日米安全保障条約等特別委員会
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会
会議録情報#0
昭和三十五年六月九日(木曜日)
午後二時十一分開会
—————————————
出席者は左の通り。
委員長 草葉 隆圓君
理事
川上 清一君
西田 信一君
増原 恵吉君
吉武 恵市君
委員
青木 一男君
青柳 秀夫君
鹿島守之助君
木内 四郎君
木村篤太郎君
後藤 義隆君
笹森 順造君
杉原 荒太君
鈴木 恭一君
苫米地英俊君
永野 護君
鍋島 直紹君
野村吉三郎君
堀木 鎌三君
国務大臣
内閣総理大臣 岸 信介君
法 務 大 臣 井野 碩哉君
外 務 大 臣 藤山愛一郎君
大 蔵 大 臣 佐藤 榮作君
文 部 大 臣 松田竹千代君
農 林 大 臣 福田 赳夫君
通商産業大臣 池田 勇人君
運 輸 大 臣 楢橋 渡君
郵 政 大 臣 植竹 春彦君
労 働 大 臣 松野 頼三君
国 務 大 臣 赤城 宗徳君
国 務 大 臣 石原幹市郎君
政府委員
法制局長官 林 修三君
法制局第一部長 山内 一夫君
法制局第二部長 野木 新一君
法制局第三部長 吉國 一郎君
防衛政務次官 小幡 治和君
防衛庁防衛局長 加藤 陽三君
調達庁長官 丸山 佶君
調達庁次長 眞子 傳次君
調達庁総務部長 大石 孝章君
法務省刑事局長 竹内 壽平君
外務大臣官房審
議官 下田 武三君
外務省アメリカ
局長 森 治樹君
外務省条約局長 高橋 通敏君
外務省条約局外
務参事官 藤崎 萬里君
大蔵政務次官 前田佳都男君
文部省調査局長 田中 彰君
通商産業局通商
局長 松尾泰一郎君
運輸省鉄道監督
局長 山内 公猷君
事務局側
常任委員会専門
員 渡辺 信雄君
—————————————
本日の会議に付した案件
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約の締結につ
いて承認を求めるの件(内閣提出、
衆議院送付)
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約第六条に基
づく施設及び区域並びに日本国にお
ける合衆国軍隊の地位に関する協定
の締結について承認を求めるの件
(内閣提出、衆議院送付)
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約等の締結に
伴う関係法令の整理に関する法律案
(内閣提出、衆議院送付)
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この発言だけを見る →午後二時十一分開会
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出席者は左の通り。
委員長 草葉 隆圓君
理事
川上 清一君
西田 信一君
増原 恵吉君
吉武 恵市君
委員
青木 一男君
青柳 秀夫君
鹿島守之助君
木内 四郎君
木村篤太郎君
後藤 義隆君
笹森 順造君
杉原 荒太君
鈴木 恭一君
苫米地英俊君
永野 護君
鍋島 直紹君
野村吉三郎君
堀木 鎌三君
国務大臣
内閣総理大臣 岸 信介君
法 務 大 臣 井野 碩哉君
外 務 大 臣 藤山愛一郎君
大 蔵 大 臣 佐藤 榮作君
文 部 大 臣 松田竹千代君
農 林 大 臣 福田 赳夫君
通商産業大臣 池田 勇人君
運 輸 大 臣 楢橋 渡君
郵 政 大 臣 植竹 春彦君
労 働 大 臣 松野 頼三君
国 務 大 臣 赤城 宗徳君
国 務 大 臣 石原幹市郎君
政府委員
法制局長官 林 修三君
法制局第一部長 山内 一夫君
法制局第二部長 野木 新一君
法制局第三部長 吉國 一郎君
防衛政務次官 小幡 治和君
防衛庁防衛局長 加藤 陽三君
調達庁長官 丸山 佶君
調達庁次長 眞子 傳次君
調達庁総務部長 大石 孝章君
法務省刑事局長 竹内 壽平君
外務大臣官房審
議官 下田 武三君
外務省アメリカ
局長 森 治樹君
外務省条約局長 高橋 通敏君
外務省条約局外
務参事官 藤崎 萬里君
大蔵政務次官 前田佳都男君
文部省調査局長 田中 彰君
通商産業局通商
局長 松尾泰一郎君
運輸省鉄道監督
局長 山内 公猷君
事務局側
常任委員会専門
員 渡辺 信雄君
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本日の会議に付した案件
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約の締結につ
いて承認を求めるの件(内閣提出、
衆議院送付)
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約第六条に基
づく施設及び区域並びに日本国にお
ける合衆国軍隊の地位に関する協定
の締結について承認を求めるの件
(内閣提出、衆議院送付)
○日本国とアメリカ合衆国との間の相
互協力及び安全保障条約等の締結に
伴う関係法令の整理に関する法律案
(内閣提出、衆議院送付)
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草
草葉隆圓#1
○委員長(草葉隆圓君) ただいまから日米安全保障条約等特別委員会を開会いたします。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約の締結について承認を求めるの件、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結について承認を求めるの件、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律案、以上衆議院送付の三案件を一括して議題といたします。
前回に引き続き質疑を続行いたします。これより通告順により質疑を許します。古木一男君。
この発言だけを見る →日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約の締結について承認を求めるの件、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結について承認を求めるの件、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律案、以上衆議院送付の三案件を一括して議題といたします。
前回に引き続き質疑を続行いたします。これより通告順により質疑を許します。古木一男君。
青
青木一男#2
○青木一男君 重要法案を付託された本委員会の審議にあたり、一部委員の欠席されたことはまことに遺憾であります。この状態を避けるため、わが党の執行部は今日まで長きにわたり努力を続けてきたのであるが、その功を奏し得なかったことはまことに残念であります。安保関係諸案件は四月二十日衆議院において議決され、衆議院議長から参議院に送付されたものであります。参議院は衆議院の議決が有効か無効かなどという議論を取り上げるべき立場にないのであります。衆議院の紛糾の余波を受けて、参議院の各党各派までも出席を拒否するということは、参議院の独自性を否定するものであり、両院制度を認めた憲法の精神に背馳するものであります。ことに議案の運命を衆議院の議決の自然発効にまかせるということは、国家の完全に関する重要問題について、参議院が何らの意思表示をしなかったことを意味し、参議院の歴史に汚点を残すこととなります。われわれは他会派の審議の放棄に同調することなく、独自の立場と見識のもとに議事を進め、衆議院の審議の足らざるところを補うのがわれわれの任務であると固く信ずるものであります。
私は新安保条約についての一般質問を試みるにあたりまして、まず新条約の極東の観念につきまして、政府の見解を尋ねておきたいと思います。
極東という字句は、前文、第四条及び第六条の三カ所に出てきておりますが、この字句の意義いかんはきわめて重要な問題であり、衆議院における審議の過程においても、あらゆる角度から論議が行なわれ、国民一般の重大なる関心の的となってきたのであります。しかるに一昨日、米上院における本条約の審議に関し、種々の報道が行なわれ、国民の注意を再び本問題に引かれるに至りました。そもそも極東の範囲いかんというような、新条約の基本的問題について、日米両当事国間に万一見解の相違を生ずるようなことがあっては、それこそ重大事でありまして、この点については両国政府間に完全な意見の一致が存しなければならないと考えますが、はたしてその通りであるかどうか。念のために政府にお伺いいたします。
この発言だけを見る →私は新安保条約についての一般質問を試みるにあたりまして、まず新条約の極東の観念につきまして、政府の見解を尋ねておきたいと思います。
極東という字句は、前文、第四条及び第六条の三カ所に出てきておりますが、この字句の意義いかんはきわめて重要な問題であり、衆議院における審議の過程においても、あらゆる角度から論議が行なわれ、国民一般の重大なる関心の的となってきたのであります。しかるに一昨日、米上院における本条約の審議に関し、種々の報道が行なわれ、国民の注意を再び本問題に引かれるに至りました。そもそも極東の範囲いかんというような、新条約の基本的問題について、日米両当事国間に万一見解の相違を生ずるようなことがあっては、それこそ重大事でありまして、この点については両国政府間に完全な意見の一致が存しなければならないと考えますが、はたしてその通りであるかどうか。念のために政府にお伺いいたします。
藤
藤山愛一郎#3
○国務大臣(藤山愛一郎君) 極東の字句につきましては、今日の現行安保条約にもあるわけでありますし、新安保条約はそれを引き継いで受けておるわけでありまして、現行安保条約では特に今日まで論議が行なわれたことはなかったのであります。今回の場合に論議が行なわれたわけでありますが、しかしこの極東の問題につきましては、条約地域の問題を限定しているわけではございません。従って条約上関心を打つ地域として述べられておるのでありまして、その地域につきましては、日米両国間におきまして、交渉過程においていささかの食い違いもございません。
この発言だけを見る →青
青木一男#4
○青木一男君 岸総理は、去る二月二十六日、衆議院における本条約の審議に際し、極東の観念におけるいわゆる政府の統一見解なるものを発表されましたが、同統一見解はもちろん今日においても何ら変史のないものと考えますが、念のためにお尋ねします。
また統一見解については、当然米側においても異議を有しないものと思うが、この点についても確認を得たいと思います。
この発言だけを見る →また統一見解については、当然米側においても異議を有しないものと思うが、この点についても確認を得たいと思います。
藤
藤山愛一郎#5
○国務大臣(藤山愛一郎君) 二月二十六日愛知質問に対して総理から述べられました極東に関する統一見解というものは、今日でも政府はそれをもって政府の意見といたしておるのであります。同時に、この政府の見解というものは、アメリカ政府と食い違っておらないのでございまして、先般アメリカの公聴会におきましても、特に岸総理の議会における統一解釈を引用いたしまして、朗読をいたしまして、そうしてマンスフィールド議員の質問に対しても、アメリカはそれで満足をいたしておるということをハーター長官が説明をいたしております。
この発言だけを見る →青
青木一男#6
○青木一男君 ただいま外務大臣からアメリカ側も十分了解しておるというお答えがありましたが、しかしハー夕ー長官は、極東には関連領域も含まれるというような説明をしたと報道されておりますが、もしその通りであるとすれば、これは日本政府の見解と異なるところがあるようにも思いますが、その点はいかがですか。
この発言だけを見る →藤
藤山愛一郎#7
○国務大臣(藤山愛一郎君) ハーター長官のアメリカ議会におきます証言につきましては、まだその速記録を入手いたしてしおりませんけれども、私どもといたしましては、ハーター長官の答弁というものに、極東の領域という意味で説明されたのでなくて、ソ連から攻撃を受けたというときにおけるアメリカの行動に関する問題として、それに対処する方法として述べられたのであるということを私ども信じておるのでございますが、そういう意味で私どもの見解を発表して昨日言ったのでありますが、六月八日、昨日の夜、米国国務省は国務省声明をいたしました。その声明によりますと、次の通りでございます。「ソ連について論じた際ハーター長官は、かりにこの方面から条約区域に対して攻撃があった場合のことについて述べていた次第であって、フルブライト上院議員が、日本に対してソ連から行なわれる攻撃は、条約第五条における武力攻撃と認められるであろうという趣旨で質問したのに対して、これを肯定したものである。」こういう意味でございまして、従って、いわゆる極東の説明としてではなく、武力攻撃に対処する場合の第五条における問題として、ハーター長官が答弁をされたということでございます。
この発言だけを見る →青
青木一男#8
○青木一男君 この条約上の重要問題について、日米両国間の了解に食い違いのないことを確かめて、私も満足するものであります。
次に、国会の正常化ということについて首相にお尋ねいたします。野党が国会の審議をボイコットすれば、国会は正常でなくなるから、与党が単独に審議してはならない、与党が譲歩して野党の出席を問わなければ国会が開けないということでは、国会の指導権は、少数党たる野党が握ることになります。出席拒否、審議権放棄くらい、簡単にして容易な少数党の抵抗はありません。この容易な抵抗方法が、社会的に容認され、政治的効果を奏するということになりますと、重大案件ごとに少数党たる野党が指導権を握ることになり、選挙で多数を争った意味がなくなりまして、議会制度の本質と相容れない結果となることをおそれるものでありますが、首相の見解を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →次に、国会の正常化ということについて首相にお尋ねいたします。野党が国会の審議をボイコットすれば、国会は正常でなくなるから、与党が単独に審議してはならない、与党が譲歩して野党の出席を問わなければ国会が開けないということでは、国会の指導権は、少数党たる野党が握ることになります。出席拒否、審議権放棄くらい、簡単にして容易な少数党の抵抗はありません。この容易な抵抗方法が、社会的に容認され、政治的効果を奏するということになりますと、重大案件ごとに少数党たる野党が指導権を握ることになり、選挙で多数を争った意味がなくなりまして、議会制度の本質と相容れない結果となることをおそれるものでありますが、首相の見解を伺いたいと思います。
岸
岸信介#9
○国務大臣(岸信介君) 国会の正常化の問題でございますが、言うまでもなく、国会は、国民の自由にして公正な選挙によって選ばれた議員が、国民にかわって国政を審議するところであります。しかして民主政治の形態といたしまして、どこにおきましても、いわゆる政党政治という形態をとっておりますため、いわゆる政権を担当する与党と、これに反対する野党その他の政党が出てくるということは当然であります。従って、近代民主政治におきましても、実際の選挙は、政党を中心として、各議員が国民の支持を受けるという形において行なわれております。そうしてこれらの議員が、また各政党が、国会においてその審議を尽くしおのおのの主張を国民の前に明らかにして、そうして、審議の結果は多数決によって決定されるということが、言うまでもなく国会政治の基本でございます。もちろん野党は少数党でございますから、いろいろ自分たちの主張を通す意味において、また通らないというような場合において、議事妨害であるとか、あるいは審議の手続においていろいろな問題を起こしておるということも、名国の事例にもあることであります。しかしそれは、あくまでも国会法その他の法律あるいは慣例において許されておる範囲内の、ルール内の問題に限られなければならないことは、言うを待たないのです。しかるに、最近少数党が、自分たちの主張と逢う案件の審議に参加しない、参加を拒否するということは、私は、国民から負託されておるところの重大な国政を審議しなければならない権利を放棄するもので、審議権の放棄の結果、いろいろな問題を起こしておる最近の現状というものは、健全な議会政治を発達せしめる上からいって、はなはだ私は嘆かわしい問題だと思います。もちろん、今、青木委員の御質問にありましたように、もしも少数党か、自分たちの主張が通らないという見通しのもとに審議権を放棄すれば、一切、国会の機能が停止するということになっては、選挙において多数をとり、また、多数の国民の意思を代表しておるという、この多数党の意義はなくなることであります。また、それが根本的に国会制度そのものを否認し、破壊するという結果になることを私は憂えるのであります。従って、この間の当然の事理でございますが、民主政治の意義から申しますというとまるで第一歩であるというようなわかり切った事柄を、十分に野党もこれに対して反省し、またそれの認識の上に、あくまでも国会におきまして審議権を放棄するというような異常な状態を生ぜしめないように、私は努めなければならぬものだと、かように考えております。
この発言だけを見る →青
青木一男#10
○青木一男君 首相はわが党の総裁として、今後国会の正常化について野党首脳者と話し合うことが予想されます。私もその成功を望むものでありますが、その場合、国会正常化の第一歩は、何としても暴力行為の排除でなくてはならぬと思います。暴力は民主主義の敵として、社会生活のあらゆる面から追放すべきでありますが、特に言論の府における暴力は、無条件に排除さるべきであります。これなくして百万言の申し合わせをするといえども、国会の正常化はあり得ないと思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。従来、新聞などの論調で、野党の暴力も悪いが与党の方も悪いというような、相打ち式とか、けんか両成敗式の論評を加えておる場合が多いのでありますが、これでは暴力の根絶はむずかしいと思います。暴力は無条件に否定さるべきものであると思いますが、この点もあわせて御見解を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →岸
岸信介#11
○国務大臣(岸信介君) 過去におきまして数回、野党の集団的暴力のもとに議事が連行できず、いわゆる国会が不正常な状態に陥ったことがございます。そのたびごとに党首の会談が行なわれ、将来に対してこういうことを繰り返さないように話し合いをし、申し合わせをしてきたことも御承知の通りであります。私は、それぞれ与党といわず野党といわず、責任ある政党として、国会の正常化について、適当な時機において、話し合いによってこれを正常化するという努力をすべきことは当然であると思っております。しかし、過去の経験にかんがみましても、今、青木委員の御指摘のように、一切の暴力というものを国会内から排除するということが確保されない限り、真の国会の正常化というものはできないと思う。私、どういう意味においても、暴力というものは、言論の府である国会、国政を審議すべき国会において、いかなる形においても、いかなる意味においても、これを根絶し、そういうものを一切排除するという基本が成立しない限りにおいては、将来においてもまた繰り返すところのおそれがあると心います。もちろん民主政治の運営にあたりましては、よくいわれることでありますが、お互いに寛容の精神を持つということが必要であるということがいわれております。私は、国会は言論の府であり、国政審議の場であるが、同時に話し合いの場でもなければならぬと思います。決してからだを張って相争うところの場であってはならぬ。こういう意味において、われわれとしても、寛容の精神でもって事に当たるところの考え方を持つことが必要であることはもちろんであります。しかし、暴力を否定する、暴力をなくするという場合において、この暴力は絶対に悪いが、同時にこれの反対が云々というふうに、暴力と並べて、多数党の横暴であるとか、あるいは多数党の議事の強行された姿が云々という議論をされることは、私は先ほど来申すように、根本的にその本質的な違いをここではっきり国民も認識しなければいかぬと思います。過去においてわれわれは、議会政治にも関連がありますが、あるいは五・一五とか二・二六とかいうような、われわれとしては不幸な、遺憾な事態があったのでありますが、そういう場合においても、ややともすると、暴力は否認するけれども、その動機においては問情すべきことがあるとか、あるいは、それを誘発したことは云々というふうにして、暴力を排除するということに対するはっきりした認識がないために、日本が過去において異常な困難に陥ったということも考えてみますと、将来の真に正常な国会の審議権を樹立するためには暴力はいかなるものも言論の府から切無条件にいけないのだという、こういう考え方を確立する必要があると、かように思います。
この発言だけを見る →青
青木一男#12
○青木一男君 岸首相のただいまの御見解には私も同感であります。
次に、私は衆議院における会則延長と、安保条約議決の効力とその妥当性について、首相にお尋ねいたします。野党の諸君は、衆議院における会期延長の議決と安保関係者案件の議決の無効を主張しております。その理由は、議長が警察官を入れたこと、与党議員だけで単独に採決した点をあげているのであります。野党の諸君が、法律論として無効を主張しておるのか、政治論としてその妥当性を否認しておるのか、必ずしも明瞭でありませんが、両者は厳然たる区別がなければなりません。政治には妥協はありますが、法律の解釈には妥協がないからであります。野党の諸君のあげているような理由は、政治的に妥当かどうかということの議論の根拠にはなり得ましても、有効無効の法律説には私は関係ないと思うものであります。参議院としましては、衆議院議長の通告ないしは議案の送付により、衆議院の議決の有効に成立したことを認めているわけでありますが、また、これ以外に方法はないのでありますが、客観的に見ましても、国会法その他の規定に照らし、あの場合の採決はすべて適法であり、何ら疑義を差しはさむ余地がなかったと思われるのでありますが、首相はどういうふうに見ておられるか、伺いたいと思います。
この発言だけを見る →次に、私は衆議院における会則延長と、安保条約議決の効力とその妥当性について、首相にお尋ねいたします。野党の諸君は、衆議院における会期延長の議決と安保関係者案件の議決の無効を主張しております。その理由は、議長が警察官を入れたこと、与党議員だけで単独に採決した点をあげているのであります。野党の諸君が、法律論として無効を主張しておるのか、政治論としてその妥当性を否認しておるのか、必ずしも明瞭でありませんが、両者は厳然たる区別がなければなりません。政治には妥協はありますが、法律の解釈には妥協がないからであります。野党の諸君のあげているような理由は、政治的に妥当かどうかということの議論の根拠にはなり得ましても、有効無効の法律説には私は関係ないと思うものであります。参議院としましては、衆議院議長の通告ないしは議案の送付により、衆議院の議決の有効に成立したことを認めているわけでありますが、また、これ以外に方法はないのでありますが、客観的に見ましても、国会法その他の規定に照らし、あの場合の採決はすべて適法であり、何ら疑義を差しはさむ余地がなかったと思われるのでありますが、首相はどういうふうに見ておられるか、伺いたいと思います。
岸
岸信介#13
○国務大臣(岸信介君) 十九日から二十日にかけまして、いわゆる会期の延長に関する議決と、並びにこの安保条約関係諸案の採決と、両方が行なわれたわけであります。私は、両方とも適法に行なわれたと考えております。警官を導入した云々ということがずいぶん誤り伝えられておりますが、一部には、警官を入れて、はなはだしきに至っては、社会党その他野党の議場に入ることを阻止して、自民党だけで単独採決したというふうな誤った宣伝もあるやに聞いておりますが、これは全然違っております。議長が国会内におけるところの秩序を維持するために、第一にとるべきものは、監視によって秩序を保つ。しかし、それがどうしてもできない場合において、警察官を入れて秩序を保つということは、これは議長に与えられている権限でございます。当日の状況は、議場の問題ではなしに、議場以外における、廊下に野党の諸君がすわり込んで議長を監禁した。この状態を脱出するために、廊下をあけるために、警官を入れてこの秩序を整理したというのが、当日の状況でございます。従って、この事柄は、何らの違法もなければ、私はそのこと自体には不穏当であるとか妥当性を欠いているというような問題もないと思います。そうして、国会においては、議長は幾たびかそういう事態をなくするための放送をしたり、あるいは各党に呼びかけて国会に入ることを止めたり、そうして予鈴を鳴らし、木鈴を鳴らして、議場に会議が開かれたわけであります。その場合において、野党の諸君が議決権を放棄して議場に入らなかった。これが事態てございます。先ほど来御質問がありましたように、野党が審議権を放棄した場合においては、多数党たる与党は何ら審議権がないのかということは、私は間違いであって、やはりその場合において、野党が審議権を放棄した場合において、やむを得ない場合においては、与党だけで審議するということ、議決するということもあり得ると思います。それから、安保関係諸案につきましては、すでに衆議院の特別委員会におきまして百余日、百数十時間の、いまだ例を見ない長い審議期間をかけてあらゆる点から審議がされ、もはや質問がないとして質疑が打ち切られ、これが採決されたもので、それがこの本会議の方へ委員会から報告され、この方に回されている、これをどういうふうに採決するかということは、議運その他本会議においてきめるべき問題でございます。しこうして、こういう重要案件につきましては、委員会の議決を経たものは、なるべく早く本会議においてこれを決定して、そして参議院に送るべきものは送るというのが従来からの慣例であります。予算案等につきましては、まさにその通りの扱いがせられております。こういう意味において、この両案が、まず会期延長が議決され、続いて本案が議決されたということにつきましては、法律的の意味からいきまして何らの私は手落ちもない問題であって、効力については何ら差しつかえのない、疑義を持つ余地のない問題である。先ほど申したように、警官を入れたことが不穏当であるというようなことは、当日の状況から見るということ、まことにやむを得なかった、議長としては当然の処置であったと私は考ております。
この発言だけを見る →青
青木一男#14
○青木一男君 ただいま岸首相がお述べになりました、議長が警察官を入れたということ、これは世間でも相当重く見ている事件であります。私は、清瀬成長の手記を読んだのでありますが、清瀬議長は、この問題について十分細心の注意を払っておられるようであります。議長は、出身政党からの制肘を防ぐために、あらかじめ副議長とともに党席離脱の手続をとられております。また、五月十七日には、三党の党員を招いて、重大案件の審議に際し、秩序を重んじ、国会の品位を保持し、国民の国会に対する信頼を高めるようにという懇請をいたしております。五月十九日、自民党から会期延長の申し出を受けてから、常任委員長会議の開催、議院運営委員会の諮問等、すべて成規の手続を正しく履行せられております。ところが、同日夕刻に至り、議長室から本会議場に通ずる廊下は、社会党議員や秘書などのすわり込みで占拠され、議長の何回となき放送警告にもかかわらず、九時ごろには社会党議員団の火力行使はいよいよ激しくなり、議長次室を占拠し、議長室にかぎをかけて、机、いすを積んでバリケードを作り、議長を室内に完全に監禁したのであります。議長は、院内のこの状態では、最後の決意をし、警察力の使用を考えさるを得ないから、沈静に帰するように何回となく放送警告したのでありますけれども、何らの効を奏しなかった。そこで、九時半、内閣に警官五百名の派遣を要請した。この要請は、私一人の責任で決断したと述べておられます。そうして議長は、さらに放送によって、議長室の包囲を解き、議場に着席することを許すならば、警察隊に帰ってもらうからと訴えましたけれども、依然効果なく、やむなく十時五十五分警察官を院内に入れ、妨害の排除を命じたと議長は語っておられます。私は、参議院における野党の暴力による議事妨害や警察官使用の実際を経験しているものでありますが、単なるすわり込みだけでなく、入口を閉鎖し、ドアを破壊しなければ議長が部屋から出られないという状態にまで議長を監禁状態に陥れたという事例を知らないのであります。これでは、明らかに刑法第二百二十条の不法監禁罪を構成するものであります。また、参議院の先年の実例においては、警察官が姿を現わしたことによって、野党は一切の暴力行為を停止したのでありますが、清瀬議長の述べるところによりますと、警察官が議長室と議場入口の門のわずか数メートルの道を開くのに、十一時七分から十一時四十七分までかかり、その間、怒声、罵声こもごも起こり、労働歌を高唱し、身辺の危険を感じたとありますから、警察官の職務執行に対し頑強なる抵抗の行なわれたことを物語っているのであります。そうして四十分間の警察官の実力行使により、議長室東側ドアが少しあいたので、自民党議員に守られて議場に入ったけれども、その入場を阻止する野党議員の妨害にあって議長は左足に重傷を負うに至ったのであります。警察官の公務執行にも反抗を示すのでありますから、野党議員の暴力行為の質とその程度を知るべきであります。民主主義国では、どこの国でも神聖視されておる議長の職務の執行を暴力によって妨害する行為のごときは、議会政治の反逆として無条件に非難されなければなりません。議長は当時の心境について、こう語っておられます。「私は、一方、暴力の行使によって国権の最高機関が開会できないということは、国会が暴力によりじゅうりんされたことになり、また議員同士が相争うて血を流すようなことがあっては取り返しがつかないので、断腸の思いで意を決して警察官を入れた。」と述べておられますが、私はこの清瀬議長の心境をそのまま全国民に知らせる必要があると思います。国会の機能が暴力によって麻痺するということは議会政治の終幕を意味するから、議長が敢然として暴力に屈しなかった見識と勇気に満腔の敬意を表するものでありますが、清瀬議長のとられた措置に対する首相の感想を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →岸
岸信介#15
○国務大臣(岸信介君) 清瀬議長は言うまでもなく多年国会に議席を持っており、日本の国会成立のために尽くしてこられた人であります。この今回のとられました処置及び議長の心境については、今、青木委員がお読みになりました議長の手記に明らかでございます。私はこの議長の心境として、国会は決してからだを張って争うとろこであってはならない。従来、ややともすると、一方の党の暴力に対しては他の党がやはり肉体の力をもってこれに対抗して、そうして衝突するという事態が繰り返されておって、はなはだしきに至っては、そういう事態が予測される場合に、議員が家を出るのに水さかずきをして出てくるということを聞くが、かくのごときことは、国会政治の上、民主政治の上からいって評すべきことではない、国会のこの秩序を保つということは、何と言っても根本には議員の良識にまって、そうしてその職責、その任務というものを考え、議会の使命を考えて行動すべきことは当然であるが、しかし、不幸にしてこの秩序が保てぬという場合においては、法の許すところによって、衛視またはやむを得ない場合においては警官でもって秩序を維持する、議員がからだを張ってみずから自衛行為によって秩序を維持するというようなことは今後国会からなくしなければならない。そうしなければ真の議会政治は確立できないということは、議長の真の心境であったように私も聞いております。私は日本の国会政治の現状から見て、議長が長年国会に経験を持ち、議員として一般の尊敬を受けておる老議長がこういう心境になられたということにつきましては、まことにわれわれ国会に席を待つ議員の一人としても考えようによっては恥ずかしいことであり、また議長のその心持ちに対しては、十分に一つ反省をして、将来こういう事態をなくするようにしなければならない。かように考えておるわけでありまして、まことに議長の心境につきましては私どもも同感を禁じ得ないところでございます。
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青木一男#16
○青木一男君 次に、会期延長についで、与党だけで安保関係の議案を可決したことは、法律的に何らの疑義をとどめていないということは、先ほど首相からお話の通りだと思います。ただ政治的に妥当であるかどうかということが今日一番問題になっておる点であります。首相は新聞記者との会見において、この点は自分の責任であると述べておられますが、当時ああいう形で議事を進めねばならなかった事情について、首相から率直なるお話を伺いたいと思います。その前に一応私の見るところを述べて、それに対する首相の考えも伺いたいと思います。
衆議院の安保委員会では二月から四月にわたって審議を行なっております。そのほかに予算委員会における野党の質問も大部分を安保条約の問題に集中しておったようであります。あと参議院の審議を残しておることを考えますと、衆議院としては、あの程度の審議で結論をつけるのを妥当と考えたのは当然であると私も思います。社会党は当初から安保は絶対に通さない、合法、非合法のあらゆる手段を尽くして法案の通過を阻止するという、固い決意のもとに今国会に臨んだことは、公知の事実であります。ここに非合法手段に訴えても阻止するという点に留意を要するのであります。従って、あのあと何ヵ月の審議期間を与えたとて、社会党は満足するものでなく、審議日程の協議に応ぜず、委員会の質疑打ち切りに反対し、委員会及び本会議の採決を実力をもって阻止するという方針であったことは明白であります。そうして実力阻止が警察官の出勤などによって成功しなかった場合には審議をボイコットするということは、やはり当初から一貫した方針であったのであります。民社党は一時審議日程についてゆとりのある態度をとるかにみえたのでありますが、結局、社会党と同一行動をとるようになったのであります。今回の衆議院の安保の採決の妥当か否かを正しく判断するには、まずもってこの社会党の一貫した方針を頭に入れておいて考えねばならないと思います。そうして、もし社会党の主張に屈し、いつまでも質問を継続したならば、国会は無事に済んだかもしれませんが、安保は不成立となったでありましょう。安保反対論者はそれで満足したであろうし、また、初めからそれをねらったのであります。けれども、安保賛成論者、ことに選挙において自民党を支持した絶対多数の国民は、政府と与党のだらしなさを憤激し、内外に信を失墜したでありましょう。政府与党が今国会で安保は通すという既定方針をとらんがためには、一度は社会党の暴力の抵抗を排して、質疑打ち切り、単独採決という経過をたどらざるを得なかったことは、当初から明白であったと言わねばなりません。多くの人の言うように、十九日には会期延長だけを行ない、日を改めて安保の採決をすべきであったという議論は一応首肯できるのであります。しかし、延長だけをきめたあとの国会はどうなったでありましようか。社会党は今回と同じように延長を認めないとして審議を拒否したかもしれません。その場合はやはり単独審議となるのであります。あるいは野党は審議に参加したかもしれませんが、その場合には依然として、質疑打ち切り反対、採決反対に挙党からだを張って委員室や議場の占拠、議長の監禁等、あらゆる暴力に訴えて法案の通過を阻止したでありましょう。このことは社会党の前々から公言した方針に徴して明瞭であります。従って、政府及び自民党が野党の暴力に屈して、本案を断念するか、さもなければ、もう一度警官を入れて暴力を排除し、単独採決を断行するほかなかったことは容易に想像し得ることであります。もし暴力の排除のための警官の導入ということが簡単に行なうことができ、世論もこれを是認するならば、議長も自民党も暁の国会に強行するという非常手段をとらずに、日を改めて堂々と採決したでありましょう。しかし、警察官を国会に入れるということは、清瀬議長が大いにちゅうちょしたごとく、非常の措置であって、そうたびたび行なうべきものではありません。従って、かような非常な措置を再び講じないがために、あの場合、どの道避けがたいと認められた単独採決を行なったのは、好ましくはないが、万やむを得ざる手段であったと私は思います。
この点は、今日反対論の一番の根拠をなしている点でありますから、首相から、当時のああいう措置のやむを得なかった事情を、本委員会を通じて、広く国民にお話をいただきたいと思います。安保反対論者は、首相がいかに真実を語られても、聞こうとはしないかもしれません。また納得しないでありましょう。しかし、国民の中には、安保に賛成しつつも、あの採決方式に釈然としないものが相当多いと思います。首相としては、少なくもそういう人々には懇切に説明をして、理解を求める責任があると、私は思うのであります。
この発言だけを見る →衆議院の安保委員会では二月から四月にわたって審議を行なっております。そのほかに予算委員会における野党の質問も大部分を安保条約の問題に集中しておったようであります。あと参議院の審議を残しておることを考えますと、衆議院としては、あの程度の審議で結論をつけるのを妥当と考えたのは当然であると私も思います。社会党は当初から安保は絶対に通さない、合法、非合法のあらゆる手段を尽くして法案の通過を阻止するという、固い決意のもとに今国会に臨んだことは、公知の事実であります。ここに非合法手段に訴えても阻止するという点に留意を要するのであります。従って、あのあと何ヵ月の審議期間を与えたとて、社会党は満足するものでなく、審議日程の協議に応ぜず、委員会の質疑打ち切りに反対し、委員会及び本会議の採決を実力をもって阻止するという方針であったことは明白であります。そうして実力阻止が警察官の出勤などによって成功しなかった場合には審議をボイコットするということは、やはり当初から一貫した方針であったのであります。民社党は一時審議日程についてゆとりのある態度をとるかにみえたのでありますが、結局、社会党と同一行動をとるようになったのであります。今回の衆議院の安保の採決の妥当か否かを正しく判断するには、まずもってこの社会党の一貫した方針を頭に入れておいて考えねばならないと思います。そうして、もし社会党の主張に屈し、いつまでも質問を継続したならば、国会は無事に済んだかもしれませんが、安保は不成立となったでありましょう。安保反対論者はそれで満足したであろうし、また、初めからそれをねらったのであります。けれども、安保賛成論者、ことに選挙において自民党を支持した絶対多数の国民は、政府と与党のだらしなさを憤激し、内外に信を失墜したでありましょう。政府与党が今国会で安保は通すという既定方針をとらんがためには、一度は社会党の暴力の抵抗を排して、質疑打ち切り、単独採決という経過をたどらざるを得なかったことは、当初から明白であったと言わねばなりません。多くの人の言うように、十九日には会期延長だけを行ない、日を改めて安保の採決をすべきであったという議論は一応首肯できるのであります。しかし、延長だけをきめたあとの国会はどうなったでありましようか。社会党は今回と同じように延長を認めないとして審議を拒否したかもしれません。その場合はやはり単独審議となるのであります。あるいは野党は審議に参加したかもしれませんが、その場合には依然として、質疑打ち切り反対、採決反対に挙党からだを張って委員室や議場の占拠、議長の監禁等、あらゆる暴力に訴えて法案の通過を阻止したでありましょう。このことは社会党の前々から公言した方針に徴して明瞭であります。従って、政府及び自民党が野党の暴力に屈して、本案を断念するか、さもなければ、もう一度警官を入れて暴力を排除し、単独採決を断行するほかなかったことは容易に想像し得ることであります。もし暴力の排除のための警官の導入ということが簡単に行なうことができ、世論もこれを是認するならば、議長も自民党も暁の国会に強行するという非常手段をとらずに、日を改めて堂々と採決したでありましょう。しかし、警察官を国会に入れるということは、清瀬議長が大いにちゅうちょしたごとく、非常の措置であって、そうたびたび行なうべきものではありません。従って、かような非常な措置を再び講じないがために、あの場合、どの道避けがたいと認められた単独採決を行なったのは、好ましくはないが、万やむを得ざる手段であったと私は思います。
この点は、今日反対論の一番の根拠をなしている点でありますから、首相から、当時のああいう措置のやむを得なかった事情を、本委員会を通じて、広く国民にお話をいただきたいと思います。安保反対論者は、首相がいかに真実を語られても、聞こうとはしないかもしれません。また納得しないでありましょう。しかし、国民の中には、安保に賛成しつつも、あの採決方式に釈然としないものが相当多いと思います。首相としては、少なくもそういう人々には懇切に説明をして、理解を求める責任があると、私は思うのであります。
岸
岸信介#17
○国務大臣(岸信介君) 十九日から二十日にかけまして——正確に言えば、二十日の未明に会期延長されたのちにおいて安保に関する採決をいかなる意味においてやったかという点でございます。この点に関して世論の中におきましても、疑問を持つ者が少なくないことも御指摘の通りであります。特に会期延長というものは、慎重審議の期間を持っために会期を延長したのじゃないか。そうするというと、慎重審議のために会期が延長された以上は、これに対して慎重審議を重ねて、他日に本案の採決をしたならばいいじゃないかというのが、常識的の世論の根拠になっております。これを一挙にやったことは、あまりに強行すぎたじゃないか。法律的には有効であろうけれども、実際に妥当を欠いておる。われわれがどうも納得できないところであるというのが、その考え方であります。
この二つの案件を本会議においてどういうふうに扱うかという問題と、それからその前提となる本案を委員会においてどういうふうに扱うかという問題があるわけであります。先ほどもお答え申し上げたように、この問題に関しての審議は、特別委員会における審議だけでも百余日、百数十時間をかけての審議で、ほとんどいまだかつてない未曽有の審議が続いている。しかして、その内容を見まするというと、同じ質問が繰り返されておるにすぎなくて、名を慎重審議にかって、事実は審議を引き延ばして、そうして与党の望むような安保条約の成立を阻止するという一つの戦術として慎重審議が言われておったというような、委員会における審議状況であったことは、これは委員その他関係する人たちがひとしく認めている事態でございます。従って、すでに質疑の打ち切りの前日あたりから、野党の質問は、いろいろの計画があるようにも伝えられておりますけれども、事実上質問が打ち切りにふさわしいような事態が数回現われておったというのが現状でございます。そこで、当日これの打ち切りをし、そうして採決をしたということは、委員会としては、私は当然の処置であったと思います。しこうして、その際にある種の混乱があったことも事実であります。これは、しかしながら、社会党が従来自分たちの意見の違う案に対して、その採決について常にとっておるところの行動と同一であるにすぎなかったのでございます。しからば、これを本会議においてどうして同時に決定したかという問題につきましては、当日、議長は、この二つの案件について、まず会期の延長を各党が、内府に反対するか賛成するかは別として、正常に本会議を開いてこれの議決をするならば、本案の採決は他日に延ばそうと、これを分離しようという提案をされたのであります。わが自民党におきましては、これに同意をいたしました。しかし、野党はついにそれを同意しなかった。すなわち、一方において、慎重審議を唱えながら、慎重審議に必要な会期の延長にすら、身をもっても、暴力をもっても、これを阻止するというのが野党の意思であって、決して慎重審議を尽くすという意思のないことは、これをもっても明瞭であった、当時においては……。
それからさらに、この安保条約に対する最初から野党の考えは、先ほど青木委員の御指摘のように、これはいろいろな機会において公然と、いかなることがあっても、合法、引合法を問わずこれを阻止するのだということは、あらゆる機会において公言されておったことでございます。そうしてその一部がこれらの状況に現われたということは、事実上きわめて明らかであります。しかして、当品の状況を見まして、慎重審議をする根低となる会期延長に、あれほどの妨害、先ほど来のお話のような、不当なる、不法なる行為でもってこれが妨げられ、国会政治としては望ましくない警官を導入して、秩序を維持し、廊下をあけなければならぬというふうな事態が生じて、そうして、しかも、議長はなおその上にけがをするというような事態すら、いまだかつてない事態すら起こっておる。こういう事態のもとにおいて、そうして野党の意思ははっきりしておる。慎重審議する意思もないし、また実質的に言って、慎重審議ということはただ議事の引き延ばしにすぎないということが事実上の審議において明らかになっておるという状況のもとに、また将来、本案を別に審議採決しても、必ず同様な方法によってこれを阻止するだろうということがきわめて明瞭な見通しがつき、その場合においては再び警官を入れるのでなければ本案の採決ができないであろうということは、あのときの状況から見るというとだれもが当然それであろう。そうして警官を入れるということは、これはやむを得ぬ手段ではあるけれども、今、青木委員のお話のように、たび重ねてこれをやることは決して望ましいことではない。こういう見地から考えますというと、どうしてもこれを成立させよう、私は、成立させることが国のためであり、国民のためであるという信念に立つ与党としては、あの状況において、また野党の意思がかくのごとく明瞭なる場合におきまして、これを同時に採決して、そうしてそういう事態を繰り返すことがないように、警官を入れるということを繰り返すことのないように処置するということは、当時の状況からいってはまことにやむを得なかったことである。かように考えます。
この発言だけを見る →この二つの案件を本会議においてどういうふうに扱うかという問題と、それからその前提となる本案を委員会においてどういうふうに扱うかという問題があるわけであります。先ほどもお答え申し上げたように、この問題に関しての審議は、特別委員会における審議だけでも百余日、百数十時間をかけての審議で、ほとんどいまだかつてない未曽有の審議が続いている。しかして、その内容を見まするというと、同じ質問が繰り返されておるにすぎなくて、名を慎重審議にかって、事実は審議を引き延ばして、そうして与党の望むような安保条約の成立を阻止するという一つの戦術として慎重審議が言われておったというような、委員会における審議状況であったことは、これは委員その他関係する人たちがひとしく認めている事態でございます。従って、すでに質疑の打ち切りの前日あたりから、野党の質問は、いろいろの計画があるようにも伝えられておりますけれども、事実上質問が打ち切りにふさわしいような事態が数回現われておったというのが現状でございます。そこで、当日これの打ち切りをし、そうして採決をしたということは、委員会としては、私は当然の処置であったと思います。しこうして、その際にある種の混乱があったことも事実であります。これは、しかしながら、社会党が従来自分たちの意見の違う案に対して、その採決について常にとっておるところの行動と同一であるにすぎなかったのでございます。しからば、これを本会議においてどうして同時に決定したかという問題につきましては、当日、議長は、この二つの案件について、まず会期の延長を各党が、内府に反対するか賛成するかは別として、正常に本会議を開いてこれの議決をするならば、本案の採決は他日に延ばそうと、これを分離しようという提案をされたのであります。わが自民党におきましては、これに同意をいたしました。しかし、野党はついにそれを同意しなかった。すなわち、一方において、慎重審議を唱えながら、慎重審議に必要な会期の延長にすら、身をもっても、暴力をもっても、これを阻止するというのが野党の意思であって、決して慎重審議を尽くすという意思のないことは、これをもっても明瞭であった、当時においては……。
それからさらに、この安保条約に対する最初から野党の考えは、先ほど青木委員の御指摘のように、これはいろいろな機会において公然と、いかなることがあっても、合法、引合法を問わずこれを阻止するのだということは、あらゆる機会において公言されておったことでございます。そうしてその一部がこれらの状況に現われたということは、事実上きわめて明らかであります。しかして、当品の状況を見まして、慎重審議をする根低となる会期延長に、あれほどの妨害、先ほど来のお話のような、不当なる、不法なる行為でもってこれが妨げられ、国会政治としては望ましくない警官を導入して、秩序を維持し、廊下をあけなければならぬというふうな事態が生じて、そうして、しかも、議長はなおその上にけがをするというような事態すら、いまだかつてない事態すら起こっておる。こういう事態のもとにおいて、そうして野党の意思ははっきりしておる。慎重審議する意思もないし、また実質的に言って、慎重審議ということはただ議事の引き延ばしにすぎないということが事実上の審議において明らかになっておるという状況のもとに、また将来、本案を別に審議採決しても、必ず同様な方法によってこれを阻止するだろうということがきわめて明瞭な見通しがつき、その場合においては再び警官を入れるのでなければ本案の採決ができないであろうということは、あのときの状況から見るというとだれもが当然それであろう。そうして警官を入れるということは、これはやむを得ぬ手段ではあるけれども、今、青木委員のお話のように、たび重ねてこれをやることは決して望ましいことではない。こういう見地から考えますというと、どうしてもこれを成立させよう、私は、成立させることが国のためであり、国民のためであるという信念に立つ与党としては、あの状況において、また野党の意思がかくのごとく明瞭なる場合におきまして、これを同時に採決して、そうしてそういう事態を繰り返すことがないように、警官を入れるということを繰り返すことのないように処置するということは、当時の状況からいってはまことにやむを得なかったことである。かように考えます。
青
青木一男#18
○青木一男君 私も、当時の事情は、ただいま首相のお述べになった通りだと思います。
次に、私は衆議院の解放の問題について首相にお尋ねします。社会党と民社党とは、今や国会の審議を放擲して、院外活動によって岸内閣の退陣と衆議院の解散を迫っております。首相は新聞記者団との会見において、総辞職は無条件に否定されておりますが、衆議院の解散については、一応理論上肯定しつつも、今はその時期でないと述べたと伝えられております。この点について明白なる首相のお考えを承わりたいと思います。
今提案されておる条約案と現行条約とを比較すると、日米対等の立場が認められたこと、米国の日本防衛の義務を明確化したことなど、幾多の点において著しく改善されており、社会党首脳部の諸君がかつて主張した改正論の要旨は、全部漏れなく新条約案に盛り込まれておるのであります。ところが、いかなる風の吹き回しか、社会党の諸君は今ではかつての改正の主張を忘れたるもののごとくに安保体制そのものに反対し、解散によって民意に問えと主張しておるのであります。しかし今度の改正案を葬ると、社会党の諸君がかつて不平等条約であるとして非難した現行条約が永久に存続することとなるのでありますが、社会党の諸君はこの矛盾をどう解決しようとするのでありましょうか。
現行安保条約は実施以来すでに八年を経過し、わが国は安保体制を土台として安定し、岸業、経済は発展し、国民の生活は豊かとなって今日に至ったのであります。この八年間に、衆議院の総選挙四回、参議院選挙が二回行なわれております。これらの選挙における各党のスローガンを比較してみますると、内政問題ことに経済政策や社会政策の面では、与野党間載然たる相違もなく、両者の政策上の対立は外交政策と防衛問題に集約されていた観があったのであります。すなわち、わが党の日米安保条約を中核として国家の防衛と安全をはかる方針を堅持してきているのに対し、社会党は安保体制に反対し、中立主義を強く打ち出して、選挙場裏でも深刻なる対立を示したのであります。しかして、六回に及ぶ衆議院、参議院の総選挙及びその後の補欠選挙で、わが党は常に圧倒的大勝を博しておるのだからして、国民の圧倒的多数は、安保体制と安保体制を土台とする平和と繁栄の政策に賛成しておるものと見るべきであります。しかして、今回の改正案はわが国の立場から見て一段と改善を加えておるのでありますから、国民の大多数はこれに賛成であると見るのは常識であります。政府が本条約に調印したのは右のような認識に立つものと思いますが、首相の見解を伺いたいのであります。また条約の調印前ならばとにかく、すでに調印を済ませ、また衆議院を通過した現段階において、衆議院を解散して民意に問うなどということは、政治上の常識として考え得られないことと思いますが、首相の見解をあわせて伺いたいと思います。
この発言だけを見る →次に、私は衆議院の解放の問題について首相にお尋ねします。社会党と民社党とは、今や国会の審議を放擲して、院外活動によって岸内閣の退陣と衆議院の解散を迫っております。首相は新聞記者団との会見において、総辞職は無条件に否定されておりますが、衆議院の解散については、一応理論上肯定しつつも、今はその時期でないと述べたと伝えられております。この点について明白なる首相のお考えを承わりたいと思います。
今提案されておる条約案と現行条約とを比較すると、日米対等の立場が認められたこと、米国の日本防衛の義務を明確化したことなど、幾多の点において著しく改善されており、社会党首脳部の諸君がかつて主張した改正論の要旨は、全部漏れなく新条約案に盛り込まれておるのであります。ところが、いかなる風の吹き回しか、社会党の諸君は今ではかつての改正の主張を忘れたるもののごとくに安保体制そのものに反対し、解散によって民意に問えと主張しておるのであります。しかし今度の改正案を葬ると、社会党の諸君がかつて不平等条約であるとして非難した現行条約が永久に存続することとなるのでありますが、社会党の諸君はこの矛盾をどう解決しようとするのでありましょうか。
現行安保条約は実施以来すでに八年を経過し、わが国は安保体制を土台として安定し、岸業、経済は発展し、国民の生活は豊かとなって今日に至ったのであります。この八年間に、衆議院の総選挙四回、参議院選挙が二回行なわれております。これらの選挙における各党のスローガンを比較してみますると、内政問題ことに経済政策や社会政策の面では、与野党間載然たる相違もなく、両者の政策上の対立は外交政策と防衛問題に集約されていた観があったのであります。すなわち、わが党の日米安保条約を中核として国家の防衛と安全をはかる方針を堅持してきているのに対し、社会党は安保体制に反対し、中立主義を強く打ち出して、選挙場裏でも深刻なる対立を示したのであります。しかして、六回に及ぶ衆議院、参議院の総選挙及びその後の補欠選挙で、わが党は常に圧倒的大勝を博しておるのだからして、国民の圧倒的多数は、安保体制と安保体制を土台とする平和と繁栄の政策に賛成しておるものと見るべきであります。しかして、今回の改正案はわが国の立場から見て一段と改善を加えておるのでありますから、国民の大多数はこれに賛成であると見るのは常識であります。政府が本条約に調印したのは右のような認識に立つものと思いますが、首相の見解を伺いたいのであります。また条約の調印前ならばとにかく、すでに調印を済ませ、また衆議院を通過した現段階において、衆議院を解散して民意に問うなどということは、政治上の常識として考え得られないことと思いますが、首相の見解をあわせて伺いたいと思います。
岸
岸信介#19
○国務大臣(岸信介君) 解放の問題については、これは民主政治の基本として、最後は解放、総選挙によって主権者たる国民の意思を聞くということ自体に対して、私は理論的に反対すべき理由はないということを申したのであります。これは建前からいってそういうことであります。しかしながら、この場合、この解散すべきであるかどうかという点に関しては、解散の理由はないということを申し、今日もそういうふうに考えております。
その第一の理由は、今、青木委員がお話のように、特に昨年の参議院選挙におきましては、安保条約の問題を具体的な改定の内容の要綱を示して、そうして選挙に臨んでおりますし、また社会党も安保反対ということを選挙の一番大きなスローガンとしてやっております。この結果が私は国民の民意の表われであり、またその後におけるところの補欠選挙等におきましても、常に安保条約が問題にされて、そして選挙が行なわれて、これに対する主権者たる国民の審判が下っておる。これらのことを通観してみて、民意がこの安保の改定ということに対しては、私は圧倒的多数の者が支持されておるという確信に立っておることが第一の理由でございます。
第二の理由は、いかなる場合においても、国会において、一体、国会政治というものを考えてみるというと、国会を解散しなければならない場合においては、いわゆる不信任案が可決されたとき、内閣は総停職をするか解散をするか民意に問う。ところが、いかなる意味においても、院外の威力をもって、圧力をもってそうした解散をする、解散に追い込むというようなことに屈して解放をするという印象を国民に与えるということは、日本の民主政治の将来のために断じてとるべきことではない、しこうして、現状においてはそういう情勢であるがゆえに、またこれは断じてやるべきものではない。かように私は考えておるのであります。私自身といたしましても、今民意がわれわれを支持しているという確信がございますけれども、調印の前にすべきであるかどうかということについては、私は総理として各般の情勢を相当に慎重に考慮をいたしました。しかしながら私は、今申すように、春に、いわゆる一年前に行なわれた参議院の選挙こそ民意の表われとしてわれわれが十分に信頼すべきものであるから、そういう措置をとることは適当でないという決意をいたしたわけであります。
その後におきましては、そういう信念のもとに断じてこの解放をすべきものにあらず、今申しました記者会見、また今日の状況において特に強く考えることは、以上申し上げました二点によって、私は解放すべきものにあらず、かように私は考えております。
この発言だけを見る →その第一の理由は、今、青木委員がお話のように、特に昨年の参議院選挙におきましては、安保条約の問題を具体的な改定の内容の要綱を示して、そうして選挙に臨んでおりますし、また社会党も安保反対ということを選挙の一番大きなスローガンとしてやっております。この結果が私は国民の民意の表われであり、またその後におけるところの補欠選挙等におきましても、常に安保条約が問題にされて、そして選挙が行なわれて、これに対する主権者たる国民の審判が下っておる。これらのことを通観してみて、民意がこの安保の改定ということに対しては、私は圧倒的多数の者が支持されておるという確信に立っておることが第一の理由でございます。
第二の理由は、いかなる場合においても、国会において、一体、国会政治というものを考えてみるというと、国会を解散しなければならない場合においては、いわゆる不信任案が可決されたとき、内閣は総停職をするか解散をするか民意に問う。ところが、いかなる意味においても、院外の威力をもって、圧力をもってそうした解散をする、解散に追い込むというようなことに屈して解放をするという印象を国民に与えるということは、日本の民主政治の将来のために断じてとるべきことではない、しこうして、現状においてはそういう情勢であるがゆえに、またこれは断じてやるべきものではない。かように私は考えておるのであります。私自身といたしましても、今民意がわれわれを支持しているという確信がございますけれども、調印の前にすべきであるかどうかということについては、私は総理として各般の情勢を相当に慎重に考慮をいたしました。しかしながら私は、今申すように、春に、いわゆる一年前に行なわれた参議院の選挙こそ民意の表われとしてわれわれが十分に信頼すべきものであるから、そういう措置をとることは適当でないという決意をいたしたわけであります。
その後におきましては、そういう信念のもとに断じてこの解放をすべきものにあらず、今申しました記者会見、また今日の状況において特に強く考えることは、以上申し上げました二点によって、私は解放すべきものにあらず、かように私は考えております。
青
青木一男#20
○青木一男君 次に、大衆運動と政治の変革という問題についてお伺いします。
議会政治は、選挙により選ばれた議員が国会で国政を議する制度であります。しかるに、社会党や民社党は、国会における国政の審議を放擲して、院外におけるデモにより内閣の退陣や解散を迫り、安保条約を葬り去ろうとしているのであります。これは革命的手段によって政変を企図するものであり、議会主義そのものを否定する行動と思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →議会政治は、選挙により選ばれた議員が国会で国政を議する制度であります。しかるに、社会党や民社党は、国会における国政の審議を放擲して、院外におけるデモにより内閣の退陣や解散を迫り、安保条約を葬り去ろうとしているのであります。これは革命的手段によって政変を企図するものであり、議会主義そのものを否定する行動と思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。
岸
岸信介#21
○国務大臣(岸信介君) お話のように、国会外の、院外の集団的暴力や威力をもって政局の転換やあるいは政変を生ぜしめるというような事柄は、いわゆる議会政治を否認する行動でありまして、私どもとしては断じてとらないところであります。
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青木一男#22
○青木一男君 近年外国にも、学生や市民の大衆運動によって政治の変革を求めた例は少なくありませんが、かかる運動の唯一の合理的根拠は、政府が言論を抑圧し、政治上の自由を認めず、真の意味の議会政治が行なわれていない場合の非常手段たる点にあると思うのであります。最も印象的だったのは先年のハンガリーの事件であります。すなわちハンガリーの学生と労働者は、われに自由を与えよという信念によって立ち上がり、その運動は国内を風靡して一時成功し、ナジ政権の成立を見たのでありますが、ソ連の何ヵ月にもわたる大部隊の兵力による徹底的弾圧によって、ついに失敗に帰したのであります。最近の朝鮮やトルコのクーデターも、国民の自由に対する政府の弾圧に反発した点はハンガリーと同様でありましたが、自由主義陣営に属していたがために外国の干渉が行なわれずに成功したのであります。全学連などは、自分たちの運動を朝鮮の学生運動に比し、その成功を夢想して思い上がった行動に出ていると伝えられておりますけれども、日本の心ある国民は、かような民主主義に反する革命的大衆運動には左袒しないのであります。朝鮮やトルコの場合は、政府が、民主主義の要件である国民の自由、ことに政府批判の自由に弾圧を行なったことに対する反抗の手段であり、国の外交方針などに反対したものではありません。このことは、朝鮮の新政府が米韓相互防衛条約の尊重を声明し、トルコの新内閣も北大西洋防衛条約に忠誠を誓ったことからも明白であります。わが国で行なわれたテモは、国民の自由を求める運動ではなく、安保反対という外交政策の転換をねらって政変を企図したものであり、朝鮮やトルコの場合とは全く事情が異なるのであります。全世界のうちで日本ほど国民の自由が無制限広範に保障されておる国は他に例がありません。反国家主義団体であり、自国の運命よりもイデオロギーを重しとし、国旗を捨てて赤旗をかつぎ回っておる共産党すら、わが国では合法政党と認められ、あらゆる政治活動を自由にやっておるのであります。また国立大学の教授が公然と反政府運動の陣頭に立って勝手なことを国民に呼びかけております。新聞も思う存分に政府非難の声をあげておるのであります。かように言論の自由が完全に保障されておる限り、民主主義の要件は維持されておるのでありますから、反対党も、これに同調する国民も、国会を通じ、選挙を通じて政治目的の達成をはかるべきであって、大衆のデモによる政変を企図し、政策の転換をはかるごときは、革命につながる非民主的行動であって、絶対に容認すべきではありません。もし政府がこれに屈服をするようなことがあると、国家の将来に取り返しのつかない禍根を残すことになると思います。岸首相の見解と決意のほどを伺いたいと思います。
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岸信介#23
○国務大臣(岸信介君) お話の通り、日本における最近のデモその他院外における行動というものは、全学連あるいは労働組合等のデモやその他の事例を見ますると、日本においては、民主主義の基礎であるところの人間の自由ということは、憲法において保障され、現実において、これはいかなる政府といえどもこれに対して圧力を加えたりあるいはこれを不当に圧迫するというような事態は、全然ないのであります。他の国々の、外国の人々が日本の状況を批判して、日本は世界において最も言論の自由とかすべてのものの自由を享受している国であるとも言う人もありますし、はなはだしきは、自由が過剰なりという皮肉を言う人すらあるが、これだけ私は、民主政治の基礎であり、またわれわれ人類の生活の基礎であるところの自由が確保されているということは、これは日本の国民の十分に認識し、またこれによって日本の国連の進展もはかられ、われわれ国民生活の向上も期せられるわけであります。これをあくまでもわれわれは確保しなければならない。その自由があるいは不当に、集団的な暴力その他において、もしも妨げられるようなことがあり、従来いろいろなデモその他によって、平穏なるべき市民生活が不当に侵されておるというような事態も従来少なくないのであります。こういうことは、私はむしろやはり一つ、自由が一面にあると同時に、その自由は、他人の自由、平和を害さないという良識がこれに伴っていかなければならぬことは言うを待たないことであります。そういうことすら日本の社会の首相としては考えているのであります。従って、こうした状況のもとにおいては、国会政治、国会が、言論の府であり、ここにおいて自由な活発な論議が行なわれて、国民がひとしくこれに対して批判を打つこと、そうして自由公正なる選挙を通じて国会を作っていく、この制度を維持していくことが、私は民主主義の根底であり、いやしくもこれに反して、暴力をもって、あるいは多数の威圧のもとに政変が行なわれ、あるいは政治上の変革が生ずるというようなことがありとするならば、これは民主政治を破壊するものであり、断じてそういう事態を起こしてはならない。私が現状のもとにおいて総辞職もしないし、解散もしないという強い決意を示しているのは、真の自由に基礎を置いたところの民主政治を日本に作り上げようという私の念願にほかならないのであります。
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青木一男#24
○青木一男君 次に、安保体制を生んだ国際情勢の判断について首相にお伺いします。
世界が自由主義陣営と共産主後陣営に分かれて深刻なる対立を示しておることは、人類の不幸であります。この世界の現実に処して、わが国の安全と国民の福祉を確保するためとるべき外交方針を決定するには、まずもって、今のような両陣営対立がいかなる原因から発生し、また将来どうなるかということについて、正確なる認識を持つことが必要であります。まず、東西両陣営対立の発生原因について私の見るところを述べて、首相の見解を伺います。
世界第二次大戦において、日本とドイツを共同の敵として戦った欧米諸国が、戦後二つの陣営に分かれて、世界の緊張を作った動機は、ほかでもない。国際共産主義の世界支配の脅威に対し、自国の安全と、国民の自由と民主主義を守り抜こうとする諸国が、米国を中心として共同防衛の体制を作ったことにあると思います。ソ連の対外政策が、常にマルクス・レーニン主義に立脚しており、共産主義による世界支配がその終局の目標であったことは、世界公知の事実でありまして、政権を担当する実力者の更迭によって少しも変更されておらないのであります。現にフルシチョフ首相は、米国訪問にあたって、共産主義が結局において世界の資本主義を圧倒するということを広言しておるのであります。第二次世界大戦の終結とともに、アメリカは軍事予算を縮減し、大規模な軍縮を行ない、国民経済の運行も平時態勢に戻りました。戦争終結の年である一九四六年の米国の軍事予算、これは国防省予算、対外援助、軍事恩給等を含めた広義の軍事費でありますが、その予算は四百二十一億トルでありましたが、一九四七年には百四十三億ドル、一九四八年には百十七億ドルと、終戦の年の四分の一近くに縮小し、国民をあげて平和の到来を謳歌したのであります。英仏その他の諸国も、大体米国と同じような歩調で、軍事予算を大縮小し、平時体制に復したのであります。しかるにソ連は、戦時に膨張した軍備をそのまま維持したばかりでなく、核兵器とロケット兵器の進歩によって、軍事力の優位確立をめざして国力を傾倒したのであります。そして世界の平和的動向に呼応する気配は少しも見せず、世界共産化政策に基づく長期世界革命方針を堅持し、米国を頂上とする資本主義国に対してスターリン主義の攻勢を展開したのであります。ソ連の予算制度は、自由主義諸国のそれと本質的に異なっておりますから、正確な比較は困難であり、またその数字の真実性については、多くの疑問を持たれておりますけれども、一応その公表されたものに基づき、狭義の直接軍事費をとってみましても、戦争終結の年の一九四六年度の七百三十六億ルーブルの戦時予算に対し、平和回復後の一九四七年及び一九四八年には、いずれも六百六十三億ルーブルを組持し、戦時予算に比し、わずかに一割程度の縮減にとどまりまして、米国の七制五分の縮減とは雲泥の差を示しておるのであります。
ソ連の力を背景とする世界赤化政策の進行に対し危険を感じ出し、ことにロケット兵器のおくれを感じた米国は、むしろ周章ろうばいして、一九四七年五月、トルーマン大統領の反ソ反共の声明により、新しい世界政策に踏み切り、みずから再び軍事予算を増加して、ソ連に対抗する力を養うとともに、他方、国際的には、一九四七年、中南米二十カ国と全米相互援助条約を結び、一九四九年には、欧州諸国十五ヵ国と北大内洋条約を結び、自由主義諸国間の相互防衛機構によって、いわゆる対ソ封じ込め政策をとるに至ったのであります。一九五七年十二月、パリで開かれたNATOの会議で加盟十五ヵ国は共同の宣言を発表しておりますが、その中でこう言っております。「自由世界は、ソ連の力を背景とする国際共産主義の増大する挑戦に直面しておる。先月、モスクワで共産主義指導者たちは、地下工作により、または武力によって全世界支配の計画を促進する決意を固めたことを明らかにした。しかし、NATOの同盟国は、この世界支配という考え方を容認せず、この脅威には決して屈服しない。」という強い決意を表明したのであります。この考え方は、今日、自由主義諸国の普遍的な国民感情を端的に代表しておるものということができます。
これらの、戦後十五ヵ年間の米ソ両国のとり来たった政策の差異から総合して、今日、両陣営対立緊張の根本原因は、国際共産主義の世界支配の伝統的野望と、その背景をなすソ連の軍事力増大にあり、米国その他の自由主義国の立場はあくまでも防衛的であり、受け身であると思いますが、首相の認識を伺いたいと思います。
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世界第二次大戦において、日本とドイツを共同の敵として戦った欧米諸国が、戦後二つの陣営に分かれて、世界の緊張を作った動機は、ほかでもない。国際共産主義の世界支配の脅威に対し、自国の安全と、国民の自由と民主主義を守り抜こうとする諸国が、米国を中心として共同防衛の体制を作ったことにあると思います。ソ連の対外政策が、常にマルクス・レーニン主義に立脚しており、共産主義による世界支配がその終局の目標であったことは、世界公知の事実でありまして、政権を担当する実力者の更迭によって少しも変更されておらないのであります。現にフルシチョフ首相は、米国訪問にあたって、共産主義が結局において世界の資本主義を圧倒するということを広言しておるのであります。第二次世界大戦の終結とともに、アメリカは軍事予算を縮減し、大規模な軍縮を行ない、国民経済の運行も平時態勢に戻りました。戦争終結の年である一九四六年の米国の軍事予算、これは国防省予算、対外援助、軍事恩給等を含めた広義の軍事費でありますが、その予算は四百二十一億トルでありましたが、一九四七年には百四十三億ドル、一九四八年には百十七億ドルと、終戦の年の四分の一近くに縮小し、国民をあげて平和の到来を謳歌したのであります。英仏その他の諸国も、大体米国と同じような歩調で、軍事予算を大縮小し、平時体制に復したのであります。しかるにソ連は、戦時に膨張した軍備をそのまま維持したばかりでなく、核兵器とロケット兵器の進歩によって、軍事力の優位確立をめざして国力を傾倒したのであります。そして世界の平和的動向に呼応する気配は少しも見せず、世界共産化政策に基づく長期世界革命方針を堅持し、米国を頂上とする資本主義国に対してスターリン主義の攻勢を展開したのであります。ソ連の予算制度は、自由主義諸国のそれと本質的に異なっておりますから、正確な比較は困難であり、またその数字の真実性については、多くの疑問を持たれておりますけれども、一応その公表されたものに基づき、狭義の直接軍事費をとってみましても、戦争終結の年の一九四六年度の七百三十六億ルーブルの戦時予算に対し、平和回復後の一九四七年及び一九四八年には、いずれも六百六十三億ルーブルを組持し、戦時予算に比し、わずかに一割程度の縮減にとどまりまして、米国の七制五分の縮減とは雲泥の差を示しておるのであります。
ソ連の力を背景とする世界赤化政策の進行に対し危険を感じ出し、ことにロケット兵器のおくれを感じた米国は、むしろ周章ろうばいして、一九四七年五月、トルーマン大統領の反ソ反共の声明により、新しい世界政策に踏み切り、みずから再び軍事予算を増加して、ソ連に対抗する力を養うとともに、他方、国際的には、一九四七年、中南米二十カ国と全米相互援助条約を結び、一九四九年には、欧州諸国十五ヵ国と北大内洋条約を結び、自由主義諸国間の相互防衛機構によって、いわゆる対ソ封じ込め政策をとるに至ったのであります。一九五七年十二月、パリで開かれたNATOの会議で加盟十五ヵ国は共同の宣言を発表しておりますが、その中でこう言っております。「自由世界は、ソ連の力を背景とする国際共産主義の増大する挑戦に直面しておる。先月、モスクワで共産主義指導者たちは、地下工作により、または武力によって全世界支配の計画を促進する決意を固めたことを明らかにした。しかし、NATOの同盟国は、この世界支配という考え方を容認せず、この脅威には決して屈服しない。」という強い決意を表明したのであります。この考え方は、今日、自由主義諸国の普遍的な国民感情を端的に代表しておるものということができます。
これらの、戦後十五ヵ年間の米ソ両国のとり来たった政策の差異から総合して、今日、両陣営対立緊張の根本原因は、国際共産主義の世界支配の伝統的野望と、その背景をなすソ連の軍事力増大にあり、米国その他の自由主義国の立場はあくまでも防衛的であり、受け身であると思いますが、首相の認識を伺いたいと思います。
岸
岸信介#25
○国務大臣(岸信介君) 戦後の米ソを中心としての軍事予算の比較等について、青木委員が数字をあげての御説明でありましたが、言うまでもなく、ソ連——共産主義国の一貫した方針は、マルクス・レーニンの考え方を継承して、いろいろな手段、方法は異なるにしましても、世界を共歴化するということを究極の目的として、あらゆる努力をそれに集中するということにあることは、一般に認識されておるところでございます。こういう考え方の立場に立つのと、あくまでも人間の自由と人格の尊厳を基礎とした民主主義に立って平和と安全を求めようとしておる自由主義国の根本的な考え方が相違していることは、これは言うを待たないのであります。しこうして、どの国も、自分たちの理想とする平和と安全、繁栄を考えていく上から申しまして、外部からそうした一貫した、国際共産党のいろいろな形をとっての浸透、あるいは侵略というようなものをいかにして防いでいくかということは、自由主義の立場をとっておる国々がひとしく考えておるところでございます。今お話のように、いろいろな自由主義国内におけるところの安全保障体制ができた歴史的の理由につきましては、青木委員の御指摘になった通りでございます。従って、これらの防衛機構は、本来、その本質が防衛的なものであって、決して侵略的なものでないことは、発生の沿革から見ても、また、これらの機構の基礎をなしておる協定、条約笠の内容を見ましても、きわめてその点は明瞭であります。しこうして、自由主義の国々の一貫しての、共通しての考え方は、そうした平和確保の機構が国連において到達されることを念願をし、また、それを目的としておる。しかしながら、現在の国際連合というものの火力からいって、その中間を——過度的な中間的な措置としては、どうしても、考え方を同じくし、相ともに力を今日わせて自国の平和と安全をはかり、繁栄をはかっていく、そうして、人聞の究極の目的である民主主義、自由に基づくところの民主主義を擁護するというところの考え方の国々が、防衛の手段——他からこれを侵略し、平和を乱すようなことに対して対抗する防衛的な機構を作るということは、私はこれはまことにやむを得ないところであり、また、それが現在、各国の間に各地域において行なわれておる集団的安全保障体制の本質であると考えております。従って、日本の安保条約も、日米間においてそうした防衛的な——あくまでも本貫は防衛的であることはきわめて明瞭であります。そうして、国連のそうした機構ができるまでの過渡的な措置であることも、条約に明瞭にいたしております。世界の各平和確保の機構の一環として、私どもは純粋防備的なものであると、かように確信をいたしております。
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青木一男#26
○青木一男君 私は、安保条約の相手国である米国が平和主義の国であるか、侵略主義の国であるかということが、実にこの条約の性格とわが国の運命をきめる重大問題であると思うのであります。その点において岸首相に質問いたします。
日米安保条約は防衛的のものであり、他から武力攻撃を受けない限り、日米両国とも武力を発動しないものであることは条約上も明らかであり、政府も何回となくこれを確認いたしております。しかるに反対論者は、この条約によって日本は米国に基地を提供し、米国の侵略戦争の片棒をかつがせられ、戦争に巻き込まれる危険があるとして反対しておるのであります。またこれに呼応するごとく、ソ連は、米軍が日本の居地からソ連を侵略する場合には、日本の基地に報復するということを声明して威嚇を加えております。これに対して政府は、従来日本の基地から行なわれる作戦行動は、第五条の武力攻撃を受けた場合のほか、事前協議を要し、日本の同意なしには失行されないからその懸念はないと答弁をしております。私はこの点については、米国という国は、戦争の発端となるような侵略行為をする国でないという信頼の上にこの条約ができておると思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。
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岸
岸信介#27
○国務大臣(岸信介君) この条約の至るところに、国際連合憲章の精神を、誠実にその精神に合致するというようなことを各所に設けております。米国が、また日本もともにでありますが、両国ともこの条約によって、あくまでも国際連合のこの精神をあらゆる面において具現するという熱意をもってこの条約を締結いたしております。国際連合の趣旨は、御承知のようにすべての問題を平和的手段において解決する、武力の行使ということは一切これは認めないというのが原則になっております。ただその場合の例外として、他の国から式力攻撃が加えられた場合においては、この加盟国はいわゆる個別的自衛権あるいは集団的自衛権において武力を行使することが例外的に認められております。この安保条約のいわゆる五条の武力攻撃があった場合において、百米がこれを排除するために必要な行動をとる、武力行動をとるということも、この国際連合憲章の精神に基づいておるわけであります。で、私どもは、米国があくまでも国際連合の忠実なる一員としてこれを守るところの国であるという信頼関係のもとに実はこういう条約を結んでおります。こういう条約というものは、何といっても、基礎において両国の間におけるところの信頼関係が真に成り立たなければ、こういう大事な条約というものはできません。ただ文句の上においてりっぱな不可侵条約を作っても、それが信頼できない相手方であるならば、それは何ら意味をなさないことであります。私どもが安保条約を締結するにあたって、アメリカをその相手国として選んだことは、今言ったような見地から、アメリカがわれわれの立場から国際連合憲章をじゅうりんするような国ではないという信頼関係を基礎として結んでおるわけでございます。
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青木一男#28
○青木一男君 共産党や社会党や総評の諸君は、前々から、米国をもって帝国主義的侵略国であり、戦争勢力の巨頭であるとし、ソ連をもって平和勢力の代表者ときめてかかっておるのであります。日教組の教師の倫理綱領などの基本思想もここから出ておるのであります。かような色めがねをかけた人々には安保条約のほんとうの姿は映らないでありましょう。日本がこの条約のために戦争に巻き込まれる危険があるかどうかということは、条約に対する賛否両論の分かれるところであります。それには、一部の人々の言うように、米国がはたして侵略戦争を起こすような国柄であるかどうか、この点を歴史上の事実に基づいて確かめてかかることが必要であると思います。いずれの国も外交辞令の上では常に平和尊重の国であります。しかし、言葉の上の平和をそのまま信用することはできません。まず過去の歴史をたどってその国の国柄と伝統を知ることが一番緊要なことと私は思います。
アメリカ合衆国建国の歴史を見ますると、国民の宗教上の自由を獲得し、民主主義を確立するとともに、母国の戦争に巻き込まれずに平和を維持したいという、自由主義、平和主義が建国の根本思想をなしております。モンロー大統領は、ヨーロッパ諸国の争いを西半球にまで及ぼすことを避けるため、米国の欧州への不干渉とともに、欧州諸国の西半球への不干渉を宣言し、米州諸国の平和維持と民主政治確立の政策をとり、これが久しき間米国の外交政策の基調をなしたことは有名なる事実であります。一九一四年第一次大戦の勃発にあたり、米国は厳正中立を守り、戦争介入を避けたのでありますが、ドイツが米国の中立国としての権利及び国家的安全を脅かしたので、一九一七年に至って民主主義のために世界から危険を除く決意を表明して参戦しました。自来米国は、連合軍の主力となって戦ったけれども、ウィルソン大統領は戰争中から—四カ条の平和原則を発表し、パリ講和会議においては、この原則に基づいて、非併合、非賠償の主義を強く主張し、みずからこれを実行しただけでなく、他の連合国にも同じような方針をとるように働きかけました。またウィルソン大統領は、戦後の世界平和機構として国際連盟を提唱し、平和条約中に採択されましたけれども、伝統的孤立主義の立場から、上院の反対により米国の参加が実視しなかったのであります。第二次世界大戦にあたっても、米国は中立を守る方針であったのであるが、日本の宣戦によって戦争に巻き込まれたのであります。米国は日本との戦争において十万人以上の戦死者と二十万人以上の戦傷者を出し、何十兆円にも当たる軍費を使い、甚大なる犠牲を払って戦ったにもかかわらず、桑港の講和会議においては、米国は日本に対し非併合、非賠償の平和原則を堅持し、みずからこれを実行しただけでなく、他の同盟国に対しても同じ方針をとることを強く働きかけたことは、われわれの記憶に新しいところであります。二度の大戦により、孤立主義が平和を維持し得ないことを体験した米国は、国際連合を設立し、国際機構により世界平和を維持することを提唱し、今日の国連を創造するに至ったことは明白であります。
かくのごとく、米国はいまだかつて自分の方から侵略戦争をしかけたようなことはありません。かえって常に世界平和の維持に率先して力をいたし、また多大の犠牲を払った戦争の終結に際し、戦勝国の権利ともいうべき賠償と領土の請求権を完全に放棄した国柄であります。従って、歴史上一インチの領土も外国から奪ったことがない国柄であります。もし米国が侵略国であるならば、かようなりっぱな態度をとり得るものでないと思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。
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かくのごとく、米国はいまだかつて自分の方から侵略戦争をしかけたようなことはありません。かえって常に世界平和の維持に率先して力をいたし、また多大の犠牲を払った戦争の終結に際し、戦勝国の権利ともいうべき賠償と領土の請求権を完全に放棄した国柄であります。従って、歴史上一インチの領土も外国から奪ったことがない国柄であります。もし米国が侵略国であるならば、かようなりっぱな態度をとり得るものでないと思いますが、首相の見解を伺いたいと思います。
岸
岸信介#29
○国務大臣(岸信介君) 米国の歴史については、今おあげになりましたようなことが事実としてわれわれにも十分理解できるところであります。アメリカが伝統的に平和主義であり、また侵略的な行動について、アメリカの建国の精神からそういうことは一切考えないという国柄であるということにつきましては、私は米国を理解する上においてやはり十分に考えていかなければならぬことだと思います。特に私は、歴史的なこともさることでありますが、この第二次世界大戦後における米国の世界平和維持に対する非常な努力、このために払っておるところの犠牲、またはその平和維持についての国をあげての努力というものは、十分にこれを認識しなければならぬことでありまして、アメリカをもって侵略国であるとか、アメリカの帝国主義云々というような表現をもってアメリカを非難するということは、私は当たらないと、かように思っております。
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