滝井義高の発言 (予算委員会第二分科会)
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○滝井分科員 それはあとで、質問の過程でもう一ぺん尋ねます。
これで給食の全貌が大よそわかったわけです。やっている学校の一応の経費と、その中で国が幾ら出しているか、これはまだわかりませんが、あとでやってもらうことにして、そうしますとこれからいよいよ本論に入るわけですが、今のような御説明の給食の中から、一体どういう問題点が出てくるかということなんです。実は私は、勤労者の職員の消費のパターンと労働者の消費のパターン、それから都市における消費のパターンと農村における消費のパターン、これをいろいろ過去の調査を調べてみた。どういうことになるかというと、これは非常におもしろい結果が出てくるんです。同じ三万円なら三万円を取っている職員と労働者の消費の型を調べてみますと、特に給食ですから食いものを中心に言いますと、同じ三万円を取っておっても、職員の方は非常に蛋白質をよけいとっておる。労働者の側は蛋白質のとり方が非常に少ない。含水炭素をよけいにとっておる。それから都市と農村との食の形態を見ても、農村は専業農家といえども実に蛋白質のとり方が少ない。特に現金で食いものを買うということについては、もう文部省も指摘しているようにきわめて消極的です。このことは一体何を意味するかというと、結局農村における含水炭素を中心とする食形態というものが、農村出身に多い労働者の家庭にそのまま引き継がれてくるわけです。それから職員は、その形態が、職員という仕事の関係その他で、あるいは環境で、幾分変わってくるわけです。それからもう一つは、その配偶者、奥さんの役割です。職員の方は労働者の奥さんに比べて平均的に幾分教養が高い。そうすると育児とか栄養というものについての注意を払ってくるという関係もあります。ところがこのことが今度は子供に非常に大きな影響を及ぼすのです。われわれが祖先伝来農村に育って持ってきた食いものの形態というものが、今度はそのまま労働者なり農民の形で持ち込まれて、それが次にやはり子供に持ち込まれていくわけです。そうしますと、これは非常に医学的になりますけれども、蛋白質をよけいにとるものと、含水炭素、粗食をするものとの大脳の作用は非常に違ってくるんです。このことは同時に昨年九月行なわれた学力テストに現われてきておるわけです。私、具体的なあれで全部調査していますから、今から具体的に指摘しますが、今体育局長さんの御説明になりましたように、小学校では五二・八%の学校、約半分しか給食をやっていないんですね。その五割分の学校は一体どの地区が給食をよけいにやっているかと地域的に調べると、都市がよけいにやっております。農村はやっていない。そうすると今度、学力調査の結果を先日中間報告をやりました。これを見ると、学較差、地域差が出ているけれども、都市の学校が農村の学校よりはるかにいいです。ずっと毎年のか見ると、大体十点ぐらいの開きがある。はなはだしいのは三十点の開きがある。都市がよくて、農村が悪い。都市の中でも山の手がよく、いわゆる下町、工業地帯、商業地帯は悪い。この給食の形態というものが学力調査にも現われておる。そのことが給食によっても裏づけされておるのです。教科書なんというものは一年に一回買うものです。給食というものは毎日一回食うものです。従って、私たちが人間改造をやろうとすれば、新しい人間形成をやろうとすれば、やはり教科書より先に食いものの改造をやらなければならぬ。ところが現在の日本の家庭生活の中では、食いものの改造というものは、祖先伝来の食習慣のためにできないのです。これを一体どこでやるのかということになると、学校給食以外にないというのが、私のいろいろ分析して到達した結論である。従って、私は文部行政の中でこれを相当積極的にやらなければならぬと思うのです。文部大臣は今教科書に非常に政治生命をかけておるかどうか知らぬが、相当自民党の中でやっておるが、最近自民党の中では給食論について片鱗だに見ることができない。むしろ、教科書は一年に一回買ったらいい、こんなものは義務教育無償だが私は給食よりあとでいいと思う。極端に言えばむしろ給食を先にやる。給食を全部の学校にやるとしたら一年に幾らの経費がかかりますか。今の小学校三千八百二十円、中学校四千九百円ということで、全国千八百万の小学校の生徒に全部国持ちでやったら一体幾らかかりますか。