永井道雄の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○永井国務大臣 ただいま、モスクワの女の先生のお言葉との関連において私の考えをということでございますが、それについてこのように思います。
モスクワの場合は社会主義国でございます。わが国の場合には、それとは違う現行憲法に基づく自由主義国でございます。そこで、おそらく社会主義国の場合にも、労働者ということに尽きないものがあると思いますが、わが国の場合には当然、労働者ということに尽きない非常に重要な先生としての役割りというものがあると思います。それは社会主義国と違いまして、現行憲法との関係において、つまり先生というものは、現行憲法が決めているそういう規定に基づいて、また教育基本法が決めている規定に基づきまして、やはり教育というものは政治的には中立でなければいけない、そういう基本的な原則に基づいて教師としての役割りを果たしていくのだと思います。その役割りというのは、これを専門職という言い方をする人もありますし、あるいは使命職と言ったり聖職と言う、表現はいろいろありますけれども、いずれも含蓄するところは単なる労働者に尽きないものだ。私は大学の教師をいたしてまいりましたが、大学も小中校もその点では変わりなく、やはり自分の持ち場におきまして、よく勉強いたしまして、そして教えている人を本当に伸ばしますように、自分で教育者としての責任を持って仕事をしていくものだと思います。
ただそこで、それでは教師というのは全然労働者的な側面がないかというと、それはそうではないのであります。やはりこれも、憲法の二十八条に勤労者ということを言っておりますが、そういう意味合いで待遇の改善を望んだり、あるいは自分が受け取っている給与というものが適当であるかどうか、そういう問題については、たとえば労使の交渉というような言葉もございますように、やはり憲法のワク内において労働者的側面を持っていると思います。
そこで私は、教師としてはどういうものか、いまの御質問との関連で申しますと、あれかこれか、つまり、そういう専門的な仕事をする者あるいは労働者どっちかというのでなくて、その両面を持っている、かように考えております。