高木昇の発言 (予算委員会)
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○高木参考人 ただいま、宇宙開発の最近の現状について説明をせよということでございますので、私から簡単に現状を申し上げたいと思います。
御承知のように、東京大学を中心といたしまして観測ロケットの研究を開始いたしましたのは、昭和三十二年から三十三年の国際地球観測年が契機でございます。そのときに、学術会議及び国際学術連合からの委嘱もございまして、日本がこれに参加することに相なりました。当時まだ観測ロケットでどういうものが研究あるいは発見されるか未知ではございましたが、日本といたしまして多数の科学あるいは工学者がおりましたので、東京大学の、当時生産技術研究所がこの役目を引き受けまして、なお、宇宙科学の観測につきましては、京都とか方々の大学の地球物理学者が参画いたしました。それが過ぎましてから、昭和三十九年から四十年に再び太陽が静穏な年、ここで国際共同観測ということが行なわれることになりました。
地球を取り巻いてどういう観測対象があるかと申しますと、高さで分けまして、高度百キロメートルから数百キロメートルぐらいに科学的観測の価値のある分野がございます。その次には、アメリカの科学衛星が発見いたしました、地球を取り巻いて放射能帯が二つございまして、内側のものが高度千キロメートル以上、外側が高度一万キロメートル以上でございます。そういう科学的探求の成果の多い分野が三つございますので、それを目標に宇宙科学者のほうからそれに適したロケットをつくってもらいたいということで、当時東大生産技術研究所のグループは引き受けたわけでございまして、その結果、カッパー型というのが第一の、高度千キロメートル以下のいろいろな諸観測、それからラムダがその放射能帯に入って観測する、それからミューが外側の放射能帯を探索する、こういう三つのロケットの組み合わせがごく最近までにできたところでございます。その間いろいろな成果がございましたが、その成果については、後ほど糸川教授から詳しく御説明をお願いする予定にしております。
このように、わが国として観測ロケットの研究が過去十年間にたいへん進歩いたしましたが、一つには、観測ロケットを日本の十倍以上も上げておりますアメリカとソ連は、その観測実験場が大体北側に寄っております。高緯度地方に、北極に近いほうにございます。日本は秋田海岸から鹿児島に実験場を移しましたが、これから南のほうに観測ロケットを上げますと、大体赤道地帯の研究かできますので、私たちの研究もまた世界の学界に寄与をしておる。そういう意味ではアメリカでもはかれないような地点に幸い日本が位置しておるということで、これらの学問的の成果は毎年国際会議に提出しておりまして、いろいろと批判なりおほめのことばをいただいておるのが現状でございます。
さて、東京大学は、昭和三十九年から宇宙航空研究所というものを学術会議の勧告——これは昭和三十七年に出たのでございますが、それに基づきまして新たに設立いたしまして、私がその初代の所長を仰せつかりました。そのときには、在来ありました航空研究所と生産技術研究所で観測ロケットに従事しておりました教授、助教授が一緒になりまして新たにつくりました。完成の暁には三十九講座になる予定のものでございます。現在、約四百名の研究員を擁しております。もともと共同利用研究所という名称になっておりまして、全国の大学がこれを共同で利用できるという形態にしております。と申しますのは、宇宙科学の研究は非常に多額の費用を要しますので、大学の研究所として幾つもつくるわけにはいかない。中心の東大に付置しておきまして、そして各大学が自由に研究、協力できるように、こういう趣旨でございます。
実は、生産技術研究所時代からもこういう機構はございまして、ロケット観測協議会というものを、これは所長の諮問機関としてつくり、全国の科学者、工学者で宇科学に寄与しようという方はだれでも入れるような組織になっておりました。
私たちの研究所では、今度は宇宙観測協議会という名前に改めまして、やはり東大の人が多いのでございますけれども、全国の大学、私立を入れ、また国立研究所の方もお入りになっていますか、現在百七名の教授、助教授クラスの人がこの宇宙観測協議会に属しておりまして、年に何回かの総会をやって、その年その年の新しい研究テーマをお互いに提案し、所長の諮問に答えるというかっこうにしております。
ここでちょっと宇宙研究のやり方の組織を簡単に御紹介させていただきたいと思いますが、教授会は、私たちのほうは大体月二回やっておりまして、これが最高の機関でございますが、宇宙のように非常に激しい進歩のものでは、これではなかなか追従できませんので、教授会の代表とそれから宇宙科学、工学を研究しております教授約二十人をもって常任委員会というのをつくりまして、ここで先ほどの外部の人の集合体である委員会のいろいろ諮問を受けて、この常任委員会が実際に計画の立案、それの実施、あるいは予算をどういうふうに要求するか、あるいは実施するかという責任に当たってもらっておりますが、この委員会は毎月のようにやっております。
その下に四つの専門委員会をつくりまして、科学衛星の専門委員会、観測ロケットの専門委員会、また大気球を上げての探索も今年度から始めましたが、これの専門委員会、あるいは実験場の設備の専門委員会、こういうのがございますし、その下に約数個から十数個の研究班をつくっております。こういう組織で、内外の研究者がこれに入りまして、最後の実施までやることになっております。また、その間の連絡のために、これこれの代表の方が集まった企画委員会が毎週必ず集まりまして、その週その週のわれわれの研究の進みを連絡並びに進める方向に働いております。なお、いまあげました専門委員会の中の研究班というのは何十となくやられておりまして、一つのロケットが上げられますと、それに対する反省あるいはデータの紹介、それから次の号機にはこれをどういうふうに変えていこうか、こういうこまごましたこともやっておる次第でございます。ただ、東大だけでなく、全国的にこれが利用されておるのと、そのロケットに載せますいろいろな科学観測器は各大学から持ち寄って、そして一基一基それぞれ目的を持ったやり方をしておるというのが現状でございます。
いまこの科学成果については省略いたしますが、われわれの実験の一つの派生といたしまして、小型気象ロケットのかなりいいものができまして、これはすでに何十回かの経験がございますので、来年早々になると思いますが、アメリカとの交渉、要請もございまして、アメリカにおいて日本の気象ロケットとアメリカの気象ロケットとを相互に上げながら、ほんとうに正しく上層の気象が——データとしては風向、風速と温度でございますが、両方を相互に比較をしておかないといけない。日本もかなり上げておりますが、アメリカは広い国ですので、気象ロケットを千基から二千基上げておりますので、両方のロケットがいつでも同じような温度をはからなくちゃいけない、こういう比較試験を行ないたいという要望があり、日本もこれにこたえまして、来年早々にこの実験をする予定になっております。
そのほか、日本へは、宇宙科学の成果に基づきまして、外国から三カ月あるいは二カ月程度の研究員を派遣しまして、フランスとかインドあたりからは来ておりますが、それなども若干私たちの成果が認められたことではないかと考えております。
以上は宇宙科学に関係した分野でございましたが、私は、昭和三十九年から科学技術庁の宇宙開発推進本部のほうもお預かりしておりますので、そのほうについて一言触れさせていただきたいと思います。
こちらのほうでは、実用のほうを主といたしまして研究を進めてまいりましたが、私が本部長になりまして、両方の計画にダブリがないかということがいろいろ批判されましたので、約一年半かかりましたが、だんだんとこれを整理してまいりました。そのためには、まず推進本部に技術懇談会をつくりまして、そこには東大の方々などをお招きいたしまして、推進本部の計画の立て方などにいろいろ御相談に乗っていただきました。また実験場、ロケットあるいは電波追跡というような分野につきましても懇談会をつくっていただきました。これにも東大ばかりでなく、広く各省庁の人にもお入りいただきまして、どういうふうに進めたらいいか、それによって本部の予算を要求する、そういうことの足しになりますようにつとめてきたつもりでございます。
さらに、宇宙開発審議会のほうにおきましても、四十年度には、そのうちの技術部会が非常に多数開催されまして、各省庁からのいろいろな計画につきましてたいへん回数を重ねて審議をしていただきました。その結果、推進本部のほうといたしましては、実用実験衛星を将来上げる、そのための基礎になるロケット技術の開発をいまからやる、そのためには、東京大学が開発してきました技術を利用いたしまして、それより大きなものを考える、また、ほんとうの実用衛星は、たとえば郵政省とかあるいは運輸省などでいろいろ御計画もございますが、そういう一歩手前で実験をするような衛星を上げるべきである、こういうことにいま進みつつございます。
そこで、今後の宇宙開発の計画のようなものを、両者、東大のほうと科学技術庁のほうとあわせて申し上げたいと思います。
外側の放射能帯の観測ができるミューロケットは、高さが一万キロ以上になります関係上、これで人工衛星が上げられるはずである。先ほど申しましたように、観測ロケットの貴重な経験が約十年間たまりまして、観測ロケットによって地球に対して縦断面的な現象をはかると同時に、今度は地球に沿っての横断面的なデータがほしい、これは宇宙科学のほうの切なる要望でございまして、日本でできれば科学衛星が自力で上げられないか、しかも、それが赤道に近いところではかることによって、観測ロケットと人工衛星の両方の成果が相補ってりっぱな成果になると考えられるので、そういうことが三年前から要望されてまいりまして、それを受けまして、工学のほうのグループが人工衛星の計画を立案いたしまして、それが ミューロケットを使った科学衛星でございます。その予定といたしましては、四十二年度にミューロケットをできれば完成いたしまして、それを使って科学衛星を上げる。この科学衛星は、重さも約七十キログラムであり、高さも五百キロメートルでございますので、世界的なレベルのものと考えております。そういう一号衛星の研究計画がすでに昨年から進んでおりまして、その人工衛星自体も、すでに本年度には原型となるものができ上がり、続いて細部の設計、改良というところに進んでおるのでございます。
一方、このミューロケットは非常に大型でございますし、これによって何回か軌道に乗せるのに不成功であった場合は非常に研究費が高くなりますので、幸いラムダロケットを使ってその予備練習をこれから何回か行なう、そして人工衛星を正しく軌道に入れるということをこれから何回か行なう、こういう計画でございます。
そこで、四十二年度以降に第一号の科学衛星を上げる運びになると思いますが、その中に載せられる観測項目がわずか四種類でございまして、現在日本の宇宙科学者が非常に数が多くなりまして、それぞれこういう観測をしたいという希望が多数ございまして、第二号、第三号の衛星がもし可能ならば、どういう観測項目をやるかということを、いまからすでにこれを研究中でございます。
〔委員長退席、赤澤委員長代理着席〕
基礎研究から始まりまして科学衛星にまでいまつながっておりますが、一方、宇宙開発推進本部のほうにおきましては、実用衛星を最後の目標としております。実用衛星は、現在通信衛星が最も世界的に注目されておりまして、現在はアメリカが世界的な通信網をこの通信衛星によって行なおうとしておりますし、ソ連はソ連で独自に、ソ連の国内での通信がうまくいくような特別な軌道の通信衛星を、現在もう一、二年になると思いますが、回し続けておる状態でございます。ヨーロッパも同様に、ヨーロッパの連合体によりまして、ヨーロッパ関係の通信衛星をつくりたいという希望で、実用衛星のほうに非常に各国とも力が入っているのが現状でございます。日本も当然それだけの技術がある。またそれが可能ならば、ぜひ通信衛星を上げたいという希望が最近そのほうの関係者から出てまいりました。ついては推進本部でやっておりますロケットの能力はどういう程度かというような御質問も多々ございました。これは一足飛びに大きなものをつくって一ぺんに成功するということは、研究の段階上非常に困難であり、かつまた、かえって研究費を浪費するものだろうと私は思います。推進本部でいま考えておりますのは、比較的小さな、実用の前の試験衛星というものを考えております。ただし、これですと、たとえば高度が千キロメートルとか、重さも百キロとか二百キロという程度でございまして、ほんとうの意味での、今後五年たった以降における通信衛星としてそれが間に合うかどうかということになりますと、非常に激しい宇宙開発の進歩に比べまして適切であるかどうかについては若干御議論がございます。しかし、東大を中心としたミューロケットでは、そういう実用実験衛星なり、ほんとうの実用衛星を上げる力がございませんので、どうしてもミューよりも大きなロケットを開発しておく必要がございます。それは東京大学のほうとしては、宇宙科学用としては大体ミューロケットで、またこれを今後も続けて性能を向上していけば科学用には十分間に合う。むしろミューロケットより大きなものは科学技術庁のほうでできるだけ早く開発していただく。そのためにはミューロケットの成果をもとにいたしまして、それから一段大きいものをやる。いまどのくらい大きいものをやるかということは、ここ一年間慎重に審議してきめませんと、あとで後悔するようなことがあってはいかぬと思いますので、いたします。その間にミューロケットの成果も出ますので、そうしたらば、それをもとにして、できるだけ早く開発したいものである、こういうふうに私は希望を持っておるのでございます。したがいまして、年度的にもいまダブってはおりませんで、四十二年度以降にミューロケットができ上がりますと、それを受けて、それより一回り大きいものを同じような手法で四十五年度までに完成していただければ、おそらく実験衛星としてはかなりな実験ができるのではないかと思います。それで通信とかあるいは航海とか、いろいろな利用が考えられておりますが、まず実験衛星で十分な地上設備もそれに伴ってたくさん要りますので、そういうものを踏み台にいたしまして、将来の大きな実用衛星に移るのが技術としての順序ではないか、こういうふうに私は考えております。
なお、各省庁におきましても、科学技術庁のほうの進歩を見ながら、いまのうちからそろそろいろいろな準備を始められておるように私は承っております。
さて、宇宙開発のように、非常に広範ないろいろな種類の科学者、技術者の協力によって初めてできるこういういわゆるビッグサイエンスというようなものにつきましては、私たち十年間いろいろ苦労いたしまして、できるだけ優秀な方々に参加願うように委員会組織をつくってみたりしてやってまいりました。幸い、宇宙科学のほうには、わが国には優秀な方が大ぜいおり、過去においてアメリカで勉強しておられた方がほとんど日本へも帰ってきておりますし、そういう方々が国産のロケットを使いまして、だんだんと成果をあげてまいりました。このロケットを使った共同研究という非常にいい手段で、全国のこの専門の科学者が凝集と申しますか、だんだんとかたまってまいりまして、この気風はたいへん私は日本のために——この宇宙開という研究によって学者の間の障壁を除き、また、従来一人ではなかなかできないような研究が、大ぜいの手によって簡単に、また早くできるようになったこと、それから宇宙科学に関する限りは、地上では空気層のために絶対にはかれない、ロケットで上空に上がって初めてそういう観測ができる。したがって、一基上げるごとに少なくとも新しい観測はして帰ってくるわけでございまして、したがって、宇宙科学の要望によってロケットの設計とか研究が進められると同時にそれではかった宇宙科学の成果が今度宇宙科学者に戻る。つまり科学者と工学者が非常に密接に縦糸と横糸で編まれた織物のような感じでございます。また、ロケット工学も、あるいはそれに必要な電子工学も、すべてが最新のものでなければいかぬし、またそれが国産できるということによって初めて可能でございます。特殊材料にしろ、あるいは超小型の電子部品にしろ、そういうことが広く工業界にたいへんな刺激になると同時に、当然それは地上の機器にもすべて応用されることになりますので、最先端の科学技術が、宇宙科学なり開発によりまして、それが戻ってくる、研究投資が広く潤って戻ってくる。こういう点におきまして、ちょうど原子力とかあるいは海洋研究とか、そういうものと全く同様に、まず研究そのものが将来の実り多い成果になると私は信じておるのでございます。
そういうふうな意味合いにおきまして、ぜひ先生方にもわれわれのこのビッグサイエンスというものを御理解いただきまして、また先ほど各省庁との連絡でも申し上げましたとおり、時限的には少しずれてはおりますが、それぞれかたい目標を設定いたしまして、そこに邁進しておりますので、その点も御賢察の中、今後ともできるだけの御援助をいただきたい、こう考えまして、最近の現状について簡単に御報告申し上げた次第でございます。(拍手)