社会労働委員会

1962-04-25 衆議院 全190発言

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会議録情報#0
昭和三十七年四月二十五日(水曜日)
   午前十時二十六分開議
 出席委員
   委員長 中野 四郎君
   理事 小沢 辰男君 理事 齋藤 邦吉君
   理事 藤本 捨助君 理事 柳谷清三郎君
   理事 小林  進君 理事 五島 虎雄君
   理事 八木 一男君
      安藤  覺君    伊藤宗一郎君
      浦野 幸男君    大石 武一君
      大橋 武夫君    加藤鐐五郎君
      藏内 修治君    中山 マサ君
      永山 忠則君    早川  崇君
      松山千惠子君    淺沼 享子君
      河野  正君    島本 虎三君
      田邊  誠君    滝井 義高君
      吉村 吉雄君    本島百合子君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  池田 勇人君
        厚 生 大 臣 灘尾 弘吉君
 出席政府委員
        法制局長官   林  修三君
        厚生政務次官  森田重次郎君
        厚生事務官
        (大臣官房長) 山本 正淑君
        厚生事務官
        (保険局長)  高田 浩運君
 委員外の出席者
        厚生事務官
        (保険局次長) 熊崎 正夫君
        参  考  人
        (早稲田大学教
        授)      末高  信君
        参  考  人
        (日本医師会
        長)      武見 太郎君
        参  考  人
        (健康保険組合
        連合会長)   安田彦四郎君
        専  門  員 川井 章知君
    ―――――――――――――
四月二十五日
 委員堂森芳夫君辞任につき、その補欠として中
 村英男君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 臨時医療報酬調査会設置法案(内閣提出第一〇
 一号)
     ――――◇―――――
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中野四郎#1
○中野委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出の臨時医療報酬調査会設置法案を議題とし、審査を進めます。
 去る十九日、本案審査のための参考人出頭要求に関する件につきまして、委員長に御一任願いましたが、本日、日本医師会長武見太郎君、健康保険組合連合会長安田彦四郎君及び早稲田大学教授末高信君の三名の方々に、参考人として当委員会に御出席をいただいております。
 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人の方々には、御多忙のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。本案につきましては、各方面に広く関心が持たれておりますが、当委員会におきましても、この機会に本案に深い御関係をお持ちになられますあなた方から、忌憚のない御意見を伺い、審査の参考といたしたいと存じます。
 なお、議事規則の定めるところによりまして、参考人の方が発言なさいます際には、委員長の許可を得ていただくことになっております。また、参考人は、委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、以上あらかじめお含みおきを願いたいと存じます。
 なお、議事の整理上、御意見をお述べ願う時間はお一人大体十五分程度とし、御意見の開陳のあとで委員の質疑にお答え願いたいと存じまするから、よろしくお願いをいたします。
 まず、参考人武見太郎君よりお願いをいたします。
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武見太郎#2
○武見参考人 今度の臨時医療報酬調査会法案の問題に入ります前に、私は、診療報酬についてルールを作ろうとした歴史について一べつしなければならないと思います。
 昭和二十六年に臨時診療報酬調査会というものが作られております。このうちに、その後におきまして医療費原価計算打合会というものができました。このようにいたしまして、昭和二十六年以来診療報酬のルールに関する点を何とかきめていこうとすることは、厚生省も日本医師会も支払者側も、一堂に参加していろいろと打ち合わせをいたしたわけであります。原価計算打合会に関しましては、その原価計算要綱なるものを当時厚生省が作成いたしましたが、これは航空機の製造についての陸軍がかつて用いました原価計算要綱と同じでございまして、学問的にも実際的にも使い得ない原価計算であり、ことに医療費の算定には、飛行機と違いまして全然適さないものであるということによりまして、この原価計算方式は打ち切られたわけであります。打ち切られましたけれども、その基本的な考え方がその辺にあるということは、その前後の事情からいなめない事実でございます。このような具体的な考え方が、社会保険の国民の福祉を非常に障害していることは、今日ますます私は大きくなっていると考えます。
 最後に問題になりましたのは昭和三十三年でございますが、私どもは臨時医療保険審議会、俗にマメタンと称しておりましたが、これから委員を引き揚げました。臨時医療保険審議会は東畑精一教授、高橋誠一郎教授、稲垣与一教授、山田勇教授等の当代の第一流の経済学者を網羅して出発したのでありますが、この先生方が、あまり論議が低調であり、厚生省の要求するところが学問と離れているということで自然これから足が遠くなりまして、おしまいには支払者側の委員あるいは厚生省に直結した中立委員と称する人だけで少数意見がまとめられようといたしたのであります。この臨時医療保険審議会が非常に問題でございましたことは、医業においては拡大再生産を認めないということを、その意見として打ち出す基本構想がまとまりつつあったわけであります。私どもは、日進月歩の学問を背景とし、そうして経済成長の中におきまして、医業だけに拡大再生産を認めないというような結論が出ますならば、とうていその会合に出席するわけには参りませんし、その結論に対しましてまっ向から反対せざるを得ないのでやめたのであります。この臨時医療保険審議会がその当時の一流の学者を網羅しながら、何らの結論も出さずに崩壊していったという事実について、厚生省も支払者側も、私は相当な考慮が払われなければならないし、反省がなければならなかったと思うのであります。後に起きました非常に不幸な病院ストというふうなものは、この拡大再生産を認めないという考え方が基本になりまして、この不幸な結論を導き出したということは、これは争えない事実でございます。
 このように臨時診療報酬調査会から原価計算委員会あるいは臨時医療保険審議会等の看板は変わりましたが、たとえて申しますと、保険者官僚独裁でいこうというふうな――機関車は一つも動いていないのであります。駅長さんに相当する大臣はそのたびにかわっておりますし、駅の名前はいろいろと取りかえられておりますが、機関車は一つも動いていないで、その推進力をもっぱら保険者官僚の独裁の形に持っていこうということであることは、事実でございます。これは病院ストというものがそれらの考え方の破綻の一部でありますが、目に見えていない破綻がいかに大きいかということを私はお考えを願いたいのであります。それは制限診療強化の問題でございます。学問の進歩に対応し、また患者の個性というものを非常に強くわれわれが把握しなければならない臨床医学の面におきまして、患者の個性の把握というものが、社会保険の診療ではきわめて強く否定をされております。また、医師の良心というものが患者の生命とまっ正面から取り組む熱意を障害していることも、これらの考え方の結論として生まれ出た非常に見えない害悪であります。病院ストは非常に大事件のように考えておりますが、これは一部の現象で表へ出たことでありますが、海の下にある氷山のごとく表へ出ないこれらの害が、いかに大きいものであるかということを、国政の当局に当たっていらっしゃる方々は慎重にお考えを願いたいのであります。私は、日本の国民がほんとうに現実の学問の進歩を知ったならば、今日の社会保障、ことに医療保険の面に関して非常にみじめな状態であり、そのような状態に自分の技術をみずから低下して奉仕しなければならない医師の良心というものが、次第に滅却されていくような形が強要されているということであります。これは目に見えない面の、ある特殊な団体の圧力というものが政治を左右した場合に、国民のこうむる惨害として一番大きなものだということを、私は強く指摘をしたいのであります。このように機関車は動きません。駅の名前は変えられます。駅長さんはかわります。そのときそのときの大臣は、御自分の案だといって御主張になりますけれども、官僚路線を動いておることだけは事実であります。このようなことを申し上げまして、今度の問題に入ってみたいと思います。
 私は、今度の問題は、それらの考え方のいよいよ終点にきたという感じを持つものであります。従いまして、この害ははかり知れない大きなものがあるということを、戦慄をもって身に感ずるのは診療担当者だけであるということを、はっきりと断言しなければならないと思います。私は、昨年の社会保障制度審議会がお出しになりました三十六年三月一日の古井厚生大臣に対する答申の中で、この調査会のような診療報酬のルールを認める勧告をしておられますが、社会保障制度審議会といえども、その前提条件を冒頭にうたっているということであります。「基本的には、医療制度を近代化し、健康保険、共済組合、国民健康保険等各種医療保険制度の抜本的な改正がなされなければならない。」ということをうたっています。これをうたいましたあげくに、医療報酬の問題をうたっているのでありまして、これは私は適切であると思います。しかし、順序を間違えまして、あとの問題を先に出したところに私は問題があると思います。
 もう一つは、この勧告が、ほんとうに社会保障制度審議会が今まで勧告しておりました線といささかの矛盾もない、あるいは大臣の諮問であるからやや受け身の形ではなかったかという点については、私は委員でないからわかりません。しかしながら、この勧告に対しまして、全会一致であると言っておられますけれども、日本医師会、日本歯科医師会の委員は反対の立場を最後まで堅持いたしましたので、絶対に全員一致でないことは確実でございます。
 また私は、この次に、昨年の七月三十一日に、党の三役と厚生大臣と私ども医師会、歯科医師会との間に取りかわしました約束がございます。この約束は、一つが、医療保険制度の抜本的改正、一、医学研究と教育の向上と国民福祉の結合、一、医師と患者の人間関係に基づく自由の確保、一、自由経済社会における診療報酬制度の確立、この四カ条でございます。この四カ条は、今後の医療保障の発展の上から考えますならば、当然医療保障発展の平和憲法たるべきものと私どもは考えているのでございます。また、自由主義、民主主義の国家におきましてこの条件が満たされないようならば、これは自由主義の名前にも、民主主義の名前にも値しないということか言えると思うのであります。私は、ことに自民党の立党の精神ともこの問題は適合していると思うのであります。しかるに、今度出ました臨時医療報酬調査会の問題は、この第四項とは全く私は抵触するものだと考えます。診療報酬のルールをきめると申しますけれども、今日の近代経済学の専門家の意見によりますと、一つのルールをきめるような経済学はないそうであります。また、サービス産業の中でことにむずかしい医療技術を評価するというふうな法則も、ないということであります。ですから、一つのルールだけではきめられないのであります。
 ここで思い起こしていただきたいことは、昭和三十二年に、私どもは平均費用曲線という新しい経済学を使いまして、十八円四十六銭が六〇%の医療機関に適正であるという算出方法を提案をいたしました。これは日本の医療報酬決定上画期的なものでございまして、一つのルールとしてこのような方式を出したのでございますが、これに対して保険者官僚は一顧も与えず、これを無視してしまったのであります。この事実は、今度法律権力によってルールを確立しようということに対して、大きな反発の拠点となるものであります。もしもあの際に、保険者官僚側が同じような学問上のルールに従って、日本医師会が出しました平均費用曲線に対抗するようなものでほんとうに君子の争いをいたしましたならば、日本の医療報酬の問題は、今日のようなデッド・ロックにならなかったろうと思うのであります。権力にたより、財力にたより、独裁的な地位にありました団体や官僚が、全く学問を無視して、これをほうり投げてしまったというところに問題があります。今日に至りまして、自分たちが作るルールだけがルールであって、民間団体が作るものはルールとして認めないからこそ、今度のような法律権力による調査会を必要としたわけでありまして、この点は、いかに強弁いたしましょうとも、私はほんとうの民主主義の考え方ではないだろうと思うのであります。
 このルールの算定の問題でありますが、私どもは総費用曲線を使わないで、平均費用曲線を使って、六〇%の保険医療機関が採算に乗る点が十八円四十六銭という値を当時出しましたときに、米価審議会は総費用曲線だけを使っておったのでございますが、昭和三十四年から、米価審議会も平均費用曲線を採用いたしておるように見ております。このようにいたしまして、日本で最初に平均費用曲線をこの面に採択いたしましたのが日本医師会でありまして、ルールらしいルールを提案した団体は一つもないのであります。官製の調査会のみが権威あるルールを作れるということは、学問をモノポライズしない限りできないことでありまして、そのようなことは、共産国家でなければ私は不可能だろうと思います。学問をモノポライズし、学者をモノポライズしてきめたルールを押しつけるということは許せないと思います。ことに売手であるところの医師は、社会的にも高い地位を持たなければ国民の福祉と結ばないはずであります。その医師に対してあてがい扶持の報酬制度を確立しようという考え方であることは、歴史的に明らかな事実であります。
 私どもがこの案にまっこうから反対いたしましたのは、以上申し上げたような理由によるわけでありますが、さらに私は、物を買う場合に、買手がどれくらいの値で買うかということを考えるのは当然であると思います。売手がこれくらいの値で売るべきであると考えるのも当然であります。この場合に、売手と買手との間に違いがあるならば、当然民主的な仲裁裁定機関を設置するのが民主主義の原則であると考えます。ところが、社会保障制度審議会の勧告を見ますと、また、二月十五日の自民党における社会保障制度審議会事務局長の説明によりますと、社会保障制度審議会は一つの函数方程式を出して、中央医療協議会はその中に数字を入れればよいというふうな説明でございました。一つの函数方程式を出すということになりますと、このルールは一つしかないということになります。そして、それを売手である診療担当者に押しつけるということであります。このようなことが許されますならば、私は、自由主義も民主主義もなくなってしまうと考えます。
 もう一つの問題は、医療のうちでも医薬品等新しい研究を進めて参りまして、新しいものができる場合は非常に多くできなければなりません。私は、医療技術の開発という点から、今後この面は大いに努力されなければならないと思うのでございますが、この場合に、もしも医薬品あるいは医療機械等、このようなルールを国家権力によって取りきめられますならば、医療技術の開発が不可能になるだろうと思います。これは見えない面のおそろしさでありまして、この面について重大な考慮が払われなければならないと思います。医師に支払う診療報酬だけルールを作られまして、そうして、もしこのようなルールが将来拡大されましたときには、日本では医療技術の開発ということは不可能になります。私は、日本の医学文化と国民の福祉を犠牲にするようなこの案に対して、根本的に考え直していただきたいという立場をとって、絶対反対をいたしております。
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中野四郎#3
○中野委員長 次に、安田彦四郎君。
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安田彦四郎#4
○安田参考人 ただいま御紹介を得ました健保連の安田彦四郎でございます。このたびの臨時医療報酬調査会設置法案につきまして意見を述べろというお話でございますが、私ども、かような法案が一日も早くできますことを念願いたして、実はお願いしたい気持でおるわけでございます。
 この経緯を申し上げませんと私たちの気持もおわかりにならないと思うのでありますが、過去医療費を決定いたしますごとに非常にこんとんとした状況が起こりまして、ことに診療担当者であります私どもがお願いしております諸先生が、ストライキであるとかあるいは診療拒否であるとか、私どもの方から申しますならば、患者、国民が非常に困る――昨年の医療費の問題のときも、保険ということで、今まで診療費を決定いたしますのには、私どもと先生方と話し合いをしてきめて参ったのでありますが、診療担当者には二年間も中央医療協議会に出てきていただけない。従って、診療報酬の話し合いをすることができない、かような状況が続きましたことは、諸先生も御存じの通りでございます。そこで、昨年の二月に古井厚生大臣は、適正な診療報酬を決定するルールについてとるべき方途という諮問を社会保障制度審議会にされたのであります。当時、社会保障制度審議会はかような問題を取り扱いますことは避けたい、委員全体はさような空気であったのでありますが、政府の勝手な意向で、このこんとんとした状態をぜひ解決したい、また、診療担当者の方々にもぜひ参画して医療費が決定できるという方途を見出して、その結論がどうあろうとも政府は必ず従う、かようなお話がありましたので、私も委員の末席を汚したのであります。一カ月にわたりまして鋭意この審議をいたしました結果、第一の問題は、診療報酬を決定いたします一つのルールというものを確立したならば、今後さような諸問題で混乱することが少なくなるだろう、少なくともさようなことをなくさなければならぬ、かような方途でただいま問題になっております臨時医療報酬調査会の設置法案の勧告を第一に取り上げだのであります。それに付帯いたしまして、診療担当者が出ていただくのには――今までの中央医療協議会の方に、いろいろの憶測があって出てきていただけない。それで、第二段といたしまして、四者構成を三者構成にする、しかも保険者である政府は出てこないようにする、かようなことが、第二のこれに付帯した条件として、つまり診療報酬の臨時調査会を設けることを前提条件として中央医療協議会を改組する、かような提案をされたのであります。従いまして、時の政府は、直ちにこの二法案を通常議会に提出されたのでありますが、不幸にしてこれは審議されないで廃案になった。その後、私どもといたしましては、この医療費を決定いたします中央医療協議会がどうも動かない。ちょうど、その後、灘尾厚生大臣が御就任になりまして、医療懇談会というものができ、ぜひ医療費を決定する一つの方途について、何とか診療担当者の方々、私ども、ことに被保険者、さような方々と話し合いをしてスムーズにきめたい――これが医療懇談会でありまして、そのときに、時の政府、灘尾厚生大臣は、七月一日にはすでに医療費の改定があったのでありますが、十二月一日以来二・三%診療費を上げることによって、今後は診療担当者と私どもとが全部スムーズにうまくいくのだ――当時私どもの見解を申し上げますならば、先生方も出ておいでにならない、いわゆる腰だめ的な医療費の値上げということはおかしいではないか、ぜひ医療経営の実態調査に基づいてやっていただきたい、過去、三十二年のときにおきましても、中央医療協議会において、医師会の諸先生方とともどもに、今後は医療経営の実態調査に基づいてやろうではないか、さようなお話し会いがあったのでありますが、これができぬままに、昭和二十七年の古いデータをもってこれを引き延ばして、七月一日の医療費の値上げをした、かような不都合な事実があるのです。それにもかかわらず、また九月十七日に厚生省、政府から提案されました医療費の値上げによって将来うまくいくのだ、またぜひ自分はやってみせるという大臣のお話がありましたので、私どもには七月一日以来の実態もわからないのに、年二回も医療費を上げるということについては――上げるべき必要があれば私どもは従っていくのでありますが、もう少し実態を見ていくべきではないかという主張をいたしたのでありますが、それも今後諸先生とお話し合いをしてうまくやっていけるのだ、またやってみせるという厚生大臣のお話がありまして、忍ぶべからざるを忍んで十二月一日の値上げにも従って参った。従って私どもは、その後には必ず将来うまく動きますところの中央医療協議会と、これに付帯しておりますところの臨時医療報酬調査会というものがぜひ設立される、そうすれば、今後は争いもなく逐次医療費の改定ができていくものだと信じておりましたところ、一方の臨時医療報酬調査会法案というものは出ませんで、中央の医療協議会の改組だけが出た、しかもそれは社会保障制度審議会で全会一致答申した案よりも相当変わったものが出た、かようなことに相なっておるのでありまして、私は、とかく世間でいろいろ御論議がありますように、決して医師会の諸先生とけんかをいたしているのではありません。政府が私どもに約束をしていただいたことが実現いたしませんので、ぜひさような方向でやっていただきたい。その後、この当時、中央の医療協議会の改組法案はもちろんのこと、地方の医療協議会までも改組されまして、この大切な、将来医療費をきめるのはトラブルが起こらないようにするというこの法案を取り上げられなかったということにつきましては、私は、厚生大臣、厚生省の態度に非常に不満を持って、再三陳情もいたし、お話もいたしたのでありますが、その後了とされたのでありましょうか、今回この臨時医療報酬調査会法案を議会に提出されまして法律を作りたい、こういう政府の御意図でございますので、私といたしましては、この臨時医療報酬調査会法案ができますならば、将来の医療費の争いというもの、たとえば諸先生の御主張になる医療費というもの――私どもは、医療費というものは、医療の経営の実態というものもございましょうし、医療水準というものもございましょうし、保険経済でやる、保険の仕組みでやるのでございますので、これはやはり国民経済であるとか、あるいは時の政府の財政であるとか諸種の問題、あるいは医療保障制度に関する諸種の問題、あらゆる材料が検討された上で、しかもただいま申し上げました医療経営の実態が明らかになって、それでいわゆる診療担当者の方々も、また保険料を負担する被保険者の方、また保険という制度で運営されておりますので、その責任者であります保険者も、納得の上でかような医療費をスムーズにきめられる、少なくとも一つの方向が出ますならば、争う幅というものが非常に少なくなりますので、早くかような法律ができまして、医師会の方、歯科医師会の方、薬剤師会の方――保険制度でございますので、私は以前にありました四者構成が正しいと思っておりますが、今回変わりました三者構成の中央医療協議会におきましても、かような臨時医療報酬調査会法案というものができますならば、その争う幅が二倍も三倍も違うということはあり得ない。そこで、さような一つの法則といいますか、一つの方向が出ますならば、それを諮問していただきますならば、中央医療協議会で当然お話し合いができていくものである、また妥協すべきものは当然妥協していける、これが将来の皆保険を運営するのに最も大切な一つの方向であろう、かような意味におきまして、政府にぜひかような法案をお取り上げ願って、議会の御承認を得て早くこの方向をきめていただきたい。今回かような法案をお取り上げになっておりますので、ぜひさような方向で、将来ともに、皆保険下の保険で日本の医療保障をやっていくという現行でございますので、ぜひこの法案が直ちにできまして、スムーズに将来の医療費の問題を、お互いに診療担当者も私どもも、ともどもに取り上げていけるようにしていただきたい、これが私どもの念願で、これに賛成いたしておるわけでございます。
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中野四郎#5
○中野委員長 次に、末高信君。
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末高信#6
○末高参考人 この問題について一言申し上げます。きょう私がお呼び出しをいただきましたのは、早稲田大学教授、一人の教員としてお呼び出しをいただいておるのでございます。私は、各種の審議会、社会保障、社会保険の団体に属している者でございますが、それらの意見を何ら反映するものではない、全く私個人の意見である、従って、私の発言がそれらの審議会、調査会あるいは団体等に御迷惑がかからないように、前もってお断わりを申し上げておきたいと思います。
 医師の職分というものはきわめて重要でございます。医師のお仕事は、外国語で申しますとプロフェッション、単なるジョブであるとかコーリングであるとか、世間そこいらにある単なるお金をもうけるための職業ではないので、プロフェッションである。プロフェッションというのは、高い教養と知的な経験を持ちまして、国民の指導者として国民の憂いを憂いとして考えて、職務に従事するという者がプロフェッションでございます。私ども大学の教授にいたしましても、しゃべることによりましてどれだけの報酬が得られるとか、知識を彼に与えることによってどれだけの反対給付があるとかいうようなことで、私ども教員は話をし、仕事をしているのではないのであります。従いまして、それと同じような立場にある医師の皆さんも、患者の脈をとる、診察をする、投薬をするという場合は、相手方の身のうちになりまして、自分一身の利害から離れて治療に専念しなければならないというのが、医師の職分であると思うのであります。
 そういうような職分に対しましては、もちろん社会はそれ相当の処遇をしなければならない。安心してその職務に従事できるような報酬を差し上げなければならない。その報酬が、今日のような点数単価というような出来高払い方式でもって行なわれているというところに、非常に大きな悩みがある。従いまして、今日医師会と支払い団体並びに政府との間にございまするところの各種の紛争は、医師と社会との結びつきが今日のような関係を持続する限り、すなわち、個別的にこの診療をやれば、どれだけの点数と単価によりまして計算されたものが、自分のふところに入るという計算方式をとる限り、これは争いが全然絶えない。すなわち、いかなるものにいたしましても、技術にいたしましても、サービスにいたしましても、もらう方はやはりいつまでたっても満足ではない低いものをもらっておると思うでありましょうし、支払う側から申しますれば、それは合理的なものを支払いたいが、できればなるべく安いものを支払っておきたいというのが、経済の根本原則でございます。お医者さんのお仕事はもちろん経済そのものではないのですが、しかし経済行為でもあるわけです。医療行為は同時に経済行為であります。何となれば、相手方からお金をもらいまして自分の生活の資源としているという意味において、医療行為を離れてお医者さんの金銭的、経済的の生活は成り立たないという意味において、医療行為はすなわち経済行為であります。すなわち、芸術家といわれるところの音楽を演奏する方でも、あるいは美術の制作をなさる方におきましても、美術を制作し、音楽を演奏するその瞬間におきましては、高い芸術的環境のもとに行なわれるに違いないでありましょうが、同時に、それから得られるところの収入がその人たちの生活の資源となるという意味においては、芸術の活動はすなわち経済の活動であるというわけでございまするからして、経済の面からこれを私ども考えてみなければならないと思います。
 そういたしますると、今日のような出来高払い方式でもって医師の方々にお支払いをするという、この方式はどうであろうかということが、私ども命を守り、健康を保持するために医療行為を必要といたしますが、その医療行為は、医学者の説明するところによりましても、予防と臨床的な医療行為と後医療と三本になる。こまかく分かちますれば、七つにも八つにも医師のやりまするところの専門行為は分かつことができるかと思うのでございますが、大体におきまして予防と臨床療法と後医療、この三つでございます。ところが、予防であるとか後医療ということになりますると、今日の社会的な状態におきましては金にならないのです。現実に痛みを持ち、弱みを訴えるところの者に注射をし、投薬をし、治療をするということによってのみ、医師の諸君はお金になる。従いまして、全般の医療行為の中で、お金になる部分だけに数万の医師はほとんど全部集中しておる。予防とか後医療に仕事をお持ちになっておる医師の諸君というものは、数の上から非常に少ない。もちろん現在病気であり、痛みを感じておる、いわゆる患者という方々が社会には非常に多いから、依然臨床医療に従事される方が数の上において多いということはわかるのでございますが、しかし、とにかく現在の多くの医師の諸君は、出来高払い方式によってその収入を得ておるために、従って収入にならないところには医療が行なわれないというようなみじめな状態にあるわけでございます。
 そこで今日それを是正するにはいろいろな方式がございますが、今現にふところに金がなければ医療を受けられないという状態は、すみやかに解消しなければならないというので、保険医療というものが成立してきたわけでございます。この保険医療につきましては、やはりどうしても出来高払い方式をとらなければ、保険医療というものは行ない得ないか、これを継続することができないかと申しますと、保険とか国営とか、あるいは私ども個別的の医療を受ける場合に、個人が金を出すかというような金の出どころの問題なんです。国営という場合は、主として国の税金によってその医療の全額をまかなう。それから保険医療という場合は、国民がそれぞれの分に応じて、一応の計算の方式によりまして取り上げられたところの保険料という、共同の準備した財産と申しますか、資金をプールいたしまして、それからお金を払っていく。それから個別的の私どもが治療を受けるという場合、私費でもって治療を受ける場合は、私ども個人の収入から治療費を払うわけでありますが、出どころは、国民の総所得のうち、医療費に充てられる部分が、あるいは税金の形、あるいは保険料の形、あるいは個人の所得の形で準備されたものから払われるということでございます。その資金の調達方法はいろいろございましょう。たとえば国営であるとか保険方式であるとか個別的であるといたしましても、お医者さんの処遇に関しましては、また出来高払い方式と別に考えてよろしい。出来高払い方式でない、たとえばイギリスにおけるような登録人頭式であるとか、あるいはソ連におけるような、純然たる俸給式によってほとんど全部の医療がまかなわれるというような方式は、国営にならなければそういう方式は行ない得ないかというと、そうではないのです。保険方式でも、国営方式でも、医師の諸君に対するところの支払い方式としては、やはりただいま申し上げたような登録人頭式あるいは俸給式という方法もとることができるのではなかろうか。それで医師の生活を、先ほど申しましたように、プロフェッションというような特殊の職業、高い社会的地位に応ずるところの収入をまず確保する、それから先のいろいろつけ加えの部分につきましては、あるいは出来高払い方式でも、点数単価の方式でも、差額徴収の方式でもよろしいのではなかろうかと私は考えております。そういうような医師の諸君と社会との結びつきにつきまして抜本的な改善の道を講ずるのではない、あくまでも出来高払いの方式――点数単価方式というのはあくまでも出来高払い方式でありますが、その出来高払い方式を堅持する限りにおいては、医師の諸君と、保険を管理しておるところの厚生省、あるいはその資金をまかなう総合的な準備資金としてこれを調達し、準備しておるところの保険者との間の争いはとうてい絶えない、百年河清を待つようなものではなかろうかと私は考えているわけでございます。
 それでは現在の瞬間においていかにしたらばいいかということを申し上げますと、現在の瞬間におきましては、やはり一応のルールがなければならない。もちろんこのルールを作ることにつきまして、各団体、医師会をも含めて各団体がそれぞれのルール、基準をそれぞれの学者に委嘱してお作りになるということはけっこうでございましょうが、それらのものと各団体あるいは政府の機関において作られるものが、社会的に公開せられ、論議せられていいものが採用せられるということが必ずや行なわれるのではなかろうか。私は、もしも今度の臨時医療調査会によって出てくるところのルールが、唯一絶対のものであるとして、社会全体の、特に医師あたりの、医師会あたりの承認なくして強行せられるということはとうてい考えられない。必ずや良識を持って、社会の批判に耐えたりっぱなものが行なわれるようになるであろうと考えるわけでございます。そこでこの値段のきめ方ですね。医療費のきめ方につきましては、医師会の方は自分たちの納得するものでなければだめだ、それから支払い側団体は、われわれの支払い能力の限度内でなければだめだ、それじゃそこで歩み寄りまして何らかの結論が出たらば、国民は常にそれをのんでしまわなければならないかというと、私はそうは思わないのであります。それはやはり国民全体としてりっぱな治療が受けられるような制度ができて、初めてこれを納得し、承認する、その承認の上に国の政治というものは行なわれなければならない、そういうような条件を付しまして、私は少なくとも、官制のものは全然いかぬといえばそれは別でございますが、とにかく政府自体が作るところの調査会によりまして、臨時医療調査会によりまして一つのルールができてそれを社会に示す、批判を受けるという段取りができるという意味におきまして、すみやかにこの調査会法案が通ることを希望するものでございます。
 以上をもちまして私の意見の陳述を終わります。
    ―――――――――――――
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中野四郎#7
○中野委員長 質疑の申し出がありますので、まず最初に武見参考人に対しての質疑を許します。河野正君。
 河野君にちょっと申し上げますが、質疑者が相当多数に上っておりますから、きわめて簡潔にお願いをいたします。
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河野正#8
○河野(正)委員 今日経済成長という社会経済の過程の中でございますから、従って今日の医療費というものを、そういう過程に適応した適正な、合理的な医療費として算定していくということは、私は基本的には正しいのでなかろうかというふうに考えます。ただ問題は、しからばそれをどういう方法によって、どういうルールによって達成をしていくか、こういう点を私はきわめて重要だと考えております。しかし、今日いろいろ巷間伝うるところによりますと、支払い側と療養担当者でございます医師会側との間に意見の食い違いもあるようでございますが、そういう意見の食い違いというものも、今申し上げましたように、どういうルールによってやっていくかという点についての意見の食い違いであろう。先ほどから三人の方々に意見をお伺いいたしたわけでございますが、主として武見会長あるいは安田会長は、今日までの経緯についての御意見の御開陳がございました。末高教授の場合は、若干方法論についても論及されましたけれども、主として利害相対立いたします御両者については、経緯の開陳が主であったようでございます。今日までこの医療報酬調査会設置法に関します論議は、主として与党委員を中心として行なわれたわけでございますが、その際、私どもが静かに承っておりまして非常に不可解に感じました点は、それは与党委員といえども、この法案の審議にあたって、審議すればするほどこの法案の趣旨というものがだんだんと不明確になっていく。本来から申し上げますと、審議する過程の中でもろもろの疑惑というものが解消される、これが主として今日までの審議の過程におきます状態でございましたけれども、今度の場合は、審議を重ねれば重ねるだけ、今申し上げますようにこの法案の目的なり趣旨というものがぼやけていく、これが私は一つの特色ではなかっただろうかというふうに考えるわけでございます。
 そこで、まず第一に武見会長にお伺いを申し上げてみたいと思います点は、この調査会設置法が提案をされました目的なり趣旨というものが一体那辺にあったか。それは新聞あるいは巷間伝うるところによりますと、一方では医師会の強い反対がある。片や支払い団体側からは突き上げが行なわれる。そこで、そういう状況、向背に敵を受けたというような状態に困惑した自民党が、そういう問題を調整するために、公的医療機関の設立規定を内容とした医療法の一部改正を提案した。これと引きかえに調査会法を成立させたい、こういうことも実は新聞、巷間では伝えられておる、こういう状態でございます。そこで私は、国民医療のためにも、あるいはまた、国民医療保障を達成していくためにも、適正なる医療費の算定というものは必要でございますけれども、今申し上げますような政略的な意味でこの法案が提案されるということにつきましては納得できませんし、しかも、私は冒頭に申し上げましたように、審議を重ねれば重ねるだけどうも目的というものが不明確になっていく、そういう印象も強く持っておりますので、この際、この法案の提案されましたその趣旨というもの、目的というものが一体那辺にあったかというような点についてどのようにお考えになっておりますか、まず一つ所信を伺っておきたいと思います。
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武見太郎#9
○武見参考人 ただいまの御質疑の目的、趣旨の点でございますが、これは他の法案と取り引きされるべき性質のものではございません。私どもはこの点について明確に割り切っております。それから、この趣旨が、審議すればするほどわからなくなるとおっしゃいますことは、私はこの趣旨につきまして、最初から灘尾厚生大臣と個人的に話し合いをいたしました。最初、御就任直後いろいろ話し合いをいたしましたときには、医療協議会で話し合えば済むことだから、屋上屋だと自分も思うというふうな御意見でありました。これは個人的な話し合いの場であります。従いまして、中央医療協議会が先に提案されたというのは、そのような事情であったと思います。従いまして、私は灘尾厚生大臣も当初はこれに重点を置いておらなかったということを確信いたすものでございます。ところが、国会におきまして、与野党の共同修正によって私は非常にいい結論が出たと思っております。これは初めて大正期の健康保険法の中で、わずかに民主主義の原則が貫かれました部分が中央医療協議会法だと思うのであります。ここでお互いに自分たちのルールを持ち寄りまして、そして国会承認の中立委員があっせん統一するということが、私は民主主義の原則だろうと思います。そういうふうに中央医療協議会を了解しておったわけであります。しかるに、あとから支払い団体、日経連等が、調査会がないならば委員を出さないということを言っております。それによって今日まで法案通過後六カ月間、この法案が執行されないでおりまして、それによって私はこの法案が今度押し出されてきたというふうな感じを受けているものであります。私は国会の権威のために、非常にこの点を惜しんでおります。一団体の横車によって、与野党共同で修正された案を、大臣が執行できないというくらい恥ずかしいことはないと私は思います。国民の一人として非常に残念に思っております。私はこの案の内容につきまして大臣といろいろお話し合いいたしましたが、自分も案の内容はまだ考えていないし、これから考えるのだということでありまして、その内容、趣旨については十分わかっていないのであります。
 ところが、私がここで非常に問題といたしますところは、先ほど来安田参考人からいろいろ御親切な話が出まして、これがほんとうならば診療担当者との争いは最初からなかったわけであります。鉄道職員の給与が倍になりました昭和二十六年から三十二年まで六年の間に、これは医師会の委員も医療協議会に出ておりましたが、単価診療報酬は一文も上がっていないのであります。お上げにならなかったのであります。三十二年に私が就任直後一点単価三円の増額をいたしましたときに、まっ先に反対をいたしましたのは健保連の専務理事であります。このような形から問題が出てきたのでありまして、もう一つ私は重大な点を指摘しておかなければならないと思います。灘尾厚生大臣が、話し合いに入りましたときに、懇談会の席上におきまして、お手元に差し上げてございます資料におきましてこういうふうなことを言っております。「適正な診療報酬は、特に経済成長のテンポが速い時期においては、社会経済の推移に即したものでなければならないので、関係者の協議により医業経営の実態、国民の負担及び保険財政などに関する調査を実施し、その結果に基いて、適正な診療報酬の実現を期する。」ということでありまして、これは当然中央医療協議会でなさるべき性質のものであります。中央医療協議会に上部機関がなければこれができないということは考えられないのでありまして、当面の問題から処理するといって、健保連も日経連も、関係団体を全部お集めになって、灘尾厚生大臣みずから筆をとりました了解事項に、明らかに関係者間の協議によるということがいわれているのであります。この事項の中には、調査会を作るということは一つも言っていらっしゃいません。その他の約束事項を全部踏みにじっておいて、この調査会をまっ先にお出しになったことにつきましては、全く私は了解に苦しんでおります。
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河野正#10
○河野(正)委員 ただいま武見会長から医療懇談会の了解事項の一部を取り上げて、この調査会法が提案されました不当性についての御指摘があったわけでございますが、実は私もいろいろな資料を集めまして、検討をいたして参ったわけでございます。その中で、私もやはり今武見会長が指摘されました懇談会の了解事項の中で、「関係者の協議により医業経営の実態、国民の負担及び保険財政などに関する調査を実施し、その結果に基いて、適正な診療報酬の実現を期する。」こういう関係者協議によるという了解事項がありましたので、どうもこのこと自身は、今後の診療報酬については医療協議会の中で決定をしていくという意味ではなかろうかというふうに、実は私も赤鉛筆でしるしをつけまして、この点をはっきりしていただこうということで考えておったわけでございます。ところが、今私からも申し上げましたように、武見会長から前もって御指摘がございましたので、私どもそういう点については何か割り切れぬものがあるような気がいたします。
 しかしその点はお触れになりましたから、私はそのことを若干中心にしてもう一点お尋ねを申し上げておきたいと思いますが、それは先般成立をいたしましたいわゆる中央医療協議会、この法案によりまして、この中立委員というものが国会の修正によりまして国会承認人事になった。このことは、この中央医療協議会の審議にあたってきわめて民主的に運営し得るという一つの条件を備えただろうと思いますし、また、国会の良識もそういう方向に運んで参ったように私は考えます。そこで、先ほど安田会長からも、あるいはまた、末高教授からも、いろいろと買手と売手の問題についての御指摘がございました。そういう心配があることは、私も否定はいたしません。しかしながら、そういう支払者側と療養担当者側とのいろいろな意見が相違した場合に調整を行なう、あるいはあっせんを行なう、そういう場合に、私は、先般成立をいたしました中央医療協議会の中の中立委員というものが国会での承認人事でございまするし、中正な立場をとるだろうというふうに予想されるわけでございますので、従って、そういう中立委員を中心として、この支払者側と療養担当者側とのいろいろな意見の食い違いというものは、調整できるのではなかろうかというふうに考えるわけです。にもかかわりませず、この中央医療協議会の開催の条件として、この調査会法をなぜ持ち出したか。反対とか賛成とかいうことは別として、そういう条件のもとになぜ調査会法を持ち出したかという合理的な根拠というものが、私は必要であろうというふうに考えるわけです。そういう点についてどういうふうにお考えになりますのか、先ほどの発言とも関連をいたしますので、あらためてお伺いを申し上げたいと思います。
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武見太郎#11
○武見参考人 この合理的な根拠と申しますものは、私は学問的にはあり得ないと思います。これは権力的には官僚保険者の権力的に行使しようという目的だけで、私はこのようなものができたと思います。中央医療協議会が独立して機能を発揮するようにできているものに対して、その上部機構がなければその機能ができないということはないはずであります。また、厚生大臣や厚生省が、みずから学識経験者をたずねて、意見をまとめてルールをお出しになることも一向差しつかえないことでありますし、中立委員が国会承認であるという異例の処置をとられました根源も、そこにあると思います。それらを乗り越えて、法律権力によってルールを作らなければならないというところに、私は自由主義と民主主義を捨てて、官僚の徹底的な権化であるという灘尾厚生大臣の根本思想が表に出ていると思います。
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河野正#12
○河野(正)委員 まずそういう点についても、若干与党委員の質問に対して、厚生大臣からるると釈明をされた事情もございました。ところが、私どもも厚生大臣のいろいろな見解を静かに承りまして考えたのでございますが、御承知のように、今回の調査会の委員というものは、総理大臣が任命をいたします委員でございます。そこで、事と次第によっては、たとえば与党委員の質問によって、厚生大臣からもいろいろと所見の開陳はございますけれども、これは厚生省を離れて総理大臣が直轄する調査機関でございますことは、法律の趣旨が明示する通りでございます。そこで私は、厚生大臣がいろいろとこの委員会の席上において解明をされておりますけれども、はたしてその方向にいくものであろうかどうか、私は一まつの不安を持たざるを得ないのでございます。そこで、私どもが非常に気になりますことは、この調査会が、なるほど法文の示すところによりますと、診療報酬算定の基準、ルールというものを確立するということでございますけれども、そのことが、事と次第によりましては、この診療報酬のみならず、支払い方式についても大幅な変更ということを考慮していくのではなかろうか。実は厚生大臣の意図と違って、総理大臣が直接任命するわけでございますから、この委員の構成、委員の考え方次第によっては、そういう方向にも発展する危険性があるのではなかろうか。そうしますると、私どもはこの委員会でいろいろと厚生大臣の御見解を承って参りましたけれども、厚生大臣の御見解をそのままのみ込むわけには参らぬというような事情もございます。そこで、そういう危惧というものに対して日医の方ではどういうふうにお考えになっておりますのか、この際私どももこの法案の行く先につきましては非常に関心を持っておりますので、この際そういう点につきましても御所見を承っておきたい。
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武見太郎#13
○武見参考人 この調査会法がもし活動を始めるということが予測されますならば、全国の診療担当者――医師、歯科医師、薬剤師は全くのあてがい扶持の体制になるだろうと思います。これは少なくとも、先ほど末高教授がおっしゃいましたように、プロフェッションとしての地位を認めない形になると私は思うのであります。いやしくもプロフェッショナルな団体と申しますものは、みずからの技能をみずから評価して、これを世に問うことが正しい姿であると考えます。あてがい扶持にするということになりますと、全国の診療担当者は、一日も安んじてその職にあって仕事をすることができなくなるだろうと思います。
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河野正#14
○河野(正)委員 そこで、ただいま私が指摘申し上げた点に関連をするわけですが、そういうわけでもう一点お尋ねをしておきたいと思います。今も申し上げましたように、今度の調査会が設置されますると、今までの中央医療協議会とは違って、委員は総理大臣の任命であり、総理府に直属する機関となるわけでございます。そこでいろいろと今後の基準またルールを確立していくためにも、地方公共団体あるいは行政機関等に資料の提出を求め、あるいは協力を求めることになろうかと考えます。そういたしますると、これはちょっと武見会長もお触れになったようでありまするが、この調査会の運営というものが、官僚統制的な色彩を強める危険性がありはしないか、こういうところを私は心配をいたすわけであります。そういう点についてどういうふうにお考え願っておりますか。この際そういう点につきましても明快なお考えを承っておきたいと思います。
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武見太郎#15
○武見参考人 ただいま御指摘のございました通り、私どもは、厚生省の官僚的なとりでと総理府のとりでと、二重にこさえようという意図だと考えております。
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河野正#16
○河野(正)委員 この医療費の問題は、今日まで長い間の懸案事項でございますので、こういう問題をうまく円満に解決していくためには、私はやはり話し合いと申しますか、民主的な方法によって解決していくということがきわめて望ましいというふうに考えます。にもかかわりませず、今私が指摘申し上げましたように、官僚統制的な色彩が非常に濃厚になっていくということは、少なくとも私どもの願いに逆行する点でございますので、こういう点に対しまして、私どもは十二分に関心を持っていかなければならぬのではなかろうかというふうに考えます。これは問題の基本でございますので、今後の医療の進んでいく方向についても若干検討を加えておく必要があろうと考えます。そこで一、二御所見を御開陳願いたいと思いますが、先ほどちょっと会長がお触れになりましたけれども、社会保障制度審議会が、過去三カ年間、社会保障の総合調整という問題について検討を進めて参った経緯がございます。そして七月の答申を前に、そのたたき台ともいうべき方向を一応取りまとめたようであります。しかもその中に、冒頭に、国民のすべてに対して公平に医療を保障するには、医療の国家管理を行なわなければその目的を十分達成することができない、こういう大きな前提を打ち出しております。さればといって、今後十年間に、医業の自由開業制度を大幅に改めることはきわめてむずかしい問題である。そこで考えられるのは、医療保険を中心として医療保障を行なうことである。ここで非常に重要な点は、将来の医療保障の中心というものは医療保険だ、こういう指摘の仕方を行なっておるわけです。私は、こういう基本問題というものは、医療費を検討する場合にはきわめて重要な要素を持ってくると思いますので、これは社会保障制度の総まとめでございませんけれども、一応の取りまとめでございますけれども、そういう方向を示しつつあるという現況、こういう現況の中でわれわれは医療費問題というものを考えていかなければならぬわけでございますから、そういう現況に対して、武見会長はどういうふうにお考えになっておりますのか、一つこの際御所見を承っておきたいと思います。
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武見太郎#17
○武見参考人 今後の日本の医療をどうすべきかという非常に広範な問題から入りまして、社会保障制度審議会の総合調整の問題点の御質問に入ったわけでありますが、私は、あの問題点くらい、全く世界の医学の動向を無視した、しろうとの暴論はないと思っております。世界の医学の方向は、病人を出さない方向に向かっていくと同時に、ポジティブ・ヘルスという問題を大きく取り上げております。これに関連いたしまして、環境の醸成という問題が、非常に大きな問題としてクローズ・アップされております。私は、日本の医療の将来の問題は、保険中心でいけなくなる時期が、もう十年くらいでくるだろうと考えております。保険中心というものはなぜやれなくなるかと申しますと、これは、国民の寿命が長引きまして、老齢者の非常にふえてくるという実態がございます。すでにスエーデンにおきましても、平均余命は延長しておりますけれども、六十才、七十才の人たちのほんとうにどれだけ延びたかというと、一年ないし三年しか延びてないわけであります。つまり老人が非常にふえたわけでありまして、日本においても、その事実には違いがないのであります。そうして老齢慢性病をしょいました国民健康保険の姿では、もうやれなくなるという時代が参ります。これは昭和四十六年を日本のピークといたしまして、はっきりと打ち出されると思うのであります。従いまして、保険が中心で日本の医療保障が行なわれるという考え方に対しては、私はにわかに賛成いたしません。また、世界の医学的な立場に立ちましても、医学の立場と申しますものは、環境の醸成とポジティブ・ヘルスの問題に重点が移っておりまして、これがコンプリヘンシブネスという形でアメリカでは呼ばれております。またヨーロッパでグレーダー・メディシンという形でも言われておるものでございます。ここにおきまして、医学の思想的革新という問題が、人類生態学の立場から、はっきりと変った形が出てきました。そういうことでございますので、社会保障制度審議会の問題点の総合調整というものは、全く世界の医学から遊離いたしまして、日本の国民大衆にとって、今後の十年後の医療は保障できないという見解に私は立つものであります。
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河野正#18
○河野(正)委員 今、社会保障制度審議会のたたき台とも称すべき一応の取りまとめに対します医療保障の中身の問題についての御見解を承ったわけでございますが、と同時に、やはりその中で私どもが問題とし、さらに若干御所見を承っておきたいと思います点は、医療保障が保険の形をとって参ります場合に、医療費保険としての性格を持っていくということは、今私が御指摘を申し上げた通りでございますが、そういうことに関連して、直接医療を保障することにより医療費保険としての性格を持つとしても特に非難すべきではない、こういうように言っておるわけです。すなわち、医療費保険の意味というものが医療費給付の方向をさしておるといたしますならば、それは療養費払いの道を開いていくということに通ずるのではなかろうかと考えるわけですが、そういう点に対してどういうふうにお考えになっておりますか、この際御所見を承っておきたいと思います。
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武見太郎#19
○武見参考人 私は、あの勧告は英国式の国営医療とフランス式の方式を混淆していると思います。その点で論理的には支離滅裂でございます。それからまた、療養費払いの問題に関しましては、私は、現段階におきましては零細所得階層にしわ寄せされるという考え方に立ちまして、ヒューマニズムの立場から絶対に賛成いたしません。必要な場合にどのような専門家にでも見てもらえるという形が、私は一番いいと思います。
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河野正#20
○河野(正)委員 今私は、主として今後社会保障制度審議会が示しております方向について、医療担当者としてどういうふうにお考えになっておるか、このことが医療費問題を検討する場合にきわめて重要でございますので、そういう意味で若干御意見を承ったわけでございます。
 そこで、時間もございませんから、具体的な点について、一、二点この際承っておきたいと思いますが、今日の現実は、これは会長が御指摘のように、自由経済社会でやっていく。そこで武見会長からも若干申し述べられた点でございますが、買手と売手の間では、末高教授からも安田会長からも、いろいろ意見の食い違いが出てくる。それでそういう処理をどうするかという点については、参考人の三人の方からもそれぞれ御意見の開陳がございましたから、それは問題でございませんが、自由経済社会の現実というものは、これは無視できない。しかも一方においては国民皆保険というふうに、現実の中で一つの異なった体制というものが押しつけられておる。そこで私はいろんな混乱状態が起こってくるというふうに考えるわけです。そういう混乱は、当然起こるべくして起こってくる一つの混乱でございますから、それはやはりどこかで調整しなければならぬというふうに考えるわけです。しからば一体、そういう調整はどういう形でやったが最も適切であろうか、そういうふうにこれは建設的に考えるわけでございますが、そういう点についてはいかがでございましょうか。
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武見太郎#21
○武見参考人 先ほど売手、買手の問題がございましたが、末高教授の御発言は、あの社会保障制度審議会のたたき台になりました問題点とほとんど同じでありまして、将来の国家管理という点の内容を御説明になったのでありますが、私が伺って感じました点から申しますと、医者は月給をやって食わしておけば、それで一文句が出ないだろうというふうな考え方でございます。プロフェッションというものは、末高教授も御指摘になっておりますが、プロフェッショナルなスピリットもございますし、プロフェッショナルな自由もございます。金の問題だけでいかないことを逆の面から私ははっきりとしておきたいと思いますが、国家管理によって月給制度にいたしましたイギリスにおきましてすらも、末高教授が最もあこがれておられるイギリスの方式にいたしましても、トラブルがほとんど年じゅうございます。しかもイギリスにおきましては、医師は国家公務員であるけれども、専門職業であるから、不平不満に対しては仲裁裁定機関がなければならないということでありまして、イギリスにおいては仲裁裁定機関を作っているくらいであります。ですから、国家管理をやったから問題がなくなるということは、社会保障制度審議会が非常に即断していると私は考えます。
 それから将来の形でございますが、これは私は、三時間くらい時間をいただきましたら、十分にお話し申し上げたいと思っております。
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中野四郎#22
○中野委員長 河野君に申し上げますが、時間の関係がありますから、結論にお入り下さい。
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河野正#23
○河野(正)委員 そこで時間がございますれば、三時間かかって御高説を拝聴いたしたいのでありますけれども、委員長の御指摘もございますから、これは簡単でけっこうですから、どういう形が一番望ましいか、これは私ども十分意見を聞いて、国会ではこれをどうするかという検討を加えなければなりませんので、一つ端的にお述べを願って、私の質問を終わりたいと思います。
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武見太郎#24
○武見参考人 現段階におきまして、結論だけを申しますと、私は健康保険の被扶養者を国民健康保険に入れることだと考えております。これによりまして国民健康保険の財政安定策と、国民健康保険を根幹といたしました、ほんとうに国民と密着した保険制度を一応作ることが必要だと私は考えます。もしも今のような特殊な、企業を中心とした保険制度が支配的な発言権を持っております現状におきましては、過半数の国民健康保険の被保険者の運命は、非常にみじめなものになると思います。私はこの点から考えましても、国民健康保険を根幹とした保険制度に再編成する、ことに組合管掌健康保険は本人だけで、労務管理の一部に移行するのが私はいいと思っております。
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中野四郎#25
○中野委員長 田邊誠君。
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田邊誠#26
○田邊(誠)委員 私は特に医療担当者の経験もございません。しろうとの立場から、簡単に一、二点だけ御質問をいたします。
 医療費の決定にあたって、医療担当者の意見が尊重され、その立場が十分考慮されなければならぬことは、われわれも十分承知をするところであります。ただ現在の社会において、武見さんも言われたように、売手と買手の関係がございますから、これを何らか調整をはかって、最終的な結論に到達しなければならぬという現実の姿も、否定できないことだと思います。そういった場合に、私どもは医療担当者であるところのお医者さんの立場なり、あるいは診療に当たられるところの困難性の克服ということについては、十分考慮しなければならぬと同時に、やはり国民経済なり国民生活というものも、これを無視することはでき得ないのが現状だろうと思います。御意見を拝聴しておりますると、特に先ほどの御意見では、売手であるところの医師は高い位置を持たなければ国民の福祉と合致をしないと言われました。私はある意味ではこの言葉は当たると思いますけれども、しかし、それを医療担当者の側である武見さんの口から聞くことは、私はいささか疑念なしとしないのであります。そして自由経済社会におけるところの医師等のごとき独立した専門職種は、みずからの技能をみずから評価して世に問うべきであると医師会がいわれておる、そこまではいいと思うのですが、相手方は自己の財政力と交換して、そちらから歩み寄ってという意味でしょうが、話し合いによって適正に決定すべきものであると言っておられましたけれども、これはいわばあまりにも売手である医療担当者の立場だけを重要視して、買手であるところの国民の経済なり生活というものをいささか重要視しない、軽視をするというような工合に世論はいっておるのであります。私どもはこの点の誤解を解かないことには、非常に重要な職種でありますところの医療担当者の意見というものが、正当に伝わらないだろうというように考えておるのでありますけれども、この医師会の意見というのは、一体私が言いましたような真意であるかどうか、御意見を拝聴したいと思います。
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武見太郎#27
○武見参考人 国民の立場に立って私どもは終始議論しております。独占資本あるいは中間搾取団体の立場に立って議論した経験は、私は一切ございません。国民健康保険の問題を終始念頭に置きまして、その給付の格差がいかに大きいか、三百の給付をやっております健康保険組合、五十四の給付しか受けていない国民健康保険の被保険者、この大きなアンバランスをどうするかという問題について、私は世論を喚起しているわけであります。
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田邊誠#28
○田邊(誠)委員 今度の調査会の持つ意味合いは、見方によっていろいろと違いましょうけれども、この調査会の是非を論ずる前に一致しておることは、診療報酬の決定をする前の、いわば重要な一つの決定権を持つものは中央医療協であることは、だれしも認めておるところであります。そういった立場からいいまするならば、いわゆる医療担当者の御意向は、この中央医療協でもって十分反映をさるべき立場であるし、そうしてまた、そのような御意見が各方面から理解をされ、政府もその点は認められて、中央医療協の改組に踏み切ったと思うのであります。しかも、いわゆる学識経験者委員四名は、国会の承認によって任命をされるという立場をとられる。そういたしまするならば、先ほどのいわゆる売手と買手の意見の食い違いというものは、この中央医療協でもって十分戦わされ、そうして中立委員といわれる人々の意見も加味をされて、その結論が出されると思うのであります。そういたしまするならば、今回の臨時調査会という時限立法により、今まで混乱をし、一つの概念すらも規定できなかったところの診療報酬に対して、一つの案としての根拠を与えて、これを基礎として中央医療協に諮問をするといった筋道が絶対にいけないという立場は、先ほどの御意見を承ってわかったのでありますが、中央医療協のいわゆる上部機関としてこの調査会が作られる必要はないではないかという御発言がありましたけれども、この点は違うと私は思うわけであります。ただ、調査会の持つ性格とその権能の範囲についてはいろいろと意見がありましょうけれども、これはあくまでも一つの概念を作る、あるいは概念から出発するところの一つのものさしを作ると厚生大臣は言っておるのでありますけれども、あくまでも一つの基礎資料だと私は思います。決定権を持つものは、やはり中央医療協だと思うのであります。そういたしまするならば、この調査会が設置されないことを考えてみた場合には、厚生大臣が一つの素案を作り、参考意見を付して中央医療協に諮問をするという形になろうかと思いますけれども、このことの方が、いわゆる官僚統制なり官僚のやり方を許すという説も成り立つだろうと思うのでありまして、要は調査会の権能をどの辺にとどめておくか、権限をどの程度までに縮小させておき、中央医療協の持つ役割とその活動というものを、制約しないという形に置くことが必要ではないかという意見もあろうと思うのでありますけれども、そういった考え方に立つならば、あなたの先ほどの屋上屋を架せられるという、これは形の上では、もちろん別の組織を作るわけですからそういう形にも見えますけれども、あくまでもその前提の基礎的なものであるという考え方と、幾らか私は違うだろうと思うのであります。その点は、あなたの方でいささか誤解をされておるのではないかと思いますが、いかがでございましょうか。
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武見太郎#29
○武見参考人 私は社会的に見て正解しておると思います。中央医療協議会は、政府案も、われわれ診療担当者の案も、保険者の案も、平等に取り扱われるべきところだと思います。その間にいささかの軽重の区別があってはならないと思うのであります。厚生大臣が御自分で案をお作りになって、お出しになったものを軽く見るという性格はございません。総理府でなぜ作らなければならないか。総理府で作ってもらわなければ診療報酬のルールを持てないような方が厚生大臣であり、厚生省がそのような役所であるということは、国民にとって非常な悲観であると思っております。
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