末高信の発言 (社会労働委員会)

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○末高参考人 この問題について一言申し上げます。きょう私がお呼び出しをいただきましたのは、早稲田大学教授、一人の教員としてお呼び出しをいただいておるのでございます。私は、各種の審議会、社会保障、社会保険の団体に属している者でございますが、それらの意見を何ら反映するものではない、全く私個人の意見である、従って、私の発言がそれらの審議会、調査会あるいは団体等に御迷惑がかからないように、前もってお断わりを申し上げておきたいと思います。
 医師の職分というものはきわめて重要でございます。医師のお仕事は、外国語で申しますとプロフェッション、単なるジョブであるとかコーリングであるとか、世間そこいらにある単なるお金をもうけるための職業ではないので、プロフェッションである。プロフェッションというのは、高い教養と知的な経験を持ちまして、国民の指導者として国民の憂いを憂いとして考えて、職務に従事するという者がプロフェッションでございます。私ども大学の教授にいたしましても、しゃべることによりましてどれだけの報酬が得られるとか、知識を彼に与えることによってどれだけの反対給付があるとかいうようなことで、私ども教員は話をし、仕事をしているのではないのであります。従いまして、それと同じような立場にある医師の皆さんも、患者の脈をとる、診察をする、投薬をするという場合は、相手方の身のうちになりまして、自分一身の利害から離れて治療に専念しなければならないというのが、医師の職分であると思うのであります。
 そういうような職分に対しましては、もちろん社会はそれ相当の処遇をしなければならない。安心してその職務に従事できるような報酬を差し上げなければならない。その報酬が、今日のような点数単価というような出来高払い方式でもって行なわれているというところに、非常に大きな悩みがある。従いまして、今日医師会と支払い団体並びに政府との間にございまするところの各種の紛争は、医師と社会との結びつきが今日のような関係を持続する限り、すなわち、個別的にこの診療をやれば、どれだけの点数と単価によりまして計算されたものが、自分のふところに入るという計算方式をとる限り、これは争いが全然絶えない。すなわち、いかなるものにいたしましても、技術にいたしましても、サービスにいたしましても、もらう方はやはりいつまでたっても満足ではない低いものをもらっておると思うでありましょうし、支払う側から申しますれば、それは合理的なものを支払いたいが、できればなるべく安いものを支払っておきたいというのが、経済の根本原則でございます。お医者さんのお仕事はもちろん経済そのものではないのですが、しかし経済行為でもあるわけです。医療行為は同時に経済行為であります。何となれば、相手方からお金をもらいまして自分の生活の資源としているという意味において、医療行為を離れてお医者さんの金銭的、経済的の生活は成り立たないという意味において、医療行為はすなわち経済行為であります。すなわち、芸術家といわれるところの音楽を演奏する方でも、あるいは美術の制作をなさる方におきましても、美術を制作し、音楽を演奏するその瞬間におきましては、高い芸術的環境のもとに行なわれるに違いないでありましょうが、同時に、それから得られるところの収入がその人たちの生活の資源となるという意味においては、芸術の活動はすなわち経済の活動であるというわけでございまするからして、経済の面からこれを私ども考えてみなければならないと思います。
 そういたしますると、今日のような出来高払い方式でもって医師の方々にお支払いをするという、この方式はどうであろうかということが、私ども命を守り、健康を保持するために医療行為を必要といたしますが、その医療行為は、医学者の説明するところによりましても、予防と臨床的な医療行為と後医療と三本になる。こまかく分かちますれば、七つにも八つにも医師のやりまするところの専門行為は分かつことができるかと思うのでございますが、大体におきまして予防と臨床療法と後医療、この三つでございます。ところが、予防であるとか後医療ということになりますると、今日の社会的な状態におきましては金にならないのです。現実に痛みを持ち、弱みを訴えるところの者に注射をし、投薬をし、治療をするということによってのみ、医師の諸君はお金になる。従いまして、全般の医療行為の中で、お金になる部分だけに数万の医師はほとんど全部集中しておる。予防とか後医療に仕事をお持ちになっておる医師の諸君というものは、数の上から非常に少ない。もちろん現在病気であり、痛みを感じておる、いわゆる患者という方々が社会には非常に多いから、依然臨床医療に従事される方が数の上において多いということはわかるのでございますが、しかし、とにかく現在の多くの医師の諸君は、出来高払い方式によってその収入を得ておるために、従って収入にならないところには医療が行なわれないというようなみじめな状態にあるわけでございます。
 そこで今日それを是正するにはいろいろな方式がございますが、今現にふところに金がなければ医療を受けられないという状態は、すみやかに解消しなければならないというので、保険医療というものが成立してきたわけでございます。この保険医療につきましては、やはりどうしても出来高払い方式をとらなければ、保険医療というものは行ない得ないか、これを継続することができないかと申しますと、保険とか国営とか、あるいは私ども個別的の医療を受ける場合に、個人が金を出すかというような金の出どころの問題なんです。国営という場合は、主として国の税金によってその医療の全額をまかなう。それから保険医療という場合は、国民がそれぞれの分に応じて、一応の計算の方式によりまして取り上げられたところの保険料という、共同の準備した財産と申しますか、資金をプールいたしまして、それからお金を払っていく。それから個別的の私どもが治療を受けるという場合、私費でもって治療を受ける場合は、私ども個人の収入から治療費を払うわけでありますが、出どころは、国民の総所得のうち、医療費に充てられる部分が、あるいは税金の形、あるいは保険料の形、あるいは個人の所得の形で準備されたものから払われるということでございます。その資金の調達方法はいろいろございましょう。たとえば国営であるとか保険方式であるとか個別的であるといたしましても、お医者さんの処遇に関しましては、また出来高払い方式と別に考えてよろしい。出来高払い方式でない、たとえばイギリスにおけるような登録人頭式であるとか、あるいはソ連におけるような、純然たる俸給式によってほとんど全部の医療がまかなわれるというような方式は、国営にならなければそういう方式は行ない得ないかというと、そうではないのです。保険方式でも、国営方式でも、医師の諸君に対するところの支払い方式としては、やはりただいま申し上げたような登録人頭式あるいは俸給式という方法もとることができるのではなかろうか。それで医師の生活を、先ほど申しましたように、プロフェッションというような特殊の職業、高い社会的地位に応ずるところの収入をまず確保する、それから先のいろいろつけ加えの部分につきましては、あるいは出来高払い方式でも、点数単価の方式でも、差額徴収の方式でもよろしいのではなかろうかと私は考えております。そういうような医師の諸君と社会との結びつきにつきまして抜本的な改善の道を講ずるのではない、あくまでも出来高払いの方式――点数単価方式というのはあくまでも出来高払い方式でありますが、その出来高払い方式を堅持する限りにおいては、医師の諸君と、保険を管理しておるところの厚生省、あるいはその資金をまかなう総合的な準備資金としてこれを調達し、準備しておるところの保険者との間の争いはとうてい絶えない、百年河清を待つようなものではなかろうかと私は考えているわけでございます。
 それでは現在の瞬間においていかにしたらばいいかということを申し上げますと、現在の瞬間におきましては、やはり一応のルールがなければならない。もちろんこのルールを作ることにつきまして、各団体、医師会をも含めて各団体がそれぞれのルール、基準をそれぞれの学者に委嘱してお作りになるということはけっこうでございましょうが、それらのものと各団体あるいは政府の機関において作られるものが、社会的に公開せられ、論議せられていいものが採用せられるということが必ずや行なわれるのではなかろうか。私は、もしも今度の臨時医療調査会によって出てくるところのルールが、唯一絶対のものであるとして、社会全体の、特に医師あたりの、医師会あたりの承認なくして強行せられるということはとうてい考えられない。必ずや良識を持って、社会の批判に耐えたりっぱなものが行なわれるようになるであろうと考えるわけでございます。そこでこの値段のきめ方ですね。医療費のきめ方につきましては、医師会の方は自分たちの納得するものでなければだめだ、それから支払い側団体は、われわれの支払い能力の限度内でなければだめだ、それじゃそこで歩み寄りまして何らかの結論が出たらば、国民は常にそれをのんでしまわなければならないかというと、私はそうは思わないのであります。それはやはり国民全体としてりっぱな治療が受けられるような制度ができて、初めてこれを納得し、承認する、その承認の上に国の政治というものは行なわれなければならない、そういうような条件を付しまして、私は少なくとも、官制のものは全然いかぬといえばそれは別でございますが、とにかく政府自体が作るところの調査会によりまして、臨時医療調査会によりまして一つのルールができてそれを社会に示す、批判を受けるという段取りができるという意味におきまして、すみやかにこの調査会法案が通ることを希望するものでございます。
 以上をもちまして私の意見の陳述を終わります。
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発言情報

speech_id: 104004410X03319620425_006

発言者: 末高信

speaker_id: 24494

日付: 1962-04-25

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会