予算委員会
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会
会議録情報#0
昭和四十一年十月二十日(木曜日)
午前十時十一分開議
出席委員
委員長 福田 一君
理事 赤澤 正道君 理事 久野 忠治君
理事 田中 龍夫君 理事 松澤 雄藏君
理事 八木 徹雄君 理事 川俣 清音君
理事 楯 兼次郎君 理事 野原 覺君
理事 小平 忠君
相川 勝六君 荒木萬壽夫君
井出一太郎君 今松 治郎君
植木庚子郎君 江崎 真澄君
小川 半次君 大橋 武夫君
仮谷 忠男君 川崎 秀二君
小坂善太郎君 正示啓次郎君
登坂重次郎君 中曽根康弘君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
丹羽 兵助君 西村 直己君
保科善四郎君 松浦周太郎君
三原 朝雄君 大原 亨君
加藤 清二君 勝間田清一君
角屋堅次郎君 多賀谷真稔君
高田 富之君 中澤 茂一君
永井勝次郎君 八木 昇君
山中 吾郎君 山花 秀雄君
竹本 孫一君 吉田 賢一君
加藤 進君
出席国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 石井光次郎君
大 蔵 大 臣 福田 赳夫君
厚 生 大 臣 鈴木 善幸君
農 林 大 臣 松野 頼三君
通商産業大臣 三木 武夫君
運 輸 大 臣 藤枝 泉介君
郵 政 大 臣 新谷寅三郎君
労 働 大 臣 山手 滿男君
建 設 大 臣 橋本登美三郎君
自 治 大 臣 塩見 俊二君
国 務 大 臣 愛知 揆一君
国 務 大 臣 有田 喜一君
国 務 大 臣 田中 茂穂君
国 務 大 臣 藤山愛一郎君
国 務 大 臣 前尾繁三郎君
国 務 大 臣 森 清君
委員外の出席者
内閣法制局長官 高辻 正已君
人事院総裁 佐藤 達夫君
防衛政務次官 長谷川 仁君
防衛庁参事官
(長官官房長) 海原 治君
外務政次官 田中 榮一君
大蔵事務官
(主計局長) 谷村 裕君
大蔵事務官
(主税局長) 塩崎 潤君
通商産業事務官
(企業局参事
官) 橋本 徳男君
参 考 人
(東京大学教
授) 高木 昇君
参 考 人
(東京大学教
授) 糸川 英夫君
専 門 員 大沢 実君
—————————————
七月二十一日
委員中澤茂一君辞任につき、その補欠として野
口忠夫君が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員野口忠夫君辞任につき、その補欠として中
澤茂一君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十六日
委員久野忠治君、倉成正君及び多賀谷真稔君辞
任につき、その補欠として川崎秀二君、江崎真
澄君及び五島虎雄君が議長の指名で委員に選任
された。
同日
委員五島虎雄君辞任につき、その補欠として多
賀谷真稔君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十八日
委員中澤茂一君辞任につき、その補欠として山
本幸一君が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員山本幸一君辞任につき、その補欠として中
澤茂一君が議長の指名で委員に選任された。
八月一日
委員愛知揆一君、荒舩清十郎君及び上林山榮吉
君辞任につき、その補欠として坂田英一君、竹
下登君及び中村寅太君が議長の指名で委員に選
任された。
同月二日
委員坂田英一君、竹下登君及び中村寅太君辞任
につき、その補欠として仮谷忠男君、正示啓次
郎君及び久野忠治君が議長の指名で委員に選任
された。
同月三日
委員橋本龍太郎君辞任につき、その補欠として
中野四郎君が議長の指名で委員に選任された。
十月二十日
委員田中伊三次君及び今澄勇君辞任につき、そ
の補欠として保科善四郎君及び吉田賢一君が議
長の指名で委員に選任された。
同日
委員保科善四郎君及び吉田賢一君辞任につき、
その補欠として田中伊三次君及び今澄勇君が議
長の指名で委員に選任された。
同日
理事久野忠治君七月二十六日委員辞任につき、
その補欠として久野忠治君が理事に当選した。
—————————————
七月二十九日
一、予算の実施状況に関する件
二、予算委員会運営の改善に関する件
の閉会中審査を本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
参考人出頭要求に関する件
予算の実施状況に関する件
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時十一分開議
出席委員
委員長 福田 一君
理事 赤澤 正道君 理事 久野 忠治君
理事 田中 龍夫君 理事 松澤 雄藏君
理事 八木 徹雄君 理事 川俣 清音君
理事 楯 兼次郎君 理事 野原 覺君
理事 小平 忠君
相川 勝六君 荒木萬壽夫君
井出一太郎君 今松 治郎君
植木庚子郎君 江崎 真澄君
小川 半次君 大橋 武夫君
仮谷 忠男君 川崎 秀二君
小坂善太郎君 正示啓次郎君
登坂重次郎君 中曽根康弘君
中野 四郎君 灘尾 弘吉君
丹羽 兵助君 西村 直己君
保科善四郎君 松浦周太郎君
三原 朝雄君 大原 亨君
加藤 清二君 勝間田清一君
角屋堅次郎君 多賀谷真稔君
高田 富之君 中澤 茂一君
永井勝次郎君 八木 昇君
山中 吾郎君 山花 秀雄君
竹本 孫一君 吉田 賢一君
加藤 進君
出席国務大臣
内閣総理大臣 佐藤 榮作君
法 務 大 臣 石井光次郎君
大 蔵 大 臣 福田 赳夫君
厚 生 大 臣 鈴木 善幸君
農 林 大 臣 松野 頼三君
通商産業大臣 三木 武夫君
運 輸 大 臣 藤枝 泉介君
郵 政 大 臣 新谷寅三郎君
労 働 大 臣 山手 滿男君
建 設 大 臣 橋本登美三郎君
自 治 大 臣 塩見 俊二君
国 務 大 臣 愛知 揆一君
国 務 大 臣 有田 喜一君
国 務 大 臣 田中 茂穂君
国 務 大 臣 藤山愛一郎君
国 務 大 臣 前尾繁三郎君
国 務 大 臣 森 清君
委員外の出席者
内閣法制局長官 高辻 正已君
人事院総裁 佐藤 達夫君
防衛政務次官 長谷川 仁君
防衛庁参事官
(長官官房長) 海原 治君
外務政次官 田中 榮一君
大蔵事務官
(主計局長) 谷村 裕君
大蔵事務官
(主税局長) 塩崎 潤君
通商産業事務官
(企業局参事
官) 橋本 徳男君
参 考 人
(東京大学教
授) 高木 昇君
参 考 人
(東京大学教
授) 糸川 英夫君
専 門 員 大沢 実君
—————————————
七月二十一日
委員中澤茂一君辞任につき、その補欠として野
口忠夫君が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員野口忠夫君辞任につき、その補欠として中
澤茂一君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十六日
委員久野忠治君、倉成正君及び多賀谷真稔君辞
任につき、その補欠として川崎秀二君、江崎真
澄君及び五島虎雄君が議長の指名で委員に選任
された。
同日
委員五島虎雄君辞任につき、その補欠として多
賀谷真稔君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十八日
委員中澤茂一君辞任につき、その補欠として山
本幸一君が議長の指名で委員に選任された。
同日
委員山本幸一君辞任につき、その補欠として中
澤茂一君が議長の指名で委員に選任された。
八月一日
委員愛知揆一君、荒舩清十郎君及び上林山榮吉
君辞任につき、その補欠として坂田英一君、竹
下登君及び中村寅太君が議長の指名で委員に選
任された。
同月二日
委員坂田英一君、竹下登君及び中村寅太君辞任
につき、その補欠として仮谷忠男君、正示啓次
郎君及び久野忠治君が議長の指名で委員に選任
された。
同月三日
委員橋本龍太郎君辞任につき、その補欠として
中野四郎君が議長の指名で委員に選任された。
十月二十日
委員田中伊三次君及び今澄勇君辞任につき、そ
の補欠として保科善四郎君及び吉田賢一君が議
長の指名で委員に選任された。
同日
委員保科善四郎君及び吉田賢一君辞任につき、
その補欠として田中伊三次君及び今澄勇君が議
長の指名で委員に選任された。
同日
理事久野忠治君七月二十六日委員辞任につき、
その補欠として久野忠治君が理事に当選した。
—————————————
七月二十九日
一、予算の実施状況に関する件
二、予算委員会運営の改善に関する件
の閉会中審査を本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
参考人出頭要求に関する件
予算の実施状況に関する件
————◇—————
福
福田一#1
○福田委員長 これより会議を開きます。
この際、理事の補欠選任についておはかりいたします。
委員の異動によりまして、現在理事が一名欠員となっております。つきましては、この際、その補欠選任を行ないたいと存じますが、これは先例によりまして委員長において指名することに御一任願いたいと思いますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →この際、理事の補欠選任についておはかりいたします。
委員の異動によりまして、現在理事が一名欠員となっております。つきましては、この際、その補欠選任を行ないたいと存じますが、これは先例によりまして委員長において指名することに御一任願いたいと思いますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
福
福
福田一#3
○福田委員長 これより予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
先般、本件の調査のため委員を派遣して、実情を調査いたしたのでありますが、その調査報告書が委員長に提出されております。
つきましては、その報告を聴取することは省略し、これを会議録に掲載することにいたしたいと思いますので、御了承願います。
〔報告書は本号末尾に掲載〕
————◇—————
この発言だけを見る →先般、本件の調査のため委員を派遣して、実情を調査いたしたのでありますが、その調査報告書が委員長に提出されております。
つきましては、その報告を聴取することは省略し、これを会議録に掲載することにいたしたいと思いますので、御了承願います。
〔報告書は本号末尾に掲載〕
————◇—————
福
福田一#4
○福田委員長 この際、参考人より意見聴取の件についておはかりいたします。
ただいま申し上げました先般の委員派遣の際、東京大学の鹿児島宇宙空間観測所を視察したのでありますが、この際、宇宙開発の問題について、ここにおいでを願っております東京大学教授、宇宙航空研究所長高木昇君、同じく東京大学教授糸川英夫君の御両人から、参考人として御意見を承ることにいたしたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →ただいま申し上げました先般の委員派遣の際、東京大学の鹿児島宇宙空間観測所を視察したのでありますが、この際、宇宙開発の問題について、ここにおいでを願っております東京大学教授、宇宙航空研究所長高木昇君、同じく東京大学教授糸川英夫君の御両人から、参考人として御意見を承ることにいたしたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
福
福
福田一#6
○福田委員長 参考人各位には、御多忙中にもかかわらず御出席をいただき、ありがとうございました。
これより宇宙開発の問題につきまして御意見を承るのでありますが、その順序は、まず高木参考人、続いて糸川参考人の順で、約二十分間ずつ御意見を述べていただき、その後、政府並びに参考人に対して委員から質疑を願うことといたします。
それでは、まず高木参考人。
この発言だけを見る →これより宇宙開発の問題につきまして御意見を承るのでありますが、その順序は、まず高木参考人、続いて糸川参考人の順で、約二十分間ずつ御意見を述べていただき、その後、政府並びに参考人に対して委員から質疑を願うことといたします。
それでは、まず高木参考人。
高
高木昇#7
○高木参考人 ただいま、宇宙開発の最近の現状について説明をせよということでございますので、私から簡単に現状を申し上げたいと思います。
御承知のように、東京大学を中心といたしまして観測ロケットの研究を開始いたしましたのは、昭和三十二年から三十三年の国際地球観測年が契機でございます。そのときに、学術会議及び国際学術連合からの委嘱もございまして、日本がこれに参加することに相なりました。当時まだ観測ロケットでどういうものが研究あるいは発見されるか未知ではございましたが、日本といたしまして多数の科学あるいは工学者がおりましたので、東京大学の、当時生産技術研究所がこの役目を引き受けまして、なお、宇宙科学の観測につきましては、京都とか方々の大学の地球物理学者が参画いたしました。それが過ぎましてから、昭和三十九年から四十年に再び太陽が静穏な年、ここで国際共同観測ということが行なわれることになりました。
地球を取り巻いてどういう観測対象があるかと申しますと、高さで分けまして、高度百キロメートルから数百キロメートルぐらいに科学的観測の価値のある分野がございます。その次には、アメリカの科学衛星が発見いたしました、地球を取り巻いて放射能帯が二つございまして、内側のものが高度千キロメートル以上、外側が高度一万キロメートル以上でございます。そういう科学的探求の成果の多い分野が三つございますので、それを目標に宇宙科学者のほうからそれに適したロケットをつくってもらいたいということで、当時東大生産技術研究所のグループは引き受けたわけでございまして、その結果、カッパー型というのが第一の、高度千キロメートル以下のいろいろな諸観測、それからラムダがその放射能帯に入って観測する、それからミューが外側の放射能帯を探索する、こういう三つのロケットの組み合わせがごく最近までにできたところでございます。その間いろいろな成果がございましたが、その成果については、後ほど糸川教授から詳しく御説明をお願いする予定にしております。
このように、わが国として観測ロケットの研究が過去十年間にたいへん進歩いたしましたが、一つには、観測ロケットを日本の十倍以上も上げておりますアメリカとソ連は、その観測実験場が大体北側に寄っております。高緯度地方に、北極に近いほうにございます。日本は秋田海岸から鹿児島に実験場を移しましたが、これから南のほうに観測ロケットを上げますと、大体赤道地帯の研究かできますので、私たちの研究もまた世界の学界に寄与をしておる。そういう意味ではアメリカでもはかれないような地点に幸い日本が位置しておるということで、これらの学問的の成果は毎年国際会議に提出しておりまして、いろいろと批判なりおほめのことばをいただいておるのが現状でございます。
さて、東京大学は、昭和三十九年から宇宙航空研究所というものを学術会議の勧告——これは昭和三十七年に出たのでございますが、それに基づきまして新たに設立いたしまして、私がその初代の所長を仰せつかりました。そのときには、在来ありました航空研究所と生産技術研究所で観測ロケットに従事しておりました教授、助教授が一緒になりまして新たにつくりました。完成の暁には三十九講座になる予定のものでございます。現在、約四百名の研究員を擁しております。もともと共同利用研究所という名称になっておりまして、全国の大学がこれを共同で利用できるという形態にしております。と申しますのは、宇宙科学の研究は非常に多額の費用を要しますので、大学の研究所として幾つもつくるわけにはいかない。中心の東大に付置しておきまして、そして各大学が自由に研究、協力できるように、こういう趣旨でございます。
実は、生産技術研究所時代からもこういう機構はございまして、ロケット観測協議会というものを、これは所長の諮問機関としてつくり、全国の科学者、工学者で宇科学に寄与しようという方はだれでも入れるような組織になっておりました。
私たちの研究所では、今度は宇宙観測協議会という名前に改めまして、やはり東大の人が多いのでございますけれども、全国の大学、私立を入れ、また国立研究所の方もお入りになっていますか、現在百七名の教授、助教授クラスの人がこの宇宙観測協議会に属しておりまして、年に何回かの総会をやって、その年その年の新しい研究テーマをお互いに提案し、所長の諮問に答えるというかっこうにしております。
ここでちょっと宇宙研究のやり方の組織を簡単に御紹介させていただきたいと思いますが、教授会は、私たちのほうは大体月二回やっておりまして、これが最高の機関でございますが、宇宙のように非常に激しい進歩のものでは、これではなかなか追従できませんので、教授会の代表とそれから宇宙科学、工学を研究しております教授約二十人をもって常任委員会というのをつくりまして、ここで先ほどの外部の人の集合体である委員会のいろいろ諮問を受けて、この常任委員会が実際に計画の立案、それの実施、あるいは予算をどういうふうに要求するか、あるいは実施するかという責任に当たってもらっておりますが、この委員会は毎月のようにやっております。
その下に四つの専門委員会をつくりまして、科学衛星の専門委員会、観測ロケットの専門委員会、また大気球を上げての探索も今年度から始めましたが、これの専門委員会、あるいは実験場の設備の専門委員会、こういうのがございますし、その下に約数個から十数個の研究班をつくっております。こういう組織で、内外の研究者がこれに入りまして、最後の実施までやることになっております。また、その間の連絡のために、これこれの代表の方が集まった企画委員会が毎週必ず集まりまして、その週その週のわれわれの研究の進みを連絡並びに進める方向に働いております。なお、いまあげました専門委員会の中の研究班というのは何十となくやられておりまして、一つのロケットが上げられますと、それに対する反省あるいはデータの紹介、それから次の号機にはこれをどういうふうに変えていこうか、こういうこまごましたこともやっておる次第でございます。ただ、東大だけでなく、全国的にこれが利用されておるのと、そのロケットに載せますいろいろな科学観測器は各大学から持ち寄って、そして一基一基それぞれ目的を持ったやり方をしておるというのが現状でございます。
いまこの科学成果については省略いたしますが、われわれの実験の一つの派生といたしまして、小型気象ロケットのかなりいいものができまして、これはすでに何十回かの経験がございますので、来年早々になると思いますが、アメリカとの交渉、要請もございまして、アメリカにおいて日本の気象ロケットとアメリカの気象ロケットとを相互に上げながら、ほんとうに正しく上層の気象が——データとしては風向、風速と温度でございますが、両方を相互に比較をしておかないといけない。日本もかなり上げておりますが、アメリカは広い国ですので、気象ロケットを千基から二千基上げておりますので、両方のロケットがいつでも同じような温度をはからなくちゃいけない、こういう比較試験を行ないたいという要望があり、日本もこれにこたえまして、来年早々にこの実験をする予定になっております。
そのほか、日本へは、宇宙科学の成果に基づきまして、外国から三カ月あるいは二カ月程度の研究員を派遣しまして、フランスとかインドあたりからは来ておりますが、それなども若干私たちの成果が認められたことではないかと考えております。
以上は宇宙科学に関係した分野でございましたが、私は、昭和三十九年から科学技術庁の宇宙開発推進本部のほうもお預かりしておりますので、そのほうについて一言触れさせていただきたいと思います。
こちらのほうでは、実用のほうを主といたしまして研究を進めてまいりましたが、私が本部長になりまして、両方の計画にダブリがないかということがいろいろ批判されましたので、約一年半かかりましたが、だんだんとこれを整理してまいりました。そのためには、まず推進本部に技術懇談会をつくりまして、そこには東大の方々などをお招きいたしまして、推進本部の計画の立て方などにいろいろ御相談に乗っていただきました。また実験場、ロケットあるいは電波追跡というような分野につきましても懇談会をつくっていただきました。これにも東大ばかりでなく、広く各省庁の人にもお入りいただきまして、どういうふうに進めたらいいか、それによって本部の予算を要求する、そういうことの足しになりますようにつとめてきたつもりでございます。
さらに、宇宙開発審議会のほうにおきましても、四十年度には、そのうちの技術部会が非常に多数開催されまして、各省庁からのいろいろな計画につきましてたいへん回数を重ねて審議をしていただきました。その結果、推進本部のほうといたしましては、実用実験衛星を将来上げる、そのための基礎になるロケット技術の開発をいまからやる、そのためには、東京大学が開発してきました技術を利用いたしまして、それより大きなものを考える、また、ほんとうの実用衛星は、たとえば郵政省とかあるいは運輸省などでいろいろ御計画もございますが、そういう一歩手前で実験をするような衛星を上げるべきである、こういうことにいま進みつつございます。
そこで、今後の宇宙開発の計画のようなものを、両者、東大のほうと科学技術庁のほうとあわせて申し上げたいと思います。
外側の放射能帯の観測ができるミューロケットは、高さが一万キロ以上になります関係上、これで人工衛星が上げられるはずである。先ほど申しましたように、観測ロケットの貴重な経験が約十年間たまりまして、観測ロケットによって地球に対して縦断面的な現象をはかると同時に、今度は地球に沿っての横断面的なデータがほしい、これは宇宙科学のほうの切なる要望でございまして、日本でできれば科学衛星が自力で上げられないか、しかも、それが赤道に近いところではかることによって、観測ロケットと人工衛星の両方の成果が相補ってりっぱな成果になると考えられるので、そういうことが三年前から要望されてまいりまして、それを受けまして、工学のほうのグループが人工衛星の計画を立案いたしまして、それが ミューロケットを使った科学衛星でございます。その予定といたしましては、四十二年度にミューロケットをできれば完成いたしまして、それを使って科学衛星を上げる。この科学衛星は、重さも約七十キログラムであり、高さも五百キロメートルでございますので、世界的なレベルのものと考えております。そういう一号衛星の研究計画がすでに昨年から進んでおりまして、その人工衛星自体も、すでに本年度には原型となるものができ上がり、続いて細部の設計、改良というところに進んでおるのでございます。
一方、このミューロケットは非常に大型でございますし、これによって何回か軌道に乗せるのに不成功であった場合は非常に研究費が高くなりますので、幸いラムダロケットを使ってその予備練習をこれから何回か行なう、そして人工衛星を正しく軌道に入れるということをこれから何回か行なう、こういう計画でございます。
そこで、四十二年度以降に第一号の科学衛星を上げる運びになると思いますが、その中に載せられる観測項目がわずか四種類でございまして、現在日本の宇宙科学者が非常に数が多くなりまして、それぞれこういう観測をしたいという希望が多数ございまして、第二号、第三号の衛星がもし可能ならば、どういう観測項目をやるかということを、いまからすでにこれを研究中でございます。
〔委員長退席、赤澤委員長代理着席〕
基礎研究から始まりまして科学衛星にまでいまつながっておりますが、一方、宇宙開発推進本部のほうにおきましては、実用衛星を最後の目標としております。実用衛星は、現在通信衛星が最も世界的に注目されておりまして、現在はアメリカが世界的な通信網をこの通信衛星によって行なおうとしておりますし、ソ連はソ連で独自に、ソ連の国内での通信がうまくいくような特別な軌道の通信衛星を、現在もう一、二年になると思いますが、回し続けておる状態でございます。ヨーロッパも同様に、ヨーロッパの連合体によりまして、ヨーロッパ関係の通信衛星をつくりたいという希望で、実用衛星のほうに非常に各国とも力が入っているのが現状でございます。日本も当然それだけの技術がある。またそれが可能ならば、ぜひ通信衛星を上げたいという希望が最近そのほうの関係者から出てまいりました。ついては推進本部でやっておりますロケットの能力はどういう程度かというような御質問も多々ございました。これは一足飛びに大きなものをつくって一ぺんに成功するということは、研究の段階上非常に困難であり、かつまた、かえって研究費を浪費するものだろうと私は思います。推進本部でいま考えておりますのは、比較的小さな、実用の前の試験衛星というものを考えております。ただし、これですと、たとえば高度が千キロメートルとか、重さも百キロとか二百キロという程度でございまして、ほんとうの意味での、今後五年たった以降における通信衛星としてそれが間に合うかどうかということになりますと、非常に激しい宇宙開発の進歩に比べまして適切であるかどうかについては若干御議論がございます。しかし、東大を中心としたミューロケットでは、そういう実用実験衛星なり、ほんとうの実用衛星を上げる力がございませんので、どうしてもミューよりも大きなロケットを開発しておく必要がございます。それは東京大学のほうとしては、宇宙科学用としては大体ミューロケットで、またこれを今後も続けて性能を向上していけば科学用には十分間に合う。むしろミューロケットより大きなものは科学技術庁のほうでできるだけ早く開発していただく。そのためにはミューロケットの成果をもとにいたしまして、それから一段大きいものをやる。いまどのくらい大きいものをやるかということは、ここ一年間慎重に審議してきめませんと、あとで後悔するようなことがあってはいかぬと思いますので、いたします。その間にミューロケットの成果も出ますので、そうしたらば、それをもとにして、できるだけ早く開発したいものである、こういうふうに私は希望を持っておるのでございます。したがいまして、年度的にもいまダブってはおりませんで、四十二年度以降にミューロケットができ上がりますと、それを受けて、それより一回り大きいものを同じような手法で四十五年度までに完成していただければ、おそらく実験衛星としてはかなりな実験ができるのではないかと思います。それで通信とかあるいは航海とか、いろいろな利用が考えられておりますが、まず実験衛星で十分な地上設備もそれに伴ってたくさん要りますので、そういうものを踏み台にいたしまして、将来の大きな実用衛星に移るのが技術としての順序ではないか、こういうふうに私は考えております。
なお、各省庁におきましても、科学技術庁のほうの進歩を見ながら、いまのうちからそろそろいろいろな準備を始められておるように私は承っております。
さて、宇宙開発のように、非常に広範ないろいろな種類の科学者、技術者の協力によって初めてできるこういういわゆるビッグサイエンスというようなものにつきましては、私たち十年間いろいろ苦労いたしまして、できるだけ優秀な方々に参加願うように委員会組織をつくってみたりしてやってまいりました。幸い、宇宙科学のほうには、わが国には優秀な方が大ぜいおり、過去においてアメリカで勉強しておられた方がほとんど日本へも帰ってきておりますし、そういう方々が国産のロケットを使いまして、だんだんと成果をあげてまいりました。このロケットを使った共同研究という非常にいい手段で、全国のこの専門の科学者が凝集と申しますか、だんだんとかたまってまいりまして、この気風はたいへん私は日本のために——この宇宙開という研究によって学者の間の障壁を除き、また、従来一人ではなかなかできないような研究が、大ぜいの手によって簡単に、また早くできるようになったこと、それから宇宙科学に関する限りは、地上では空気層のために絶対にはかれない、ロケットで上空に上がって初めてそういう観測ができる。したがって、一基上げるごとに少なくとも新しい観測はして帰ってくるわけでございまして、したがって、宇宙科学の要望によってロケットの設計とか研究が進められると同時にそれではかった宇宙科学の成果が今度宇宙科学者に戻る。つまり科学者と工学者が非常に密接に縦糸と横糸で編まれた織物のような感じでございます。また、ロケット工学も、あるいはそれに必要な電子工学も、すべてが最新のものでなければいかぬし、またそれが国産できるということによって初めて可能でございます。特殊材料にしろ、あるいは超小型の電子部品にしろ、そういうことが広く工業界にたいへんな刺激になると同時に、当然それは地上の機器にもすべて応用されることになりますので、最先端の科学技術が、宇宙科学なり開発によりまして、それが戻ってくる、研究投資が広く潤って戻ってくる。こういう点におきまして、ちょうど原子力とかあるいは海洋研究とか、そういうものと全く同様に、まず研究そのものが将来の実り多い成果になると私は信じておるのでございます。
そういうふうな意味合いにおきまして、ぜひ先生方にもわれわれのこのビッグサイエンスというものを御理解いただきまして、また先ほど各省庁との連絡でも申し上げましたとおり、時限的には少しずれてはおりますが、それぞれかたい目標を設定いたしまして、そこに邁進しておりますので、その点も御賢察の中、今後ともできるだけの御援助をいただきたい、こう考えまして、最近の現状について簡単に御報告申し上げた次第でございます。拍手
この発言だけを見る →御承知のように、東京大学を中心といたしまして観測ロケットの研究を開始いたしましたのは、昭和三十二年から三十三年の国際地球観測年が契機でございます。そのときに、学術会議及び国際学術連合からの委嘱もございまして、日本がこれに参加することに相なりました。当時まだ観測ロケットでどういうものが研究あるいは発見されるか未知ではございましたが、日本といたしまして多数の科学あるいは工学者がおりましたので、東京大学の、当時生産技術研究所がこの役目を引き受けまして、なお、宇宙科学の観測につきましては、京都とか方々の大学の地球物理学者が参画いたしました。それが過ぎましてから、昭和三十九年から四十年に再び太陽が静穏な年、ここで国際共同観測ということが行なわれることになりました。
地球を取り巻いてどういう観測対象があるかと申しますと、高さで分けまして、高度百キロメートルから数百キロメートルぐらいに科学的観測の価値のある分野がございます。その次には、アメリカの科学衛星が発見いたしました、地球を取り巻いて放射能帯が二つございまして、内側のものが高度千キロメートル以上、外側が高度一万キロメートル以上でございます。そういう科学的探求の成果の多い分野が三つございますので、それを目標に宇宙科学者のほうからそれに適したロケットをつくってもらいたいということで、当時東大生産技術研究所のグループは引き受けたわけでございまして、その結果、カッパー型というのが第一の、高度千キロメートル以下のいろいろな諸観測、それからラムダがその放射能帯に入って観測する、それからミューが外側の放射能帯を探索する、こういう三つのロケットの組み合わせがごく最近までにできたところでございます。その間いろいろな成果がございましたが、その成果については、後ほど糸川教授から詳しく御説明をお願いする予定にしております。
このように、わが国として観測ロケットの研究が過去十年間にたいへん進歩いたしましたが、一つには、観測ロケットを日本の十倍以上も上げておりますアメリカとソ連は、その観測実験場が大体北側に寄っております。高緯度地方に、北極に近いほうにございます。日本は秋田海岸から鹿児島に実験場を移しましたが、これから南のほうに観測ロケットを上げますと、大体赤道地帯の研究かできますので、私たちの研究もまた世界の学界に寄与をしておる。そういう意味ではアメリカでもはかれないような地点に幸い日本が位置しておるということで、これらの学問的の成果は毎年国際会議に提出しておりまして、いろいろと批判なりおほめのことばをいただいておるのが現状でございます。
さて、東京大学は、昭和三十九年から宇宙航空研究所というものを学術会議の勧告——これは昭和三十七年に出たのでございますが、それに基づきまして新たに設立いたしまして、私がその初代の所長を仰せつかりました。そのときには、在来ありました航空研究所と生産技術研究所で観測ロケットに従事しておりました教授、助教授が一緒になりまして新たにつくりました。完成の暁には三十九講座になる予定のものでございます。現在、約四百名の研究員を擁しております。もともと共同利用研究所という名称になっておりまして、全国の大学がこれを共同で利用できるという形態にしております。と申しますのは、宇宙科学の研究は非常に多額の費用を要しますので、大学の研究所として幾つもつくるわけにはいかない。中心の東大に付置しておきまして、そして各大学が自由に研究、協力できるように、こういう趣旨でございます。
実は、生産技術研究所時代からもこういう機構はございまして、ロケット観測協議会というものを、これは所長の諮問機関としてつくり、全国の科学者、工学者で宇科学に寄与しようという方はだれでも入れるような組織になっておりました。
私たちの研究所では、今度は宇宙観測協議会という名前に改めまして、やはり東大の人が多いのでございますけれども、全国の大学、私立を入れ、また国立研究所の方もお入りになっていますか、現在百七名の教授、助教授クラスの人がこの宇宙観測協議会に属しておりまして、年に何回かの総会をやって、その年その年の新しい研究テーマをお互いに提案し、所長の諮問に答えるというかっこうにしております。
ここでちょっと宇宙研究のやり方の組織を簡単に御紹介させていただきたいと思いますが、教授会は、私たちのほうは大体月二回やっておりまして、これが最高の機関でございますが、宇宙のように非常に激しい進歩のものでは、これではなかなか追従できませんので、教授会の代表とそれから宇宙科学、工学を研究しております教授約二十人をもって常任委員会というのをつくりまして、ここで先ほどの外部の人の集合体である委員会のいろいろ諮問を受けて、この常任委員会が実際に計画の立案、それの実施、あるいは予算をどういうふうに要求するか、あるいは実施するかという責任に当たってもらっておりますが、この委員会は毎月のようにやっております。
その下に四つの専門委員会をつくりまして、科学衛星の専門委員会、観測ロケットの専門委員会、また大気球を上げての探索も今年度から始めましたが、これの専門委員会、あるいは実験場の設備の専門委員会、こういうのがございますし、その下に約数個から十数個の研究班をつくっております。こういう組織で、内外の研究者がこれに入りまして、最後の実施までやることになっております。また、その間の連絡のために、これこれの代表の方が集まった企画委員会が毎週必ず集まりまして、その週その週のわれわれの研究の進みを連絡並びに進める方向に働いております。なお、いまあげました専門委員会の中の研究班というのは何十となくやられておりまして、一つのロケットが上げられますと、それに対する反省あるいはデータの紹介、それから次の号機にはこれをどういうふうに変えていこうか、こういうこまごましたこともやっておる次第でございます。ただ、東大だけでなく、全国的にこれが利用されておるのと、そのロケットに載せますいろいろな科学観測器は各大学から持ち寄って、そして一基一基それぞれ目的を持ったやり方をしておるというのが現状でございます。
いまこの科学成果については省略いたしますが、われわれの実験の一つの派生といたしまして、小型気象ロケットのかなりいいものができまして、これはすでに何十回かの経験がございますので、来年早々になると思いますが、アメリカとの交渉、要請もございまして、アメリカにおいて日本の気象ロケットとアメリカの気象ロケットとを相互に上げながら、ほんとうに正しく上層の気象が——データとしては風向、風速と温度でございますが、両方を相互に比較をしておかないといけない。日本もかなり上げておりますが、アメリカは広い国ですので、気象ロケットを千基から二千基上げておりますので、両方のロケットがいつでも同じような温度をはからなくちゃいけない、こういう比較試験を行ないたいという要望があり、日本もこれにこたえまして、来年早々にこの実験をする予定になっております。
そのほか、日本へは、宇宙科学の成果に基づきまして、外国から三カ月あるいは二カ月程度の研究員を派遣しまして、フランスとかインドあたりからは来ておりますが、それなども若干私たちの成果が認められたことではないかと考えております。
以上は宇宙科学に関係した分野でございましたが、私は、昭和三十九年から科学技術庁の宇宙開発推進本部のほうもお預かりしておりますので、そのほうについて一言触れさせていただきたいと思います。
こちらのほうでは、実用のほうを主といたしまして研究を進めてまいりましたが、私が本部長になりまして、両方の計画にダブリがないかということがいろいろ批判されましたので、約一年半かかりましたが、だんだんとこれを整理してまいりました。そのためには、まず推進本部に技術懇談会をつくりまして、そこには東大の方々などをお招きいたしまして、推進本部の計画の立て方などにいろいろ御相談に乗っていただきました。また実験場、ロケットあるいは電波追跡というような分野につきましても懇談会をつくっていただきました。これにも東大ばかりでなく、広く各省庁の人にもお入りいただきまして、どういうふうに進めたらいいか、それによって本部の予算を要求する、そういうことの足しになりますようにつとめてきたつもりでございます。
さらに、宇宙開発審議会のほうにおきましても、四十年度には、そのうちの技術部会が非常に多数開催されまして、各省庁からのいろいろな計画につきましてたいへん回数を重ねて審議をしていただきました。その結果、推進本部のほうといたしましては、実用実験衛星を将来上げる、そのための基礎になるロケット技術の開発をいまからやる、そのためには、東京大学が開発してきました技術を利用いたしまして、それより大きなものを考える、また、ほんとうの実用衛星は、たとえば郵政省とかあるいは運輸省などでいろいろ御計画もございますが、そういう一歩手前で実験をするような衛星を上げるべきである、こういうことにいま進みつつございます。
そこで、今後の宇宙開発の計画のようなものを、両者、東大のほうと科学技術庁のほうとあわせて申し上げたいと思います。
外側の放射能帯の観測ができるミューロケットは、高さが一万キロ以上になります関係上、これで人工衛星が上げられるはずである。先ほど申しましたように、観測ロケットの貴重な経験が約十年間たまりまして、観測ロケットによって地球に対して縦断面的な現象をはかると同時に、今度は地球に沿っての横断面的なデータがほしい、これは宇宙科学のほうの切なる要望でございまして、日本でできれば科学衛星が自力で上げられないか、しかも、それが赤道に近いところではかることによって、観測ロケットと人工衛星の両方の成果が相補ってりっぱな成果になると考えられるので、そういうことが三年前から要望されてまいりまして、それを受けまして、工学のほうのグループが人工衛星の計画を立案いたしまして、それが ミューロケットを使った科学衛星でございます。その予定といたしましては、四十二年度にミューロケットをできれば完成いたしまして、それを使って科学衛星を上げる。この科学衛星は、重さも約七十キログラムであり、高さも五百キロメートルでございますので、世界的なレベルのものと考えております。そういう一号衛星の研究計画がすでに昨年から進んでおりまして、その人工衛星自体も、すでに本年度には原型となるものができ上がり、続いて細部の設計、改良というところに進んでおるのでございます。
一方、このミューロケットは非常に大型でございますし、これによって何回か軌道に乗せるのに不成功であった場合は非常に研究費が高くなりますので、幸いラムダロケットを使ってその予備練習をこれから何回か行なう、そして人工衛星を正しく軌道に入れるということをこれから何回か行なう、こういう計画でございます。
そこで、四十二年度以降に第一号の科学衛星を上げる運びになると思いますが、その中に載せられる観測項目がわずか四種類でございまして、現在日本の宇宙科学者が非常に数が多くなりまして、それぞれこういう観測をしたいという希望が多数ございまして、第二号、第三号の衛星がもし可能ならば、どういう観測項目をやるかということを、いまからすでにこれを研究中でございます。
〔委員長退席、赤澤委員長代理着席〕
基礎研究から始まりまして科学衛星にまでいまつながっておりますが、一方、宇宙開発推進本部のほうにおきましては、実用衛星を最後の目標としております。実用衛星は、現在通信衛星が最も世界的に注目されておりまして、現在はアメリカが世界的な通信網をこの通信衛星によって行なおうとしておりますし、ソ連はソ連で独自に、ソ連の国内での通信がうまくいくような特別な軌道の通信衛星を、現在もう一、二年になると思いますが、回し続けておる状態でございます。ヨーロッパも同様に、ヨーロッパの連合体によりまして、ヨーロッパ関係の通信衛星をつくりたいという希望で、実用衛星のほうに非常に各国とも力が入っているのが現状でございます。日本も当然それだけの技術がある。またそれが可能ならば、ぜひ通信衛星を上げたいという希望が最近そのほうの関係者から出てまいりました。ついては推進本部でやっておりますロケットの能力はどういう程度かというような御質問も多々ございました。これは一足飛びに大きなものをつくって一ぺんに成功するということは、研究の段階上非常に困難であり、かつまた、かえって研究費を浪費するものだろうと私は思います。推進本部でいま考えておりますのは、比較的小さな、実用の前の試験衛星というものを考えております。ただし、これですと、たとえば高度が千キロメートルとか、重さも百キロとか二百キロという程度でございまして、ほんとうの意味での、今後五年たった以降における通信衛星としてそれが間に合うかどうかということになりますと、非常に激しい宇宙開発の進歩に比べまして適切であるかどうかについては若干御議論がございます。しかし、東大を中心としたミューロケットでは、そういう実用実験衛星なり、ほんとうの実用衛星を上げる力がございませんので、どうしてもミューよりも大きなロケットを開発しておく必要がございます。それは東京大学のほうとしては、宇宙科学用としては大体ミューロケットで、またこれを今後も続けて性能を向上していけば科学用には十分間に合う。むしろミューロケットより大きなものは科学技術庁のほうでできるだけ早く開発していただく。そのためにはミューロケットの成果をもとにいたしまして、それから一段大きいものをやる。いまどのくらい大きいものをやるかということは、ここ一年間慎重に審議してきめませんと、あとで後悔するようなことがあってはいかぬと思いますので、いたします。その間にミューロケットの成果も出ますので、そうしたらば、それをもとにして、できるだけ早く開発したいものである、こういうふうに私は希望を持っておるのでございます。したがいまして、年度的にもいまダブってはおりませんで、四十二年度以降にミューロケットができ上がりますと、それを受けて、それより一回り大きいものを同じような手法で四十五年度までに完成していただければ、おそらく実験衛星としてはかなりな実験ができるのではないかと思います。それで通信とかあるいは航海とか、いろいろな利用が考えられておりますが、まず実験衛星で十分な地上設備もそれに伴ってたくさん要りますので、そういうものを踏み台にいたしまして、将来の大きな実用衛星に移るのが技術としての順序ではないか、こういうふうに私は考えております。
なお、各省庁におきましても、科学技術庁のほうの進歩を見ながら、いまのうちからそろそろいろいろな準備を始められておるように私は承っております。
さて、宇宙開発のように、非常に広範ないろいろな種類の科学者、技術者の協力によって初めてできるこういういわゆるビッグサイエンスというようなものにつきましては、私たち十年間いろいろ苦労いたしまして、できるだけ優秀な方々に参加願うように委員会組織をつくってみたりしてやってまいりました。幸い、宇宙科学のほうには、わが国には優秀な方が大ぜいおり、過去においてアメリカで勉強しておられた方がほとんど日本へも帰ってきておりますし、そういう方々が国産のロケットを使いまして、だんだんと成果をあげてまいりました。このロケットを使った共同研究という非常にいい手段で、全国のこの専門の科学者が凝集と申しますか、だんだんとかたまってまいりまして、この気風はたいへん私は日本のために——この宇宙開という研究によって学者の間の障壁を除き、また、従来一人ではなかなかできないような研究が、大ぜいの手によって簡単に、また早くできるようになったこと、それから宇宙科学に関する限りは、地上では空気層のために絶対にはかれない、ロケットで上空に上がって初めてそういう観測ができる。したがって、一基上げるごとに少なくとも新しい観測はして帰ってくるわけでございまして、したがって、宇宙科学の要望によってロケットの設計とか研究が進められると同時にそれではかった宇宙科学の成果が今度宇宙科学者に戻る。つまり科学者と工学者が非常に密接に縦糸と横糸で編まれた織物のような感じでございます。また、ロケット工学も、あるいはそれに必要な電子工学も、すべてが最新のものでなければいかぬし、またそれが国産できるということによって初めて可能でございます。特殊材料にしろ、あるいは超小型の電子部品にしろ、そういうことが広く工業界にたいへんな刺激になると同時に、当然それは地上の機器にもすべて応用されることになりますので、最先端の科学技術が、宇宙科学なり開発によりまして、それが戻ってくる、研究投資が広く潤って戻ってくる。こういう点におきまして、ちょうど原子力とかあるいは海洋研究とか、そういうものと全く同様に、まず研究そのものが将来の実り多い成果になると私は信じておるのでございます。
そういうふうな意味合いにおきまして、ぜひ先生方にもわれわれのこのビッグサイエンスというものを御理解いただきまして、また先ほど各省庁との連絡でも申し上げましたとおり、時限的には少しずれてはおりますが、それぞれかたい目標を設定いたしまして、そこに邁進しておりますので、その点も御賢察の中、今後ともできるだけの御援助をいただきたい、こう考えまして、最近の現状について簡単に御報告申し上げた次第でございます。拍手
赤
糸
糸川英夫#9
○糸川参考人 ただいま高木教授から、東大宇宙航空研究所長並びに科学技術庁の宇宙開発推進本部長としての日本の宇宙開発全般の御報告がございましたが、私は鹿児島県の内之浦にあります東京大学鹿児島宇宙空間観測所で今日までどんな成果が得られましたか、つまりそのアチーブメントのダイジェストを聞いていただきたいと思います。
三つございまして、第一は宇宙観測でどんな発見が宇宙で行なわれたかということなんであります。よくいままでに何発ロケットを上げたかという質問を受けますが、私どもは、上げたロケットの個数や上げた高さを誇るわけにはいきせんので、どれだけ宇宙で新しい発見を行なったか、宇宙の秘密をどれだけわれわれは獲得したかということが評価の主目的だと考えているのであります。非常にたくさんございますが、きょうは、そのハイライトみたいなものを七つ選びましてお聞きいただきたいと思います。
一番目が、いわゆるエックス線星の発見でございまして、一部新聞にも伝えられましたとおり、星の中にはエックス線しか出さない星があるのではないかという、非常に一部の科学者が数年前からそういう妄想を持っておりましたが、こういう星はかりに宇宙に存在していたとしましても、エックス線が全部空気層で吸収されますから、地上では絶対に見ることができない。つまり見えない星なんでありますが、これがもし存在するとすれば、ロケットの上にエックス線カメラを載せましてこれを上層に打ち上げて、空気のないところでエックス線撮影をすれば、その星の姿がとらえられるはずではないかということで、東大の内之浦で何個かのロケットがエックス線カメラを積んで打ち上げられました。ほとんど時期を同じゅういたしましてアメリカのホワイトサンズでエックス線カメラを積んだロケットが打ち上げられましたが、両方のエックス線カメラは、いずれも日本人科学者が開発したものでございます。そこでかなり方向が正確にわかりましたので、岡山の東大天文台が特殊なフィルターを使って、エックス線星を非常に長い時間かかって露出しまして、撮影に成功いたしました。続いてアメリカのパロマの天文台がやはりこの星のエックス線撮影に成功いたしまして、日米科学者と四つの実験所の共同で初めてエックス線星が発見されたのであります。この正体はいまだにわかっておりませんので、いままで星が生まれて死ぬ、いわゆる星の輪廻ということがいわれておりますけれども、そのいままでの理論で知られている限り、どうもエックス線星というのは理屈に合わないのでありまして、そういうものが宇宙に存在しているということは、われわれがいままで、星がなぜ生まれて死ぬかというプロセスの理論的根拠を根底からあるいは変えなければならないようなものであるかもしれない、今日宇宙科学で最も大きな課題を投げかけたわけでございます。きわめて最近の話であります。
二番目は、夜、空をごらんになりますと、星も月もないのにかかわらず空が明るく見えます。あれは大気上層にあります酸素が光を発するのですが、赤い色の光を発します。これは一定の高さの非常に薄い層にだけ発光層があるのじゃないかということがいわれておりましたが、その層の高さがいままで明確にわかっておりませんでしたのを、日本の観測ロケットで初めてこの高さを明確に観測いたしました。二百八十キロメートルの高さであることがわかったのであります。
三番目は、電気には流れる電気と、とまっている電気がございまして、流れる電気を電流といい、とまっている電気を静電というのでありまして、地球のまわりの宇宙空間には、静かな電気のたまりみたいなものがあるということはわかっておりましたが、実は理論的に考えますと、静かであり得るはずがない。静かなものには必ず波が立つのではないかということがいわれておりまして、波があるのではないかということが理論的に予見されておりましたのを、やはり内之浦からの観測ロケットで初めてこの波を発見いたしました。ことしありました国際会議で日本代表からこれを発表されまして、たいへんな反響を呼んだ発見でございます。
それから四番目には、短波通信に使います電離層でありますが、この電離層もいままでスタティック、つまり静的で、非常に静かな層のように考えられていたのですが、その中に非常な擾乱があるということをやはり発見いたしました。
五番目には、内之浦から上空を観測いたしますと、高さ千四百キロメートルのところからプロトロンとデュートロンの数が非常にふえるという現象が発見されました。これは、つまりバンアレン放射能帯の一番下側のところが、鹿児島の上空では千四百キロメートルの高さから始まるということが初めて確認されたわけでございます。
六番目には、黄道光——黄道面と申しますのは、地球が太陽のまわりを自転運動しているのは一つの平面に乗っておりますが、その表面上に非常にたくさんの粒子があって光を出しております。この観測に、やはり日本の科学者が初めて日本の観測ロケットを使って成功いたしました。
七番目は、まだ済んでおりませんのですが、テレビカメラを使って非常に高い上層の風をはかろうということであります。これは、従来外国が、地上に置いたカメラで上の風の観測をやっておりましたのを、地上のカメラですと、曇ったときに雲で遮断されて上空が写せないものですから、テレビカメラをロケットの上に載せまして、雲の上に出てしまって、それで上層の風をはかろうという非常に野心的な計画でございます。これは各国からいま日本が注目されている技術の一つでございまして、これが成功しますと、世界中がこの技術を使うことになると思います。
以上のような実例を申し上げましたのですが、非常にたくさんの発見が外国においても行なわれておりまして、秋どもは、こういうものが総合されて新しい宇宙観というものが生まれることを最終的に願っております。今日すでに私どもが持っております材料を積み重ねましても、かつてニュートン、アインシュタインが持っておりましたところの宇宙観とは全く違った宇宙観をわれわれは持っておりますが、決してまだ完全な宇宙観ではない。たとえば、エックス線星の発見によって宇宙の理論が根底からくずされようとしているようなこともございまして、もっともっと完全な宇宙観というものを持ちたいというのが最終的な任務でございます。
こういう観測あるいは発見をいたしますのに二つの調査方法がございまして、地球を東京の都心と考えますと、放射状に出まして、放射状の道路に沿って観測をするやり方と、環状道路に沿って環状にぐるぐる回りながら観測するやり方と二つがございます。放射状道路のほうを観測ロケットといい、環状道路に回しますものを人工衛星と呼ぶわけであります。したがって、宇宙空間に放射状道路の観測ロケットの線と人工衛星の環状ルートの網の目を張りまして、宇宙の中のいかなる秘密も余さずに探りたいというのがわれわれの意図するところなのでございます。したがって、人工衛星が決してオールマイティではございませんので、放射状道路、環状道路が組み合わさって初めて宇宙のいろいろな秘密がわかるものなのであります。
そこで、前者の放射状道路をはかります観測ロケットですが、これはまっすぐに地球から出まして、またまっすぐに放射状道路に沿って戻ってまいりますので、もちろんできるだけ遠くにまでいくものがほしいわけであります。それからたくさんの計測器を積むものがほしいわけであります。そのために、いま日本が持っております一番優秀な観測ロケットはラムダ3H型という、通称L3Hと称するロケットでございますが、これは高さにしまして千八百キロメートル、それから計測器の搭載量が二百三十キログラムございます。これに匹敵する外国の観測ロケットを、ことし出ました日本物理学会の会誌の表の中から探ってみますと、アメリカにアストロビー一五〇〇という観測ロケットがございますが、これた高さが千九百キロメートルで、計器搭載量が七十キログラムでございますので、ラムダ3H型に比べてやや性能が劣るのではないかと思います。それからソ連のはわかりませんのですが、フランスが、表に載っております範囲では、高さの最高が五百キロメートルでございますが、この九月に高木所長と私とヨーロッパへ参りましたときに、フランスの学者から直接聞いたところでは、ごく最近千キロメートルの高さまで上げて調査をやったということでございます。ただし計測器の重量が二十キログラムしかなくて、とても日本のラムダ3Hにはかないませんでしたという報告でございましたから、ラムダ3Hは、あえて世界第一位とは申しませんけれども、世界で最上部にランクされる観測ロケットであるという自信を持っております。
それから、あと残るのは人工衛星でございまして、網の目を完成するための環状道路をこれから建設する工事のプランを立てているわけでございます。先ほど高木先生の御説明にありましたとおり、そのためにミューロケットという大型のロケットを使用する計画を立てて、その地上設備がすでに鹿児島に完成いたしておりますが、ミューロケットはいままでの観測用ロケットに比べて何ぶん値段がたいへん高いのであります。こういうものを上げて、つまり軌道に入れようとして失敗しますとたいへん大きな国費の損失になりますので、いままで開発したカッパー、ラムダという小型ロケットを使いまして、できるだけ完全な軌道に入れる技術の練習をしておきたい。そしてミューロケットを使いますときには一発目から軌道に入れたい。そういう考えから昨年、今年度二カ年にわたりましてカッパー10型ロケット二個、ラムダ4型ロケット三個、合計五基をこの技術の開発に投入いたすことにいたしました。すでにカッパー10型二個は発射されて所期の目的を達しましたが、本年度この技術開発のために投入されるラムダ4型Sのうち第一号機がこの九月に打ち上げられたわけでございます。
御承知のように、日本は人工衛星を上げますのに外国から技術を導入したり、あるいは習いに行ったりすることをしておりませんので、全く日本の科学者の自分の頭脳でその技術を考えて、手探りでございますけれども見つけ出そうとする努力を続けております。したがって、非常にたくさんの地上試験や何回かの予備試験の後にでなければ、人工衛星を軌道に乗せる技術は完成できないものと思っております。九月に打ち上げましたラムダ4型S一号機は九つの目的をもって上げられましたのですが、その中には人工衛星の軌道に入れるということ自体は含まれておりません。これは直接の目的ではございませんが、九つの目的のうち六つが完成されまして、所期の目的が得られましたのですが、残る三つについては資料が得られておりませんので、この十二月にもう一度同じ型のものを上げまして、残った三つの検討を行なうわけでございます。さらに、来年の三月にそれらを集積いたしましたもので実験を行ない、でき得ればここらで小型の人工衛星を実際に入れてみまして、人工衛星を軌道に入れる技術を完成し、一九六八年、つまり昭和四十三年の春に、四十二年度予算の末期でございますが、来年度予算の最後に打ち上げを予定されておりますミューロケット打ち上げまでには、このカッパー、ラムダを使いまして軌道へ入れる技術を全部完成いたしたいと考えておるのでございます。
以上、御報告を終わります。拍手
この発言だけを見る →三つございまして、第一は宇宙観測でどんな発見が宇宙で行なわれたかということなんであります。よくいままでに何発ロケットを上げたかという質問を受けますが、私どもは、上げたロケットの個数や上げた高さを誇るわけにはいきせんので、どれだけ宇宙で新しい発見を行なったか、宇宙の秘密をどれだけわれわれは獲得したかということが評価の主目的だと考えているのであります。非常にたくさんございますが、きょうは、そのハイライトみたいなものを七つ選びましてお聞きいただきたいと思います。
一番目が、いわゆるエックス線星の発見でございまして、一部新聞にも伝えられましたとおり、星の中にはエックス線しか出さない星があるのではないかという、非常に一部の科学者が数年前からそういう妄想を持っておりましたが、こういう星はかりに宇宙に存在していたとしましても、エックス線が全部空気層で吸収されますから、地上では絶対に見ることができない。つまり見えない星なんでありますが、これがもし存在するとすれば、ロケットの上にエックス線カメラを載せましてこれを上層に打ち上げて、空気のないところでエックス線撮影をすれば、その星の姿がとらえられるはずではないかということで、東大の内之浦で何個かのロケットがエックス線カメラを積んで打ち上げられました。ほとんど時期を同じゅういたしましてアメリカのホワイトサンズでエックス線カメラを積んだロケットが打ち上げられましたが、両方のエックス線カメラは、いずれも日本人科学者が開発したものでございます。そこでかなり方向が正確にわかりましたので、岡山の東大天文台が特殊なフィルターを使って、エックス線星を非常に長い時間かかって露出しまして、撮影に成功いたしました。続いてアメリカのパロマの天文台がやはりこの星のエックス線撮影に成功いたしまして、日米科学者と四つの実験所の共同で初めてエックス線星が発見されたのであります。この正体はいまだにわかっておりませんので、いままで星が生まれて死ぬ、いわゆる星の輪廻ということがいわれておりますけれども、そのいままでの理論で知られている限り、どうもエックス線星というのは理屈に合わないのでありまして、そういうものが宇宙に存在しているということは、われわれがいままで、星がなぜ生まれて死ぬかというプロセスの理論的根拠を根底からあるいは変えなければならないようなものであるかもしれない、今日宇宙科学で最も大きな課題を投げかけたわけでございます。きわめて最近の話であります。
二番目は、夜、空をごらんになりますと、星も月もないのにかかわらず空が明るく見えます。あれは大気上層にあります酸素が光を発するのですが、赤い色の光を発します。これは一定の高さの非常に薄い層にだけ発光層があるのじゃないかということがいわれておりましたが、その層の高さがいままで明確にわかっておりませんでしたのを、日本の観測ロケットで初めてこの高さを明確に観測いたしました。二百八十キロメートルの高さであることがわかったのであります。
三番目は、電気には流れる電気と、とまっている電気がございまして、流れる電気を電流といい、とまっている電気を静電というのでありまして、地球のまわりの宇宙空間には、静かな電気のたまりみたいなものがあるということはわかっておりましたが、実は理論的に考えますと、静かであり得るはずがない。静かなものには必ず波が立つのではないかということがいわれておりまして、波があるのではないかということが理論的に予見されておりましたのを、やはり内之浦からの観測ロケットで初めてこの波を発見いたしました。ことしありました国際会議で日本代表からこれを発表されまして、たいへんな反響を呼んだ発見でございます。
それから四番目には、短波通信に使います電離層でありますが、この電離層もいままでスタティック、つまり静的で、非常に静かな層のように考えられていたのですが、その中に非常な擾乱があるということをやはり発見いたしました。
五番目には、内之浦から上空を観測いたしますと、高さ千四百キロメートルのところからプロトロンとデュートロンの数が非常にふえるという現象が発見されました。これは、つまりバンアレン放射能帯の一番下側のところが、鹿児島の上空では千四百キロメートルの高さから始まるということが初めて確認されたわけでございます。
六番目には、黄道光——黄道面と申しますのは、地球が太陽のまわりを自転運動しているのは一つの平面に乗っておりますが、その表面上に非常にたくさんの粒子があって光を出しております。この観測に、やはり日本の科学者が初めて日本の観測ロケットを使って成功いたしました。
七番目は、まだ済んでおりませんのですが、テレビカメラを使って非常に高い上層の風をはかろうということであります。これは、従来外国が、地上に置いたカメラで上の風の観測をやっておりましたのを、地上のカメラですと、曇ったときに雲で遮断されて上空が写せないものですから、テレビカメラをロケットの上に載せまして、雲の上に出てしまって、それで上層の風をはかろうという非常に野心的な計画でございます。これは各国からいま日本が注目されている技術の一つでございまして、これが成功しますと、世界中がこの技術を使うことになると思います。
以上のような実例を申し上げましたのですが、非常にたくさんの発見が外国においても行なわれておりまして、秋どもは、こういうものが総合されて新しい宇宙観というものが生まれることを最終的に願っております。今日すでに私どもが持っております材料を積み重ねましても、かつてニュートン、アインシュタインが持っておりましたところの宇宙観とは全く違った宇宙観をわれわれは持っておりますが、決してまだ完全な宇宙観ではない。たとえば、エックス線星の発見によって宇宙の理論が根底からくずされようとしているようなこともございまして、もっともっと完全な宇宙観というものを持ちたいというのが最終的な任務でございます。
こういう観測あるいは発見をいたしますのに二つの調査方法がございまして、地球を東京の都心と考えますと、放射状に出まして、放射状の道路に沿って観測をするやり方と、環状道路に沿って環状にぐるぐる回りながら観測するやり方と二つがございます。放射状道路のほうを観測ロケットといい、環状道路に回しますものを人工衛星と呼ぶわけであります。したがって、宇宙空間に放射状道路の観測ロケットの線と人工衛星の環状ルートの網の目を張りまして、宇宙の中のいかなる秘密も余さずに探りたいというのがわれわれの意図するところなのでございます。したがって、人工衛星が決してオールマイティではございませんので、放射状道路、環状道路が組み合わさって初めて宇宙のいろいろな秘密がわかるものなのであります。
そこで、前者の放射状道路をはかります観測ロケットですが、これはまっすぐに地球から出まして、またまっすぐに放射状道路に沿って戻ってまいりますので、もちろんできるだけ遠くにまでいくものがほしいわけであります。それからたくさんの計測器を積むものがほしいわけであります。そのために、いま日本が持っております一番優秀な観測ロケットはラムダ3H型という、通称L3Hと称するロケットでございますが、これは高さにしまして千八百キロメートル、それから計測器の搭載量が二百三十キログラムございます。これに匹敵する外国の観測ロケットを、ことし出ました日本物理学会の会誌の表の中から探ってみますと、アメリカにアストロビー一五〇〇という観測ロケットがございますが、これた高さが千九百キロメートルで、計器搭載量が七十キログラムでございますので、ラムダ3H型に比べてやや性能が劣るのではないかと思います。それからソ連のはわかりませんのですが、フランスが、表に載っております範囲では、高さの最高が五百キロメートルでございますが、この九月に高木所長と私とヨーロッパへ参りましたときに、フランスの学者から直接聞いたところでは、ごく最近千キロメートルの高さまで上げて調査をやったということでございます。ただし計測器の重量が二十キログラムしかなくて、とても日本のラムダ3Hにはかないませんでしたという報告でございましたから、ラムダ3Hは、あえて世界第一位とは申しませんけれども、世界で最上部にランクされる観測ロケットであるという自信を持っております。
それから、あと残るのは人工衛星でございまして、網の目を完成するための環状道路をこれから建設する工事のプランを立てているわけでございます。先ほど高木先生の御説明にありましたとおり、そのためにミューロケットという大型のロケットを使用する計画を立てて、その地上設備がすでに鹿児島に完成いたしておりますが、ミューロケットはいままでの観測用ロケットに比べて何ぶん値段がたいへん高いのであります。こういうものを上げて、つまり軌道に入れようとして失敗しますとたいへん大きな国費の損失になりますので、いままで開発したカッパー、ラムダという小型ロケットを使いまして、できるだけ完全な軌道に入れる技術の練習をしておきたい。そしてミューロケットを使いますときには一発目から軌道に入れたい。そういう考えから昨年、今年度二カ年にわたりましてカッパー10型ロケット二個、ラムダ4型ロケット三個、合計五基をこの技術の開発に投入いたすことにいたしました。すでにカッパー10型二個は発射されて所期の目的を達しましたが、本年度この技術開発のために投入されるラムダ4型Sのうち第一号機がこの九月に打ち上げられたわけでございます。
御承知のように、日本は人工衛星を上げますのに外国から技術を導入したり、あるいは習いに行ったりすることをしておりませんので、全く日本の科学者の自分の頭脳でその技術を考えて、手探りでございますけれども見つけ出そうとする努力を続けております。したがって、非常にたくさんの地上試験や何回かの予備試験の後にでなければ、人工衛星を軌道に乗せる技術は完成できないものと思っております。九月に打ち上げましたラムダ4型S一号機は九つの目的をもって上げられましたのですが、その中には人工衛星の軌道に入れるということ自体は含まれておりません。これは直接の目的ではございませんが、九つの目的のうち六つが完成されまして、所期の目的が得られましたのですが、残る三つについては資料が得られておりませんので、この十二月にもう一度同じ型のものを上げまして、残った三つの検討を行なうわけでございます。さらに、来年の三月にそれらを集積いたしましたもので実験を行ない、でき得ればここらで小型の人工衛星を実際に入れてみまして、人工衛星を軌道に入れる技術を完成し、一九六八年、つまり昭和四十三年の春に、四十二年度予算の末期でございますが、来年度予算の最後に打ち上げを予定されておりますミューロケット打ち上げまでには、このカッパー、ラムダを使いまして軌道へ入れる技術を全部完成いたしたいと考えておるのでございます。
以上、御報告を終わります。拍手
赤
赤
登
登坂重次郎#12
○登坂委員 ただいまは東京大学の高木先生並びに糸川先生から、いろいろ専門的に宇宙科学に関する御説明をいただきまして、まことにありがとうございました。
私どもは、去る八月の初旬、予算委員長以下社会党の野原先生、中澤先生、加藤先生、それから小平先生等と内之浦の実験場を視察いたしまして、ただいま御報告、御説明いただいたことが幾ぶんでもわかるような気がいたしたのであります。そこで、この宇宙科学ということは、われわれしろうとにはまことに縁の遠いようなものでありまするが、今日世界各国が宇宙に向かって数多くの問題を投げかけております。その中で、日本の宇宙科学の現在の位置というものはどういうものであろうかということは、われわれ国民として知りたいところであったのであります。幸い、東京大学を中心とし、科学技術庁がこれに指導的役割りをとりまして、今日の非常な成果をあげておるということを私は初めて知らされて、まことに喜びにたえないところであります。
そこで、まずこの日本の科学技術に対する経過並びに今後の見通しというものについて、宇宙開発推進本部長でありまするところの高木先生の御意見は先ほど承ったのでありまするが、さしあたり今日の段階において、これから一番先にどういうことをおやりになりたいか、またわれわれ政治をあずかる者に対しまして何か御希望がありましたなら承ってまいりたいと思うのでありますが、高木先生の御所見を承りたいと思います。
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そこで、まずこの日本の科学技術に対する経過並びに今後の見通しというものについて、宇宙開発推進本部長でありまするところの高木先生の御意見は先ほど承ったのでありまするが、さしあたり今日の段階において、これから一番先にどういうことをおやりになりたいか、またわれわれ政治をあずかる者に対しまして何か御希望がありましたなら承ってまいりたいと思うのでありますが、高木先生の御所見を承りたいと思います。
高
高木昇#13
○高木参考人 ただいま御質問がございまして、今後どういうふうに進め、またどういうふうに重点を置くかというお話と承りました。
八月の三日に宇宙開発審議会が「人工衛星の打上げおよびその利用に関する長期計画について」という建議を総理大臣に提出してございます。それは、さしあたって四十五年度までにおいてどういう分担でどういう事項を進めるかということについての建議でございます。私たちは、それに沿って進める予定にしておりますが、この建議の最後のほうにございますように、科学衛星計画については、とりあえず東京大学が中心となりまして、できるだけ早く科学衛星計画を推進するように、また、実用実験衛星計画については推進本部が推進するように、しかし、ここでお互いに連絡がなくてはいけませんので、特に三番目に大事なこととしては、両者が緊密な連携を保っていかなければいけない、こういうことまでつけ加えられておりまして、これについては、先ほど私も御説明申し上げましたように、研究者の交流とかあるいは併任とかいうようなかっこうで進める予定にしておるわけでございます。それから、関係政府機関は、その所掌に従って、人工衛星の利用あるいはその研究開発、これは東大及び科学技術庁以外の省庁も密接な連携を保ってこの両計画に協力する、こういうようなことがうたわれておるわけでございます。
そこで、再び申し上げますと、ミューロケットによります科学衛星をできるだけ早く完成したいというのが私たちの切なる希望でございまして、それの見通しがつきますと、実験衛星のほうも非常に楽になると考えます。したがって、四十二年までが科学衛星を主体としておりますが、それに重点を置いていただき、その成果があがれば、すぐそれを受けて、実験衛星のほうが四十五年度までに完成する、それができれば、今度は各省庁の実用衛星もそれにつながって進展していく、そういうふうに考えておりますので、一応この年度計画はタイムリーにしたい。たいへん外国におくれてもどうか。人工衛星が上がりましたのは、ソ連が第一号を上げたのが一九五七年でございますので、もうそろそろ十年になろうとしておるのでございますが、あまり時間がかかっても陳腐なものでは意味がございませんし、私たちあとから追いかけていくものが、いつも上げるものについては、アップ・ツー・デートでなくちゃならぬのと、それが日本の役割りとして世界に少しでも寄与するものでなくてはならない、こういうことを常に反省してやっておりますが、いまのような時間割りで進めておりますので、この点御賢察いただきたいと思います。
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そこで、再び申し上げますと、ミューロケットによります科学衛星をできるだけ早く完成したいというのが私たちの切なる希望でございまして、それの見通しがつきますと、実験衛星のほうも非常に楽になると考えます。したがって、四十二年までが科学衛星を主体としておりますが、それに重点を置いていただき、その成果があがれば、すぐそれを受けて、実験衛星のほうが四十五年度までに完成する、それができれば、今度は各省庁の実用衛星もそれにつながって進展していく、そういうふうに考えておりますので、一応この年度計画はタイムリーにしたい。たいへん外国におくれてもどうか。人工衛星が上がりましたのは、ソ連が第一号を上げたのが一九五七年でございますので、もうそろそろ十年になろうとしておるのでございますが、あまり時間がかかっても陳腐なものでは意味がございませんし、私たちあとから追いかけていくものが、いつも上げるものについては、アップ・ツー・デートでなくちゃならぬのと、それが日本の役割りとして世界に少しでも寄与するものでなくてはならない、こういうことを常に反省してやっておりますが、いまのような時間割りで進めておりますので、この点御賢察いただきたいと思います。
登
登坂重次郎#14
○登坂委員 それでは科学技術庁にお尋ねいたします。
科学技術庁は人工衛星について研究を進めておるとのことでありまするが、東京大学との連携において現在どういうような手段で実用的な人工衛星ロケットの開発の状態にあるのか。また、最終目的は、やはりこれも学者の人工衛星の観測という学理的ばかりでなく、科学技術庁としては、これを実用的に考えておるということを聞いておるのでありまするが、その両者間の均衡とか今後の研究の態度というものはどういうふうに技術庁においては考えておられるか、承りたいと思います。
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有
有田喜一#15
○有田国務大臣 先ほど両参考人が説明しましたように、大学でやっておる宇宙航空研究所はあくまでも科学衛星ということを目標に研究を重ねておる。わが科学技術庁におきましては、先ほども言われますように、実用実験ということを目標に人工衛星のことを考えております。もちろん大学の研究の上に乗ってこの科学技術庁の実用実験というものが進むのでございますが、しかし、やはり並行的にいかないと、大学の研究が済んだ上に乗っかるといいながらも、それまでじっと待っておっては実用衛星のほうがおくれますので、そこでいまから種子島に射場の位置をきめまして、そしていま建設途上にありますが、その内容につきましては、両者の関係を一そう密にしなければならぬ、しかも、多額の経費がかかりますから、少しでもむだを省かなければならぬというので、高木教授に科学技術庁の宇宙開発推進本部長をお願いしまして、高木教授が東大の研究所長という立場とそれから科学技術庁の推進本部長という立場の二つを兼任されまして、そして両者を密にしながら研究を進めつつあるということでございます。なお、私も文部大臣と科学技術庁長官を兼任しておりまして、大所高所からの両者の調節は私も微力ながらいろいろと指導もいたします。技術田のことは高木教授に一任すると言ってはどうかと思いますが、ほとんどまかせ、そして両方の研究が両々相まって共存共栄でこの宇宙開発を大いに推進するように、かように考えていま推し進めておるところでございます。
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登坂重次郎#16
○登坂委員 財政当局にお伺いします。
本年度の宇宙開発に関する総合予算要求が出ておると思うのでありまするが、これに対しては、文部省、科学技術庁、郵政省、運輸省並びに通産省の各総合的な予算要求がただいま提出されておると聞いております。今日まで、この宇宙開発に関する予算措置及びその成果について、また今後の財政措置について、財政当局はいかなる見解を持っておりますか、大蔵省の見解をお願いしたいと思います。
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谷
谷村裕#17
○谷村説明員 宇宙開発関係のことにつきましては、もちろん従来とも、ただいまお話のありましたように、それぞれ所要の予算措置を講じてまいってきておるわけでありますが、今後の問題といたしましては、いろいろさらにこれを進めていかなければならない点において、ただいまお話を承ったとおりでございます。しかしながら、許された財政の範囲の中で、単に宇宙開発ということのみならず、広く科学技術全般、あるいは、さらにはその他いろいろ文教、社会保障、公共事業等々、さまざまな需要に応じていかなければなりませんので、私どもといたしましては、全体のバランスを考えながら、その中でできるだけ効果をあげてまいられるように予算を措置してまいりたいと考えております。
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登坂重次郎#18
○登坂委員 ただいままでは、聞くところによりますと、科学技術庁、文部省、あるいは郵政省あるいはその他運輸省というような各省庁が、自己の立場においていろいろ予算措置をしておったので、財政当局としては非常にふくそうした点もありまするから、その点を非常に気にして、予算措置にあたっては相当削減したり、あるいはその重複点を指摘したりする、そういうことを聞いておるのでありまするが、本年度、承るところによりますと、科学技術庁が中心となって、科学技術庁の予算の責任において各省庁のふくそうの点を是正した、こういうふうにいわれておるのでありまするから、その点、ひとつ特に留意を払ってもらえばけっこうだと思うのであります。
そこで、専門ではないので間違っておるかもしれませんが、東京大学のほうでは、カッパー、ラムダ、ミューこういう三種類を上げて、大体一段、二段というような推進ロケットを研究中である。科学技術庁は三段、四段目からこれを研究課程としておる。しかも、その推進用の燃料は、片や固体である、片や液体である、こういう研究課程をおとりになっておると聞いておりまするが、この点において宇宙科学は、できるだけすみやかに、しかも、予算措置もできるだけ有効に、総合的に使ってもらいたいと思うのであります。そのほうが、われわれしろうとは、非常にすみやかに所期の目的、宇宙研究の成果があげられるのじゃないかと思うのでありまするが、その点、学術的な立場から、あるいは何かそこに共通点、総合点は見出し得ないものかどうか。しろうとでありまするが、ひとつ両者から、あるいは高木先生が推進本部長と所長というお立場であると承っておりまするから、その点をひとつ御説明いただければありがたいと思います。
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高
高木昇#19
○高木参考人 お説のとおり、推進本部のほうで計画しております四段ロケットは、一段目、二段目はミューロケットより大型にしたものでございますので、これは技術の延長として早急に開発できるだろうと、こう考えておりますが、三段目、四段目に液体燃料ロケット、あるいはプラスチックの筒を持ったロケットを載せよう、こういう計画と、東京大学のほうは、大きさは違いますが、三段目、四段目も全部固体である。その辺がどちらか一緒にならないかという御質問かと考えております。
東京大学のほうでは、全部、三段も四段も固体で、人工衛星に必要な速度を的確に出すこと、あるいは方向を曲げることなどもできると信じてやっておりますし、科学技術庁のほうは、数年来液体燃料ロケットを開発しておりまして、現在もその三段目、四段目に載るようなロケットを続けて研究しております。したがいまして、それを三段、四段に載せるということについてはそれほど経費が重複しないと思っておりますのと、いままでに研究投資をしております。ただ、実際に三段目、四段目にどちらを採用するか、推進本部のほうで行ないます大型ロケットがどちらを採用するか。これは今後一、二年の研究開発を進めて、いいほうをとろう、そういう考え方でございますが、この点は、もしも四十五年を目標にとか、目標を切りますと、どうしても研究としては、四十五年度までやって失敗しちゃった、うまくいかなかった、それじゃ、ほかの方法を取り入れようとなりますと、それからまた三年ぐらいおくれてしまいますので、現時点では、その二つの考え方を並行に進めて、どちらかいいほうを採用する。そうすると、採用されなかったほうは、あるいはむだになるというおしかりもあるかもわかりませんが、しかし、それはまたそれでいろいろな技術の習得が得られますので、また次の時点にはそのほうが進むかもわかりませんので、基礎技術としては、液体燃料ロケットは元来非常に高価である、非常に費用がかかるといわれておりますが、幸い三段、四段くらいの小型のものでありましたら、それほど費用がかかりませんのと、こういう技術も培養しておいて、将来は固体燃料にまさる液体燃料——ちょっと夢のようなことを考えておりますが、アメリカがようやく実用化しました液体水素、液体酸素の組み合わせなどは、今後の宇宙開発として当然ねらわなくちゃならないのじゃないか、こういう遠い考えもございますので、二つの研究手段をここしばらく並行して進めさしていただきたい、こう考えております。
この発言だけを見る →東京大学のほうでは、全部、三段も四段も固体で、人工衛星に必要な速度を的確に出すこと、あるいは方向を曲げることなどもできると信じてやっておりますし、科学技術庁のほうは、数年来液体燃料ロケットを開発しておりまして、現在もその三段目、四段目に載るようなロケットを続けて研究しております。したがいまして、それを三段、四段に載せるということについてはそれほど経費が重複しないと思っておりますのと、いままでに研究投資をしております。ただ、実際に三段目、四段目にどちらを採用するか、推進本部のほうで行ないます大型ロケットがどちらを採用するか。これは今後一、二年の研究開発を進めて、いいほうをとろう、そういう考え方でございますが、この点は、もしも四十五年を目標にとか、目標を切りますと、どうしても研究としては、四十五年度までやって失敗しちゃった、うまくいかなかった、それじゃ、ほかの方法を取り入れようとなりますと、それからまた三年ぐらいおくれてしまいますので、現時点では、その二つの考え方を並行に進めて、どちらかいいほうを採用する。そうすると、採用されなかったほうは、あるいはむだになるというおしかりもあるかもわかりませんが、しかし、それはまたそれでいろいろな技術の習得が得られますので、また次の時点にはそのほうが進むかもわかりませんので、基礎技術としては、液体燃料ロケットは元来非常に高価である、非常に費用がかかるといわれておりますが、幸い三段、四段くらいの小型のものでありましたら、それほど費用がかかりませんのと、こういう技術も培養しておいて、将来は固体燃料にまさる液体燃料——ちょっと夢のようなことを考えておりますが、アメリカがようやく実用化しました液体水素、液体酸素の組み合わせなどは、今後の宇宙開発として当然ねらわなくちゃならないのじゃないか、こういう遠い考えもございますので、二つの研究手段をここしばらく並行して進めさしていただきたい、こう考えております。
登
登坂重次郎#20
○登坂委員 宇宙開発という大きな高遠な理想に向かって、これからわが国もその第一歩を進めてまいるのでありますから、諸先生方の御努力というものには、またわれわれも感謝せねばならぬのでありまするが、今日、世界はいろいろな面において宇宙を利用するものが多くなりました。原爆といい、あるいは通信衛星といい、あるいはその他の諸現象のすべてをとらえようとする世界的な競争場裏の中に立っておるのでありまするから、われわれといたしましても、できるだけ予算措置なり、そういう学者のいわゆる研究に対しましてはあまり御不自由をかけないようにせねばならぬと思うのであります。諸先生方におかれましては、ひとつ十分御研究の成果をあげられまして、一日も早く所期の目的を達成せられて、宇宙開発がわれわれ国民生活の平和利用に役立つよう特段の御努力をお願い申し上げまして、質問にかえさせていただく次第でございます。
委員長、ありがとうございました。拍手
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赤
加
加藤清二#22
○加藤(清)委員 両先生に感謝申し上げると同時に、私は、この際、委員長のお許しを得て、国民が素朴に考えている、素朴に疑問を持っているという点について、二、三御解明を願いたいと思います。
第一番は、日本の人工衛星は一体何を目途としているかということは、先ほどの御説明でわかりましたのですが、はたして平和利用だけであるのか、それとも軍事目的が加味されるのではないかという点でございます。
具体的にお尋ねしますが、防衛庁よりの共同研究の申し入れないしは資料要求等々がございましたか、ございませんか。
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具体的にお尋ねしますが、防衛庁よりの共同研究の申し入れないしは資料要求等々がございましたか、ございませんか。
高
高木昇#23
○高木参考人 まず第一に、宇宙開発審議会が発足いたしましたときから、大原則といたしまして、平和利用、研究の公開、国際協力、こういうふうにうたわれておりまして、私たち科学者は、もちろんそのことを正しく思い、そういうつもりで研究してまいりましたので、人工衛星の時代になりましても、たとえば科学衛星、実用衛星のように完全に平和目的でございますので、この辺は御信頼をいただきたいものと考えております。
第二点は、防衛庁からの要求という御質問でございましたが、絶対にございませんでございます。私たちの平和利用の技術というものは、防衛庁とは全然無関係でございますことを申し上げたいと思います。
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加
加藤清二#24
○加藤(清)委員 お説のとおり、宇宙開発審議会の会長兼重さんの答申ですね、それによれば、大原則が平和利用であるということは確かにうたわれておるわけでございます。ところが、これが共同研究、研究の公開等々から、アメリカをはじめとする他の国に軍事目的に利用されるおそれがあるのではないかという素朴な疑問があるわけでございます。この点について、所管大臣でありまする文部大臣にお尋ねいたします。
この発言だけを見る →有
有田喜一#25
○有田国務大臣 先ほども参考人が申しましたように、わが国の宇宙開発ということは、あくまで平和利用ということに徹しておるわけです。したがいまして、兼重さんがやっておる宇宙開発審議会、これが宇宙開発の最高的な審議会でございますが、これも平和的に進むのだということをはっきりしております。私どもとしましても、あくまで平和利用のためにやる、こういう原則を掲げて、防衛庁からは何らのそういうことに対する希望も承っておらなければ、相談に乗ったことも絶対ないのでありまして、今後も平和利用のために、あくまで宇宙開発をやっていきたい、かように考えております。
この発言だけを見る →加
有
加
加藤清二#28
○加藤(清)委員 それではもう一つ。日本で開発されましたロケットその他が諸外国に輸出された場合、それが軍事目的に利用されるおそれなきにしもあらずという考え方がございます。そういう場合、それをチェックする方法がありやいなや。大臣のおっしゃるとおり、平和目的以外には使わせないというその目的を達成させるための具体的方策いかんということでございます。
この発言だけを見る →有
有田喜一#29
○有田国務大臣 私は、そういうようなことにならないと思うのです。チェックする方法はどうかといいますと、たとえば鉄でも、平和利用のために鉄の輸出をやりますが、それが軍事目的に使われるかどうかそこまで洗いよると際限ないのです。したがいまして、私は、日本の宇宙開発の技術というものは、そういうものには使われない、こういう考えであくまで進んでいく。専門的なことがありましょうから、ひとつ糸川教授なりその辺から、多少平和利用のものと軍事利用のものと違ってくると私は思うのですが、そういうことをひとつ技術的な立場から、参考人から答弁させていただきたい、かように思います。
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