井川克一の発言 (外務委員会)
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○井川政府委員 先日、たいへん私不勉強で、存じませんで申しわけございませんでした。決してこまかいことであるからというわけではございませんで、私が不勉強で存じ上げなかったわけでございます。その後十日間、一生懸命勉強さしていただきましたけれども、このいわゆる継承国家論と申しますか、承継国家論と申しますか、いずれにいたしましても、この議論はいわゆる日の目を見たものではございませんし、また舞台の上に登場した議論でもございませんので、何ら確実な資料がございません。そこで、新聞などを調べてみますと、一九六〇年から六一年ころ、新聞報道によりますと、アメリカにおいて、国連における中国の議席について考えられたのではないかという説だそうでございます。その説の内容はこの中国というものが、二つ政府がございますけれども、中華民国政府といわゆる中華人民共和国政府が一つの中国の当然の承継者としてそのまま国連に入れる、その場合に、いわゆる加盟の手続を経ないでいいのだという説と申しますか、考え方だそうでございます。このことは、いわゆる承継国家論というほどのいわゆる国際法的なものでは全くないと思います。単に国連における議席をどうするかというような問題にすぎないのではないかと思います。いわゆる国際法に確実な基礎を置いたものということはできないと思います。いわゆる承継国家に似たような先例といたしましてはインド−パキスタンとUAR——シリアの問題がございます。御存じのとおり、一九四七年八月十四日にパキスタンがインドから分離いたしまして独立した際に、パキスタンを新加盟国とみなす必要があるかないかという議論が行なわれました。アルゼンチンなどは、そうでなくて、単に信任状提出によって、手続問題としてパキスタンは議席を獲得し得るという考えをとったようでございまするけれども、結局パキスタンは、いわゆる法律的問題から離れまして、新規加盟の手続をとる用意があるということを明らかにいたしまして、新規加盟で入ったわけでございます。ところがUARとシリアは、御存じのとおり、エジプトとシリアが五八年二月にアラブ連合を結成いたしまして、二つございました議席が一つになりました。ところが六一年の九月にシリアが離れまして、このときシリアはいわゆる国連加盟の新しい手続をとることなくして、そのまままた復帰が認められたわけでございます。こういうふうな先例が二つあるわけでございまするけれども、いずれにいたしましても十年前あたりに考えられた国連の、国連社会の中における一つのこういう国々の議席の取り扱いであるという考えで、一番冒頭に申し上げましたとおりに、日の目を見たものでもございませんし、舞台の上に登場した議論でもないと思います。