山本政弘の発言 (社会労働委員会)
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○山本(政)委員 日曜の日ですが、私の区内に住んでいる人から訪問を受けたのです。四十三歳、被爆者であります。そしてまだ独身であります。結婚の話が出るというのです。だけれども、自分として被爆者であるということを隠すわけにはいかぬというのです。だから白血球が減っているのです、こういう話をしたら、結局は結婚の話が破れていっておる。私は直接その人から聞いた。つまり被爆者は就職あるいは結婚、すべての面で社会的な差別を現実に受けておると私は思うのです。あなた方どう思おうと受けておる。そしてその人たちの実際の状況というものは何一つよくなっておらぬという実態があるのです。
〔橋本(龍)委員長代理退席、委員長着席〕
だから政務次官も、おそらく政務次官におなりになるまでは、ずっと国家補償のことを叫び続けてこられたのではないかと私は思うのです。私は決して皮肉で申し上げているのではないのです。ある意味では期待を持ち、だからやっていただけるのではないだろうかと思うから、私は申し上げておるのです。
〔委員長退席、橋本(龍)委員長代理着席〕
私がいまから質問する朝鮮人の被爆者の人たちについても、私は同じことが言えると思うのです。その人たちは被爆者であると同時に朝鮮人であるがゆえに、現実に二重の差別の中に置かれているんですよ。
これはすでに御承知だと思いますけれども、孫振斗という人がおる。この人のおとうさんは大正五年に来日しているのです。そして一九四八年に原爆症で大阪で死亡なさっておる。おかあさんも妹さんもいま韓国におって、そして原爆症に悩まされておるという現実がある。しかも本人は昭和二年に日本で生まれて、小学校も高等科も日本の学校を出ている。そして卒業して芸陽製紙所という紙の工場に出ている。昭和十九年であります。そして二十年に広島逓信局の電信電話局のおとうさんの仕事を手伝っておる。そして専売局の構内の電信電話局の倉庫内で仕事をしておるときにこの人は被爆をされているのです。もちろん家族も全員被爆されている。そして二十六年に外国人登録令違反に問われて大村の収容所から帰っていった。帰っていって釜山の第一病院で彼は原爆症にかかったという診断をちゃんともらっているのです。白血球減少という診断をもらっているのです。四十五年です。そして治療したさに佐賀県に密入国をしてきた。それも私は無理もないと思うんですよ。生まれてからずっと育ってきて日本語しか知らぬ人たちが、ことばが通じない韓国で生活ということもなかなかできないということになれば、日本に帰ってきて、せめて日本で生活をしながら原爆の治療というものを受けたいという気持ちは私は痛いほどわかりますよ。そして唐津の日赤に来て白血球に異常があると診断されている。そして広島大学の森と広瀬という二人の先生から、放射能障害の精密検査が必要だと言われている。ところが密入国ということで懲役十カ月。そして結核になった。国立の福岡東病院に入院して、結核予防法と生活保護法の適用を受けておる。その中で「肺結核治療のため一年以上の入院治療と二年の治療を要する。尚原子爆弾に被爆しているので今後定期的に原爆症の検査を要する」と診断をされている。四十六年の十月の五日に被爆者の健康手帳交付を彼は申請したけれども、これがけられている。そして、四十六年十二月に特別在留を願う陳情書を法務大臣に提出したのであります。それ以後のことについては、私は、いまここでこういうことを申し上げるのはどうかと思いますけれども、増岡さんにもたいへんお骨折りを願いました。そして、これが却下されて、強制送還になるかもわからぬという、そういううき目にあっているのです。
〔橋本(龍)委員長代理退席、委員長着席〕
なぜ手帳がこの人に交付されないのです。ずっと日本で育って、日本人と同じ生活をし、そして戦時中は電信電話局に働き、その仕事のさなかに被爆をして、手続に粗漏があったかどうか、そのために送還をされた。しかし、本人は、自分の病気が原爆症にかかったということを知って、そして、治療を受けたいために密入国をしてきた。私は、法の運用というものは人間にあると思うんですよ。しかも、本人の、おれは原爆症にかかっているんだという主張ではなくて、ちゃんと唐津の日赤、広島大学、福岡の東病院、すべての病院がちゃんと、原爆にかかっておるという証明をやっておるじゃありませんか。なぜ、それが手帳というものが出されないのですか。なぜ出されないのです。答弁してください。