旗野進一の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○旗野委員 先ほどから私、申し上げたとおり、嗜好選択の自由があるわけですからね。しかも義務づけられておらないから、町村でもそれぞれ米飯に依存するところもあれば、パン食を実施するところもあるでしょう。そういう点と、それから今度、栄養の面においては、米の方が栄養がまさると言う人もいる。また劣っておっても、それをカバーする方法は幾らでもあると思うんです。私どもの経験しております中には、学校のパンがおいしくなくて、おかずだけを食べて、パンはカバンの中に入れてしまって帰る途中に捨ててしまう、そしてどこかの店でおいしいアンパンを買って食べて、うちへ帰ってまた御飯を食べる、こういうふうな例をしばしば私どもは聞かせられ、散見をしておる。
そういうようなことを考えますと、学校給食の今日のあり方というものと、食糧庁あるいはまた農林省あたりが、米が余るから学校給食に回そうなんというものの考え方、そういうけちな考え方で私は申し上げようとしているのではない。あくまでも、いわゆる次の世代の子供に対する教育の一環としてのよい慣行を指導し、また食生活に対するいろいろ生活の中で体験したものを得て、そして学校給食本来の目的を達するということについて私どもも大いに賛成をしているわけでありますけれども、ただ遺憾ながら、よき慣行というものを行うにしては、やはり私は風土というものがあると思うのです。風土というものを考えれば、どうしてもアジア州一帯は米産、米食民族であるわけです。その米食をやめて、わずか五%ないし八%ぐらいの小麦の生産しかない日本の国が、何でそうしたパン食にのみ依存をしようとするものの考え方をお持ちになっておるのかということなんです。
ここに私は一つの参考の資料を持っておる。米飯給食実験を三年間延長したい、実施校の希望にこたえて食糧庁とも折衝するという案が出ております。これは昨年の十二月十日の問題。しかも、この内容を拝見しますと、五カ年間すでに米飯給食について検討しておる。しかし五年間もかかって、日本人の食っている食糧に対して、それほど検討しなければならないのか。ところがまだ、なおさらに三年間延長したい、私にはどうしてもこれがわからない。わずか八%か五%程度の小麦の生産地帯で、米を考えないでパン食だけを考えようとするような方向づけは私は話にならないと思う。イギリスやあるいはまたドイツやフランスあたりの小麦地帯で、日本の米がたくさんあるから米を食わせようと言った場合にどうなりますか。これはごうごうたる国民の非難が沸くだろうと思う。日本はそうじゃない。米がこれほど余っておるにもかかわらず——何も米の消費を、政策として学校給食に強いようという物の考え方では私はない。基本的な考えとして、どうしても私はあなた方がパン給食というものに対して——私は、決してパンを否定するんじゃないですよ。安全保障という問題だけでもない。やはり国民生活の将来というものを考え、そういうことを考えた場合に、いまの学校給食の姿というものが、私にはどうしても納得がいかない。
したがってもはや二十年もたって、パン食がせっかく定着をしたという中でありますけれども、この際、新しい文部大臣として、教師に対する指導と児童に対する、体育に対する糧としての米食というものに対して、もう少し真剣に考えられて取り組む必要があるのではないか。
私は、この問題について、文部大臣のお答えをお聞きしたいと思いますが、その前に一体食糧庁は、ただいたずらに、文部省からそういう申し入れがあった場合に、はあ、そうならば差し上げましょうということでおやりになっておるのか、あるいはまた、大臣やそうした方々が答弁されたり話されたことによって、にわかに学校給食に米食を強いようというようなお考えでおやりになろうとするのか。こういう問題について、一体食糧庁は、文部省とよく話し合いをし、かつまたこの実験というものに対して参加をされておるのかどうか、これをひとつお聞きしたいと思います。