の既得権尊重の法理というものが表われておると思うのでございますが、しかし、考え方によりましては、既得権という言葉はそう狭く解釈いたしておらぬ場合かございまして、法律上また事実上の地位あるいは利益、そういうものも既得権的に考える場合もございまして、そういうものを立法する場合にいかように取り扱うべきか、こういう問題につきましては、非常に明確な基準がなかなかないのでございまして、いろいろの法律の種類によって私は違うと思うのでございます。その一つの例をあげますと、刑事法の分野では、すでに発生した法律上または事実上の地位を尊重するという要請が非常に強いと思います。そのことを説明する前に少し根本的なことをつけ加えさせていただきます。
 一体法律というものは、御承知のように、一方においては法的安定性というものを尊ばなければならないという要請がありますと同時に、他方においては合目的性の要請もかなえなければならぬという、一見矛盾した二つの要請に従わなければならぬのでございまして、その法的安定性に重きをおく立場に立ちますれば、既得権を非常に広く尊重するという建前になって参りますが、合目的性という要請に重点をおいて参りますれば、既得権の尊重ということはある程度犠牲にされる。こういう結果になってくるのでありますか、刑事法の分野におきましては、法的安定性ということ一辺倒で考えられておるわけでございまして、現にわが国の憲法におきましても、三十九条で、実行のときに適法であった行為は、あとの立法では処罰できないという、いわゆる事後立法禁止の憲法上の原則がございますが、これはもう実行のときに適法であればあとで処罰することはできぬのだという、刑罰法令不遡及の原則とも申しますか、これは広い意味の既得権尊重のきわめて厳格な考慮だと思うのであります。その他刑法の分野では類推を禁止するというようなことがございまして、すべて法的安定性ということを非常に尊ぶ思想でございます。現に今国会にかかっております不動産窃盗を処罰するという場合に、不動産窃盗が法律施行前に行なわれ、すでに違法状態が続いているときに同法を適用しなければ何にもならぬじゃないかという議論が一方にあるのでございます。合目的性からみた立法政策を貫くという精神から申しますれば、そういう意見は確かに傾聴に値するかもしれませんが、しかしこれは刑事法でございますので、刑罰法令不遡及の原則でそういうことはできぬというので、法的安定性という面一面で貫いておるわけでございます。しかし刑事法以外の法律の分野を眺めてみますと、たとえば民事法規になりますと、そこのウエートが非常に変わって参ります。民事の法規におきましても取引の安全ということは重要な一つのプリンシプルでございますけれども、民事法規におきましては、取引の安全ということ一辺倒でやっておりませんで、やはりそこに合目的性という要請が非常に入って参りまして、法律の解釈におきましても、類推もいたしますし、拡張解釈もいたします。法規のない場合は条理で補充する、こういうふうに合目的性というものが非常に働いて参ります、
 今度は目を行政法規、たとえば税法とか、あるいはただいま問題になっておりますような経済法という部面に向けますと、これは法的安定性というよりも、非常に合目的性という要請がむしろ強くなっておると言えると思うのでありますが、これは事柄の性質上、行政ということは時世の変化に従って適切な政策を実行する必要がございますから、過去の状態ばかりを尊重しておったんじゃ適切な新しい政策ということはやれない。だから行政法の分野においては、合目的性ということが非常に強く表われてくる、そのためには法的安定性ということはある程度犠牲にされるという一つの傾向が認められると思うのであります。しかし幾ら行政の分野と申しましても、合目的性一辺倒で、法的安定性ということは考えないのかと申しますと、それはそうじゃないと思うのでございまして、やはりその行政の分野でも既得権的のものは尊重しなければならぬ面も確かにございます。だから、そういうものは何かということを考えますと、やはりこれは、先ほど既得権のごく狭い意味で申しました、人がすでに獲得している具体的の権利、しかも相当それが強い権利であるような場合には、それは幾ら行政法規の合目的性ということを強調しても、それを無視するということは許されないことかと思います。たとえば、同じ名称と申しましても、営利法人につきましては、この名称というのは、これは普通の名称じゃございませんので、商号として商法上きわめて強力な財産権として保護いたしております。これは商法の保護の規定はたくさんございまして、だから同じ法人の名称と申しましても、営利法人についてはきわめて強い財産権として認められておる、こういうものを無制限に制限するということは、幾ら合目的性の見地からいっても、これはなかなか許されないことと思いますが、そうでない公益法人の名称、あるいは民法上の任意組合の名称というものは、現在の実定法上は、これは経済的の価値を云々するのじゃございませんが、私は経済的なことは存じませんが、少なくとも実定法上は営利法人の商号のように強い財産権としては保護されておりませんので、それは一つの、先ほどもお話にありました、事実上の利益という程度で考えるべきものかと思います。さような差異もございますから、行政法規のもとにおいてさような具体的の財産権として強い保護を受けておらないような事実上の利益の保護をどの程度保護するかということは、これは違法かどうかの問題じゃなくて、むしろどの程度保護した方が妥当かどうかという、立法者のお考えによってきまることだと思うのであります。この法律によりまして、商工会の新しい仕事を商工会または商工会議所がやることになり、同じ地域の中でそういう法律上の商工会または商工会議所がある場合に、それとまぎらわしいような名称が事実上行なわれるということを制限することが立法政策上必要なんだと、こういう立法者のお考えならば、その必要性が大であれば大であるほど商号ほど強くない程度の公益法人または任意組合の名称を、一定の期間を限って使用を認めて、その後においてはその使用を制限する、こういう程度の制限も立法政策としては必ずしも妥当でないとは言えないというような議論もできょうかと思いますので、結局は違法かどうかという問題、そういうものを制限すれば違法になるかもしれない商号権のような強い権利がある、財産権尊重の見地からいって、あるいは違法というような問題も起こるかもしれませんが、それほど強い保護を受けておらないものについては、違法かどうかという問題じゃなくて、立法政策上妥当かどうかということできまるべき問題だと考えます。

発言情報

speech_id: 103414461X02919600511_021

発言者: 斎藤朔郎

speaker_id: 27497

日付: 1960-05-11

院: 参議院

会議名: 商工委員会