塩崎潤の発言 (文教委員会)
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○塩崎議員 ただいま森委員から大変重要な御質問がございました。大きなこの法案に対する考え方につきましては河野議員並びに永井文部大臣からもお話があったわけでございますが、なお私も提案者の一人といたしまして、もう少し敷衍して、しかもその敷衍したことによって来年からの予算のあり方がどうなるかという点について重要な御質問がございましたので、お答えしたいと思います。
確かに、このような二分の一以内の補助をすることができるというような規定を見られて、これはないよりあった方がいいというような若干消極的なお感じを持たれておられるように思うわけでございますが、私はこれは大変、私が立案に参画したからという意味じゃありませんけれども、重要なそして将来の予算のあり方を示唆する法案だと思うわけであります。むしろ積極的にこの価値を評価したいと思うわけでございます。
それはまず第一に、森委員も疑問を持たれましたように、予算と法律との関係、この問題からくるわけでございます。人確法のときも私は御質問をし、森委員もいま援用されました。永井文部大臣からもその一部について御答弁があったようでございますが、私は、予算というものは法律の下にあるものだと思うわけであります。したがって、法律によってこれだけの金額を組むべきである、そういうことが決まって、その数字のテーブルが予算案である、こんなふうに思うわけでございます。それは、人確法がこういった教員確保のために待遇を改善しろという、あれこそ少し抽象的でございまするけれども、それに基づいて八百億近くの予算が組まれたと私は考えておるわけでございます。つまり、予算案というものは、法律に基づいて国民がこれだけの債務を負うのだ、そのあらわれでございます。単に行政官庁である文部省と大蔵省との間の話し合いによって、そのときそのときの財政事情によって組まれるのが、これまでの慣行では予算案と言われておりましたが、これは大変おくれた日本の予算の執行状態を反映するものにすぎない。アメリカでは、御承知のように法律によって予算ができるものでございますから、予算案というものは議決の対象にならない。私は、何としてもこの法律の方が今後の私学予算について、大きな、何と申しますか、制約をする、方向を示すものだと思いますので、そういった意味で高く評価したいわけでございます。
第二に私が評価する意味は、法律というものは国会が約束したものでございますし、私の提案にもありましたように、国民の明確なコンセンサスのあらわれてございます。皆さん方、これまで予算案では大変努力していただきましたけれども、大体どこまでが目標か、知っておられる方は少ないのじゃありませんか。亡くなられた八木徹雄先生が経常費の半分を補助しようというような口約束で大蔵省と文部省との話し合いでやってきたのですけれども、これはどこにも公認されて国会で承認された計画じゃないです。そのときそのときの行政官庁の思いつき、あるいは財政事情によって制約されるという考え方は、これは本当に、私学の経営者から見ますれば大変迷惑な話だと思うのでございます。これだけ私学に対して援助しなければならないということが国民のコンセンサスになった以上は、国民が法的にこれだけの債務を負うのだ、そして、債務の目標は二分の一なんだということをあらわすことは大変意味があることなのでございます。そして、その目標に向かって私学の経営者は希望を持って安定した経営ができる、こういった第二の大きな理由があるわけでございます。これまではトンネルの中を本当に真っ暗に走っておりましたが、この法案によってやっとともしびが見える、そうして、こういった二分の一まではいけるのだから私学の経営者もひとつ努力しよう、こういうことは、私学の自主的な責務として第三条に明瞭に規定しておるわけでございます。予算にはこんなことは一つも書いてないのです。数字が並んでおる、どういう計算の根拠があったかということは、私どもは知らない。文部省と大蔵省の単なる話し合いでできておる。いつでも言い逃れできるような数字よりも、はるかにましな法案であると私は考えるわけでございます。さしあたって来年どうなるか。私は、財政事情は来年よくなるとは思いません。しかし、よくなればやはり二分の一、二千五百億円の予算を要求すべきだと思う。しかし、それがよくならぬとすれば、でき得る限りの最大限度の要求、努力を二分の一という目標に向かって——いま千億でございますけれども、五千億に対して、ひとつできる限りその半分の二千五百億に近づくような要求をし、その努力を払うのがこの法案の目標だと私は思いますし、そんなふうに努力していきたいと思います。もちろん、財政事情によってむずかしければ、できる限りの譲歩をいたさなければなりませんが、そういった目標が立った意味において、この法案の意義を、民主的な予算の進歩という意味からも高く評価してまいりたい。すべての予算はこういった法律に基づいて詳細な議論を経て組まるべきことを予期したものだとして考えていきたいと思うわけでございます。