青木一男の発言 (日米安全保障条約等特別委員会)
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○青木一男君 共産党や社会党や総評の諸君は、前々から、米国をもって帝国主義的侵略国であり、戦争勢力の巨頭であるとし、ソ連をもって平和勢力の代表者ときめてかかっておるのであります。日教組の教師の倫理綱領などの基本思想もここから出ておるのであります。かような色めがねをかけた人々には安保条約のほんとうの姿は映らないでありましょう。日本がこの条約のために戦争に巻き込まれる危険があるかどうかということは、条約に対する賛否両論の分かれるところであります。それには、一部の人々の言うように、米国がはたして侵略戦争を起こすような国柄であるかどうか、この点を歴史上の事実に基づいて確かめてかかることが必要であると思います。いずれの国も外交辞令の上では常に平和尊重の国であります。しかし、言葉の上の平和をそのまま信用することはできません。まず過去の歴史をたどってその国の国柄と伝統を知ることが一番緊要なことと私は思います。
アメリカ合衆国建国の歴史を見ますると、国民の宗教上の自由を獲得し、民主主義を確立するとともに、母国の戦争に巻き込まれずに平和を維持したいという、自由主義、平和主義が建国の根本思想をなしております。モンロー大統領は、ヨーロッパ諸国の争いを西半球にまで及ぼすことを避けるため、米国の欧州への不干渉とともに、欧州諸国の西半球への不干渉を宣言し、米州諸国の平和維持と民主政治確立の政策をとり、これが久しき間米国の外交政策の基調をなしたことは有名なる事実であります。一九一四年第一次大戦の勃発にあたり、米国は厳正中立を守り、戦争介入を避けたのでありますが、ドイツが米国の中立国としての権利及び国家的安全を脅かしたので、一九一七年に至って民主主義のために世界から危険を除く決意を表明して参戦しました。自来米国は、連合軍の主力となって戦ったけれども、ウィルソン大統領は戰争中から—四カ条の平和原則を発表し、パリ講和会議においては、この原則に基づいて、非併合、非賠償の主義を強く主張し、みずからこれを実行しただけでなく、他の連合国にも同じような方針をとるように働きかけました。またウィルソン大統領は、戦後の世界平和機構として国際連盟を提唱し、平和条約中に採択されましたけれども、伝統的孤立主義の立場から、上院の反対により米国の参加が実視しなかったのであります。第二次世界大戦にあたっても、米国は中立を守る方針であったのであるが、日本の宣戦によって戦争に巻き込まれたのであります。米国は日本との戦争において十万人以上の戦死者と二十万人以上の戦傷者を出し、何十兆円にも当たる軍費を使い、甚大なる犠牲を払って戦ったにもかかわらず、桑港の講和会議においては、米国は日本に対し非併合、非賠償の平和原則を堅持し、みずからこれを実行しただけでなく、他の同盟国に対しても同じ方針をとることを強く働きかけたことは、われわれの記憶に新しいところであります。二度の大戦により、孤立主義が平和を維持し得ないことを体験した米国は、国際連合を設立し、国際機構により世界平和を維持することを提唱し、今日の国連を創造するに至ったことは明白であります。
かくのごとく、米国はいまだかつて自分の方から侵略戦争をしかけたようなことはありません。かえって常に世界平和の維持に率先して力をいたし、また多大の犠牲を払った戦争の終結に際し、戦勝国の権利ともいうべき賠償と領土の請求権を完全に放棄した国柄であります。従って、歴史上一インチの領土も外国から奪ったことがない国柄であります。もし米国が侵略国であるならば、かようなりっぱな態度をとり得るものでないと思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。