武見太郎の発言 (社会労働委員会)
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○武見参考人 十九日を選びます前に、もう少し段階がございます。私どもは御承知のように、昨年の八月十八日厚生大臣に対しまして、現状で国民皆保険に入りますならば、私どもは医師としての責任を全うして、ほんとうに医学の全機能と医師としての真心を持って患者の治療がはたしてできるかできないかという自信が持てない、そこでこれだけのことはしていただかなければならないということで、制限診療の撤廃という問題を出しました。これは簡単に申しますと、今日いろいろな面で制約を受けております。世界中で自由に処方箋を書けない医者というのは日本の医者だけでございます。もちろん治療も自由にはできません。使います薬の種類も量も使い方も、全部保険者と役人によって制限をされておるわけでございます。このような状態では病態が年々歳々変わっております今日、また相手の体質等を考えましてこれが一番いいと考えましても、それがやれない状態では、国民皆保険にわれわれは乗るわけにいかないわけでございます。学問がせっかく進歩いたしまして、大学でどんなことを勉強いたしましても、実際に使えなければ意味がございませんので、この点は私どもは、今日の制限診療を保険経済の問題からのみしぼられていることに対しまして非常な不満を持ちますと同時に、命を預かる医者としては非常な不安を持たざるを得ないわけでございます。この不満と命を取り扱う者としての大きな不安から、私どもはこの制限診療の撤廃を申し出ております。
それから一点単価の引き上げの問題でございますが、昭和二十五年以来新聞紙は約十倍近くも上がっております。お役人の月給も二倍になっておりますが、医師に対する診療報酬は一・二四倍しか上がっておらないわけであります。そうして事務が非常に複雑でございまして、貴重な時間を支払い事務にとられるということでございます。ごく少数の患者が保険でございました場合は、事務の繁雑化は問題こざいませんが、皆保険の段階におきましてこれだけの全部の人が保険であるときに、二%か三%の人が保険であった当時と同じ事務量を強要されますことは、これはとうてい不可能でございます。またいろいろな経済変動その他に対しましても、私どもは自主的にこれと対応していくだけの診療報酬が払われておりません。この状態ではとうていやっていけないということから、私どもといたしまして、甲乙二表の一本化と、不必要な地域差が今日残っております。地域差と申しますものは、医療の面では絶対に必要のないものでございます。この地域差を何のために残すかといえば、私どもは低医療費強要の具としか考えられないわけでありまして、こういう点から強く八月十八日に申し入れをいたしました。その後機会あるごとに私どもはこのことを各方面にお願いを申しているのでございますが、不幸にして全く取り上げられなかったと言ってもいいのでございまして、具体的な御相談も私どもは受けておらないのでございます。たまたま病院ストが起きますと、医療費の問題が表に出て参りまして、上げずばなるまいという空気が出てきたわけでありまして、このようなことは私としては非常に遺憾なことでございます。私は医療従事者が耐え切れなくなってストライキに踏み切る前にこの問題を解決していただいて、われわれの要望をいれられないでストライキにまで追い込んで初めてこの問題が取り上げられたという厚生出局のふまじめさに対しまして、私は非常な怒りを持っておるものであります。こういうような怒りは私だけの怒りではございません。全国の会員の怒りとなったわけでございます。根本に流れております生命を取り扱いものとしての不安感、これは絶対に私は除いていただかなければなりません。これらの点におきてまして、全国におきましていろいろ勝手な、各県さまざまな運動が地域的に展開されました。私はこれらの情勢を客観的にながめておりまして、これは日本医師会が一本になってこの問題を取り扱わないと、地方的に非常に問題があると考えましたので、全国会長会議を開きまして、今後のこれらの運動を全部私が責任を負うから全部私にまかせてもらいたいということで、全国都道府県の会長から私が委任を受けたわけでございます。委任を受けまして一番私が考えましたことは、国民大衆に被害を与えることなく、そして最も社会的な影響を少なくしながら、われわれの希望を国民に理解してもらうにはどうすればいいかということでございます。このためにはいろいろな議論もございましたが、二十四時間労働をしております医者に対して、なおかつ日曜日も休んではならないというようなことは、とうてい私は今後正しい医療をやる上から不可能と考えておりますので、先ほど申し上げました学問の自由を失い、経済の自由を失った奴隷的な状態に陥りました医師に対して、奴隷解放運動の第一段階といたしまして日曜休診を取り上げたわけであります。すでにこの問題は、各地で日曜日の休診は現実には実施されておるのでございまして、実害の最も少ない方法としては日曜日を選ぶということが一番いいと考えたわけでございます。しかも医師の天職といたしまして診療拒否をいたすことは、これは私は絶対に避けなければならないと考えましたので、一切の診療拒否に関する問題はしてございません。診療拒否こそ医師のストライキでございます。新聞紙上等におきましてはこれに対してストライキという表現が使われておりますことは、私どもの意図が正しく国民に伝えられないで、不必要に社会の不安を醸成しているのじゃないかと私はおそれておるわけでございます。日本医師会のいろいろな指示、通達には、診療拒否という問題は一つも入っておりません。十九日を選びましたのは、最も実害が少なく、そして勤務医も開業医も学校に勤めている人間も、すべての人間が共通の問題として国民とともにこの問題を十分話し合う機会を持つことは日曜日が一番いいと考えましたので、十九日の日曜日を選んだわけでございます。私は今日まで隠忍自重いたしまして、このような統一行動をとることを遠慮し、おったのでございますが、四月一日を目前に控えまして、待てど暮せど具体的な策が示されません。いたずらに中央医療協議会に責任を転嫁して、いささかも大臣が御自分の責任で問題を打開なさるという熱意を、私はいまだ受け取ることができませんので、このような統一行動に踏み切ったわけでございます。