藤田藤太郎の発言 (社会労働委員会)

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○藤田藤太郎君 ILOに参加していくという意義については、意義としては認めるが、いま私はその問題を取り上げているわけじゃなしに、そのILO全体の中でどういうことが議論されたかという収録を出してもらいたい。きまった条約だけをぽっと文書箱にほうり込まれてもどうにもならぬわけです。ですから、そういうことでなしに、各年にILOでどういうことをなされたかということを私は申し上げているわけです。
 もう一つ、これはいずれあとで議論することですけれども、一つ申し上げておきたい。ILOというのは、一九三七年に日本が三国同盟で脱退をした。それから、戦後の国際間のつながりをまずILOからということで、労使、政府、国一体となってILO加盟促進運動をやった。加盟促進運動をやってようやくILOに参加ができて、経済的な、文化的な、社会的なつながりを世界の国と伍していくように敗戦の日本がなった。ところが、その当時は、百二号の、たとえば社会保障の最低基準の条約なんかは、これまた国内で労使、政府三者で検討して、これとこれを直せば、昭和二十五、六年ごろから始まって、もう批准できるというところまでなっておって、そうしてそれがILOに加盟ができて労使の代表がILOの総会に臨んだ。そうしたら、あんな三者構成でそのきまったものは日本の国は受け入れない、受け入れられない。だから、日本の経営者団体としてはILOボイコットだ。ILO運動もボイコットなら、批准の問題についても、ああいうかっこうできめるようなことじゃボイコットだといって、一切ILO協会という促進団体から手を引いてしまった。それから条約というものが全部とまってしまった。政府も無関心だ。そういう歴史を、ここ十年、十二、三年を振り返ってみると、ILOが、日本の立場だけ抗弁をするために常任理事国として行っているけれども、国内のILOに関係した労働問題なんというものは無関心で今日まで来ているというのが今日の日本の歴史。大臣は今度なられたんでありますから、そういうことを振り返ってみてもらって、日本とILOのつながりという、いかなる日本が立場にあって、ILOできまったもの、世界の労使関係、労働保護というものはいかにあるべきかということを真剣にひとつ取り組んでもらいたい。私はいまここで答弁を云々といいませんけれども、来週からそういう問題について提起をいたしますから、どうすればよいかという御相談をいただいて、かまえをいただいて今度の委員会に臨んでいただきたいということを私はお願いをしておきたいと、こう思うわけであります。
 それにつけ加えて、私は、資料ですが、各国の労使関係、ILOを批准して、各国の労使関係というものが、特にヨーロッパの国は、非常にILOの決議、条約、勧告決議、その他運営の問題、労働保護の問題は、社会保障を含んで、非常に深いつながりを持っているわけであります。ですから、ILOと、後進国のことはいいませんけれども、先進国といわれているヨーロッパ各国の労使関係にはどうつながっていま取り組んでいるか、そういう資料もできたらひとつ出していただきたい。
 それから、世界各国のILO条約に対する批准状況、一覧表がありますから、これもひとつ出していただきたい。そうして来年の国際人権年に対する答え、それから、日本がいまたった二十五しか批准していないというようなことは、十年前から何ぼふえたかというと、三つですか、昭和三十三年当時から三つくらいしかまだ批准していない。一年ごとに一つとか二つ、三つ条約をつくって、その前の一九一九年からの条約というものはたくさんあるわけですけれども、ほうっておるといっていいと思う。そういう問題をやっぱり社会労働委員会で進めなければならぬと私は思う。ただ、労働省が、むろんILOの精神に沿って、熱意を持って処理されるならわれわれも応援をします。しかし、ほっぼらかされておるなら、私はここが推進機関だと思いますから、そういう資料もひとつ出していただきたい。
 それから、もう一つは、いまのILOの代表というのは、政府代表が二名、それから顧問、労使代表が一名ずつ、労使代表の顧問というぐあいに行っているわけですね、行っているわけですけれども、行くことは行くけれども、たとえばわれわれ社会労働委員会には、大臣や次官がまず行って帰ってくる。ILOへ行って帰ってきましてから、いままで帰ってきましたというあいさつが何もない、口でも。あえてあいさつしてくれというわけではないけれども、かくかくのことがあって、かくかくのような議題がありましたというような、世界の労使状態はどういうものが議論されましたくらいのことはここへ報告してあたりまえだと私は思う。口で言わなくても、書類で報告するのはあたりまえです。そういうことをされていないので、これも先ほど申し上げましたように、資料をそろえて出していただきたい。きょうはあまり多く申し上げませんけれども、いまの私どもの討議する資料なんかにしていただきたい。
 それから、もう一つは、昭和三十二、四年に、私は、私ばかりとは申しませんが、何回もILO関係の質疑がいままでずっと行なわれて、集約的にILO批准小委員会というものが社労委員会の中でつくられて、これで何回か開かれておりまして、三国会やられている。結論として、たとえば百五号の批准をいたします、誠意をもってやりますというようなことをいわれっぱなしで、それもそのままになっているわけですが、ですから、そこらの関係の議事録も、十年前のことですから、なかなかさがすのはたいへんでしょうから、新しいほうの関係の議事録などを集約して、資料として提出していただければ非常にけっこうだと私は思いますから、それをひとつ出していただきたい。これだけはお願いしておきます。

発言情報

speech_id: 105514410X01319670608_004

発言者: 藤田藤太郎

speaker_id: 34120

日付: 1967-06-08

院: 参議院

会議名: 社会労働委員会