青柳盛雄の発言 (予算委員会第一分科会)

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○青柳分科員 実は数日前の衆議院の法務委員会で、同僚の共産党の正森委員が法務大臣に質問をいたしました際に、法務大臣は、思想というものと良心というものと大体同じようなものと理解をしておられたようでございました。なお、これは別な機会に田中法相によくお聞きしたいとは思っておりますけれども、いま矢口人事局長は、憲法にいわれる良心というのは客観的なものであると言われたので、それはまあ客観的なものでなければならないと思いますけれども、客観的であれ何であれ、憲法がいう良心というのは、思想つまりイデオロギーとは無関係ではないどころか、むしろ同じものであるような理解の御発言でございました。つまり、裁判官が憲法と法律にのみ従属し拘束され、そして独立して職務を行なうということの基本に思想があるんだ。つまり田中法相の見解では、思想の中には右に偏したものもあるし、左に偏したものもあり、そしていずれにも偏しない中正な中立なものもある。で、裁判官の思想は、その中立のもの、中庸のものが一番いいんであって、左に偏したり右に偏するような思想を持っている者、そういう人の良心というものは、つまり右に偏した判決あるいは左に偏した判決をする結果になるんだ。いわゆる俗にいわれる偏向判決というものがあらわれてきて、これは圧倒的多数の中立の考えを持っている国民の期待に沿うものではないというようなお考えのようでございました。
 おそらく、法の運用、憲法の理解のしかたというようなものは、人間がやるわけでありますから、その人の思想のいかんによっては理解のしかたが違うし、したがってまた運用も異なってくる。だから、右に偏した人間の憲法解釈は、中立の人の憲法の解釈とは違うんだ。一つの例で言いますと、憲法第九条は、軍国主義を絶対に許さないというふうに、だれが読んでも読めるわけだけれども、軍国主義者から見れば、これは違うんだ、外国から攻められてきたときには、自国の独立、主権を守るためには、これを防衛するための軍隊を持つこともできるし、また自衛のための戦争も禁止したものではないという、こういう解釈ができるんだ。これは軍国主義者の考え方、つまり軍国主義的な思想を持っていればそういう解釈が出てくる。ところが、これに反して、平和主義的な考え方を持っている人から見れば、文字どおり、これは自衛の軍隊といえども持つことはできないし、自衛のための戦争も放棄をしているのだ、こういうふうに読む以外にはない。それがほんとうに平和を守るのに役立つか役立たないかということは、その人の考え方によって違います。たとえば、ある党のように、非武装中立が完全に平和のために役立つのだという考え方を堅持していることもできるでしょう。しかし、また他の党になれば、いや、それは全く夢のような話であるという議論にもなります。
 裁判官でも同じように、憲法の理解のしかたは思想によって異なるということはあり得ると思うのであります。それが即良心ということであるならば、やはり思想によって裁判というものが、俗に偏向的な判断を基礎に持って偏向判決になるのではないか、こういう議論になってまいりまして、田中法務大臣はそういう意味において、まあ田中法務大臣程度の人間では、その自分の考えと独立して、憲法と法律を純粋に守っていく、つまり自分の考えはこうだけれども、解釈は別なんだ。もっとわかりやすいことばで言うならば、左に偏した考えを持っているけれども、そういう思想を持っているけれども、憲法を中正の立場で解釈し、法律も中正の立場で運用する。事実認定もおそらくその思想を純粋化して、右のほうに都合のいいような解釈あるいは認定、左のほうに都合のいいような認定はしない。証拠の取捨判断ですね、これも中正に行なう。そういうことのできる人は非常に少ないのだという、そういう議論であったように思います。
 これは、その席に矢口人事局長もたしかおられたと思いますので、あの御意見を聞いておられたと思いますけれども、このような議論を最高裁判所のほうでは正しいものとお考えになるかどうか。
 繰り返して申しますが、憲法にいう良心というのは、右にも偏しない、左にも偏しないというものでなければならないのだ、また、そういう思想の持ち主でなければ、裁判官としてはやはりふさわしくないのだという、思想を結局は問題にしているような議論だったと思いますが、ことばの上では、思想を問題にするとはおっしゃらなかった。つまり、中立の考えを持った人がふさわしいのであって、左や右に偏した者はふさわしくないのだ、こういう考え方でございました。結局、思想を問題にしているとわれわれは解釈せざるを得ないのですが、このような変わった形でも、やはり一つの主張でございます。思想を問題にしないとは言いながら、実際は、右に偏したり、左に偏したりしている人間は裁判官としてふさわしくないのだ。また別なことばで言えば、納得のいくような裁判をしてくれるという、まあ考え方を持っている人が国民大多数の好む裁判官である、こういうことのようでございましたが、この点どうお考えになるか、お答え願いたいと思うのです。

発言情報

speech_id: 107105266X00419730306_009

発言者: 青柳盛雄

speaker_id: 31916

日付: 1973-03-06

院: 衆議院

会議名: 予算委員会第一分科会