渡辺惣蔵の発言 (建設委員会)
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○渡辺(惣)委員 それは当然のこと、第七次道路整備五カ年計画を審議する方法としてこの法律の改正を必要とするということは自明の理です。そこで、第七次道路整備五カ年計画の内容の審議はたくさんの同僚諸君がいろいろな角度から審議をするでしょうから、私は角度を変えた総論的な問題について意見を申し述べたいと思うわけであります。
あなたはいま、この法案の中身は日取りの読みかえ法案ではなくて、実質的には道路計画の審議をしてもらうために、その内容として裏づけるためにこの法律の改正が必要なんだ、こういう答弁がありましたが、それでは五カ年計画というものをどういう形で遂行されてきておるか、この法律に基づく五カ年計画をどう執行されたか、どうやられたかということについて経過を承りたいと思うわけであります。
第一に、第一次の道路整備五カ年計画というものは昭和二十九年から起こされておるわけですね。ところが第二次は三十三年、第三次は三十六年、第四次は三十九年、第五次は四十二年、第六次が四十五年、第七次が四十八年という、現実的な事実関係における年次になっている。これを逆にいいますならば、第一次五カ年計画というものは四年もちました。この期間中に最高ですね。第二次の五カ年計画というものは三十三年から三年間しかもたない。この時期には新長期経済計画が策定されて、それに対応するために道路計画を立てたはずであります。ところが第三次計画になりますと、昭和三十六年に池田内閣の所得倍増計画が出ますと直ちにそれに便乗しましてこの道路計画を立てたが、それも五年計画であるはずが三年で終わってしまっております。そして第四次計画は、三十九年に政府の所得倍増計画が破綻をし、池田さんがなくなってしまう、池田内閣が崩壊してしまうと、とたんに今度はその所得倍増計画が中期経済計画にばけてきた。佐藤内閣の初頭であります。この時点になりますと、中期経済計画に対応すると称して三年間でまた前の内閣の計画を放棄して第四次計画を策定した。それも三年しかもたない。第五次計画は四十二年に、三年後に経済社会発展計画が出てくるとまたこれに便乗して、悪乗りをしてこの道路計画を遂行しようとした。第五次五カ年計画は四十五年で終わっちゃった。これが終わったのも、経済社会発展計画がだめになって新経済社会発展計画に変わったので第六次五カ年計画に変わったのだ。そうしていままたこの第七次の計画というのは、経済社会基本計画が出るとこれに無理に便乗して押し込もうとして、まだ三年しかその計画がもたないうちにまた変えようとしているわけです。
そうすると、初めから五カ年計画はおやめなさい、三カ年計画になさいよ。事実が示しているのです。道路計画はでたらめだ。道路計画はあってないにひとしい。政府の方針が、経済計画が変われば、そのとたんにくるくると恥も外聞もなく古い衣をぬぎ捨てて看板を変える。そのつどこの道路整備緊急措置法を変えなければいかぬのです。だから私はナンセンスだと言うんですよ。どこに建設省の道路計画の方針、道路計画に対する自主性というものがあるのだ。自主性のないものをわれわれは審議する理由はないと思うのです。われわれはこの法律を審議する以上は、審議に値する成果を期待して審議するんですよ。せっかく法律を審議して、大事なのは五カ年計画だ、中身は五カ年計画ですと言っていながら、五年間やったことが一ぺんもないんですよ。昭和二十九年以来今日まで一度もこの五カ年をやったことがないんですよ。全部約束違反です。そういう計画を出しながら全部途中から変えている。与党の諸君だっておわかりのとおりですよ。五カ年計画と銘打って三カ年しかやらないで、理由を明らかにしないで、どこかが変われば変わる。内閣がかわれば変わる。われわれは内閣のために道路計画を審議しているのじゃないのです。国民生活のために道路計画をまじめに論議しようとしているのです。こういうような不見識なことなら初めからこちらの計画のほうを——どうせ田中内閣は三年以上もたないのだから、もたないのにまた変えるなんてことをするよりも、これは道路三カ年計画に変えられたらどうですか。それなら審議に値すると思う、三年間の実績はあるのですから。
こういうことは、もう一つは建設省が、建設大臣を主体とする道路局その他が長期展望を持ってないということです。道路計画というのは経済と違って景気変動その他によって変わるはずがないのです。必要な道路は必要なんですよ。舗装すべきものは舗装せにゃいかぬ。国民生活のために道路を確保しなければいかぬところはしなければいかぬ。不動のものがあると思うのです。一定不変の展望があるはずですよ。それは景気変動や経済変動によって道路を縮めたりふくらましたりする性質のものじゃない。だから、この時期における道路計画というものは都市に集中的に行なわれている。大都市あるいは新産業都市中心、あるいは太平洋ベルトラインを中心とする道路計画であった。事実がそうであった。だから政策が変われば変わらざるを得ない。工場の地方分散をうたえばあわててそれに便乗して地方道の確立ということをうたい文句にして、今度の計画は最大の中心をそこに置いているでしょう。いままで地方道なんか顧みたことはないでしょう。付属的なものだと思っていたでしょう。そうして田中総理が工場の地方分散などといって中核都市の造成だとかいいますとあわててそれに便乗し、悪乗りをしようとしてまた道路計画を変えていこうとする。そういう一体年次計画というものは何なのか。年次計画というものは尊重さるべきなのかどうか。国会の審議にかけた道路計画というものをどのように尊重しているのか。これは特に大臣の答弁を要求する次第です。