徳永正利の発言 (社会労働委員会)

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○徳永正利君 どうも私にはよくのみ込めないのですが、二十七年に全然新しい法律ができたのですよ、二十七年に。しかもそれ前には、そういう遺族年金なんていうものが出ようとかもらえようなどということはだれも考えなかった。また、政府も出そうということは二十七年にお考えになったことですから。それまでに一ぺん結婚してうまくいかないでやめた。二十七年に法律ができてから離婚したというような問題を言っておるのじゃなくて、それ以前の問題を言っておるのです。今でもたとえば恩給の受給者である前の奥さんがなくなられて新しい奥さんをまたもらわれた。あるいは養子に行くこともあるでしょうが、前の奥さんがなくなると新しい奥さんにはちゃんと恩給を出しておるじゃないですか、扶助料を。ところが、全然新しく出発したこの法律で、それ以前のものをさかのぼって使っておるから私はどうもその辺に問題があると思うのです。この法律というのは新憲法下に、現在の憲法下にできた。ところが、内容は旧民法を全部拾っておる。これをいささか——私は憲法論議は得意でもないし、よくわかりませんけれども、しろうとなりに考えると、新しい憲法下で制定する法律に昔の明治憲法時代の民法を引っぱり出していろいろと制約をつけておるということ自体がもうおかしいと思うのです。ですから、この点は援護局長もおわかりにならぬことはないと思いますから、一つよくもう一ぺん御検討いただきたいと思います。
 それから今お話があった前のお母さんとお父さんの場合もそうだというふうにおっしゃいますけれども、今氏を改めないで再婚した人にはちゃんと遺族年金を出しておられますね。ところが、氏を改めるとだめなのです。名前が変わっちゃだめであるという規定で押えておられるわけなんですが、この辺も私はちょっと納得がいかない。たとえば法律のこまかいことを申し上げますと、おもしろくもないと思いますが、援護局長ちょっと聞いてもらいたいと思いますが、二十年——戦争中に、旧民法の時代には長男と長女は結婚できなかった。戸籍に入ることができなかったわけです。で、お母さんの方は大沼花子さんという名前である。お父さんの方は小川太郎さんと、こういう名前であった。そしてそこに子供ができた。この子供が戦死した。ところが、二十三年になって憲法が新しくできるとこのお母さんの大沼花子さんというのはお父さんの籍に入ったわけなんですね。長男、長女などとそんなけちなことは言わぬことになりましたから、お父さんの籍に入って大沼花子さんが小川花子さんになった。ところが、二十年から二十七年までこういう法律が眠っておった。こういう法律はなかった。そのうちにお父さんの小川太郎さんがなくなった。ところが、二十七年にこういう法律ができたわけなんです。そして結婚して氏を改めたとかあるいは婚姻したという事実があった場合にはだめだぞというワクがかまされてしまった。ところが、大沼花子さんは小川花子さんに二十三年に新民法ができたときに名前が変わっておるのですから、これは戸籍上の婚姻ですね。それでこの援護法では遺族年金はやらぬということにしぼっておられるわけなんです。どうも私はこういうようなことは納得できない。これは新民法ができてその時代にできた法律であるのに、その法律の内容が旧民法でいろんな操作をしておるからこういうことになっておる。茶飲み友だちといって氏を改めないで一緒になった人はいい。ちょっと名前が変わったからだめだということは私にはどうも納得できないのですが、その点はいかがですか。

発言情報

speech_id: 103814410X03119610530_025

発言者: 徳永正利

speaker_id: 7708

日付: 1961-05-30

院: 参議院

会議名: 社会労働委員会