武見太郎の発言 (社会労働委員会)

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○武見参考人 今度の臨時医療報酬調査会法案の問題に入ります前に、私は、診療報酬についてルールを作ろうとした歴史について一べつしなければならないと思います。
 昭和二十六年に臨時診療報酬調査会というものが作られております。このうちに、その後におきまして医療費原価計算打合会というものができました。このようにいたしまして、昭和二十六年以来診療報酬のルールに関する点を何とかきめていこうとすることは、厚生省も日本医師会も支払者側も、一堂に参加していろいろと打ち合わせをいたしたわけであります。原価計算打合会に関しましては、その原価計算要綱なるものを当時厚生省が作成いたしましたが、これは航空機の製造についての陸軍がかつて用いました原価計算要綱と同じでございまして、学問的にも実際的にも使い得ない原価計算であり、ことに医療費の算定には、飛行機と違いまして全然適さないものであるということによりまして、この原価計算方式は打ち切られたわけであります。打ち切られましたけれども、その基本的な考え方がその辺にあるということは、その前後の事情からいなめない事実でございます。このような具体的な考え方が、社会保険の国民の福祉を非常に障害していることは、今日ますます私は大きくなっていると考えます。
 最後に問題になりましたのは昭和三十三年でございますが、私どもは臨時医療保険審議会、俗にマメタンと称しておりましたが、これから委員を引き揚げました。臨時医療保険審議会は東畑精一教授、高橋誠一郎教授、稲垣与一教授、山田勇教授等の当代の第一流の経済学者を網羅して出発したのでありますが、この先生方が、あまり論議が低調であり、厚生省の要求するところが学問と離れているということで自然これから足が遠くなりまして、おしまいには支払者側の委員あるいは厚生省に直結した中立委員と称する人だけで少数意見がまとめられようといたしたのであります。この臨時医療保険審議会が非常に問題でございましたことは、医業においては拡大再生産を認めないということを、その意見として打ち出す基本構想がまとまりつつあったわけであります。私どもは、日進月歩の学問を背景とし、そうして経済成長の中におきまして、医業だけに拡大再生産を認めないというような結論が出ますならば、とうていその会合に出席するわけには参りませんし、その結論に対しましてまっ向から反対せざるを得ないのでやめたのであります。この臨時医療保険審議会がその当時の一流の学者を網羅しながら、何らの結論も出さずに崩壊していったという事実について、厚生省も支払者側も、私は相当な考慮が払われなければならないし、反省がなければならなかったと思うのであります。後に起きました非常に不幸な病院ストというふうなものは、この拡大再生産を認めないという考え方が基本になりまして、この不幸な結論を導き出したということは、これは争えない事実でございます。
 このように臨時診療報酬調査会から原価計算委員会あるいは臨時医療保険審議会等の看板は変わりましたが、たとえて申しますと、保険者官僚独裁でいこうというふうな――機関車は一つも動いていないのであります。駅長さんに相当する大臣はそのたびにかわっておりますし、駅の名前はいろいろと取りかえられておりますが、機関車は一つも動いていないで、その推進力をもっぱら保険者官僚の独裁の形に持っていこうということであることは、事実でございます。これは病院ストというものがそれらの考え方の破綻の一部でありますが、目に見えていない破綻がいかに大きいかということを私はお考えを願いたいのであります。それは制限診療強化の問題でございます。学問の進歩に対応し、また患者の個性というものを非常に強くわれわれが把握しなければならない臨床医学の面におきまして、患者の個性の把握というものが、社会保険の診療ではきわめて強く否定をされております。また、医師の良心というものが患者の生命とまっ正面から取り組む熱意を障害していることも、これらの考え方の結論として生まれ出た非常に見えない害悪であります。病院ストは非常に大事件のように考えておりますが、これは一部の現象で表へ出たことでありますが、海の下にある氷山のごとく表へ出ないこれらの害が、いかに大きいものであるかということを、国政の当局に当たっていらっしゃる方々は慎重にお考えを願いたいのであります。私は、日本の国民がほんとうに現実の学問の進歩を知ったならば、今日の社会保障、ことに医療保険の面に関して非常にみじめな状態であり、そのような状態に自分の技術をみずから低下して奉仕しなければならない医師の良心というものが、次第に滅却されていくような形が強要されているということであります。これは目に見えない面の、ある特殊な団体の圧力というものが政治を左右した場合に、国民のこうむる惨害として一番大きなものだということを、私は強く指摘をしたいのであります。このように機関車は動きません。駅の名前は変えられます。駅長さんはかわります。そのときそのときの大臣は、御自分の案だといって御主張になりますけれども、官僚路線を動いておることだけは事実であります。このようなことを申し上げまして、今度の問題に入ってみたいと思います。
 私は、今度の問題は、それらの考え方のいよいよ終点にきたという感じを持つものであります。従いまして、この害ははかり知れない大きなものがあるということを、戦慄をもって身に感ずるのは診療担当者だけであるということを、はっきりと断言しなければならないと思います。私は、昨年の社会保障制度審議会がお出しになりました三十六年三月一日の古井厚生大臣に対する答申の中で、この調査会のような診療報酬のルールを認める勧告をしておられますが、社会保障制度審議会といえども、その前提条件を冒頭にうたっているということであります。「基本的には、医療制度を近代化し、健康保険、共済組合、国民健康保険等各種医療保険制度の抜本的な改正がなされなければならない。」ということをうたっています。これをうたいましたあげくに、医療報酬の問題をうたっているのでありまして、これは私は適切であると思います。しかし、順序を間違えまして、あとの問題を先に出したところに私は問題があると思います。
 もう一つは、この勧告が、ほんとうに社会保障制度審議会が今まで勧告しておりました線といささかの矛盾もない、あるいは大臣の諮問であるからやや受け身の形ではなかったかという点については、私は委員でないからわかりません。しかしながら、この勧告に対しまして、全会一致であると言っておられますけれども、日本医師会、日本歯科医師会の委員は反対の立場を最後まで堅持いたしましたので、絶対に全員一致でないことは確実でございます。
 また私は、この次に、昨年の七月三十一日に、党の三役と厚生大臣と私ども医師会、歯科医師会との間に取りかわしました約束がございます。この約束は、一つが、医療保険制度の抜本的改正、一、医学研究と教育の向上と国民福祉の結合、一、医師と患者の人間関係に基づく自由の確保、一、自由経済社会における診療報酬制度の確立、この四カ条でございます。この四カ条は、今後の医療保障の発展の上から考えますならば、当然医療保障発展の平和憲法たるべきものと私どもは考えているのでございます。また、自由主義、民主主義の国家におきましてこの条件が満たされないようならば、これは自由主義の名前にも、民主主義の名前にも値しないということか言えると思うのであります。私は、ことに自民党の立党の精神ともこの問題は適合していると思うのであります。しかるに、今度出ました臨時医療報酬調査会の問題は、この第四項とは全く私は抵触するものだと考えます。診療報酬のルールをきめると申しますけれども、今日の近代経済学の専門家の意見によりますと、一つのルールをきめるような経済学はないそうであります。また、サービス産業の中でことにむずかしい医療技術を評価するというふうな法則も、ないということであります。ですから、一つのルールだけではきめられないのであります。
 ここで思い起こしていただきたいことは、昭和三十二年に、私どもは平均費用曲線という新しい経済学を使いまして、十八円四十六銭が六〇%の医療機関に適正であるという算出方法を提案をいたしました。これは日本の医療報酬決定上画期的なものでございまして、一つのルールとしてこのような方式を出したのでございますが、これに対して保険者官僚は一顧も与えず、これを無視してしまったのであります。この事実は、今度法律権力によってルールを確立しようということに対して、大きな反発の拠点となるものであります。もしもあの際に、保険者官僚側が同じような学問上のルールに従って、日本医師会が出しました平均費用曲線に対抗するようなものでほんとうに君子の争いをいたしましたならば、日本の医療報酬の問題は、今日のようなデッド・ロックにならなかったろうと思うのであります。権力にたより、財力にたより、独裁的な地位にありました団体や官僚が、全く学問を無視して、これをほうり投げてしまったというところに問題があります。今日に至りまして、自分たちが作るルールだけがルールであって、民間団体が作るものはルールとして認めないからこそ、今度のような法律権力による調査会を必要としたわけでありまして、この点は、いかに強弁いたしましょうとも、私はほんとうの民主主義の考え方ではないだろうと思うのであります。
 このルールの算定の問題でありますが、私どもは総費用曲線を使わないで、平均費用曲線を使って、六〇%の保険医療機関が採算に乗る点が十八円四十六銭という値を当時出しましたときに、米価審議会は総費用曲線だけを使っておったのでございますが、昭和三十四年から、米価審議会も平均費用曲線を採用いたしておるように見ております。このようにいたしまして、日本で最初に平均費用曲線をこの面に採択いたしましたのが日本医師会でありまして、ルールらしいルールを提案した団体は一つもないのであります。官製の調査会のみが権威あるルールを作れるということは、学問をモノポライズしない限りできないことでありまして、そのようなことは、共産国家でなければ私は不可能だろうと思います。学問をモノポライズし、学者をモノポライズしてきめたルールを押しつけるということは許せないと思います。ことに売手であるところの医師は、社会的にも高い地位を持たなければ国民の福祉と結ばないはずであります。その医師に対してあてがい扶持の報酬制度を確立しようという考え方であることは、歴史的に明らかな事実であります。
 私どもがこの案にまっこうから反対いたしましたのは、以上申し上げたような理由によるわけでありますが、さらに私は、物を買う場合に、買手がどれくらいの値で買うかということを考えるのは当然であると思います。売手がこれくらいの値で売るべきであると考えるのも当然であります。この場合に、売手と買手との間に違いがあるならば、当然民主的な仲裁裁定機関を設置するのが民主主義の原則であると考えます。ところが、社会保障制度審議会の勧告を見ますと、また、二月十五日の自民党における社会保障制度審議会事務局長の説明によりますと、社会保障制度審議会は一つの函数方程式を出して、中央医療協議会はその中に数字を入れればよいというふうな説明でございました。一つの函数方程式を出すということになりますと、このルールは一つしかないということになります。そして、それを売手である診療担当者に押しつけるということであります。このようなことが許されますならば、私は、自由主義も民主主義もなくなってしまうと考えます。
 もう一つの問題は、医療のうちでも医薬品等新しい研究を進めて参りまして、新しいものができる場合は非常に多くできなければなりません。私は、医療技術の開発という点から、今後この面は大いに努力されなければならないと思うのでございますが、この場合に、もしも医薬品あるいは医療機械等、このようなルールを国家権力によって取りきめられますならば、医療技術の開発が不可能になるだろうと思います。これは見えない面のおそろしさでありまして、この面について重大な考慮が払われなければならないと思います。医師に支払う診療報酬だけルールを作られまして、そうして、もしこのようなルールが将来拡大されましたときには、日本では医療技術の開発ということは不可能になります。私は、日本の医学文化と国民の福祉を犠牲にするようなこの案に対して、根本的に考え直していただきたいという立場をとって、絶対反対をいたしております。

発言情報

speech_id: 104004410X03319620425_002

発言者: 武見太郎

speaker_id: 22383

日付: 1962-04-25

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会