多賀谷真稔の発言 (本会議)
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○多賀谷真稔君 ただいま議長から御報告のありました通り、本院議員従五位勲三等渡邊本治君は、去る十四日夕刻、病気のため逝去されました。私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)
渡邊さんは、昨年暮れより病にかかり、去る二月初めに入院し、ひたすら加療に努めておられたのでありますが、不幸にも、ついに御本復を見るに至らなかったのでありまして、まことに哀惜の情にたえない次第であります。
渡邊さんは、明治三十四年四月、愛媛県西条市に出生されました。生家は農業を営んでおられましたが、十才の年に父君がなくなり、そのため、幼い妹さんをかかえて商店に働き、あるいは銅山に入るなど、人生の辛酸をつぶさに味わわれたのであります。十七才のとき、一家とともに九州に渡り、やがて渡邊さんの第二の故郷となり後には選挙区ともなった筑豊炭田地区に居をかまえ、人生の道を開拓するため、さらにあらゆる苦難と戦った後、大正十四年に中島炭鉱に入社されるに至りました。渡邊さんは、日夜激しい坑内労働に従事しつつ、その志を伸ばすべく強固な意思を持って奮闘努力されたのであります。その間に身をもって体得した豊かな知識と鋭い感覚とは、よく採鉱技術の急所を把握し、後年経営者として活躍される素地を作られたのであります。(拍手)
昭和十三年には、独立してみずから炭鉱の経営に当たり、一意、事業の発展のために努力を続けられました。ことに、終戦後は、石炭増産の要請にこたえるため、荒廃した炭鉱の再建に、あるいは新しい炭鉱の開発に、なみなみならぬ苦心を重ねられたのであります。かくて、その事業は漸次拡大し、現在では、伊岐須、古月、稲築等の鉱山を傘下におさめている渡辺鉱業株式会社の社長として、また、北九州石炭鉱業会評議員、日本石炭鉱業連合会常任理事として、わが国石炭業界に重きをなしておられたのであります。渡邊さんは、また、小倉硝子工業、伊予製紙等の会社を経営し、地方産業の発展に大いに貢献せられました。
思うに、渡邊さんは、まことに苦労人と呼ぶにふさわしいお人柄でありました。もとより強い信念の士でありましたが、その半面、きわめておだやかな性格で、しかも、広い度量と厚い人情の持ち主であったのであります。(拍手)数年前、日満鉱業の経営が行き詰まり、新屋敷鉱業所を閉鎖するのやむなきに至りたときも、千数百名の従業員が路頭に迷うことを心配して、みずから採算を度外視してその委任経営を引き受け、従業員並びに家族の危急を救われたのでございます。(拍手)
また、日ごろ、青少年の訓育や社会福祉事業に深く意を用いておられました。地元福岡県下のみならず、出身地西条市の学校、公民館その他の公共福祉施設等のために喜んで私財を寄付された事例は、実に枚挙にいとまがないほどであります。去る昭和二十八年には紺綬褒章を受け、また、三十二年には福岡県福祉協会の表彰を受けられたことは、渡邊さんがいかに公益のために尽力されたかを雄弁に物語るものと信じます。(拍手)
かくして、地元民の信頼は次第に強まり、去る三十三年の第二十八回総選挙に福岡県第二区から出馬されるや、広く各階層の人々の支持を受けてみごと当選し、さらに、昨年十一月の総選挙にも引き続いて栄冠を得られたのであります。
本院においては、渡邊さんは、主として商工委員として、石炭問題に関して、多年の経験と高い識見とを傾けて目ざましい活躍を示されました。中でも、石炭鉱業合理化法改正による近代化資金の創設、炭鉱離職者対策臨時措置法の制定等については、その力によるところきわめて大であったといわねばなりません。(拍手)渡邊さんは、常に炭鉱従業員と経営者の立場をともに考慮しつつ、国家的見地より大局的な判断を下されたのでありまして、石炭政策立案の立役者として、与野党を通じて同僚議員の厚い信望を集めておられたのも、けだし当然であると信ずるのであります。(拍手)
また、炭鉱の休廃山により衰退の一路をたどり、数万の失業者を発生し、死の谷、地獄谷と呼ばれる極貧層地域を現出しつつある炭田地帯の振興については、終始、特段の熱意を持って尽力し、また篠栗新線の建設、石炭鉱害の復旧等、多くの懸案を解決せられ、地元における渡邊さんの声望はきわめて高かったのであります。承れば、病床にあってもなお産炭地域振興対策の推進に努力を続け、立法化を心より希望しながら息を引き取られたとのことであります。(拍手)
渡邊さんの本院に在職された期間は、わずか三年に満たなかったのでありますが、その間、終始、国政審議に精励して国会議員の重責を果たし、輝かしい功績を残されたのであります。
もとより、石炭問題は、わが国の現在当面している最も重大な政治問題の一つでありますが、また、多くの社会的問題を包蔵しているのであります。特に、昨年九月、豊州炭鉱の坑内出水事故により六十七名の犠牲者を出し、その遺体の収容もできないまま、本月に入って、上清炭鉱において戦後最大の災害が起こり、さらに、大辻炭鉱において消火隊が全員遭難するという事故が発生したのでありまして、この相次ぐ坑内災害の根絶こそ、最も緊急にして重要なものだと思います。その他石炭鉱業に関する数多くの難問題を解決することこそ、われわれ政治家に課せられた責務であると信じます。これには、渡邊さんのごとき、炭鉱に生き、炭鉱業とともに歩んでこられた練達堪能の士に期待するところはなはだ大なるものがあったのであります。(拍手)
私は、渡邊さんとは所属党派こそ異にしておりますが、ともにわが国の石炭鉱業の将来を憂える者として、幾たびか語り合い、論じ合って参りました。今、渡邊さんの長逝にあい、この機会の永久に失われたことに限りないさびしさを覚えると同時に、本院にとり、国家にとってきわめて大きな不幸であると痛感するものであります。(拍手)渡邊さん自身におかれても、多年の抱負を実現し、政治家としての本領を発揮しようとするときにあたり、にわかに病に倒れられたことは、その御心情いかばかりかと拝察する次第であります。
ここに、渡邊さんの事績を回顧し、その風格をしのび、御冥福を心から祈って、もって追悼の言葉といたします。(拍手)
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原子力委員会委員任命につき同意を求めるの件