上原康助の発言 (内閣委員会)

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○上原委員 その基本原理といいますか、方向は、いまも学校現場で取り入れられているというお話ですが、ぜひそうあってほしいわけです。私がいま引用しましたことも、御否定はなさらなかったので前に進みますが、最初に、先ほども少し申し上げましたように、なかなか現実の問題としてそういっていないという感じを多くの国民が持っておられる。また一方においては、そういう教科書内容とか、教育課程というものを否定とまではいかないにしても、かなり批判的な動きもある。したがって、それをどう調和していくかということが、大臣や文部省の御苦労なさる点だと思うのですが、少なくとも、今日のいろいろな政治的、社会的、国際情勢を考えてみた場合に、もう一度私は、教育行政としての平和というもの、あるいは戦争放棄というものについてのかつての原点に返って、新しい認識の上で日本の今後の方向づけというものをやらないと、先ほど言いましたような危険な方向に行かないとも限らない。そのバックボーンになるのは、戦前のことを考えても、何といったって教育なんですね。それだけにぜひ、いま申し上げたようなことなども十分御勘案の上で、今後の教育行政に携わっていただきたいと思うのです。
 ついでに申し上げますが、沖繩の小学校の六年の社会科の本にそういうところもあるという御引用でしたが、おそらく全国的にはそうでない面もあるのじゃないかと思うのです。戦争はかっこいいということで、これは日本教職員組合の研修報告でも、ほとんどがもう先生方から戦争の話、憲法の話を聞くよりも、親から聞いたという方が多いというアンケートも、実際問題としては出ているわけですね。ですから私は、一方的に政治的な主観とか、そういうイデオロギーを入れて教育しなさいとは言ってないわけです。歴史の正しいあり方というものを教えるのが教育だと思うのです。かつて歴史的に有名な人物でも、いまはそうでなくなってみたり、時代の変化によってどんどん変わっていっては困るんですね。
 ですから、そういう面からすると、現在の学校現場で行われている平和教育というものがどのくらい浸透しているのか、あるいは正しく受け入れられているかということについては、この種のアンケートを見ても、非常に疑問を持たざるを得ません。確かに沖繩の場合は別でしょう。かもしれませんが、しかし沖繩だけがどんなに平和教育をしたと言ってみたって、それは限られた局地であって、日本全体の、影響はあるでしょうが、大勢を占めるわけにはまいらぬですね。
 そういう面で、ぜひひとつ、こういう平和教育の問題についても、正しい認識と理解と歴史の経緯というものを十分認識した上での教科書課程というものをいまこそ再検討する、あるいは考える段階だと私は思うのですが、改めてこの点について御所見を伺っておきたいと思うのです。

発言情報

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発言者: 上原康助

speaker_id: 26762

日付: 1975-02-20

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会