瀬谷英行の発言 (産業公害対策特別委員会)
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○瀬谷英行君 九月十二日から四日間、兵庫県及び愛媛県の両県における公害行政調査のため派遣されました。派遣委員は、横山委員長、植木理事、松澤理事、それに私、瀬谷の四人でありましたところ、現地参加の形で柳田委員が終始一行に参加されました。九月十二日から十三日にかけて、兵庫県と神戸市の公害事情を聞いた後、神戸化学センターの建設現場、ゴム工場の作業状況及び神戸製鋼所を視察いたしました。
兵庫県は、昭和四十年に公害防止条例を制定し、神戸市もまた騒音防止条例をつくって、ばい煙規制法、工場排水法による規制の足りないところを補いつつ、公害発生源の把握に努力しております。専任の公害担当課が県及び市にも設置され、公害パトロールカーと公害測定車を持ち、公害監視員二百十三名が置かれています。
現在問題となっている大きな公害関係事案としては、関西電力の百万キロワット能力神戸発電所の建設問題、加古川上流の染色工場群と。パルプ工場群による上水道源の汚濁問題、揖保川上流の皮革工場群による工業用水道源の汚濁問題等があります。
関西電力の問題については、市民代表、大学教授、市当局の三者構成による対策委員会が設けられ、また、加古川、揖保川の水質汚濁問題については、県と関係市とが共同して、専用排水路、中間沈澱池、終末処理場の建設に当たり、いずれも前向きの解決方策を進めつつあります。その中で、染色排水の処理技術を開発すること、一億数千万円を要する終末処理場を建設することの二点については、県、市の力だけでは及ばないので、国及び公害防止事業団の援助の手を求めております。
なお関連して、工場排水規制に関する権限を知事に包括的に委任してもらうことが、行政指導の立場からも、また被害者の苦情申し出の便宜からも効率的であるという意見が出されております。
神戸化学センター、いわゆるゴム靴工場アパートは、零細工場の公害対策として、神戸市の衛生部局、経済部局、都市計画部局が緊密な連絡のもとにつくりあげた不燃性の高層共同ゴム工場であります。公害対策が都市計画事業の一環として進められていることがその特色であります。総工費四億八千九百六十万円、工事は、公害防止事業団の最初の仕事として取り上げられたものであります。完成後に入居する十四の工業所が協同組合を結成して、頭金二千五百万円をすでに納入しております。据え置き六カ月、二十年の年賦で支払いが完了したときに協同組合のものとなることとなっております。
神戸市は、すでに第二次のゴム工場アパートの計画を設定しており、また別に鉄工団地の計画も具体化しつつありますが、今後の計画実現について、公害防止事業団の業務能力を拡充してもらいたいとの要望が出されております。現在のように、事業団が建設したものを譲渡するだけの方法のもとでは、分譲を受けるに必要な資力を持たない業種は、初めから事業団の仕事を活用することをあきらめざるを得ないことになります。事業団がみずからの施設として設置運営に当たり、入居工場は使用料を支払うことで利用ができるようにしてもらえれば、公害対策をより円滑に進めることができるということであります。
神戸製鋼所は、その立地条件が、背後に六甲山の風致地区と住宅街を控えているほかに、西部に隣接してわが国の酒づくりの本場ともいわれる灘五郷が存在していることから、発足当初以来、公害防止への努力を要求されてきた企業であります。大気汚染の防止、特に粉じんの防止に非常な努力が見られます。たとえば、原料鉱石の荷役を水平輸送方式とし、地上三メートル以上のベルトコンベアには、すべてトンネル式カバーを設けてあります。ダストのトラック積みは屋内作業で行なえる設備がなされています。集じん装置は、法的に要求されるものに限定することなく、すべての発じん個所に取りつけられ、法律できめられている排出基準の三分の一ないし十分の一に押えるというきびしい努力を続けています。これらの公害防止設備に投ぜられた費用は三十六億円、その運転維持費は年間三億円といわれます。この設備投入額は、総設備費七百億円の五%に当たります。欧米における公害防止設備費は、鉄鋼にあっては五%といわれておりますから、この工場の公害防止努力は欧米並みであると言うことができましょう。会社では、これらの公害対策費に対して、補助金までは求めないけれども、せめて税と金融面において助成措置を講じてもらいたいと要望しております。
四国に渡りまして、十四日と十五日、新居浜の住友コンビナートと松山の丸善石油精油所を視察し、また愛媛県の公害事情を聴取いたしました。
住友コンビナートの発祥は、別子銅山の煙害対策として大正二年に硫酸工場がつくられたことに始まります。その後、昭和十一年に独特のアンモニア中和法による処理技術の開発に至る間が煙害問題との戦いであったという歴史が示すように、公害によって生まれ、公害問題を背負いながら伸びてきたところであります。したがって、公害防止については特に意を用い、技術的に可能なものを工場建設時にまず取り入れ、効率が悪くなればこれを更新し、常に最新技術の採用につとめていると自負しております。大気汚染防止に四億一千百三十四万円が投ぜられ、排水処理施設に六千百四十万円がかけられています。
陸地から海へ突出した埋め立て地に工場群がつくられたので、民家を侵すことなく建設が進められていったという立地上の好条件が一方にあり、他方に、住友企業のおかげで、かつての一寒村が昭和十二年には市制をしくまでに発展したという関係から、地域住民の感情にも控え目なところがあって、組織的な公害紛争は生じてきませんでした。まれに起こる操業上のミスあるいは防止施設の一時的故障によって、時に被害が発生することがあり、その補償として、農業関係に二百七十五万四千円、漁業関係に三千六百三十四万円が会社から支払われております。市当局が公害問題に介入させられたのは、四十年六月にできたラクタム工場からの亜硫酸ガスに関する苦情が初めてでありました。会社側は直ちに一億五千万円をかけてガスの防止施設を整備いたしました。住民から別に、グリーンベルトの設置を市に要求していますが、市当局は、原因についての科学分析結果が厚生省から出されるまで、決定待ちという態度であります。
このように、幸いにして、現在までこの地域には困難な公害紛争が生じていないのでありますが、法定ばい煙発生施設に相当するものが八十六もあることですから、将来にわたっても、大気汚染が生じないという保証はないわけであります。厚生省は、ばい煙規制法に基づく基礎調査を行なった結果、近く指定地域とする予定であるということであります。汚染度がはなはだしいから指定するというのでなく、今後の公害発生を防ぐという意味で指定されるという点に、他の地域と異なったものがあります。
丸善石油松山精油所は、松山市の吉田臨海地区にあって、六万バーレルの精油能力を持つ中型の精油所であります。この丸善石油をはじめ、昭和工業、帝国人絹、大阪ソーダ等の工場が集まっている地帯から約二キロメートルの距離にある農地、山林にあって、ビワ、稲、レンコン、落花生の被害が三十五、六年ごろから訴えられ始めました。三十八年二月に公害対策協議会が設けられ、県の衛生試験所と愛媛大学農学部が協力してその原因究明に当たっていますが、いまだに科学的実証がなされておりません。あるいは亜硫酸ガスが原因であろうといい、あるいは塩素ガスのせいではないかといい、あるいは土壌の強酸性が原因ではないかといわれていますが、きめ手が出ておりません。
このような状況の中で、丸善石油精油所での対策は、南西の風が被害地区へ吹きつける夏の期間には、低硫黄重油に切りかえて、ロスを覚悟で過剰空気を吹き込むことにし、また三ヵ月に一回の調査を行ない、さらに煙突を高くして拡散をはかっているといいます。しかし、切りかえて使用される低硫黄重油というのが含有硫黄二・五%であること、調査が継続されていないこと、高いという煙突が四十五メートルでしかない点について、視察委員から疑問が投ぜられました。
愛媛県は、右に述べましたもののほか、他に二つの公害紛争をかかえております。
一つは、三瓶町を中心として続けられている養豚事業と真珠養殖事業との紛争であります。農家が飾育する七千頭分の豚の排泄物が特別の処理を経ないで海へ流されることが、真珠養殖の母貝の成長を悪くし、使えない貝が続出し始めた原因ではないかというのであります。町にとっては、豚も真珠も大切な産業であるため、いずれにも譲歩を求めかねて、いまだ解決の糸口がつかめないでいる状態であります。
ほかに、松山市内の食肉の骨を処理する化成場の臭気、排水の問題が生じております。当局では、活性炭に吸着させる方式、水をかける脱臭方式、火力を上げて完全燃焼させる方式等をあげて、脱臭装置の開発を進めているのでありますが、零細企業であるために改良が進まないでいます。
愛媛県は、公害行政を担当する専任の部課を置いておりません。専任の職員もありません。事件が生じるごとに、関係部課が協力して事後処理に当たっている程度であります。行政当局は、企業の良心にたより、企業は当局の態度をそれぞれ区々に受けとめています。公害に敏感な植物に反応が出てきても、人体への影響が来なければ地域の盛り上がりはなく、それがまた企業にも当局にも反映して、堂々めぐりをしているというのが、この県の現状であります。公害問題のもとには地域住民の意識、主張が必要であるといわれますが、しかし、住民が気がっくときは、もう手おくれのときでもあります。経済が発展するほど住民がむしばまれていったという矛盾の前例を持ち込まないための努力が、この県の行政に見られないことに若干のもの足りなさを覚えた次第であります。
以上、派遣報告といたします。