長谷川正三の発言 (本会議)
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○長谷川正三君 私は、日本社会党を代表いたしまして、文部大臣奧野誠亮君に対する不信任決議案を提案いたします。
まず、決議案文を朗読いたします。
文部大臣奧野誠亮君不信任決議案
本院は、文部大臣奧野誠亮君を信任せず。
右決議する。
〔拍手〕
以上であります。
次に、提案理由の説明を申し上げます。
わが国教育の最高法規である教育基本法は、その前文において、憲法の「理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と厳粛に宣言いたしております。また、憲法九十九条は、国務大臣に憲法を尊重し、擁護することを義務づけております。したがって、文部大臣は、わが国教育行政に最も重大な責任を持つ者として、憲法と教育基本法を順守してその任に当たらなければならないのは当然でございます。
〔議長退席、副議長着席〕
すなわち、教育行政は、絶対平和と人間の尊厳を確立する民主主義の理念に基づき、学問の自由、働く者の労働基本権、政治活動の自由等、国民の権利を尊重し、権力の教育への介入を厳に戒め、教育の機会均等、教育諸条件の向上をはからなければならないのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、教育行政の責任者が守るべきこの根本原則を公然と否定し、破壊する態度を再三再四にわたり公式の場で表明し、これに対する国民の強い批判に対して、真に反省する姿は全く見られないのであります。(拍手)
去る四月十二日、衆議院本会議において、いわゆる人材確保法案に対するわが党馬場昇君の質問に対する奧野文部大臣の答弁は、穏当を欠くものとして追及され、翌四月十三日の文教委員会で反省を約束されたのであります。
ところが、それもつかの間、四月二十一日には、全国都道府県・指定都市教育長会議を招集し、春闘に対する厳重処分を要請する威嚇発言を行ない、このため文教委員会の審議を渋滞させたのであります。
さらに、六月二十一日、国立大学学長会議におきましての放言が問題となり、翌六月二十二日の文教委員会で釈明文を読み上げざるを得ない始末となったのであります。
にもかかわらず、またまた、去る八月三十日、全国都道府県教育委員長、教育長協議会総会で行なったあいさつの中における暴言は、全国民に強い衝撃を与え、重大な社会問題、政治問題となってまいったのであります。
このあいさつの中で、文部大臣奧野誠亮君は、事もあろうに、屎尿くみ取り、ごみ焼却の現業公務員と先生は違うとか、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれとか、また、スト参加者を大量に処分した福岡に続けと処分行政を呼号いたしておるのであります。
これらの一連の発言に余すところなく露呈された文部大臣奧野誠亮君の非民主的、反教育的、前時代的なものの考え方、感じ方は、遺憾ながら文部大臣の重責にとうていたえざるものと断ぜざるを得ないのであります。(拍手)
第一に、ごみ、屎尿処理などの現業労働者と先生は違うという発言は、その心の底に、国民生活に欠くことのできないとうとい清掃業務に携わる人々に対する差別感、べつ視感が充満していることを物語るものであります。新聞の投書欄にもありましたように、日本の新しい民主教育の発展のための最高の府の責任の座に、かかる非民主的な人がいることは許されてよいのだろうかとの叫びは、まさに国民の批判を代表するものと存ずるのであります。(拍手)
その後、自治労の代表の厳重抗議に対し、文書をもってこの発言を取り消し、陳謝を余儀なくされたのは当然でございますが、それで責任を免れるような軽い問題ではございません。もし口先だけでなく、深刻に反省されているのであれば、文部大臣の職責の重大さにかんがみ、みずから辞任すべきでありましょう。奧野誠亮君にその誠意の見られなかったことは、同君のためにも深く惜しむものであります。(拍手)
第二に、政治が好きなら、先生をやめて政治屋になれという暴言も、許しがたいのであります。
教職員も一国民として、一市民として政治に関心を持ち、意見を持ち、行動する自由は、民主国家における侵すことのできない基本的人権として有することは明らかであります。まして、主権者としての国民を育成するその使命と職責に照らしまして、時の政治に関心を寄せるのは当然どころか、むしろ積極的に奨励されなければなりません。さればこそ、教育基本法第八条は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」とうたっておるのであります。(拍手)
戦前の富国強兵を中心にした国家主義教育のもとでは、教育政策は議会の議を経ることなく、すべて勅令で進められ、教師が教育政策を批判するなどもってのほかのこととされ、教師は政治好きであってはならなかったのであります。奧野文部大臣の発想の底には、まだまだこのような古い、とっくに清算されているはずの前時代的な意識が根強く残っているのではないかとは、ある有力新聞の社説のことばでありますが、まことにそのとおりであると思うのであります。(拍手)
国民の無限の可能性を引き出し、日に新たな社会の進歩を進める原動力となるべき民主教育の行政責任者として、文部大臣奧野誠亮君は、この点からも失格といわなければなりません。(拍手)
第三に、日教組に結集する教職員が、憲法の保障する労働基本権を踏まえて、その生活と権利を守り、それを通じて日本の教育を守るために、広範な民間、公労協、国公、地公の労働者とともに戦いました四・二七ストに対しまして、全国に先がけて大量処分を行なった福岡県教委等に続けと、冷酷無比な処分行政を金科玉条として全国教委を督励したことも、強く批判されなければなりません。(拍手)公務員の労働基本権に対する制限については、社会の実態に即応した多年の論争の中で、わが国におきましても多くの裁判所が、次第にスト制限をきびしく限定解釈する傾向にあり、違憲の疑いを濃くしていることは明瞭でございます。国際的にも、ILOのドライヤー報告、教師の地位に関する勧告にあらわれておりますように、教職員にも労働基本権を保障し、教育政策の策定にあたってもその意見を尊重すべきことは、国際常識となっておるのであります。
しかるに、文部大臣奧野誠亮君は、きわめて政治的意図の濃い最高裁四・二五判決に便乗して、スト権に関して全面一律禁止、厳罰主義を固執しようとすることは大きな時代錯誤であり、また教育の実際を理解せず、いたずらに荒廃に追いやる罪は、はかり知れないものがあるのであります。
文相は教育秩序の維持を口にするが、文相の言う秩序は、国際的に見ればゆがんだ秩序であり、このゆがんだ秩序の維持のために、教職員は全く無益な労苦をしいられ、処分、ストの悪循環の中で、国民も子供も不便をしいられ、教育の荒廃を招くとすれば、まさに暴挙という以上に愚挙であると国民は批判しておるのであります。(拍手)
インフレ、物価高、公害、住宅難、そして社会の退廃の中で、青少年の明るい未来を開くために、血のにじむような悪戦苦闘を続けておる教職員に対し、あたたかい思いやりを持ち、その声に耳を傾けることのできない者は、もはや文部大臣の資格はないのであります。(拍手)
労働運動と教育そのものに基本的理解を欠き、しかもこの面では特に一片の反省の色も示していない文部大臣奧野誠亮君には、すみやかな退陣を要求せざるを得ないのであります。(拍手)
最後に、文部大臣奧野誠亮君は、今国会に、学問の自由を奪い、大学の自治を破壊する筑波大学法案、また、教師を聖職化して、権利を奪い、五段階給与に道を開くいわゆる人材確保法案、さらに、学校管理体制を強化して教育の自由を奪う教頭法制化法案等の反動法案を提出し、国会を混乱せしめたのであります。
しかも、このような反動文教行政と政策に対する世論のきびしい非難に対して、口先で表現の不適切を陳謝するも、真に反省する色は全く見られない奧野誠亮君の態度は、まことに重大であり、文部大臣の職責を果たすには不適格であると断ずるものであります。(拍手)
以上が、本決議案を提出する理由であります。満場の御賛成をお願いいたしまして、趣旨弁明を終わります。(拍手)
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