森山欽司の発言 (国際労働条約第八十七号等特別委員会)

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○森山委員 よくわかりましたが、ところが倉石問題点では、国民全般が持っておる請願権を、地方公務員の職員団体に再度規定するだけのことで、これは六月十一日の朝日の論説によると、交渉を義務づけるだけのものでもない。また良識のワク外の交渉、話し合いを拒否することは当然にできるのである。――つまり法文にしては毒にも薬にもならないのだから……。そこで朝日の論説を使えば、毒にも薬にもならないのだから、この際倉石修正案で何ら差しつかえないという意見を述べておる。そして修正案反対論者の譲歩を望みたいというような、そういう議論があるのでありますが、私は、毒にも薬にもならない事項を法文化するということは、法律技術の問題として、はたしてどうなるのかという疑問を持っております。毒にも薬にも、ならないと思って法文化してみても、国民全体に対して保障されている権利が、特別に再度地方公務員の職員団体についてのみ特別の法律に規定されるということは、法制定の暁においては、解釈上、運用上特別の意味を新たに持つことにならないか。その意味で毒にも薬にもでなくて、これは毒になる。
 いま一つ私はこういうふうに考えます。いま私は毒にも薬にもならないと申し上げましたが、労働運動における陳情、請願、話し合いの実態を一体どう見るかということが問題になるわけであります。往々にして労働組合の場合は、これを団体交渉と称し、団交の形で運用をしようといたします。その結果、まず第一にはこの団体交渉しようとするということは、先ほど社会党の見解でも、団体交渉は主張したんだが自民党が聞かぬから、話し合いという表現をとるのだということが社会党の見解として述べられております。往々にして組合はこれを団体交渉と称し、団交の形で運用しようとするその結果、まず第一に話し合う機会をつくることについて、当局側の義務を課そうとします。もしよんどころない理由によって、当局側が会うことを延期するとか、ただいまは会うことができないとでも言うと、しゃにむに会おうとして、大衆で押しかけたりして力づくで組合の主張を通そうとすることが往々にして見られるのであります。
 次には、話し合いとか陳情のあり方が問題であります。組合は動員等によって大衆の力で当局に迫り、組合の主張を貫徹しようとし、そのために長時間かつ非常識な状態が起こって、いわゆるつるし上げとか、かん詰め交渉といったような状態が見られることも、これまた私からいまさらるる申し上げる必要がないと思います。さらに話し合い、陳情ということは、双方が交互に話し合いをしますが、当局側が一方的に意思表示の形でその意見を表明した事柄に対しても、組合は労使間の共同決定、合意があったんだといって運用しようとする。そこでそれをめぐっての紛争が絶えないことになる。こういうようなことは、きれいなことは何と言おうと、悲しいかな過去のほとんどの組合に見られるところの組合運動の真の姿であります。また将来かかることがないという保障は遺憾ながら現在のところないのでございます。
 特にこの点に関して、最近倉石問題点ないし倉石修正点の内容を整理して、地方公共団体の意見具申を削り、中央機関に対する意見申し入れについては、事項を勤務条件に限定し、また、不満の表明、意見を申し出て話し合いをすることができるということの中の、話し合いという、先ほど文部大臣が、言われたような法律上の概念の、不明確な字句のみを削除して、小手先の法律技術を弄して、何とかして倉石修正案のていさいを整えようとする意見もちらほら聞かれるのでありますが、そのような部分的修正案のあることを念頭に置いて、私は最後に文部大臣のひとつ御見解を承りたいと思います。私は、文部大臣のお答えをしていただく前に、不利益処分のただし書き、違法争議指令の不拘束規定は当然のことだからという理由で、現に政府原案になっている事項を削除するという問題点になっておる、そして当然の事柄であって、あえて法律に書かなくてもいいようなことは、小手先の芸を弄してまでも法文化しなければならないというのは、その政治的影響はもちろん、立法の方式においてもはなはだバランスを失したことであり、不適当なことであると思うのでありますが、文部大臣の所見を承りたいと思います。

発言情報

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発言者: 森山欽司

speaker_id: 9043

日付: 1964-06-12

院: 衆議院

会議名: 国際労働条約第八十七号等特別委員会