伏見康治の発言 (文教委員会)

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○伏見参考人 御質問の真意を必ずしも正しく了解できていると思いませんが、こういうことを申し上げておきたいと思います。
 先ほど私が新しい大学院の構想を練っているということを申し上げました。たとえばいろいろな研究所を土台にした大学院制度を設けたらどうかというふうに考えているということを申し上げました。それは、その研究所は共同利用研究所という形で、つまりいろいろの大学の先生がその研究に関心をお持ちになる限りにおいて、あるいはその能力をお持ちになる限りにおいて、自由に出入りできるような、そういう共同利用研究所がまず幾つかつくられているということが前提になっております。
 現在の非常にたくさんの大学にそれぞれ第一線的な研究を行いますような施設を設けるということは、それは言うべくしてなかなか行われがたいと私は思いますので、そういう研究する場所というものを大学から一応切り離した場所に共同利用の研究所としてつくっていくというのが本来の筋ではなかろうかと思っております。そういう共同利用の研究所がいろいろな学問分野にわたって相当数がそろってまいりますれば、そういう研究所を土台にした大学院というものが、その時期になれば十分できる価値があると思っております。そういう共同利用の研究所というものでは、いま生越さんが言われたような学閥的なことは一切なくなってしまうわけでございまして、全国の大学の方に一様に門戸を開いたような場所——いまのところ、現在までつくりました共同利用研究所では、国立の大学の先生と公私立の大学の先生との間に多少の差がないわけではないのでございますけれども、しかし、本質的には無差別にそういう公私立の大学の先生方にも来ていただけるようなふうに努力しているわけでございます。そういう共同利用の研究所が幾つかできまして、それぞれの学問分野でそれが育ってまいりますと、そういうものを幾つか連合して一つの大学院制度を設けるということは、非常にいい制度ではないかと思っております。つまり、そういうところでは特定の何か学閥的なもので学生が育てられるということがございませんし、それから、学問的にも幾つかの研究所が総合してそれを賄えれば、学問的な意味でのセクショナリズムといったようなものも避けられるのではなかろうかと思っております。もちろん、こういうことは将来の問題でございまして、将来さらに具体化する段階でまたいろいろと次の考えるべき問題が幾つも派生してくるとは思うのでございますが、そういうことをやるだけの十分な体制は整っていると思いますので、今回の法律の改正でただ自由度がふえたから勝手気ままな大学院ができるということにはならないだろうと思っております。それぞれの大学院がそれぞれいろいろな目的、いろいろな形態のものがそれぞれまじめに議論されてできてくるということを期待している、こういうふうに申し上げておきたいと思います。

発言情報

speech_id: 107505077X01519750611_023

発言者: 伏見康治

speaker_id: 32672

日付: 1975-06-11

院: 衆議院

会議名: 文教委員会