野原覺の発言 (予算委員会第一分科会)
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○野原(覺)分科員 これは理想としては、やはり私は一つの学校に一人、まあ小さな学校で百人や二百人の学校は別ですけれども、都会地の学校であれば一校に一人はいるのじゃないか。それは千人、千五百人のまかないをするのですから、栄養上の配慮、それから料理についてのいろいろなくふう、そういうものを当然考えなければならぬのじゃないか。そうなってまいりますと、四百七十七人なんというのは全くお話にならぬ数字なんです。これは私はぜひ実現してもらわなければならぬと思う。ひとつ来年度はそういうことでやってもらわないと、せっかく子供の家庭から七百円も八百円もお金を取っておきながら、給食代はどんどん上げておきながら、栄養士も配当してくれない、これじゃ私はいかがなものかと実は考えておりますから、これもひとつ来年度は特に重点施策の中に入れていただきたいと思う。
それから第三点は、給食に従事しておる従業員の問題です。この給食従業員は、かつてはPTAの金でその給料をもらっておった。日雇いですね。今日はそういうところも漸次なくなってきたようにお聞きいたしておりますけれども、しかし、その待遇は実によくない。朝の八時半ごろから出勤をして、千人、千五百人の者に、これは百人について何名といった配当がなされておりますが、大体私が見たところ、千五百人ぐらいの学校で五、六人ぐらいしかおりません。この給食のおばさん方が、従業員の方々が、昼にはそれをこしらえて そうして子供に与える。それは子供の当番があってもらいにきて、また配っておるようでありますけれども、そのあと始末その他をやると電気がついて夕方になる。もう疲れ切ってうちに帰る。翌日はまた出てこなければならぬ。献立をして、それで一つの料理をして、たいて、子供に食べさせるわけでございますから、食器の消毒等もしなければならぬ。疲労こんぱいしておるにかかわらず、その賃金は、大尉、お話にならぬのですよ。私はこんなことでは学校給食はよくならぬと思うのです。給食従業員の資質向上と申しますか、やはり待遇を改善して、その資質を高める。一方では栄養士を必ず配置する。そうしてなま牛乳の無償配付等も考えて、そういうお考えの上に給食代が若干上がるというならば、これは父兄が納得します。何もしないじゃないか、どうして一体百円も二百円も毎月よけい出さなければならぬのか、この物価値上がりにわれわれは困るというのが国民の勤労階層大多数の声なんです。
時間の関係もございますから、給食従業員の資質向上と待遇改善については格段のひとつ御配慮をお願いしたい。いずれまた文教委員会等で機会がございましたら、この点については大臣にお尋ねをいたしたいと思うのであります。
最後に第四点として、大学の急増対策についてお伺いいたします。愛知さんは、大学急増なんというようなことばがきらいだというようなことを私はちょっと新聞で拝見いたしましたが、これはどういうことであったか知りませんけれども、しかし、あなたがきらいであろうと好きであろうと、たいへんな実は大学入学志願者の激増ですね。これはたいへんなものなんです。昭和二十二年に生まれた子供が来年の三月高等学校を卒業します。私ちょっと文部省の統計資料で数字を拝見いたしましたが、昭和四十年から増加してまいって、昭和四十八年に至ってようやく昭和四十年の水準に志願者が戻ってくる。八年間かかって昭和四十年に戻ってくる。
この点について、もっとこまかに申しますと、昭和三十三年の四月には高等学校を卒業した新卒で大学を志願する者が十九万七千、昭和三十四年の四月は二十一万七千、大体二万ふえている。昭和三十五年の四月になりますと二十四万三千、昭和三十六年の四月は二十五万三千、三十七年は二十八万三千、三千八年は二十九万四千、三十九年は二十六万六千、これはちょっと下がりました。ところが、四十年になりますとそれが一躍三十六万に上がってくる。そうして四十一年になるとその数字は四十八万一千に上がります。昭和三十三年には高校新卒の大学志願者が十九万七千しかいなかったのです。それが昭和四十一年には四十八万一千、四十二年になりますと四十八万五千、四十三年が四十八万五千、四十四年が四十四万五千、四十五年が四十万七千、四十六年は三十八万七千、四十七年が三十六万九千、四十八年が三十五万九千、これからずっと漸減になります。まあ、いずれにしても二倍半からの大学志願者がふえてくるわけですね。これに対する文部省の対策を拝見いたしますと、志願者の率を昭和三十七年は三一・〇に押えて私の言った数字が出るわけです。ところが三十九も三一・〇、四十年も三一・〇、四十一年も三一・〇、高等学校を卒業した者に対して三一・〇で十年間押えております。これは、まあ高等学校の卒業生が非常に多いものだから押えたのだろうと思いますが、ところがずっと高等学校を卒業した者の大学希望者の比率を見ますと、三十年には二五・四です。卒業者の二五・四が大体大学に志願をしておる。三十一年は二五・四、これも同じ。三十二年には二六・五、そうなって、三十五年には二九・九、三十六年には三〇・五、大体一%ないし二%毎年高等学校を出た者で大学に行きたいというのがふえてきた。ずっとカーブを描いて上がってきておる。それを、とにかく子供の数が多いのだからというので十年間上ってきておるカーブを無理に押えて、文部省では三一・〇でずっと十年間持っていっておるわけですね。こういうやり方でこの大学生の急増対策を進めようとしておられます。私は、これははなはだ非教育的なやり方だと思う。この点について文部大臣のお考えがあれば承りたいと思います。