嶋崎譲の発言 (文教委員会)
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○嶋崎委員 私は、日本社会党を代表いたしまして、本案の採決に当たり、野党四党が動議として提出いたしました慎重審議の理由を述べながら、また、いま文部大臣が、やむを得ないと言われたような内容のものであるだけに、その理由を述べながら反対の討論を行います。
第一に、この法律案が自民党の議員提案で行われました手続についてであります。本国会は、民間人として文部大臣に就任された永井文政のもとで、対話と協調のもとに、日本の教育の重要な問題については全野党の討論と一致を見ながら新しい文教委員会のあり方を今日まで模索してきたことは皆さん御承知のとおりであります。そのことは、今日までに三つの議員立法を合意のもとに成立さした実績がそのことを物語っております。したがいまして、今回の私学助成法案に当たりましても、本国会中に、わが党や野党全員がこぞって各党の合意を今日まで提唱し、小委員会の設定を行い、その内容を煮詰めることを今日まで提案をいたしてまいりました。それにもかかわらず、会期末に至りまして、かつ、事前に内容も示されず、一方的に動議で審議を打ち切ろうとすることは実に遺憾だと思います。法案をわれわれが目にしたのはきのうの夜か、けさでございます。そういう意味で手続的にも一方的な内容の提示であったことは明らかであります。
しかもこのような、いまから申し上げますように、本案はきわめて宣言法的であって、今日の私学危機が解決できるのか、国、公、私立の格差解消、機会均等が得られるのかという重大な問題に何ら答えていないと思うからであります。しかもここ数時間の討論の中で明らかになりましたように、提案者たちは、この助成の理念が立法政策と深く絡まっていることを主張しておられます。その内容は、日本の大学の高等教育のあり方が、量から質へといまや変わらなければならない段階という状況認識に基づいていることであります。そのことは、この法案の内容が示しておりますように、明らかに権力的統制の肯定の論理に立っているということであります。
法案の内容について申し上げます。
まずこの法案の第一条の「目的」は、「この法律は、学校教育における私立学校の果たす重要な役割にかんがみ、」云々と言い、「修学上の経済的負担の軽減を図るとともに私立学校の経営の健全性を高め、もって私立学校の健全な発達に資することを目的とする。」と書いてあります。本来の私学助成法は、今日の日本の高等教育や後期中等教育などの中で、国立と公立ないしは私立、私立の内部における格差、こういう日本の教育の格差を是正するという意味で、今日まで私学教育の果たしてきた役割りにかんがみてその格差を解消するための助成でなければならないし、機会均等という憲法の理念に基づいた助成でなければならないと思います。したがいまして、第一条にその趣旨を明確に打ち出すことがこの助成の目的を明らかにすると思います。この点が抜けていることが、目的をきわめてあいまいにさしている一つの特徴でございます。
この法律案全体を貫いている特徴は、第四条で「国は、大学又は高等専門学校を設置する学校法人に対し、当該学校における教育又は研究に係る経常的経費について、その二分の一以内を補助することができる。」と規定しておることであります。このことは、「二分の一以内を補助することができる。」でございますから、いかに将来二分の一という目標を掲げていても、法律案を読む限りは、二分の一以内を補助することもできるが、しないことも可能であります。そういう意味で、もともと二分の一という目標を掲げてきた私学助成の理念がここであいまいにされております。
このことは、第九条においても、都道府県の小学校、中学校、高等学校、盲、聾、養護学校、幼稚園を設置する学校法人に対する補助の場合は、「国は、都道府県に対し、政令で定めるところにより、その一部を補助することができる。」と、補助の内容がきわめてあいまいにされているのでございます。
金を出す方はあいまいにしておいて、今度は私学に対する強制的な措置の条項がきわめて多数ございます。たとえば第五条をとってみるならば、「国は、学校法人又は学校法人の設置する大学若しくは高等専門学校が次の各号の一に該当する場合には、その状況に応じ、前条第一項の規定により当該学校法人に交付する補助金を減額して交付することができる。」ということで、第五条は減額の規定でございます。その減額の条件の中に、五番目に「その他教育条件又は管理運営が適正を欠く場合」とあります。「教育条件又は管理運営が適正を欠く」というのは何を指すのか、具体的に何を意味するのか、これをだれが判定するのか、それは国でありますから、これはきわめて危険な強制的な側面と考えなければなりません。第六条は、補助に当たりまして、さらに「第四条第一項の規定による補助金を交付しない」という場合を決めております。第七条には、今度は特定の分野、課程に係る教育の振興のため特に必要な場合は援助をプラスすることができるという規定があります。一方でコントロールしておいて、特に必要のあるときだけは国は「増額して交付することができる。」という規定になっております。
そのことは、さらに第十二条に至りますと「所轄庁は、この法律の規定により助成を受ける学校法人に対して、次の各号に掲げる権限を有する。」として四つの項目を挙げております。この項目は、私立学校法の五十九条のかつて凍結された事項の法律的復活であります。しかも、このそれぞれの項目の最後を見ますと、最初の項目では、助成に際して「書類その他の物件を検査させること。」二番目には、「当該学校法人が、」云々と言って「その是正を命ずること。」三番目には「必要な変更をすべき旨を勧告すること。」四番目には「当該役員の解職をすべき旨を勧告すること。」これらの法律的な用語はきわめて監督的な、統制的な内容でございます。
それに反して、第十三条の学校の側はどうか。私立学校審議会、私立大学審議会、高等専門学校審議会の意見を聞き、その場合に当該の審議会に出席して、学校側は「弁明することができる。」と述べているだけであります。
片一方では強制的にいろいろと助成に当たっての権限強化を決めておいて、学校側は審議会に出てきて「弁明することができる。」ということでありますから、大学側は研究のあり方、教育のあり方というものについて意見を述べながら主張することができない、その弱さが明確に出ております。
この法案そのものがこのような性質を持っておりますから、一方で金を出し渋りながら、片一方では権限を強化してコントロールしていくという、まさに財政を頭に置いた法律であることは明らかであります。そのことは、先ほどの討論で明らかになりましたように、私立学校法の一部改正で六十三条の一項を改め、そして附則十三項として、「文部大臣は、昭和五十六年三月三十一日までの間は、」「私立大学の設置、私立大学の学部又は学科の設置及び私立大学の収容定員の増加に係る学則の変更についての認可は、しないものとする。」と、これまた強くうたっているのでございます。
この法の流れと立法政策の精神、思想をわれわれは探ってみると、明らかに今日の日本の国民の教育権という観点から見た私学のあり方に対する国家的規制——大学自身が大衆化しているということに基づく大学の根本的な改革、新制大学の大衆性に絡む大学改革を抜きにして、助成に際して量よりも質という大学を考える大学改革の道を誘導していると言わなければなりません。その結果は、受験地獄の解消どころか、受験地獄はますます拡大し、今日教育の当面している問題には何らこたえないばかりか、格差の拡大をさらに拡大することは明らかであります。
以上の意味で、大臣がいままで提起されてきた受験地獄の解消ないしは日本の大学教育、高等学校等々の教育の中に貫いている格差是正という問題に対して、むしろそれを促進するという意味で危険な内容を多々含んでいると考えざるを得ません。このような問題点を含む法案なるがゆえに、もっと慎重審議をすべきであるという意味におきまして、本案に対して反対の討論を行った次第でございます(拍手)