伊藤正己の発言 (文教委員会)
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○伊藤参考人 現在御審議をいただいておりますこの学校教育法の一部改正法律案というのは、申すまでもなく大学院の問題を扱っているのがほとんど主たるところでございます。したがって、大学院の問題ということになりますと、この改正案に触れられております点のみならず、今日の私たちの大学における大学院のあり方全体の文脈というものの中で考えなければならないかと思いますので、多少そういった背景にも触れながら私の意見を申させていただきたいと存じます。
現在におきまして、わが国の高等教育における大学院の役割りと申しますか、使命というものが非常に重大になってきた、また今後ますます重大になるであろうということはつとに指摘されているところでございますが、それにはいろいろな理由がございましょう。私はその重要なものとして三つあるかと思います。
その第一点は、何と申しましてもいわゆる大学への進学率の非常な高まり。同一年齢の四〇%までが近く大学に進むのではないかと言われておりますときに、いわゆる学部教育というものについてどうあるか、これは十分考えなければなりませんが、いわゆる大衆化されていくということは避けられないのではないだろうかというふうに思います。そういう意味で、さらに高等教育の担い手として大学院教育が重要になってくるというのが第一点かと思います。諸外国におきましても、学部学生の十何%、さらには二〇%以上が大学院に進むというところが多くなってきているわけでございますが、日本ではまだ三%足らずである。しかし、今後ますますそのパーセントは上がってくるのではないかと思われるわけでございます。
第二点は、学問研究が非常に進んでまいりますと、世界の学問研究におくれをとらないというためには、やはりこういう高度の研究教育をいたします中心としての大学院の使命が高まってくるということは印すまでもないと思われるわけでございます。
第三に、大学院というものに対する社会の要求が非常に多様化してきたということかと思います。第二点で申しましたような研究教育あるいは研究方面の充実ということも必要でございますが、今後大学院、ことに修士の課程につきましてはいろいろな要求が重なってまいりました。たとえば学部だけでは十分ではなくて、いわば高度の職業人として修士課程に期待する、あるいは一度社会に出た人がもう一度先端を行く学問を学びたいということで大学院を利用するということはますますふえてくると思われるわけでございます。
以上三点から申しまして、大学院に対する要望がますます強まってくると思われるのでございますが、従来日本の大学院がどうであったかということになりますと、いろいろな方の努力によって多くの人材を生み出してはまいりましたけれども、制度としてやはりいろいろな難点があったと思われるわけでございます。簡単に言えば、制度が固定化し、硬直化していたということがありましょう。研究者養成は重要でありますが、余りにそれに片寄って、たとえば先ほど申しました社会人を受け入れるというのには非常に不十分であったというようなことも指摘できますし、また専門別によって大学院に対する要求は多々違ってくるわけでございます。私に近い法学、経済学と理学あるいは工学というようなものについては、大学院に対する要求が非常に違っているにかかわらず制度は均一化していたというふうに言えるかと思います。あるいはまた学際領域というものの研究が、あるいは教育が必要になってくるにかかわらず、これは大学の方も反省しなければなりませんが、研究科の壁が厚くて、十分に学際領域の研究教育に応じ切れないという点があったかと思います。あるいはまた施設の整備あるいは人員の充実も十分でなかった。国立大学は十分の準備がないままに大学院を発足させましたし、私立大学におきましては、場合によっては大学院が学校経営の負担になるというようなことも申されております。あるいはオーバードクターの問題というような矛盾も出てまいりました。
そういうふうに考えますと、現在におきましてこの大学院制度を何とか改めなければ、わが国の高等教育あるいは研究というものに非常に大きな禍根を残すのではないかと思われたわけでございます。これにつきましては、すでに御案内のとおり、本年四月に施行されました大学院の設置基準というものがございます。これは、設置基準審議会の答申に基づいてこれを制度化したものでございますが、端的に申しますと、先ほど申しました要求にこたえて大学院制度を柔軟にする、運用を弾力化する、それによって硬直化の弊害を除こうとしたものでございましょう。私は全体としてこの設置審議会の答申、さらに大学設置基準の線は望ましい方向にあるものとして考えております。
このように設置基準が新しくできました以上は、各大学がその線に沿ってそれぞれの大学の立場で新しい制度を検討しなければならないと思います。すでに学則を改正された大学も多々あるようでございます。この結果として、従来と違いまして修士課程と博士課程の目的が非常に明確化する。あるいはそれを従来のように積み上げていくというだけではなくて、分けて修士課程、博士課程を置くこともできるというような制度も可能になりました。博士につきましても、優秀な学生は三年でドクターのデグリーがとれるというようなことも可能になりました。また、学部と大学院が密接に対応しなくてもいい。大学院の専任教官というものも置けるようになり、大学付置の研究所にも大学院が置けるというような形になりました。学術博士というような新しい学位を設けたのもその一つでありましょう。いろいろな点でこの設置審議会の答申に基づきまして制度が柔軟化されたわけでありまして、先ほど申しましたようにこれからは既成の大学院を含めてこれからの大学院がどうあるべきかということを考えながら整備をしていく必要があるのだろうと思うわけでございます。もちろん、設置基準が新しくつくられ、柔軟化した大学院がとれるようになりまして、これで事が片づくわけではございませんで、大学院の整備、充実は、国公私立を通じて財政的な裏づけであるとかあるいは教官を初めとする人的な充実を図る必要があると思われるのでございまして、大学自身も、私も大学の関係者といたしまして、既存の大学院を含めて今後のあり方を検討しなければならないのではないかと思います。後であるいは伏見先生あたりからもお話があるかと思いますが、私のような文科系よりもむしろ自然科学の学問分野におきましては、何とか世界の学問水準におくれないようにという非常な危機感があるわけでございまして、そういう意味でも特に自然科学系の大学院というものを考えなければならないのではないかと思うわけでございます。
以上がバックグラウンドのようなものでございますが、さて今回提案されております学校教育法の一部改正法律案でございますが、いわば先ほど申しました設置基準では設置審議会の答申のすべてに対応できなかったわけでございます。それはやはりどうしても国会の御審議を経て、学校教育法という法律を改正する必要がある。それがなければ実現できないものがあるわけでございます。私は先ほど申しましたようにこの答申の線を支持しておりますので、今回の改正法律案というものもその必要に応じたものとして私としてはできるだけ早く成立させてほしいと考えているわけでございます。
この法律案は、いろいろ細かい点もございますが、重要な点は三つあると思います。
第一がいわゆる独立大学院の制度を認めるということでございます。つまり学部を置かない大学院、大学院だけを置くところの大学を設ける道を開くということでございます。ことに最近大学に付置されておりません共同利用研究所がございまして、ここでは優秀なスタッフを備えて研究をしておられますが、そういうところでさらに研究所としての研究のみでなくて、新しい研究者を養成するというような大学院を設けるという必要は十分あるのではないかというふうに思われるわけでございます。学部を置かない大学というのは変則的なものでございますが、特例としてそういうものを置ける道だけは開いておく必要があるのではないかと思うわけでございます。しかも、今度の法案にありますように、それもやはり大学であるという点が私は重要だと思います。やはり大学として体系づけられた研究、教育の組織を持ち、しかも学問研究の自由が認められる大学であるということである。ただ学部が置かれないのだというところに特例があるということが十分望ましい形ではないかと思うわけであります。既存の大学につきましてもこういう大学院だけの大学を置いたらいいじゃないかという考え方もあるかもしれませんが、私は、大きな総合的大学は大学院の方に重点を置くということはあり得ても、やはり学部は必要だと思っておりますので、この道が開かれましてもやはり特別な場合に限られるのではないかと思っておりますが、いずれにいたしましてもそういう道を開いておくということが望ましいと思われるわけであります。
それから第二の点が、これは独立大学院のある一種の形態とも言えますけれども、いわゆる連合大学院でございます。つまり幾つかの大学が連合して大学院を持つ、このことによりまして教官の人的充実が図られる、施設も整備されるということでありますから、特定の大学でなくて数個の大学が連合して大学院を持つということは、もうすでにそういう構想も出ており、午後にはそういうお話もあるかと思いますが、やはりこれに対応できるだけの法的措置は必要ではないかというふうに思うわけでございます。そういう意味で今回の法案の六十八条の二は特別の必要がある場合大学院だけを置く大学を認めるという道を開いていることは望ましい改正ではないかと思うわけであります。もちろん大学院の整備、充実は、こういう新しい型の大学院設置の可能性を認めるだけでは片づきません。今後大学院に対する十分の施策が必要でありましょう。ことに今度認められるような新しい型の大学院については、実際に具体的にあるものを置く場合には慎重な配慮が必要だということは申すまでもございません。連合大学院はばらばらの大学が共同して設けるものでございますから、管理、運営のあり方あるいは研究教育のやり方などについて配慮がなければ、これはうまくいかないかもしれません。そういうことでは十分の慎重な配慮が必要でありましょう。また独立大学院も先ほど申しました特殊なものになりますと、とかく狭い分野の非常に専門化した大学院になる可能性もございます。今回の設置基準は、博士につきましても幅の広い基礎的学識を要求しているわけでございますから、余りに狭いものであっては困るわけでございまして、そういう意味で、この独立大学院にしろ連合大学院にしろ、この法案が成立しました後にも、設置基準をどうするか、あるいは具体的認可についてはどう考えるかというようなこと、あるいは国立の場合には、国立学校設置法で改めて国会の十分の御審議が必要だと思いますが、ともかく私はこういう大学院が設置できる道を開いておく必要はあるのではないかと思うわけでございます。
最後に、第三が後期博士課程、つまり後期三年の博士課程のみを置く大学院を置く道を開いておくという点でございます。この点は特に新しい、先ほど申しました独立大学院なり連合大学院について必要だと思いますが、そういうところでは修士課程あるいは博士課程、前期の二年の研究教育はほかの大学院に任せておいて、そこでそれを終えた人を受け入れる大学院というものが必要な場合が、やはりこれも特殊な場合にあり得るのではないか。既設の大学につきましても、たとえば研究所、付置研究所に大学院を置くような場合に、こういった形のものも考えられるかと思うわけでございます。特に新しい設置基準によりまして博士後期三年の教育というものはかなり研究に重点が置かれております。単位をもって強制するスクーリングも場合によっては強制しなくてもよいということになっておりまして、そういう研究に重点を置いた後期三年の博士課程の大学院も置ける道をここで開いておく必要があるのではないか。御案内のとおり現行法では大学院の入学資格が学部卒ということになっておりますので、こういう特殊な修士を終えた人だけを入れる大学院については、法改正が必要でございまして、今度六十七条ただし書きでございましたか、これを追加するのはやはり必要になってくると思われるわけであります。これも要するに道を開いておくという意味で望ましい改正ではないかと思うわけでございます。いずれにいたしましても一番初めに申しました多様化した大学院に対する要請にこたえるような意味で設置基準が柔軟化いたしましたけれども、さらに法的措置をもっていろいろな可能性を認めていくということが、将来の大学院を育て、社会の要求にこたえる道であろうかと思うわけでございまして、私はこの改正法案というものの成立を希望しているということになるわけでございます。簡単でございますが、これで私の意見を終わらせていただきます。(拍手)