戸井田三郎の発言 (社会労働委員会)
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○戸井田委員 ただいま誇大広告というような声も出ておりますが、私は誇大広告をひとつ政府にしていただくことも、これは将来の医療制度改革のために、大いにここで誇大広告をしていただきたいと思います。
いずれにしても、今回の改正案というものが抜本改正の第一歩である、こういうようなお話であります。
わが国の健康保険制度が発足したのは、当時はごくわずかな勤労者を対象としたものであります。しかし、昭和三十六年に国民皆保険体制に入って、それから後に非常に様相が一変したように思われるのであります。それはわが国の医療伝制基盤というものが、その当時の社会的な要求というものに、必ずしも十分受け入れ体制というものができていなかったのではないか、こういうふうに思うのであります。
当時は、経済的な理由で医療を受けられないことがないようにというような観点から、国民皆保険制度を発足さしたと思いますけれども、開業医中心のわが国の医療体制の中にあっては、当然増加される受診者、そういった方々の需要に応ずることができなくなる。そこで乱診といいますか、乱治療あるいは場合によっては薬の浪費、どこの家へ行っても引き出しあたりをあけてみると、お医者さんからもらった薬があるというような状態が起こったわけであります。
お医者さんはその逆に過重労働で、新しい医学の進歩というものを勉強しようと思っても時間的にも余裕がない、疲れる、したがって、近くにお医者さんがいても、ほんとうに診断、治療をしてもらおうというようなときには間に合わない。お医者さんの技術水準においても、あるいは時間的にも間に合わないというような深刻な現象をいま呈しているように思うのであります。このような状態になってくると、また悪くいえば、お医者さんは神さまではないのだから、毎日毎日非常に疲れる、忙しい、どんどん患者は来るというような状態になってくると、保険体制の盲点をついて、あるいは金もうけに走るというような人が出ないとも限りません。
医療費から一切のむだを省くということは、なかなか困難なことではありますけれども、不可能にしても減らす余地というものはあるわけであります。それがためには、医療担当者の協力とか、あるいは同時に患者自身の自覚——いまではちょっとした、昔だったらお医者さんに行かぬようなものでもお医者さんに行ってみてもらうというようなことであります。こういうようなことが自分で自分の首を締めるような形にもなるわけでありますから、そういった意味の自覚も必要であります。また、保険者や事業主のそういう意味での指導というものがやはり必要になってくるのであります。
そのほか、わが国が他の諸国と比べて異常な医療費の伸びを示したというような、わが国における特異な体質でもあるのかどうか、ひとつお伺いしたいのであります。